昨日、「AmazonのAndroidタブレット Kindle のビジネスモデルは甘いんじゃない?」という題で、「ハードで赤字を出してソフトで儲ける」という戦略はKindle Fireには適応できないという議論をしました。したがって短期的にKindle Fireの売り上げは伸び、いったんは成功したように見えたとして、長期的には成功しないと判断しました。
昨日、AsymcoのHorace Dediu氏がブログを更新し、別の角度からKindleがタブレット市場に破壊的イノベーションをもたらさない理由を紹介しました(“The case against the Kindle as a low end tablet disruption“)。要点は以下の通りです。
- 破壊的イノベーションが起こるためには製品が継続的に改良されていく必要があります。しかしKindle Fireは赤字で販売され、ソフトの利益でそれを埋め合わせています。したがってKindle Fireの改良に投資するインセンティブは低く、継続的な改良は望めません。
- Kindle Fireを赤字で売る戦略が成功する要件は、タブレット市場が成熟し、”good enough”の状態になっていることです。タブレット市場が製品ライフサイクルの後期にいることです。しかし少なくともAppleはその正反対に捉えていて、タブレットのイノベーションは始まったばかりだとしています。Appleがイノベーションを続けることができれば、Kindle Fireが破壊的イノベーションを起こすことはありません。
Horace Dediu氏の分析はClayton Christensen氏のイノベーション論に基づいていますが、非常に的確であると思います。Kindle Fireが破壊的イノベーションとしてiPadの脅威になるとは思えません。
僕はさらに一歩踏み込んで、Kindle FireがAndroidのイノベーションを大きく阻害する危険性が高いことを以下に論じます。その一方でAppleはiPadのイノベーションを阻害することは考えにくいので、iOSとAndroidの差がますます広がるだろうと考えています。
Androidの最新機能を駆使したアプリが開発されなくなる
Kindle Fireは「ハードで赤字を出してソフトで儲ける」というビジネスモデルを採用しているため、Horace Dediu氏が指摘する通り、ハードの研究開発投資が行われない可能性が高いです。Kindle FireがどのバージョンのAndroidを使っているかはまだ公式発表が無いそうですが、噂によるとスマートフォン向けのAndroid 2.3をかなり改変したものを使っているようです(Computerworld.com)。つまりタブレットに最適化された最新のAndroid 3.0ではなく、古いバージョンです。かなり改変を加えている可能性も指摘されていますので、新しいバージョンのAndroidが出てきてもそれを搭載するようになる可能性は高くありません。
Android用のアプリを開発している人の視点からするとこれは大問題です。Kindle Fireがたくさん売れれば、当然Kindle Fireとの互換性を考えて開発しなければなりません。そしてKindle Fireが古いバージョンのOSしか搭載していないのならば、それに合わせて開発することになります。Android 3.0に新しい機能が盛り込まれていても、そういうのはあまり使わず、最大公約数的な機能の範囲に開発を限定するでしょう。
もしタブレットの市場が成熟していて、新しいOSが出ても古いのとほとんどさがないのであればこれは問題ないでしょう。しかしタブレット市場は始まったばかりです。Appleも頻繁に新しいOSを発表していますし、どんどん新しい機能が盛り込まれています。そういう大切な時期なのに、Kindle FireはAndroidのイノベーションの足かせになってしまいます。
AmazonはKindle Fireの機能を制限するインセンティブが強い
上述のように、放っておいてもAmazonがAndroidのイノベーションを阻害する可能性は非常に高いです。
ただ先日僕が紹介したように、AmazonはKindle用コンテンツで競合を独占的に排除することができません。そうなるとKindle Fireの機能を制限するインセンティブが働きます。
例えば現時点でもKindle FireはGoogle Android Marketへのアクセスがありません。Androidのスマートフォンを持っていて、アプリを購入しているユーザはAmazonのAndroid Marketで購入し直さなければならないという噂です。Amazonがそうする理由はAndroid用コンテンツを独占できないからです。独占できないから機能を制限する形で人工的にバリヤーを設けています。
またカメラやマイク、3G接続も省かれています。Amazonとして見れば、Kindle Fireがコミュニケーション用に使われては困るのです。FacebookやSkypeへのアクセスにばかり使われてしまってはKindle Fireは赤字を出すだけです。価格を下げるというのも重要ですが、Amazonからものを買う以外の用途に使われると困るのです。Amazonはコミュニケーションというコンテンツを持っていないのです。
特に心配なのは、安いということで親が子供におもちゃとして与えるケースでしょう。Kindle Fireは$199なので、PSPと同じ価格帯です。でもKindle Fireにはジャイロスコープセンサーは搭載されていません。理由は簡単です。iPadをはじめとしたスマートフォン用のゲームは安いのです。そういうゲームで子供は長々と遊んでしまいます。しかも兄弟がいたら何人も同じゲームをやります。つまりゲーム機として買われると、ハードの赤字を補填することは難しいのです。Amazonとしてはあまり魅力的なゲーム機は作りたくないのです。Amazonは確かに独自のAndroid Marketを持っていますので、ゲームが売れれば多少の利益はあります。ただAndroid Marketの競合はGoogleです。Googleは無料が好きですので、Amazonがゲーム販売で大きなマージンを得るのは難しいでしょう。ハードの赤字分の挽回は困難に思われます。(The Same Game Costs More on PSP Mini Than on the iPhone… Why?)
もしもカメラやマイク、ジャイロスコープセンサーの価格が下落して、Kindle Fireの$199の価格を維持しつつ搭載することが可能になった場合、Amazonは果たして搭載するでしょうか。僕は否定的です。Amazonとしてはこれらを搭載するぐらいならKindle Fireの価格を下げるでしょう(同時にフラッシュメモリ等も値下がりしているはずですので)。つまりいつまでたってもKindle Fireの性能や機能はあがってこないということです。
結論
Kindle Fireの登場はAndroidのイノベーションに致命的なダメージを与える可能性があります。Kindle Fireが売れれば売れるほど、ソフトを開発しているデベロッパーは古いAndroid OSに足を縛られます。その傍らでiPadやiPhoneのiOSはどんどん新機能がついていくことでしょう。またAmazonとしてはKindle Fireで映画さえ見れれば十分なので、現行バージョンより多機能にすることはなく、やるとしても価格を下げることだけでしょう。
Androidのスマートフォンはまだ大丈夫です。Windows Phoneが勢いづいてくるまで、そして特許紛争でがんじがらめになるまでは持ちます。
でもAndroidのタブレットはもうこれで終わっちゃったかなという気がします。Kindle Fireは最初は売れます。でもきっとそれでおしまいです。
さて他のコンテンツプロバイダーはどうすれば良いでしょうか。Amazonを追随しないといけないのでしょうか。
いろんな考えがあるでしょうが、僕はKindle Fire用のアプリを開発し、うまくKindle Fireに載るようになることを期待することだと思います。あるいはHTML5での配信でも良いでしょう。
つまり「赤字になるハードは売らず、ソフトで儲ける」戦略です。リアルタイムPCRでキアゲンやタカラバイオがとった戦略です。
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