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Amazon CEO Jeff Bezos 氏は、Android ベースのタブレット「Kindle」を驚異的な低価格で発売すると発表したそうです。
最も安い読書専用の端末の価格はわずか79ドル。その他のモデルも思い切った低価格に設定されている。Kindle Touch は99ドル、Kindle Touch 3G が149ドル。最上位モデルのKindle Fire でさえたったの199ドルだ。これは、Apple iPad 2 の最も安いモデルより、さらに290ドル安い。
しかしAmazonの狙いはハードを赤字で売ってソフト(電子書籍や映画などAmazon.com サイトからダウンロードするコンテンツ)で儲けることだという指摘があります。
古典的な手法です。
有名なのは安全剃刀(ホルダーを安く売って、替え刃で儲ける)、コピー機(コピー機を安く売って、トナーで儲ける)、プリンタ(プリンタを安く売って、インクで儲ける)、プレステ(ハードを安く売って、ソフトで儲ける)などです。
でもうまく行くとは限りません。残念ながらマーケティングの本で紹介されるのは成功例ばかりで失敗例が少なく、あまり有名な失敗例はありません。
でも例えばリアルタイムPCR装置等はその例と言えるでしょう。価格競争が激しい為に価格はどんどん下がって、ハード単体では利益がほとんどでないところまで値段が下がってきています。そこを試薬の利益でカバーしようとしましたが、賢い顧客はABIやロシュの試薬を買わずにキアゲンやタカラバイオの安くて高品質な試薬にどんどん切り替えました。
以下では、成功例と失敗例を分けるのは何か、この仕組みが成功するための条件は何かを考えます。そしてAmazon Kindle Fireが成功するかどうかを予想してみようと思います。
競合排除が条件です
成功している例ではいずれも競合を排除しています。特許などで法的に競合を閉め出します。そうやって下流(ソフトや替えパーツ)で儲ける仕組みを確保します。
コピー機やプリンタの話は有名です。詰め替えインク周りを特許でがんじがらめにして、同じような製品を販売できないようにしています。詰め替えリサイクルにも特許が及ぶという判決まで勝ち取り、こういう業者も閉め出しています。
プレステの場合はソフトを開発するにはソニーとライセンス契約を結びます。ソニーと契約せずにソフトを販売することは基本的にできません。これも効果的な競合排除です。
考えてみれば当たり前です。
ハードを安く売る分はソフトで儲けないといけないのです。ですからソフトはこの埋め合わせ分だけ、高く売る必要があります。一方でハードを売らないでソフトだけを売っている会社であれば、埋め合わせ分だけ安く売ることができます。そういう会社を排除しない限り、ソフトで儲け続けることができないのです。
リアルタイムPCRの場合
販売当初はハードだけでも利益が出ていたリアルタイムPCRですが、市場が飽和してきて売り上げが鈍化すると価格競争が始まります。価格競争が加熱しても、利益が出なくなってくるところで通常は止まるはずです。しかし市場がまだ成長していたため、競争がなかなか冷めません。しかもハードで損をしてもソフトで儲けられるというビジネスモデルが頭にあるため、利益が出ないところまできても価格下落が止まりません。こうやってどんどん過激にリアルタイムPCR装置の価格は下がりました。
しかしリアルタイムPCR試薬の市場では競合の閉め出しがうまくできていませんでした。当初はキアゲン等が高品質の試薬を安く販売し、ABIやロシュの装置に使う方法も紹介する等、サポートも充実させました。私自身も研究者としてロシュのリアルタイムPCR装置を使っていましたが、キアゲンの製品は安価だし、ウェブサイトを含めたサポートが充実していましたので、迷わずにキアゲンの製品を使っていました。
結果としてキアゲンやタカラバイオを含めた、サードパーティーのリアルタイムPCR市場は非常に活性化し、安価な製品があふれ、純正メーカーの試薬の売り上げは期待どおりにはなりませんでした。
どうしてABIやロシュは競合を排除できなかったか?これは特許の世界の話になりますし、私も詳しくありませんのではっきりはわかりません。恐らくは基盤技術である熱耐性DNAポリメラーゼの特許が昔から広くライセンスされたこと、およびリアルタイムPCRの試薬は事実上DNAポリメラーゼとバッファーの組み合わせでしかないことなどが理由だったと思われます。
Amazon Kindle Fireの場合
AmazonがKindle Fireを赤字で売り、コンテンツで儲けるための条件も同様です。Amazonは競合を排除し、Kindle Fireで閲覧できるコンテンツをAmazonに事実上限定する必要があります。
しかしKindle FireはAndroidというオープンソースのプラットフォームですので、特許等による競合排除は困難です。したがってKindle Fireは単純に考えると、このビジネスモデルが成功するための要件を満たしていません。
ではAmazonは何を考えているのでしょうか。
Amazonは現在の高いマーケットシェアをてこに、高いカスタマーロイヤルティーを維持できると踏んでいるのでしょう。リアルタイムPCRの例で言えば、キアゲンが安いとわかっていてもやっぱりみんなABIを買ってしまうことを期待しているのでしょう。実際Amazonのマーケットシェアは非常に高いので、これは可能かもしれません。
でも危ない戦略だと私は思います。
Amazon Kindle Fireの不安要素
不安要素はまだ確定したものではないので、簡単に列挙するにとどめます。
- Androidを取り巻く特許紛争:Android特許がらみでSamsungとMicrosoftはライセンス契約を結びました。噂によると一台あたり$10-15とのことです。またGoogleとOracleの紛争結果次第では、GoogleはAndroidの使用料を請求することになるでしょう。このような問題解決のため、Kindleの原価は近いうちに高くなるでしょう。Kindle Fire販売による赤字は、当初の予想を大きく上回る可能性があります。
- 競合参入の可能性:市場が未成熟な電子書籍業界はこれから何が起こるかわかりませんし、どのような新規参入があるかわかりません。参入障壁は低く、電子化時代は出版社が直接販売するモデルが主流になる可能性も高くなっています(つまり小売り不要)。こういう流動的な市場から将来にわたってハードの赤字補填分の利益を搾り取ることができるのか、かなり疑問です。
Amazon Kindle Fireが大胆に安ければ、当然それなりの数が販売されます。したがって短期的には成功したように見えることになるでしょう。問題は長期的な課題です。Androidの訴訟で言えば、ここ1年の間に決着はつくと思います。コンテンツの市場も活性化していますが、ここ数年で様子がはっきりしてくるかもしれません。そのときにどうなるかがポイントです。
はっきり言えることは、典型的なハードで売ってソフトで儲ける仕組みで考える限り、Kindle Fireは競合排除の面で長期的に問題が多そうだということです。
2 thoughts on “AmazonのAndroidタブレット Kindle のビジネスモデルは甘いんじゃない?”