HPがPCビジネス分離を検討しているということで、いろいろ思うことをリストアップします。調査はまだあまりしていないのですが、懸念はたくさんあります。
そもそも何のためにHPはCompaqを買収したのだろうか
- HPは2002年にCompaqを買収したおかげで世界一のパソコンメーカーになりました。でも利益率は低く、こうして10年もしないうちに売却を検討されてしまうようになりました。HPはいったい何が目的でCompaqを買収したのでしょうか。その目的は果たせたのでしょうか。
- 2002年のCompaq買収を強引に押し進めたのは当時のCEOのCarly Fiorina氏。HPを退職した後はいろいろなところで取締役をやって、いまは共和党政権で政治活動をしています。僕自身も何回か転職をして思いましたが、採用で重視されるのはもっぱら経験の有無であって、やったことが成功したか否かは不問に近いです。その傾向は幹部になればなるほど強いのでCarly Fiorina氏はまだ元気ばりばりです。
HPのPCビジネスを買うのは誰か
- PC市場は先進国では停滞しているので、買収する企業は発展途上国市場へのアクセスが強いところに限定されるでしょう。LenovoがIBMのPCビジネスを買収したのと同じ構図です。
- IBMがPCビジネスを2004年に売却したのも今回と理由は同じで、PCビジネスは利益率が低く、今後の大きな成長が見込めないと考えたからです。そのときの額は12億5千万ドルだったそうです。2004年の時にも既にPost-PCは言われていませんでしたが、脅威となる具体的な製品はまだ見えていませんでした。それから7年間。iPhoneが登場し、Netbookも一時的に流行し、そしてiPadが爆発的に売れました。12億5千万ドルだって決して高額ではありませんが(例えばGoogleはMotorolaを10倍の125億ドルで買収しました)、それよりもかなり安い価格でPCビジネスが売却されるでしょう。
HPの戦略は何だろう
- HPは表向きにはITサービスはソフト事業の強化を挙げて、今回のPCビジネス売却検討の理由としています。しかしプリンタ事業はしっかり残すようです。つまり今回の話は、本当の意味での戦略的な選択と集中ではなく、単に利益率が低いビジネスを切り捨てるというものです。もちろん株主としては合理的なやり方ですが、ビジョンを持ったやり方だとは思えません。
- そもそもなんでプリンタ事業は儲かるのでしょうか。2000年頃はいろいろなイノベーションがあってインクジェット式のプリンタが登場してきましたが、あれ以来、新しい話はほとんど聞きません。有名な話ですが、キャノン共々、特許で新規参入を徹底的に排除し、そして高額なインクを売って儲けているのがプリンタ市場です。消費者から利益を搾り取っているだけのビジネス、早くiPadなどでPaperless化が進んでくれたり、みんなが年賀状を出さなくなったりしてくれればイチコロのはずですが。。。
Appleはなぜ成功しているのだろうか
- HPがPCビジネスから撤退すれば、米国メーカーはDELLとAppleだけになります。特にAppleは絶好調で、Macは先進国でもぐんぐん売り上げを伸ばしています。いったいAppleの何が良かったのだろうか、考えさせられます。
- そのApple。大変な業績不振で1997年頃には破産の危機が迫っていました。アナリストはほぼ全員、Appleのビジネスモデルが間違っていると断じ、Wintel連合のようになるべきだと主張していました。つまりAppleはOSとハードウェアを切り離し、ハードウェア専業メーカーの活力を活かすべきだとしていました。Appleは結局その正反対のことをやり、クローンメーカーを排除し、ソフトとハードの垂直統合を強めていきました。全員が言っていたことの正反対をやったら大成功したというのは、非常に大きな意味があります。
他の業界への示唆
- 製造業がアジアにシフトしていくのはPC業界だけではなく、他のいろいろな市場でも起こっています。ですからここで起こっていることを他の業界に当てはめることはできそうです。
- PCを含めたIT業界について言えば、製造は既にアジアにシフトしていました。Appleの製品(少なくとも日本市場向け)はずいぶん前からシンガポールや中国などで製造されていましたし、DELLやHPにしても同様でしょう。HPがPCビジネスから撤退するのは、人件費が安いアジアに製造業が移るのとは全く話が違いします。
- むしろPCビジネスがアジアにシフトするのは、成長率の高い市場がアジアに集中しているからです。メディアで話題になりやすいのは人件費の問題です。しかし実際には、業界による程度の差こそあれ、製造業がアジアにシフトしているのはアジア諸国の購買力が牽引しているからです。
- AppleのMacが元気なのは、先進国市場で魅力のある製品が作れているからです。家には古いパソコンがあるけれども、新しいMacを買ってみたい。そういう気持ちにさせる製品を作っているからです。
- それに対してHPやIBMなどが作っていたWindows PCは先進国で買う人がなくなってしまいました。家に古いパソコンがあるし、新しいWindows PCと大差なくインターネットにつながるみたいだから買うのはやめておこう。Windows PCはそういう製品が多くなってしまいました。
- 一方で発展途上国の人はいままでパソコンを持っていない人が主な顧客です。インターネットにつながりたいからパソコンを買うのであって、それさえできれば安いものがいいのです。
- 総括すると、最低限のこと(インターネットにつなげること)以上の魅力を見せているのがMac。それができていないのがWindowsです。だからMacは先進国でも売れ、Windowsは発展途上国でしか成長できないのです。(もちろん先進国でもインターネットさえできればいいという人はたくさんいますのでWindowsは売れます。しかしもう成長しないのです。)
- 他の業界でも同じです。テレビでも車でも何でもそうだと思います。製造業が先進国に残るためには、先進国での市場が拡大し続けるか、あるいは古い製品を超えた魅力を常に提供し続けることが必要です。要するにイノベーション。
GoogleのMotorola Mobility買収と絡んで
- Motorola Mobilityの事業も将来はこうやって売却されるのねって思ってしまいました。