“the stupid manager theory”
Microsoft CEOのSteve Ballmer氏が近いうちにCEO職を退くと報道され、いろいろなことがあっちこっちのブログに書かれています。特にMicrosoftが1990年代から2000年代の頃の絶好調な時期とは対照的に、今ではタブレットPCやスマートフォンの流行に完全に取り残されてしまっているため、Steve Ballmer氏が失敗した原因は何だったのかという議論をしている人が目立ちます。
しかしClayton Christensen氏のInnovator’s Dilemmaの考え方をしっかり理解している人はそういう議論をしません。Christensen氏自身は、いわゆる正攻法で企業を経営していけば、いずれ必ずジレンマにぶつかり、そして衰退するのがイノベーションを興した企業の運命だと述べています。つまりどんなに優秀なCEOであったとしても、正攻法の経営をしている限りは衰退します。Steve Ballmer氏の能力は問題ではなく、正攻法そのものの問題だということです。
Christensen氏によれば、このジレンマを脱出する方法は一つで、つまり自分自身で自分を破壊していくことだとしています。「破壊」は運命なので、問題はそれを自分でやるか、他社にやられるかだけという考えです。もちろんこれは正攻法と呼べるものではありません。
Christensen氏の理論に基づいて現在のIT業界を分析しているHorace Dediu氏は、昨日“Steve Ballmer and The Innovator’s Curse”という記事を書きました。以下に引用します。
The most common, almost universally accepted reason for company failure is “the stupid manager theory”. It’s the corollary to “the smart manager theory” which is used to describe almost all company successes. The only problem with this theory is that it is usually the same managers who run the company while it’s successful as when it’s not. Therefore for the theory to be valid then the smart manager must have turned stupid at a specific moment in time, and as most companies in an industry fail in unison, then the stupidity bit must have been flipped in more than one individual at the same time in some massive conspiracy to fail simultaneously.
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It’s all nonsense of course.
「企業が失敗したのは、経営者が間違いを犯したからだ」という考え方では、現実を説明し得ないとしています。これはChristensen氏の考え方と同じです。
Steve Ballmer’s only failing was delivering sustaining growth (from $20 to over $70 billion in sales.) He did exactly what all managers are incentivized to do and avoided all the wasteful cannibalization for which they are punished.
Steve Ballmer氏の唯一の失敗は、売り上げを$20 billionから$70 billionに成長させたことだとしています。つまり企業の成長を最適化させる戦略を採用したことがSteve Ballmer氏の失敗であり、Microsoftが難局に直面している理由だとしています。
私も同意見です。
以下では私になり、Steve Ballmer氏のMicrosoft (Bill Gates時代もかぶりますが)がどのように成功し、失敗したかを考えてみたいと思います。
時代がCloudに移行したことが原因か?
時代の主役がパソコンからCloudに移り、それに乗り遅れたからMicrosoftが失敗したと述べている人々がいます。
この議論は全く根拠がありません。
Microsoftの強みはデスクトップのWindowsおよびその上で動作するMS Officeアプリです。Cloudがこれを脅かしたというのであれば、a) Cloudを中心としたOSがWindowsを脅かしている事実、b) Cloudを中心としたOfficeアプリがMS Officeを脅かしている事実、を例示する必要があります。
そのようなデータが無い限り、証拠はないことになります。
a)のCloudを中心としたOSについては、1990年代のthin clientなど歴史が古いです。また2007年頃から登場したLinux搭載Netbookは、「どうせブラウザしか使わないんだったらLinuxで十分でしょう?」という割り切りをした製品でした。そして最近で言えばGoogleのChrome OSがCloudを中心としたOSです。
Microsoftはthin clientの脅威を軽く跳ね返し、Netbookについては廉価版のWin XP, Win 7を提供することで懐柔し、LinuxベースのNetbookを埋没させました。そしてChrome OSについては、話題性こそあるものの、ウェブアクセスログ分析によると非常に利用率は低いままです。
「Cloudを中心としたOSがMicrosoftを脅かしている」という事実はないことになります。
b)のCloudを中心としたOffice アプリとしては、GoogleのGoogle Docsを考えることになります。
しかしMS Officeは2013年時点で80-96%の市場シェアを誇り、CloudベースのOffice 365も準備しています。Google Docsの利用が増えているのはMicrosoftにとっては注視すべき事態ではありますが、脅威というレベルではありません。まだまだ十分に時間はあり、また対策も的確に打っています。
「Cloudを中心としたOfficeアプリがMicrosoftを脅かしている」というのは相当な誇張であると言えます。
モバイルの重要性を認識していなかったのか?
MicrosoftはAppleやGoogleなどよりもずっと以前からモバイルコンピューティングの分野に関わっていました。Windows CEは1996年に発表され、その後にWindows Mobileに発展し、Windows Phoneに至っています。
Steve Ballmer氏およびMicrosoftはモバイルの重要性を認識していなかったのではなく、むしろをモバイルで先駆的な役割を担ってきました。とはいえ、先頭を切っていたのは常にMicrosoftではなく、PalmであったりBlackberryだったりしました。
タブレットについては、Microsoftが常に先頭を走っていました。2002年にタブレット用のWindows XPを提供し、以後もずっとタブレット用のWindowsおよびMS Officeを提供してきました。問題は唯一、タブレットPCが余り売れなかったことです。そしてiPadが2010年に発表され、爆発的に売れると、タブレットの主役はAppleに移ります。
このようにMicrosoftがモバイルの重要性を認識していなかったというのは誤りです。むしろMicrosoftこそが最もモバイルの重要性を認識しており、一貫して開発を続けてきたと言えます。
Nokia, Blackberryの失敗も考える
Microsoftと同じように窮地に立たされているのはNokiaとBlackberryです。時代の主役を担ってきた複数の企業が、ほぼ同じ時期に大きなピンチを迎えているのは偶然ではありません。
Microsoft, Nokia, Blackberryの経営者が同時の同じような過ちを犯したのでしょうか?それはさすがに考えられません。そうではなく、今まで主役がそろってこけるような大きな外的要因が存在したと考えるべきです。
NokiaやBlackberryはMicrosoft以上にモバイルのフォーカスした会社です。両社もそろってコケていることを考えると、外的要因は単純にモバイルへのシフトだけでもないようです。
思考実験
一つの思考実験をしてみます。
iPhoneが登場する前までは、AndroidはBlackberryのクローンを目指して開発されていました。
もしもiPhoneが発売されず、Googleがこのままの形でAndriodを発表し、Samsungなどがこのような端末を販売していたら何が起こったでしょうか?
果たしてAndroidがBlackberryやNokiaを駆逐し、強大な市場シェアを獲得できたでしょうか。ちなみにBlackberryだけでなく、PalmやWindows用にも良く似た端末が発売されていたことを思い出してください。
そもそもAndroidを採用したメーカーはいたでしょうか?機能的に差が無いのであれば、出たばかりのAndroidよりもWindows Mobileを採用した方が賢明です。
iPhoneをつくるか、iPhoneの真似をするか
AndroidがBlackberryやNokiaを一気に出し抜くことができたのは、いち早くiPhoneに似た(そっくりな)ものを作ったためです。それだけです。
Microsoft, Nokia, Blackberryを飲み込んだい大きな外的要因はiPhoneの登場であって、Cloudやモバイルへのシフトではなかったのです。
もしもSamsungやLG、HTCなどのメーカーがBlackberryタイプのスマートフォンを開発しようと思えば、第一候補はWindows Mobileでした。顧客がBlackberryタイプのスマートフォンを購入しようと思えば、BlackberryからNokia、Windows Mobileに至るまで、既に選択肢は豊富でした。Google Androidが入り込む隙はありませんでした。
それに対してiPhoneのそっくりさんを作ったのはGoogleだけでした。プライドも何もなかったGoogleは、AndroidをiPhoneそっくりに作り替えることに躊躇しませんでした。しかもEric Schmidt氏はAppleの取締役でしたので、iPhoneの発表前からインサイダー情報を入手していました。ですから迅速に開発することができました。
iPhoneの大成功のため、各メーカーは何とかiPhoneタイプの製品を開発したいと思っていました。それを可能にしてくれたのが唯一Androidでした。ですからメーカーは一気にAndroidに群がりました。iPhoneのそっくりさんを提供できないMicrosoftから一気に離れました。
一方で顧客はiPhoneのそっくりさんを欲しがっていました。Nokia, Blackberryはそれを提供することができませんでした。そして顧客はNokia, Blackberryから離れていきました。
MicrosoftがiPhoneを作れなかった(真似られなかった)理由
ここまで考えるとポイントがずいぶんとはっきり見えてきます。
Microsoftが失敗した理由はCloudへの対応が遅れたからであるとか、モバイルへのシフトに乗れなかったからではありません。
理由は以下の通りです;
- モバイルに注力しながらも、タッチUIを前面に出し、キーボードを排除したiPhoneのような端末を開発できなかったから。
- iPhoneが登場したとき、Googleほど迅速にiPhoneの真似ができなかったから。
考えなければならないのは、どうしてタッチUIを前面に出せなかったか、そしてiPhoneの真似ができなかったかです。
iPhoneの真似が迅速にできなかった理由は簡単です。Windows Mobileを開発してきたことがありますので、それをすぐに捨てるのは簡単ではありません。また以前のAppleとの特許の和解の時、AppleのUIをソックリ真似ないという条項が入っていた可能性があります。
実際Microsoftが最終的に作ったWindows Phoneは、iOSとは見かけが大きく変わったものになっています。Windows 95 vs. Mac OSと比較してもWindows Phone vs. iPhoneのUIの差は大きく、Microsoftが意図的にiPhoneとは異なるUIを開発したことがうかがえます。
問題は1の方です。長年にわたり、多額の投資をしながら、MicrosoftはどうしてiPhoneのように爆発的に売れる次世代タッチUIを開発できなかったのか。
タッチUI開発はどうして難しかったか?
MicrosoftがなぜiPhoneのように爆発的に売れるタッチUIを開発できなかったか?これは非常に難しい問題です。簡単に結論が出るような話ではありません。
細かい事例をいくつも列挙することは簡単です。
例えばAppleは垂直統合モデルを採用しているのに対してMicrosoftは水平分業になっています。だからAppleが有利だったと言えます。あるいはAppleにはプラットフォームへの依存度が低いMac OS Xがあり、x86との関係が強いWindowsよりもスマートフォン用に作りやすかったことなども挙げられます。会社の中心にビジョンを持った強いリーダーがいたかどうかを問題に挙げることも可能です。
しかし自分の議論をサポートする事例をいくら並べても意味がありません。なぜならば、反対方向の議論、つまりMicrosoftの方こそ有利だったという議論も同じようにできるからです。
事例をたくさん並べることは、結局は結果論にしかなりません。
イノベーションのスタイル
こういうとき、私はマクロレベルの議論をするようにしています。そしてマクロレベルの議論は主にそれぞれの会社のイノベーションの歴史とスタイルです。
GoogleやAmazonのイノベーションスタイルについては、このブログで以前に議論しています。
Googleは最初の検索エンジンは別として、それ以外では既存の製品・サービスを無償化することが圧倒的に多くなっています。GMail, Google Docs, Androidのいずれも、通常は有償なもの(あるいは無償だけど限定的なもの)を無償化しました。Googleは競合他社と同等の値段であっても売れるような機能的に優れた製品を開発したことはありません。
Amazonは物理的な店舗を電子化したのでイノベーションです。それによって今までは不可能だった物流などの効率化が可能になりました。Kindleなどにしても、紙のものを電子的に流通させるイノベーションです。Amazonは販売しているコンテンツそのもののイノベーションに投資したことはありません。あくまでも流通です。
GoogleにしてもAmazonにしても、イノベーションのスタイルは驚くほど一貫しています。
それに対して、Appleは常に製品のイノベーションに投資してきました。競合他社と同等の値段であったとしても、あるいは競合他社より圧倒的に効果であったとしても売れる製品を目指してきました。これもまた一貫しています。そしてタッチUIなど、製品そのものに関わるイノベーションがAppleから生まれるのは納得がいきます。
Microsoftはどうでしょうか。MicrosoftのイノベーションはCP/MをMS-DOSとしてIBMに売ったこと、Macintoshを参考にWindowsを作り上げたこと、Microsoft OfficeでLotus 1-2-3やWordPerfectに打ち勝ったこと、Internet ExplorerでNetscapeに打ち勝ったことなどです。Xboxでゲーム市場に食い込んだこともMicrosoftらしいやり方です。既存の製品を参考にプラスアルファを加え、忍耐強く戦うのがMicrosoftの姿勢です。このスタイルも非常に一貫しています。
このようにそれぞれの企業のイノベーションスタイルはかなり一貫していますし、おのおののスタイルの限界の中でのみイノベーションできています。MicrosoftがどうしてiPhoneに匹敵するタッチUIを開発できなかったかは、細かい理由はわからないものの、そのスタイルを考えると納得できることです。決してCEOのせいではありません。
Microsoftは今後どうする?
Microsoftが今後どうするかも、そのスタイルから予想することができます。Microsoftのスタイルとは、当初は遅れをとっても忍耐強く戦い続け、チャンスをつかむまで粘るものです。
Windows 1.0は1985年11月、Macintoshが発売されて2年弱で登場しました。当初は全く成功しませんでしたが、5年後の1990年にWindows 3.0が発売されると人気が出てきます。そして1995年のWindows 95の登場で大流行します。
Microsoft Officeを構成するWordおよびExcelはいずれも歴史が古く、1984年からWindowsが成功するまでの間は主にMac用の製品として知られていました。MS-DOS上でWordPerfectやLotus 1-2-3に勝つことはなく、Windowsが普及するのに伴ってやっとトップシェアを獲得するようになりました。
Internet Explorerも先行するNetscapeを追いかけ、追い越した製品です。本格的にNetscapeを脅かすようになったのはバージョン3以降と言われており、Netscapeのβ版が公開されてから3年後のことです。Internet Explorerがトップシェアを獲得するのはInternet Explorer 5.0の頃です。
したがって、Steve Ballmer氏の後任が変なことをしない限り、Microsoftは今までのスタイルを継承するでしょう。再び忍耐強くスマートフォンマーケットに食い込もうと努力し、タブレットマーケットでも努力を続けるでしょう。時間もまだまだあります。タブレットの売れ行きが好調とは言え、パソコンの出荷台数もまだまだ多く、そしてMicrosoftの利益はAppleには遠く及ばないものの、依然としてGoogleをしのいでいます。
MicrosoftはAppleと違い、新しい製品カテゴリーを築き上げる力はありません。Microsoftの底力は他社の成功した製品を改良し、凌駕することです。Microsoftは多大な研究開発投資にもかかわらず、タブレットPCで成功を収めることができませんでした。これは別にMicrosoftの研究開発力が落ちたからではなく、真似るべき製品がなかったからです。今は真似るべき製品があります。真似るべきはiPhoneでありiPadです。したがってMicrosoftの研究開発力が発揮しやすい状況にあります。
最終的にMicrosoftがスマートフォンとタブレットの市場で勝てるかどうかは未知数です。しかし過去の例から見ても、Microsoftは数年間は努力を続け、バージョンを数回重ねてやっと勝利をつかむことが多いです。今回が例外だと考える理由は特にないと思います。