学会抄録システムの作り方:コンセプト編

学会の抄録をスマートフォンのアプリにするのが流行っています。どこでもアプリを開発して提供するようになりました。でもそれで本当に学会は良くなるのでしょうか?それともこれはただのトレンドでしょうか?

今回の学会抄録システムをデザインするにあたり、かなり根本的なことを考えました。結果として現在のはやりとは逆に、スマートフォンアプリを作るという選択肢は採用しませんでした。その理由について、まだまとまりのないメモ程度ですが、以下に書いていきます。

スマートフォンユーザはどれぐらいいるのか

スマートフォンの売れ行きは絶好調で、どのキャリアも既存のフィーチャーフォン(ガラパゴス携帯)を前面に出して売ることがなくなりました。しかし我々が興味があるのはどれぐらいスマートフォンが売れているかではなく、スマートフォン使用者の割合です。

端的に言うと、学会参加者の中でスマートフォン利用者が7割を超えていなければ、スマートフォンアプリを前面に出してはいけないと思います。

古いデータになってしまいますが、2012年2月時点での調査によると全国のスマートフォン所有率はまだ2割台です。もちろん急速に増えてはいますが、それでも2012年12月の分子生物学会開催時においても4割弱にとどまるのではないかと思います。学会に参加するような人はスマートフォン所有率が高めだとは思いますが、それでもスマートフォン所有率が6割を超えるとは考えにくいです。

こう考えると、スマートフォンに特化した企画を前面に出すことはかなり問題があると思えます。

iPadユーザはどれぐらいいるのか

世界的にiPadの売り上げ台数はiPhoneの約半分です。iPhoneの売り上げ台数は全スマートフォンの売り上げ台数の半分です。したがって極めておおざっぱな見積もりですが、学会参加者中のiPad所有率はたかだか2割だと思います。したがってスマートフォンに特化した企画以上にiPadに特化した企画はバカバカしいのです。

ならばどのようなデバイスをターゲットしたIT企画にするべきか

ターゲットするべきデバイスを考える基準はすごく単純で、現時点で何が使われているかを基準に考えます。そうすると以下のようになります。

  1. ラップトップPC: 学会参加者、特に発表者は必ずラップトップPCを持っていて、多くの場合は学会会場にまで持ってきています。昨年の学会を見ても、会場の廊下で多くの参加者がPCで抄録を確認したりメールを確認したりしていました。したがってターゲットするべきデバイスの第一位はラップトップPCです。
  2. 紙 (PDF): 次に多くに人が利用するのが紙です。抄録集のPDF版を紙に印刷して、その紙を会場で持ち歩きます。またPCの画面を印刷する人もいるでしょう。紙はなんといっても特別にデバイスを買う必要が無くて安価で、また枚数が極端に多くなければ軽いです。メモも簡単にとれます。ターゲットするべき第二位は紙です。
  3. スマートフォン: スマートフォンはウェブを閲覧することもできますし、PDFを見ることもできます。持ち運びはすごく便利ですし、利用者が急増していますので、ターゲットするべきデバイスの第三位はスマートフォンです。
  4. iPadなどのタブレット: iPadは学会用デバイスとしては究極的な存在です。持ち運びは便利で立ちながら使うことが出来、ウェブもPDFも見るのに非常に適しています。メモ書きもそれほど苦労せずにできます。またプロジェクターにつないでスライドを上映することだってできます。しかしiPadの最大の欠点は利用者がまだ少ないことです。したがってターゲットするべきデバイスとしては第四位の存在です。

このリストを見てはっきりわかるのは、最近話題になっているスマートフォン用アプリは第三位と第四位の優先順位のデバイスをターゲットしているだけであるということです。学会全体の魅力を高めるという意味においては周辺を攻めているだけで、本当に重要なところには全然突っ込んでいないのです。

もしもラップトップPCと紙媒体向けのオンライン抄録が満足のいくものであれば、それはそれで良いのかも知れません。第一位と第二位に対しては既存のもので十分に満足してもらえているのであれば、第三位と第四位に注力するのは納得できます。しかし現状は違います。ラップトップPC向けのウェブサイトにしても、紙媒体向けのPDFにしても全く満足な出来ではないのです。

結果として何をどのようにターゲットしたか

いろいろな紆余曲折がありましたが、最終的には以下のデバイスをサポートすることになりました。現状の技術水準を考えたとき、ぎりぎりいっぱいのサポートができたのではないかと思います。

  1. ラップトップPC: HTML5などの最新ウェブテクノロジーを駆使し、見やすさを高める工夫も凝らしたオンライン抄録集をウェブサイトとして用意。
  2. 紙媒体: 読みやすくデザインされたPDFを提供するとともに、各セッション毎に細かくファイルを分割(計800ファイル弱)。興味のあるところだけを印刷しやすいように工夫しました。
  3. スマートフォン: ラップトップPC用のウェブサイトをベースに、スマートフォン用にデザインしなおしたウェブサイトを用意。HTML5を使い、ネットワークアクセスの負担を減らし、ある程度オフラインでも閲覧できるようにしました。
  4. フィーチャーフォン: スマートフォンの利用者は学会時点でもまだ5割程度となる見込みで、まだフィーチャーフォンを使っている人が5割ほどいるはずです。そこでスマートフォン用のウェブサイトを簡略的なデザインに変更することで、iMode用のウェブサイトを用意しました。
  5. iPad: iPadの画面サイズは768 x 1024ピクセルです。一世代前のウェブデザインでは横幅を800px以下にすることが推奨されていたため、768px用のウェブサイトを作るのは簡単なことです。そこでラップトップPC用のウェブサイトを最初から768pxでもOKなようにデザインすることで、そのままiPadに対応しました。スマートフォン用ウェブサイトと同様にHTML5を駆使し、ネットワークアクセスの負担を減らし、ある程度オフラインでも閲覧できるようにしました。

ソフトウェアとしては以下のようなコンポーネントになります。

  1. ウェブサイト: マスターデータベースを兼ねたウェブサイトです。一つのデータベースからPC用、スマートフォン用、フィーチャーフォン用のデータが自動的に作成されます。PDF作成用のXMLファイルもこのデータベースからエキスポートします。ウェブアプリ開発でよく使われるMVC (Model-View-Controller)のデザインパターンを使っているため、PC用、スマートフォン用、フィーチャーフォン用のウェブサイトは大部分のコードが共通で、Viewコードだけを個別に用意しています。
  2. PDFファイル作成: PDFファイルはAdobe IndesignへのXML流し込みで作成しています。そこでInDesign用のテンプレートファイルおよび自動流し込みのためのAppleScriptを用意しています。
  3. Javascriptフレームワーク: ウェブサイトの一部ですが、別個に取り上げるだけの大仕事でした。学会のように大勢が集まる場所でのWiFi環境はズタズタのことが多く、せっかくウェブサイトを用意してもそれに接続できないという問題が起こります。HTML5ではWebStorage APIやWeb SQL APIなどがあり、ローカルでデータを保管できるようになっています。しかしサーバへのリクエスト、レスポンスをローカルへキャッシュ、キャッシュからの読み出し、キャッシュのinvalidationなど一連の作業を管理してくれるフレームワークはほとんどありません。そこで独自に新しいフレームワークを作る羽目になりました。

まとめ的な話

雑多な話をしているのでまとめと言いながらあまりまとめっぽくないのですが、言いたいことをここでずばり解き放つとこんな感じ。

「ろくなPC用ウェブサイトも作らずにスマートフォン用アプリを開発しているやつらは何もわかっていない。」

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