トヨタの原点回帰:拡大路線が招いた危機

今日(12月26日)付けの朝日新聞に、創業家出身のトヨタ自動車の豊田章男次期社長の言葉を引用しながら、トヨタ自動車の拡大路線の失敗と今後の原点回帰について紹介した記事がありました。

この記事の内容は非常に示唆に富んでいます。なぜなら、トヨタ自動車のここ近年の拡大路線というのは、決して特別なものではなく、現実に多くの企業が採用している戦略だからです。ですから次期社長の豊田章男氏が掲げている原点回帰というのは、トヨタ自動車だけでなく、世の中が真剣に検討しなければならないことなのです。

私なりに記事をまとめて紹介します。

昔の堅実さというのが原点回帰の内容

「私たちがやらなければならないのは、目の前の一台一台を大切に積み重ねることだ。今一度原点に立ち返り、お客様の方を向いて商品を作る」(豊田章男次期社長)

「地道に原価を低減していくかつてのトヨタと異なり、ビッグ3と似通ってきた印象だ」(あるグループ会社首脳)

高い経営目標設定の愚

2年先の計画まで公表するのは初めてだった。章男氏のいう「一台一台の積み重ね」で確実な需要予測をたてるのを得意としたトヨタは、未来の目標を先に立て、それに向かって工場の新設や増強計画を考える会社になっていた。(06年9月20日の経営説明会で渡辺カツ昭社長が2年先の販売台数を980万台程度にすると発表したことを評して)

拡大主義がもたらす柔軟性の喪失

トヨタはそれまで米国市場で小型車やハイブリッドカーなど、ビッグ3が作らない車で稼いでいた。しかしそれだけではGMに勝てない。1台あたりの利益が大きく、ビッグ3が「ドル箱」としてシェア9割をを閉めてきた大型ピックアップトラックで勝負を挑むために建設したのがテキサス工場だった。同時に、やはり利益が大きい高級車「レクサス」の輸出も増やした。
…..
多品種を少量ずつつくることにより、販売台数が落ちても工場の操業度を落とさないのがトヨタの強みだった。… しかしトラックタイプの車とその他の車は同じラインで作れない。 …. テキサス工場は一気に生産停止に追い込まれた。止まった工場は、製品を生み出さない従業員に給料を払い続け、工場建設の負担費用も垂れ流し続ける。

合理的判断だけでは、拡大路線を修正することはできない

急激な拡大路線に反省すべき点はないのか−−。渡辺社長は22日の年末会見で質問に対して「成長路線の中で効率性を見て評価していく必要があったかも知れないが、お客様にたくさん買って頂いたこともあり、難しい判断だと思っている。」と厳しい表情で語った。

ここから何を学び取るか

まず高い経営目標設定についてですが、これを当たり前のように実施してしまっている会社は非常に多いです。これについては僕もブログで過去に紹介しています。しかもこのやりかたは日産のゴーン社長のコミットメント経営の根幹であり、多くの経営者はこれこそが正しい経営方法だと勘違いしてしまっています。

これだけ多くの会社が高い経営目標設定を行っている訳ですから、少なからずトヨタ自動車と同様の過ちを犯しているはずです。私が以前にいた会社もその会社の一つでした。

そして拡大路線による柔軟性の欠落について。企業の規模が拡大するのはとても良いことのように一般に考えられています。しかし拡大のためには多くのことが犠牲になるのだということを、すべての人は知っておくべきです。これは今回のトヨタ自動車の例だけでなく、例えば巨大化した恐竜がなぜ絶滅したのかという生物学的な例を考えても知ることができます。

最後に、合理的に考えても拡大路線の過ちは気づくことが出来なかったという点です。渡辺社長が無能な社長とはとても思えません。むしろ非常に優秀だったはずです。そのような人でも失敗したということを真剣に受け止める必要があります。同時に次期社長の豊田章男氏の発言で注目されるのは、それが全く知性的ではないということです。「原点回帰」という言葉は頭の悪い人でも言えますし、創業家出身であればそれを雄弁に解説する必要もありません。

人間の合理的な判断力というのは所詮その程度です。今後10年先に有効な経営戦略経営方針というのは、人間がいくら頭で考えても無理なのです。だからこそ昔の人は、何代も伝わり、歴史的に検証されてきた古人の思想を頼りにしてきたのです。今回の豊田章男次期社長が掲げるのは、トヨタを歴史的に支えてきた経営方法への回帰です。まさに古文書への回帰です。どうしてそれが良いのかというのも大切でしょうが、それ以上に重要なのは、これがいままでのトヨタを支えてきたということです。

それともう一つ面白いのは、トヨタがビッグ3化したことが問題視されている点です。ビッグ3が失敗したのは無能な経営者のせいだと考えている人は多いようです。しかしこのような考え方は、単なる傲慢だと私は思います。

トヨタの渡辺社長ですらビッグ3化したしまったのです。そしていまだに何が失敗だったのかを理解できないでいます。これはもはや経営者の能力だとか思考力の問題ではありません。人知の限界だと私は思います。

最後に私の持論にもっていきます。

生物学の進化というのには、思考はありません。経験のみです。生物は自分の体をどのように作り替えれば良いかを考えているのではなく、たまたま良かったものが自然選択の結果生き残っていくのです。

現代人は頭でっかちになってしまっていますので、会社組織をどのように運営していけばいいか、どのように作り替えていけばいいか、自分にはわかっていると思ってしまっています。しかし、所詮は進化中の生物と同じ程度にしかわかっていないのです。人間というのは、まだ会社や経済のような複雑系を理解するだけの学問ができていません。

ですから、頭脳に頼ってはいけないのです。進化論的に会社を経営しなければいけないのです。その一つは、合理的判断を度外視してでも原点回帰を行うこと。つまり合理的に演繹される経営方針よりも、経験的に成功した方針(原点)を重視すること。さらにもう一つは、一件無駄用に見えても、ジーンプール(多様性)を常に持ち続け、資源を分散し、環境の変化に素早く対応できる体勢を維持することです。トヨタ自動車の例でいえば、どの車が売れるなんていくら考えても事前にはわからないから、何が起こっても対応できる柔軟性を持ち続けることです。

それにしても自分たちの経営方針の過ちをすぐに理解し、即座に方針転換を打ち出したトヨタ自動車という会社は、つくづく強い組織だなと思いました。これについても、いろいろな人がミーティングを重ねて、合理的判断にたどり着こうとしていたのでは、このスピードは出せません。「原点」というのが社内の柱になっているのでしょう。「原点」というよりどころがあるから、ああだこうだを考えるのではなく、即座に判断できるのだろうと思います。創業家がまだ元気だというのも、なんだかんだでいいことですね。

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