ドコモからも9,975円のタブレットが発表されたように、相変わらず赤字でタブレットを売るのが流行っています。タブレットを赤字で売る代わりに電子書籍やビデオ、アプリなどのコンテンツで儲けを出そうというのが戦略です。問題は終着点として最終的にiPadに勝てるようになるのか、それともAppleの絶対的な立場は揺るがず、別の市場でコンテンツ消費に特化したタブレットが生き残るのかどうかです(今の電子辞書のように)。
破壊的イノベーションによってマーケットの覇者が入れ替わる仕組みはClayton Christensen氏が”Innovator’s Dilemma”で理論的に解説していて、イノベーションにおけるスタンダードな理論になってきています。こに理論に即して話しますが、この理論をどう適用するかは人によってまちまちなので、あくまでも一つの解釈ということになります。
前提は技術水準がニーズを飛び越していること
Innovator’s Dilemma が起こるには前提があるとChristensen氏は述べています。それは技術水準が進化した結果、かなりの部分の消費者のニーズを飛び越してしまっているということです。つまりもっと性能が限定的なものでも十分に顧客が満足できるという状態に達していることが必要です。
どうしてこれが必要かというと、破壊的イノベーションはまず既存の主力企業が最初は脅威を感じないことから始まるからです。主力企業が「ローエンドは他企業に任せてよい」と思うことから破壊的イノベーションは始まります。そういうローエンド市場がそもそも存在することが必要です。
iPadが発表される前にネットブックがPC市場で爆発的に売れましたが、ネットブックはローエンドPCでした。これが爆発的に売れたということはPC市場全体が顧客のニーズを飛び越していたことを強く示唆していました。CPUパワーが大幅に落ちるタブレットにPC市場が飲み込まれつつあるのは、その延長線上のことです。
AmazonのKindle FireやGoogle Nexus 7の場合は性能的にiPadを目標にしています。iPadと同等以上の性能をプロモーションしています(スペック上では確かに超える部分もあります)。そうしないと顧客は買ってくれないのです。つまりまだまだタブレット市場では顧客ニーズを飛び越す技術水準には到達していません。少なくとも先進国市場ではローエンド市場は存在しません。Kindle FireもNexus 7もローエンド製品ではなく、ハイエンド製品を赤字でもいいから安く売ろうという試みです。
ローエンド市場が存在しないということは、Appleは決してハイエンド市場に逃げないし、市場で何ら譲歩しないことを意味しています。
マーケットリーダーが対抗できないような戦略が必要
マーケットリーダーに勝つためには、マーケットリーダーが対抗できないような戦略を採用する必要があります。マーケットリーダーは力が強く資源も豊富なので、そに気になれば新規参入企業を一蹴できます。それをさせないというのが破壊的イノベーションの妙です。
マーケットリーダーが新規参入企業を許してしまう理由は利益構造だったり、要求水準が非常に高い代わりに利益も良い顧客を重視しすぎたりすることだったりします。いろいろありますが、とにかく対抗できない必然的な理由があります。
問題はAppleがGoogleやAmazonに対抗する気になれるか、そして効果的に対抗できるかです。つまり電子書籍配信やビデオ配信、音楽配信など、GoogleやAmazonが利益に源泉にしようとしているサービスをAppleも立ち上げ、そして対抗できるかです。答えは簡単。Appleはもうこれらをずっと前からやっていて、音楽配信に関しては大成功しています。Amazonは電子書籍では成功していますが、それ以外ではまだまだです。GoogleはYouTubeなどの無料サービス以外ではこれといった成功はなく、基本的にはまだお金を払ってもらうのを苦手としています。
つまりGoogleやAmazonのような戦略はAppleも十分に採れて、その気になればAppleの方がうまくできる可能性だってあります。Appleが対抗的にiTunes storeのコンテンツの価格を下げれば、GoogleもAmazonも対抗値下げを余儀無くされ、コンテンツで回収するというビジネスモデルが立ち行かなくなります。
Kindle Fireはどうなって行くのか
この日経BPの記事がすべてをまとめているような気がします。待ちわびたKindle Fire HDはちょっと残念な端末だった
- サイズも重さもイマイチで、開発投資が不十分。
- アプリはAndroidと同じものであっても再度Amazonから買わないといけない。
Kindle FireでAmazonが狙っているのはiPadの代替ではないし、Nexus 7の代替でもなさそうです。破壊的イノベーションはおろか、タブレットとして成功することすら狙っていない感じがします。でもそうなるとまだまだ値段が高すぎます。おそらくはiPadが進化する傍で、ひたすら価格を下げて行くのではないでしょうか。機能の差がどんどん広がって行っても。そうやって電子書籍やポータブルDVDプレイヤーのような製品になって行くのだろうと思います。
Google Nexus 7はどうなって行くのでしょうか
Google Nexus 7の場合は違う使命があります。Googleとしては本当はハードウェアがやりたいのではなく、自分たちが損をかぶらないとiPadにいつまで経っても追いつかないからハードを作ったという経緯があります。本当はハードはメーカーに任せるつもりだったはずです。
したがって、Google Nexus 7は性能的に優れている使命があります。そして現時点では赤字で売らないとiPadに対抗できないので、赤字をかぶり続けるはずです。Amazonの場合はタブレットの性能を犠牲にして価格を下げるという戦略が採れますがGoogleはそれができません。Nexus 7は常にiPadを目指さなければならず、ローエンドからの破壊的イノベーションは仕掛けられない使命を持っているのです。
Nexus 7のような赤字で売る製品は、Googleとしてはなるべく早くやめたいはずです。Androidタブレットを各メーカーが自力で売れるようになれば、やめようと思っているはずです。でもその芽はまだありません。ズルズルと可能な限りの最高の製品を赤字で販売し続けるのだろうと思います。