先ほどNHKで「シリーズ日本新生 : 生み出せ!“危機の時代”のリーダー」という討論番組をやっていましたが、会場でプレゼンとかをしている人の論理があまりにもめちゃくちゃなので、耐えられずに消してしまいました。
「日本にリーダーがいない」というのはよく言われる話です。でもその原因をちゃんと論理的に考えている人はほとんど聞きません。またリーダーがいないから日本がだめになっていくんだという議論についても、本当にそうなのかを論理的に述べている人も見かけません。単なる憶測や思い込みで話している人がほとんどです。
番組をちゃんと見ていないので、本当は批評する資格はないのですが、一般的な話として自分の考えを紹介します。
日本の問題をなるべく論理的に考えてみましょう。
スティーブ・ジョブズを例に出すことのアホらしさ
スティーブ・ジョブズが亡くなったのがついこの前だからみんな例に出すのでしょうが、本番組でも「スティーブ・ジョブズのような傑出した起業家を生み出すには何が必要か」という議論をしてます。そして短い間だけアップル社で仕事をしたとか、ちょっとだけスティーブ・ジョブズを知っているというそれだけでプレゼンテーションをしているうさんくさい人もいました。
あたかもスティーブ・ジョブズがアメリカの成功を代表する存在であって、スティーブのような人が出ないから日本はだめなんだという、最近よくある論理展開です。
これはもう完全にばかばかしい話です。
スティーブ・ジョブズはアメリカの成功の代表なんかではないし、アメリカにおいても彼は完全な例外です。アメリカの大部分の評論家が言っていたことと真逆のことをやってアップル社を再生させましたし、アメリカのIT界にあっては異端児です。アップル社のイノベーションの仕方は明らかにグーグル社やアマゾン社と異質で、アップル社だけがiPhoneとかiPadでイノベーションを起こし、それを他社が真似するという構図が完全にできあがっています。
スティーブ・ジョブズは株主利益を尊重していませんでしたし(これは公言しています)、MBAどころか大学も数ヶ月で中退していますし、ほぼすべての評論家がMacOSもWindowsのように他メーカーにライセンスすべきというときにライセンスを全部取り消しましたし、インターネット時代に直販小売店戦略を始めるなんてバカバカしいと言われた中でアップルストアを成功させました。しかもアップルストアを始めるに当たって、小売店を締め付け、販売を制限し、販売チャンネルを大幅に減らすという常識では考えにくいことをやっています。評論家や経営のプロが言っていたことの逆のことをすることによって、ジョン・スカリーなどの経営のプロがぼろぼろにしてしまったアップル社を立て直したのです。
アメリカでも完全に例外であるスティーブ・ジョブズのような傑出した起業家が出てこないのは、別に日本だけの悩みではなく、アメリカの悩みでもあり、iPhoneやiPadを真似ることしかできていない韓国の悩みでもあります。
リーダーが出てこないのはリーダーの責任なのか、フォロワーの責任なのか
リーダーがいないというときに、すぐに「なぜ日本にはリーダーが育たないのか」「国際社会に通用するリーダーをどう育てるのか」という議論をしてしまいます。しかしそこには論理の飛躍があります。
なぜならばリーダーがいないのはリーダーだけの問題ではなく、フォロワーの問題の可能性があるからです。フォロワーの問題を最初から無視してリーダーの資質の議論をいきなり始めるのは、重大な誤りです。
例えば直近の政治の話をしますと、参議院で野党が過半数をとっている状態でリーダーシップを発揮するのは、たとえどんなリーダーであっても困難なことです。自民党と公明党は与党のことに何でも反対することを最初から決めていますので、どんなに優れた戦略を描いたとしても、そしてどれだけ力強い言葉でそれを国民に語りかけても、それだけではどうにもなりません。
ここ10年間で安定した政権運営ができたのは小泉首相だけですが、彼は高い支持率を背景に衆議院と参議院で過半数がとれましたし、戦略を描けばそれを実行できました。自民党内で造反する議員がいても、高い支持率を後ろ盾に締め付けることができました。
つまりフォロワーの支持があるとリーダーシップは発揮しやすく、またリーダーシップが発揮できればフォロワーの支持が得られます。リーダーシップとフォロワーシップは卵と鶏の関係にあり、どっちかが失われるともう片方もだめになります。
日本の国民は50年ぶりに政権交代したばかりで、政権運営に苦労していた民主党に半年で見切りをつけ、フォロワーシップを放棄しました。そして参議院で野党に過半数の議席を与え、政権運営をますます難しくするという選択をしました。強固な官僚組織の壁に当たって、ただでさえリーダーシップを発揮するのが困難だった民主党に対し、さらにリーダーシップ発揮のハードルを高くしたのです。
鶏と卵の関係なので、どっちが悪いとは簡単に言えませんが、リーダーシップだけでなくフォロワーシップも問題だと言えます。
ちなみに当たり前のことですが、「現場力」があるからフォローワーとして優れている、だから悪いのはリーダーシップの欠如に決まっているという議論ももちろん問題だらけです。「現場力」があるからリーダーシップが発揮しやすいとは限らず、逆の結論を導く議論もいくらでもできます。
日本の国民性や終身雇用の慣行、「和」を重んじる風習を原因としてあげることの愚かさ
日本がどうしてうまくいかないのか、どうして韓国に先を越されているのかという議論をするとき、必ず考えるべきことがあります。
それは1970-80年代の日本は今の韓国ですらかなわない、アメリカが真剣に恐れた奇跡的に優れていた国だったと言うことです。GDPの成長も大変なものでしたが、工業製品の品質も高く、アメリカが追い抜かれるのではないかという危惧がアメリカにはありました。日本人は「エコノミックアニマル」と恐れられ、”Japan as Number 1″という本も書かれ、日本型経営がもてはやされました。
スティーブ・ジョブズもまた1980年代にソニーを尊敬し、ソニーの作業着をまねてアップル社でも制服を導入しようと考えていたというのがウォルター・アイザックソンによるバイオグラフィーに紹介されています。日本の会社へのロイヤルティーは世界中からは羨望の的であり、優れた日本型経営を象徴するものでした。
日本がつい30年前にはこれだけの成功を収めていたわけですから、今の日本の衰退の原因を日本の古来からの国民性や慣行、風習に求めるのは論理的に説得力がありません。日本の国民性が30年間でそんなに変わったとも思えませんし、「和」を重んじる風習などはむしろ30年前の方が強かったかもしれません。それにも関わらず、このことを日本の衰退の理由と考える人がいるというのは驚くばかりです。
日本の衰退の原因を知ろうと思えば、30年前と今とで何が大きく変化したかを分析するのが常道です。例えば少子高齢化とか、円高になったこととかから分析を始めるのが筋です。なのに国民性だとか風習だとか慣行だとか、このように比較的変化が少ないものに最初から注目するのはバカげています。
でも洋の東西を問わず人間は精神論が大好きだし、自国民と他国民の違いを挙げるのが好きなので、国民性が注目されやすいのです。
まとめ
以上、スティーブ・ジョブズを例に挙げることのバカらしさ、すぐにリーダーシップの欠如を取り上げることの論理的飛躍、そして日本の国民性を議題にすることの的外れ加減について説明しました。
こんな議論を続けても何の結論も見えてこないのは明白です。
経済学を含めた社会科学全般の問題でもあるのですが、もっと議論の出発点を大事にしないと、時間を無駄にするだけだと思いますよ。
論理に穴があるし、so what?がない。。
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でた!so whatバカ
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いや基本でしょ。
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論理に穴があり、so what?が無いことに関しては、認識しています。
もし不思議に思う論理展開があって、なおかつ僕が自分なりの答えを持っているものがあれば回答します。
またso what?に関しては、当然ながら自分なりの考えはあるのですが、安易にそこに持って行くのは今回は避けています。
今の時代、問題なのは答えを持っている人がいないというのではありません。特に社会科学系は僕のような素人でもいろいろ意見を言いますし、いわゆる識者という人でも素人に毛の生えた程度の人が多くいて、そういう人がテレビとか雑誌とかブログとかでいろんなことを言います。自然科学系と違って、社会科学系は実証が要求されないので、中途半端な論理がいつまでもまかり通ります。
そう考えると問題は答えを言っている人が少ないと言うことではなく、むしろ中途半端な答えが多すぎることなのです。その中途半端な答えを潰したいというのが今回の記事を書いた理由です。だからso what?はありません。
僕は自然科学の出身なので、自分がso what?を論理展開するのであればこれぐらいのレベルの議論をしたいというのがあります。残念ながら自分のso what?はまだそこに達していません。
政治家にはso what?はもちろん要求されますが、科学という視点に立つと未熟な理屈を潰すこともまた重要です。今回はそういうものだとご理解ください。
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ジョブズを語るのはケンシロウを語るのにさも似たり。
カタルシスは得られても実用性乏しいのは同意。
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さすがに社会科学系は実証が要求されないは言いすぎじゃね?
哲学から離別したのは実証を要求したからであって客観的事実を基にした「科学」を志向してきた社会科学の歴史全否定ですよ。
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so whatについては読んだ人が考えれば良いことだと思いますが、
終身雇用の崩壊、自分らしさの追求の空気が、一億総批評家・一億総司令官状態にしているという見方があるかと。
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chinkeyさん。社会科学系について実証が要求されないと言うことについての私の考えは、別の書き込みをしました。 https://naofumi.castle104.com/?p=1778
その中で 1) 社会科学の進歩および社会への貢献は自然科学に比べて大きく劣っています 2) その背景には実証への甘さがあると考えられます 3) 社会科学にも実証的で有意義な研究があるのでそういうのが主流になって欲しいと僕は述べているつもりです。
社会科学が客観的事実を基にした「科学」を志向してきたのはよくわかります。しかし「志向した」という努力姿勢が、不完全で未熟なままの一部の社会科学をかえって正当化してしまっているという問題もあります。
最近気になることがあります。昨年の大震災を受けて、1000年に一度の大地震、大津波を予測できなかった東京電力などが批判され、そして地震研究に携わっている学者は素直に自分たちの未熟さを反省しています。それに対して、たった100年前に起きたばかりの大恐慌を教訓にできなかった経済学者たちが大いに批判されているようには感じません。また彼らも根本的に考えを見直すのではなく、今までとほとんど変わりのない理屈を繰り返しているという印象があります。
一般の人々も地震研究には「科学」を期待しているけれども、社会科学・経済学には「科学」をそもそも期待していないのかもしれません。一般人から見ると、社会科学・経済学にはアカウンタビリティーはないのです。
期待されていないという事実は結構強烈だと思います。
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精神性重視(というよりも情緒的に好き)の私たち、というところはとてもよく分かります。しかしそれでは本当に正しく比較が出来ていないのもその通りだと思います。
わたしが感じるに、つい最近まで、加工貿易で経済伸張してきた日本の原材料調達コストが上がりすぎたために、現時点では競争力がを突出した状態にもっていけない段階なのではないでしょうか。危険を顧みず単純化すると、仕入れ金額が上がりすぎて、粗利を生み出せない状態。
これは日本だけではなく先進国が共通に有している悩みだと思います。だからこそ、グローバルという名のもとに、海外にデバっていくのではないでしょうか。
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佐藤さん、
私も問題に対するそういう攻め方が好きです。
もう一つ、みんな気づいてはいるけど、その問題の大きさを十分認識できていないのは高齢化、つまり人口構成じゃないかなと思っています。
以下のウェブサイトで年代ごとの人口ピラミッドが比較できますので、是非ご覧ください。僕は人口ピラミッドのあまりにも大きな違いを見ると、ひょっとするとこれだけで結構説明できちゃうんじゃないかと思ったりもします。わざわざ精神性の議論をしなくても、これだけで十分じゃないかって。
本当は高齢化が国の成長に与える影響の寄与率とかを統計的に出したものがあると面白いのですが、まだ見たことがありません。
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/kouhou/useful/u01_z19.htm
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Naofumiさん、総務省の人口ピラミッドはおっしゃる通り、示唆するものが多いかも知れませんね。総じてマスコミ等の報じ方はネガティブな論調で、財政面での葛藤が引き起こす格差社会のみにフォーカスされているように思います。つまり、未来への展望を欠いたモノと言えるでしょう。
一方、良い面もあると思うんですよ。たとえば、小売業などではその労働生産性の低さは大きな課題です。これを解消できれば、人口を増やさなくても、就業人口を増加させたこととイコールになるのではないかと。
確かにデモグラフィーの寄与率は、未到の領域ですから保証などは担保できませんよね。けれど、そこにチャレンジすることは、ブレイクスルーになるのではないかと、ワタシは思ってます、個人としては。
できれば無用なリーダーシップ待望論は避けて欲しいですね。
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