スマートフォンの売り上げ:いろいろな数字

スマートフォンって非常に成長が著しい市場で規模も大きいので、調査会社がいろいろな分析をしています。でもそれはかなり怪しいよという話をいくつかここにまとめます。

アメリカの携帯キャリアが報告している数字

以下はアメリカの携帯電話ネットワークキャリア(AT&T, Verizon, Sprint, T-Mobile)が報告している数字です(Benedict Evans氏のブログから引用)。Apple以外のスマートフォン製造会社はどれも売り上げ台数を報告しないので、調査会社が推測した数字じゃなくて、実際に販売している会社が報告している確固たる数字はこれぐらいしかありません。

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ポイントは

  1. 2012年Q3でiPhoneが9.3 million、その他のスマートフォンが8.7 million販売されました。
  2. スマートフォンは携帯電話全体の販売台数の80%。

調査会社などの調べでは世界全体の市場ではAndroidは75%としていて、この数字自体がかなり推測を含んでいますが、USに限って言えばiPhoneがスマートフォン市場の50%以上を握っています。

Benedict Evans氏のブログによると、Comscoreなどの調査会社の調べではiPhoneの利用者はスマートフォン全体の30%しかないという調査結果があり、それも怪しいねという話です。

アップル vs. サムスンの法廷資料で出てきた数字

調査委会社のIDCなどは2012年のQ2にサムスンが50.2 millionのスマートフォンを出荷したとしています。しかしこれもかなり推測を含む数字です。サムスンはスマートフォンの出荷台数を近年報告していません。

しかしアップル vs. サムスンの裁判の中で、適切な損害賠償の額を算出するためにアップルもサムスンも実際の販売台数を報告する義務が発生しました。USでの販売台数しか出てきませんでしたが、メーカー自身が報告した正確な数字としては貴重なものです。以下、Horace Dediu氏がまとめたものを紹介します。

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以上のグラフはサムスンが世界全体で出荷したと推測されるスマートフォン台数全体(IDC調べ)と法廷で損害賠償の対象となっているサムスン製スマートフォンの実際の販売台数を比べたものです。ただしサムスンの実際の販売台数はUSのみです。また2012年の4月に販売開始されたGalaxy Nexus, 2012年7月に販売開始されたGalaxy SIII, 2012年2月に販売開始されたGalaxy Noteは含みません。

IDCの調査結果がUSでの販売傾向を全く反映していないことは一目瞭然です。

ウェブブラウジングの使用率を見た数字

Statcounterがウェブを閲覧したユーザのデータを公開しているので、ここから分析することもできます。まずはUSのデータ。

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USのデータを見るとUSのキャリアが報告している販売台数と良く似た数字になっています。iPhoneの方がAndroidよりも上で、iPhoneの方が不くるから販売されていることを加味すれば、実際の販売シェアよりもウェブアクセスのシェアでiPhoneが上に来るのは納得できます。

Statcounterを世界全体で見ると以下のようになります。

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Androidの方がiPhoneよりも多くなっています。またAndroidが強いのは一人あたりGDPがあまり多くない国が多く、ネットワーク環境が整備されておらず、ネットアクセスが不自由である国が多いと考えられますので、Androidからのウェブアクセス以上にAndroid端末は世界で売れていると考えることができます。世界全体でAndroidが75%の販売シェアを持っていることは、この数字を見る限り十分可能だと考えられます。

ちなみにStatCounterの数字を日本で見ると、iPhoneとAndroidが拮抗しています。iPhoneの方が強いUSとは違います。これはDoCoMoがiPhoneを売っていないのが最大の理由でしょう。

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Androidが強い国って何処だろう

StatCounterの国別の数字を、各国の一人あたりGDPでプロットしました(まだすべての国をプロットしていませんが主要な国は含んでいます)。

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なおSymbianもSeries 40もNokiaのOSです。

はっきりわかるのは

  1. 一人あたりGDPが高い、裕福な国ではiOS (iPhone)が強く好まれている。しかし一人あたりGDPが50位以下の国では弱い。
  2. Androidは裕福な国ではそこそこ使われているが、iOSとの決定的な違いはGDPが40位以下の国で強いこと。GDPが40位以下の国というのは、ロシアやアルゼンチン、マレーシア、メキシコ、ブラジル、タイ、中国などを含みます。
  3. NokiaのOSは一人あたりGDPが低い、貧しい国でよく使われている。

アップルがTVを売るとしたらどんなものか & 今のテレビ産業のまずさ

昨日、両親のテレビを選ぶために5年ぶりに家電量販店のテレビ売り場を見に行きました。

がっかりしました。価格競争の末路とはこうなるのかと。

もちろんアジアの新興国が液晶テレビに参入し、技術も成熟すれば液晶パネルの価格が下落し、液晶テレビの価格が下がるのはわかっています。グローバルな価格競争に巻き込まれ、安い製品しか売れなくなるという理論は少なくとも半分はその通りなのです。

しかしパソコンの世界ではAppleのMacがここ数年間か絶好調で、他のメーカーがほとんど$1,000以下の製品が売れ筋であるのに対して、Macだけは$1,000以上の製品が主力で売れています。

そこでAppleだったらどんなテレビをデザインするかなとちょっと考えてみました。

製品群を絞る

NewImageSteve Jobs氏がAppleに復帰して、すぐに行ったのは製品の絞り込みです。Performa6260, 5200, 5300とかPower Macintosh9600, 8600とかのような意味不明の製品型番を廃止し、一般消費者向けのiMacとiBookそしてプロフェッショナル向けのPower MacとPower Bookに製品に絞り込みました。そして各製品カテゴリーには”Good”, “Better”, “Best”という数種類のコンフィギュレーションを用意するものの、これらの違いはほぼCPUのスピードやRAM容量の大小に限定しました。数多くの製品を、たった4つに絞ったのです。

このコンセプトを発表したときにSteve Jobsが語っていたのは、「こんなに製品が多いと、社長の自分だってどれを買って良いかわからない」ということ。つまり何を買えば良いかを分かりやすくするための絞り込みだったのです。もちろん会社の限られた資源を少数の製品に投入できるメリットもあります。

さてテレビの状況を見てみましょう。昨日見たのはシャープのAQUOSでしたので、それで紹介します。下記は今日時点のシャープのウェブサイトからとりました。

製品カテゴリーは大きく分けて「クアトロン」「フリースタイル」「LEDバックライト」。どのキーワードもなじみが無いものばかりで、何の意味だかわかりません。そして各カテゴリーを合わせて実に19の製品があります。各製品紹介の一文には「スタイリッシュ」「スマート」「プレミアム」「スリム」「スタンダード」「オールインワン」「ベーシック」「カンタン」とかいろいろ書いてありますが、何を言いたいのかよくわかりません。

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例えばAppleの場合、

  1. すべての製品が「スタイリッシュ」で「スマート」で「プレミアム」で「スリム」で「カンタン」で「シンプル」です。”Mac”というブランドはこれらの言葉をすべて内包しています。Appleの場合、各製品の違いを紹介するのに使う言葉ではありません。Appleと競合他社の違いを説明するのに使う言葉です。
  2. Appleは製品カテゴリーを分ける基準として可搬性(ラップトップ、デスクトップ)、そして必要なパワー(一般消費者、プロフェッショナル)だけを選択しました。それに対してシャープは使用している技術(クアトロン、LEDバックライト)でカテゴリーを分けました。シャープの選択には非常に大きな問題があります。テクノロジー分野は技術がすぐに変わってしまうので、技術ごとにカテゴリーを分けるとすぐに陳腐化してしまいます。あるときは「LEDバックライト」はハイスペック製品を指していたかも知れませんが、数年後にはロースペック製品を指すことになります。例えば今年いっぱい「クアトロン」の良さを紹介するために広告宣伝費を何億と使っても、数年後にはそれはすべて無駄になってしまいます。それに対してAppleの場合は”MacBook”とか”iPad”という製品ブランドをプロモーションの中心に持って行き、そのブランドを顧客に覚えてもらうようにしているので、何年経っても投入した広告費は生き続けます。
  3. Macintoshに限定すれば、2012年時点 Macbook Air, Macbook Pro, Mac mini, iMac, Mac Proの5製品しかありません。シャープのテレビラインアップの1/4です。ポストPCデバイスのiPadおよびiPad miniは同じ製品の別サイズとみても良いので、iPadを入れても6製品しかないと言えます。

さてAppleがテレビを売るとしたら、どんな製品ラインアップを用意するでしょうか?

私の予想はこうです。

  1. 製品はたったの1種類。
  2. その製品は「スタイリッシュ」で「スマート」で「プレミアム」で「スリム」で「カンタン」で「シンプル」な製品。さらにシャープが持っている一番高い技術である「クアトロン」はもちろん搭載しています。
  3. 画面サイズは52 or 55, 40, 32インチの常識的なサイズのみ。アメリカでも60インチ以上のものが特に売れているわけではなさそうなので、60インチオーバーはラインアップに加えないだろうと思います。
  4. もちろん「オールインワン」。つまり録画機能(HDを含めて)はテレビに組み込み済み。ただしBluRayは衰退していく技術だとAppleは判断していますので、BluRayは入らないでしょう。

デザインを良くする

例えば「スタイリッシュ」と書かれているシャープのXL9シリーズを見ると、PRポイントは「画面の大きさと映像が映える、アルミフレームデザインを採用」です。でもこれってパッとしないですよね。確かに他のテレビはプラスチックの安っぽいフレームを採用しているので、それと比べればましではありますが、ぐっとくるような魅力はありません。

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これに対して今のApple iMacのデザインのポイントを見てみましょう。

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iMacの場合はそもそもフレームを無くして、端から端までガラスを張っています。iMacは2006年までのプラスチックを使った筐体から2007年にアルミに切り替え、その時からフレームをほとんど目立たせないデザインを採用しています。2009年からはこれを進化させ、フレームのないデザインを採用しています。

実際に店舗に行くとわかりますし、Amazonのウェブサイトでもある程度わかりますが、今売られている液晶テレビは安いものから高いものまで、ほとんどすべてが同じような光沢のある黒い枠がついています。内部でどんなに高度が技術が使われていようとも、あるいは3Dに対応していようとも、それがデザインからではわからなくなっています。

これってすごくまずいです。ベンツとカローラのデザインが同じという状態です。

高級品を買う人ってすべてが技術が好きだというわけではなく、虚栄心で高級品を買っていることが良くあります。ベンツなどはその典型です。であればその虚栄心を満足するべく、一見して高級品だとわかるようにデザインを工夫しなければなりません。低価格品とは明確に区別されるような、高級ブランドのメッセージが伝わらなければなりません。ベンツの場合はそれはエンブレムでしょうし、BMWであればそれはフロントグリルになります。Appleであれば、細部までデザインにこだわっていること自身がブランドメッセージです。

もしアルミフレームというものが「高級感」を連想させるデザインになるのであればシャープのやり方でも良いのですが、かなり弱いと感じます。これだけでは誰も驚かないし、センスも感じませんし、シャープの技術力の高さやイノベーションを感じません。

Appleがテレビをデザインすれば、それは間違いなくiMacのデザインを踏襲するでしょう。iMacを薄くするために培った技術力を活かして極限までにテレビを薄くし、そしてそれが際立つようにフレームのないデザインを採用するでしょう。こうすれば誰が見ても「あっ、あのテレビは何かが違うぞ!」となるし、家にお客を招いた場合は必ず「このテレビ、すごい!」という話題になります。

最後に

Appleはパーソナルコンピュータを売っている会社だから、Appleがテレビを作るのであればインターネットに接続したりiPhoneと連動したりとか、そういうことを考える人はたくさんいます。しかし実際の量販店のテレビ売り場に行くと、それ以前の問題がたくさんあることに気づきます。

良い製品をそこそこの値段で売るための条件が整っていないのです。あの状況なら価格競争は必然的に起こるという状況しかないのです。

Steve JobsがAppleに戻った頃、Appleは勝ち目のない価格競争の巻き込まれていました。初代iMacは技術的にはたいしたものはありませんでしたが、価格競争から抜け出すための大きな手がかりとなりました。DELLなどによる熾烈な価格競争の中、マスコミに敗北者の烙印を押されたブランドであっても、いろいろ工夫すれば差別化路線がとれるし、ちゃんとした利益を確保できることをiMacは教えてくれました。

今テレビ業界に必要なのは技術的なことじゃなくて、何かこういうものだろうと思います。

追記

大事なことを忘れました。Appleだったら3Dテレビは出さないだろうなと思います。人気が出ない3D技術は思い切って早々と捨てるでしょう。理由はいろいろありますが、まず量販店の3Dテレビ置き場におかれてしまうのはかえって不利ではないかと思いました。それぐらいに3Dテレビの関心が低い可能性が十分にあります。むしろ普通のテレビのところに配置してもらって、普通の40インチを買おうかなと思っていた顧客を引きつけた方が良い気がしました。

Appleはハイスペック製品を買う人を追いかけることはあまりしません。あくまでも普通の顧客を中心に置きます。Appleは、普通の顧客とバーゲンハンターは違うと考えています。普通の顧客にマッチした最高の製品をつくれば、リーズナブルな価格で買ってくれるだろうと考えています。ですから3Dのようなギミック的なものは追求せず、普通の顧客に高い付加価値を提供する道を選ぶはずです。

それとソニーが「モノリシックデザイン」のテレビを出していて、デザイン的にかなり魅力的です。意識して実物を見ませんでしたので、どれだけ差別化につながるデザインかはわかりませんが、良い方向だという印象を受けます。しかし大きな問題があります。ソニーにはダメな製品が多すぎるのです。

ナイキの社長にSteve Jobsがアドバイスしたとき、「ナイキは世界で最高の製品をいくつも作っている。しかしクソみたいなものもたくさんある。クソみたいな製品を捨てて、良い製品に集中しろ」と語ったことは有名です。

もしソニーにアドバイスするとしたらSteve Jobsはきっと同じことを言ったでしょう。「モノリシックデザイン」はとても魅力的でよく売れているようです。しかしソニーはクソみたいな安い製品もたくさん売っています。Appleであれば「モノリシックデザイン」のような優れた製品を1つだけ売り、高級志向のユーザに対しても普通のユーザに対しても同じデザインの製品を提供するでしょう。

優れたデザインの製品を売っている会社ならApple以外にもたくさんあります。しかし優れたデザインの製品だけを売り、なおかつそれで普通のユーザまでカバーしている会社としてはAppleはかなりユニークです。そういうことに挑戦する会社がテレビ業界にも出てくれば、価格競争から抜け出す突破口が見えてくると思います。