Firefox OSって破壊的イノベーションになるかもと思う理由

イノベーション論の第一人者のClayton Christensen氏はイノベーションをひとくくりだ考えるのではなく、破壊的なイノベーション(disruptive innovation)と持続的なイノベーション(sustaining innovation)と分けて考えています。そして破壊的イノベーションは市場の構造をひっくり返す力を持ったもの、持続的イノベーションは市場の覇者がそのまま力を保ち続けるものと位置づけています。

さてMozilla Foundationが新たに開発したFirefox OSですが、これはかなり破壊的イノベーションの要件を満たしているような気がします。私自身はFirefox OSを触ったわけではないのですが、特にKDDI取締役執行役員専務の石川雄三氏のコメントを参考に考えてみたいと思います。

破壊的イノベーションはローエンドから入る

Wikipediaの記事にも書いてあるとおり、破壊的イノベーションはローエンド、つまり既存製品に比べて機能が不十分な状態で市場に入ってきます。

破壊的技術とは、従来の価値基準の下では従来製品よりも性能を低下させるが、新しい異なる価値基準のもとでいくつかの優れた特長を持つ新技術のことである。いくつかの優れた特長は低価格・シンプル・使い勝手のよさなどであることが多い。破壊的技術は優れた特長を有しながらも従来の価値基準では性能的に劣るので主流市場では地位を得られない。かわりに破壊的技術の優れた特長を高く評価する、小規模で新しい市場を創出することになる。

そしてローエンドで市場に参入するため、既存のメーカーにとっては魅力の少ない市場セグメントから入ります。そのため既存のメーカーが強力に対抗することをせず、そのままに放置してしまうのです。

さてFirefox OSの発表を受けて、Androidのリーダーとして知られるAndy Rubin氏の反応はどうだったでしょうか。

In general, I feel friendly toward them. … open is good.
There are places where Android can’t go,” he said, referring to memory and other hardware requirements. Firefox can help reach those. “For certain markets, it makes sense.

特に注目するべきなのは”There are places where Android can’t go”です。Androidの場合は高いハードウェアスペックが要求されるため、安価なハードウェアでは十分に動作できず、ローエンドの市場ではAndroidは使えないと彼自身が述べています。

つまりFirefox OSはローエンド市場にとって魅力のある製品であり、なおかつAndroidは(このままだったら)このローエンド市場に入り込む予定がなさそうです。

完璧に破壊的イノベーションの要件、a) ローエンド市場から入ること、b) 既存のプレイヤーが危機を感じていないこと、が満たされています。

Jobs to be doneの発想

上記のWikipediaの記事の引用の中に「新しい異なる価値基準のもとでいくつかの優れた特長を持つ新技術」という言葉があります。この新しい異なる価値基準とは何かが問題です。Clayton Christensenはこれを見つけ出すための考え方として“Jobs to be done”を主張しています。

“Jobs to be done”の発想では、製品の特徴を考えるのではなく、顧客が何をしたいのかを深く理解することが基本です。

例えばAndroidの場合、画面の大型化、CPUの高速化に向かって進化して行っています。またGoogle Nowなどはスマートフォンが知っている様々な個人情報を総合して、主体的に利用者に情報を提供します(例えば「3:00の予定に間に合うためには、そろそろ家を出ないと間に合いませんよ」)。問題はこれらの機能が”Jobs to be done”に合致しているかどうかです。顧客(特にローエンドの顧客)がこのような機能を必要としているのかどうかが問題です。

Firefox OSの場合、KDDIの石川氏によると以下の特徴があるようです。

  1. 今回発表された端末はシングルコア
  2. アーキテクチャーの観点では省電力性が高い
  3. バックグラウンド通信が少ないことから、現在のような半従量課金(上限を設定した定額料金)の“縛り”はなくなるかもしれない

一方で、未だにスマートフォンを購入せず、フィーチャーフォンのままで良いという人の意見は以下のようになっています。

料金の高さや、とっつきにくさでスマホを敬遠している人も多い。また携帯電話を長時間使う記者や営業マンには充電がすぐ切れてしまわないようフィーチャーフォンに戻す例も頻発する。

Firefox OSのコンセプトが、このような利用者のニーズに完璧にマッチしていることがわかります。そのままでもかなり”jobs to be done”に近いし、またFirefox OSはカスタマイズ性が高いので、「簡単携帯」などの開発を通してより一層”jobs to be done”に合致させることも可能です。

本当にFirefox OSは破壊的イノベーションになるのか

本当に破壊的イノベーションになるかならないかはかなりの部分、既存のマーケットリーダーの行動にかかっています。つまりAndroidが本気で対抗するかどうかです。そしてGoogleはAndroidの開発はするものの、実際の製造はしないので、対抗するかどうかはSamsungなどにかかっています。

そのSamsungはローエンド機にはTizen OSを使っていく予定です。Androidはハイエンドで使い続けるものの、ローエンドではTizenです。したがってSamsungはAndroidをFirefox OSの対抗とは考えていません。

そうなるとFirefox OSは(Tizenとともに)ローエンド市場を易々と奪っていく可能性があります。Googleが仮に危機を感じたとしても、メーカーではない以上、有効な対抗策が打てません。Googleが唯一できるのは、今のうちからローエンド機用のAndroidを別途開発することです。つまりローエンド用とハイエンド用のAndroidを別個に用意することです。でもただでさえフラグメンテーション問題が直面しているGoogleがこのような策に出るとは思えません。

そうこうしているうちにFirefox OSも進化して、いつの間にかハイエンドでも通用するようになるというのがChristensen氏が描く破壊的イノベーションのシナリオです。

iPhoneは?

上記ではiPhoneの話をしませんでした。なぜかというとiPhoneは最初からハイエンドをターゲットしており、仮にローエンド市場にFirefox OSが入ってきてもAndroidほどにはダメージを受けないからです。そしてiPhone自身も、Androidとは違って、実はずっと消費電力や通信量の問題に正面から取り組んでいたからです。iPhoneのハードウェアスペックがAndroidよりも常に低いのはこのためです。Androidほど高いスペックが必要ないので、その分を低消費電力に回しているのです。さらにAppleはハイエンド市場を独占するためのイノベーションを非常に得意としています。

またAppleはハードの販売をしていて、端末のすべてをコントロールができるので、幅広い対抗策が打てます。

したがってiPhoneはFirefox OSの参入によってダメージを受ける可能性がありますが、まず最初にやられるのはAndroidです。iPhoneが影響を受けるとすればしばらくあとになりますが、一方でAppleは様々に対抗することもできます。

追記

同じようなことをPeter Judge氏が2012年の9月に書いていたのが見つかりました。データが無いので確認できませんが、Firefox OSが低スペックのマシンでも快適に動作することが書いてあります。そしてやはり面白いことにiPhoneのことはほとんど触れず、対Androidの論点が多いです。

4 thoughts on “Firefox OSって破壊的イノベーションになるかもと思う理由”

  1. Firefoxの実機での動画を見つけました。チェックしてみてください。ブログ主さんにとって理想の動作でしょうか?(http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=USmytJZWEm8#t=64s)

    >確かにAndroidのブラウザ上でJavascriptを動かすときはDalvik Java Virtual Machineの上にV8 Javascript Virtual Machineが乗ってるんだね。

    ですから、それはきっぱり間違いです。率直に申し上げて、「お前は何を言っているんだ」というレベルのトンデモです。Java VMの上で一体全体どうやってC++で書かれたV8(https://code.google.com/p/v8/)が動くというのですか。物理的にありえないことを言っていると分かってます?

    だいたい、自分が見てもいない、使ってすらもいないプロダクトでここまで筆をふるうということ自体おかしいと思いませんか。Firefox OSをやたらプッシュする人たちは、技術的誠実さも知識もない、話を聞かないという印象を持っていますが、それがさらに深まりました。

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  2. 矢部さん、コメントありがとうございます。

    Firefox OSにどうしてそれほどの怒りを感じているのかはよくわかりませんが、Dalvikの上でV8が動くという書き方はまずかったですね。訂正します。ただ、以前に書いていただいたコメントへの返答でも申し上げたように、細かい技術論はあまり重要ではなくて、Androidに非効率が有り、結果として高いスペックを要求するというのは事実だろうと思います。

    またFirefox OSのアルファ版でのスピードについては、特に議論する必要はないんじゃないなかと思っています。ましてやあのビデオのNexus Sは開発者向けに辛うじてサポートされている程度のもので、Nexus S用にはほとんど最適化されていない可能性があります。ビデオとしてはむしろ実際に発売されるGeeksphone Keon (1Gz single core, 512MB RAM), Alcatel One Touch Fire(1Gz single core, 256MB RAM)などを探して見るべきだと思います。

    破壊的イノベーションはしばしば技術に詳しい人間にまずは揶揄されます。全く性能が追いついていないとからかわれます。だからこそ破壊的イノベーションが起こるのだというのがClayton Christensenの著作に繰り返し紹介されています。破壊的イノベーションの初期段階では、スペックは対象とするマーケットでギリギリ受け入れ、なおかつそのマーケットが今まで享受していなかった新しい価値を提供することが大切です。なおかつ既存の企業が対抗しないぐらいに無視されることが重要です。少なくとも無視されることについて言えば、矢部さんのコメントを見る限りFirefox OSは合格点と言えます。

    最後に、私は製品を評価しているのではありませんので、製品の細かいスペックを見たり確認したりはしません。あくまでもイノベーションに関する理論に基づいて、現在の技術動向を理解しようとしています。ですから各プレイヤーの戦略、狙っているマーケット、そして世の中全体の技術の成熟度などを見ます。

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