Steve BallmerとInnovator’s Dilemmaをはっきりさせる

Horace Dediu氏が“Steve Ballmer and The Innovator’s Curse”という題で、Innovator’s Dilemmaの視点からSteve Ballmerを擁護しています。

具体的には、既存の製品からの利益を最大化する経営戦略、つまり経営者に通常期待される戦略そのものがMicrosoftをInnovator’s Dilemmaに陥れたということです。したがってもしもSteve BallmerがInnovator’s Dilemmaを避けるようなことをしたならば、むしろその方が早くクビにされたのではないかと述べています。

Clayton Christensen氏のInnovator’s Dilemma理論を深く理解していないと得られない視点です。一般的な考え方と逆なので。

Horace Dediu氏は抽象的に議論していますが、私なりに具体的に考えたいと思います。

Microsoft ascended because it disrupted an incumbent (or two) and is descending because it’s being disrupted by an entrant (or two). The Innovator’s Dilemma is very clear on the causes of failure: To succeed with a new business model, Microsoft would have had to destroy (by competition) its core business. Doing that would, of course, have gotten Ballmer fired even faster.

まずはMicrosoftがトップに躍り出たのは、既存の企業を破壊的イノベーションで押しやったからだとしています。この場合、「既存の企業」というのはIBMを指し、破壊的イノベーションというのは「パーソナルコンピュータ」を指すでしょう。個人用のパソコンを所有することが現実的となるぐらいに、そして普通の個人がパソコンを操作できるぐらいに簡単にしたのはMicrosoftです(アップルは操作は簡単にしましたが、値段を下げなかったので不十分でした)。これでIBMのオフィスコンピュータ、メインフレームのビジネスを破壊しました。

Microsoftが特にパソコンの値段を下げるのに成功したのは、ハードウェアをコモディティーにしたからです。ソフトウェアを広く供給し、普及させることで、パソコンメーカーは差別化ポイントを失います。そしてハードウェアの価格競争に巻き込まれます。

一方Googleはソフトウェアをコモディティーにする戦略を立てています。Cloudを利用することでソフトウェアに広告を配信するビジネスモデルを確立し(まだ収益の柱ではありませんが)、ソフトウェアを無償で利用できるようにしています。MicrosoftがGoogleのビジネスモデルを追従しようと思うと、今までのソフトウェアでの収益を犠牲にする必要があります。普通の経営者であればこの選択はしません。

またiPhoneが登場した背景には、最先端のハードウェアと優れたソフトウェアを組み合わせたことがあります。Microsoftはソフトウェアを広く供給することがビジネスモデルですので、最先端のハードウェアじゃなくても動作するソフトを供給しようとします。幅広いハードをサポートするようにします。したがって時代を先取りしたハードを必要とする製品はなかなか開発できません。特定のハードウェアメーカーをひいきして、密に組んで革新的なハードを開発するのはなかなかできません。Microsoftは早い段階からモバイルに着目していましたが、斬新なハードを作るのはビジネスモデルに合わず、Palmのそっくりさんの作る方がビジネスモデルに合っていました。

Tablet PCについては、Microsoftはパソコンの存在を脅かすものを作るのではなく、パソコンの進化形を作ろうとしていました。ですから、パソコンプラスアルファをデザインしていました。当然値段もパソコンより高くなります。一方、Appleは引き算でiPadをデザインしました。パソコンからマルチタスク、マルチウィンドウを取り除き、キーボードを外しました。Flashを外したのはむしろかわいい方です。引き算と引き替えに、低価格、長持ちする電池、簡単な操作性を手に入れました。iPadだとデバイスの単価は下がりますので、Microsoftの利益は減る可能性があります(Netbookの時と同じように)。Tablet PCにしていけば、利益は変わりません。

If anything, Steve Ballmer avoided The Innovator’s Curse. Being successful with new market innovations would probably have led to an even shorter tenure. Destroying prematurely the pipeline of Windows in favor for a profit-free mobile future would have been a fireable offense. Where established large companies are concerned, markets punish disruptors and reward sustainers.

MicrosoftはWindowsとOfficeが収益の柱です。MicrosoftにとってのCloud戦略にしてもMobile戦略にしても、あくまでもWindows/Officeの売り上げを増すようにデザインされていました。モバイルOSのWindows CEはあくまでもパソコンのアクセサリーであって、パソコンとWindowsに変わるデバイスではありませんでした。そしてWindows TabletはWindowsに変わる低価格製品ではなく、付加価値をつけたより高級な製品でした。

このようにMicrosoftの失敗の原因は、かなりの部分、ソフトウェアに価値の中心をおき、ハードウェアをコモディティーとして扱うビジネスモデルに由来します。

それでMicrosoftは立て直せるのか?

さて問題は、Microsoftを脅かしている現在進行形の破壊的イノベーションはどこまで進むかです。そしてTabletの北米の売り上げが鈍化しつつあるというデータを見ると、Tabletに関しては思ったほど早くは進まない気がします。またスマートフォンの売り上げの伸びに比べて、Androidスマートフォンの利用のされ方が限定的で、フィーチャーフォンの代わりに利用されているだけということも多いようです。騒がれているほどにはMicrosoftは窮地に立たされていない印象です。

MicrosoftにとってAndroid Tabletが普及してPCを代替するのが一番の脅威です。しかしAndroid Tabletは売れているものの、利用は余りされていないというデータが多数あります。特に企業には浸透していません。

今後のMicrosoftにしても、ヒステリックな方向転換をしない限り、継続してWindowsとOfficeを中心においた戦略を立ててくるでしょう。しかし世の中は完全にMobileに目が向いていますので、WindowsとOfficeの利益を確保することではなく、WindowsとOfficeの強い立場を利用してMobileを立て直そうとするでしょう。一旦はWindows 8やSurface RTで既存のWindows/Officeと縁を切るような大胆な戦略を試みましたが、これは失敗に終わっています。IntelのCPUも持ち直していますので、Windows/Officeの強みに乗っかった戦略がたてやすくなっているはずです。

破壊的イノベーションが成功するかしないかの最大のポイントは、既存のトップ企業が、まだ間に合ううちに反撃に出るかどうかです。間に合うかどうかというのは、新興の企業・製品が十分に既存製品を代替できるところまで進化しているかどうかにかかっています。つまりスマートフォンとTabletが十分にパソコンを代替できるかどうかです。十分に代替できるところまで来ていれば、Microsoftは反撃のしようが無くなります。しかしそうでなければ反撃が効きます。

Tabletについては、まだまだパソコンを代替できていません。特にAndroidは7インチに偏っていて、娯楽に完全にフォーカスしています。Tablet市場がパソコンを使って仕事をする方向に向かっていません。これではなかなかパソコンは代替しないでしょう。

反撃にいったん出れば、既存のトップ企業はそうそう負けるものではありません。Microsoftの場合、まだ間に合う気がします。

AndroidのHugo BarraがGoogleを退社する件

Android製品マーケティング副社長のHugo Barra氏がGoogleを退社し、中国の携帯電話メーカーXiaomiに転職することが明らかになりました。

私は以前にこのブログで「GoogleはやはりAndroidに注力しなくなっているかも知れない」と指摘しました。これはAndy Rubin氏が配置転換にあったこと、そして最近のAndroidのバージョンアップが小粒でかつ滞っていることから類推しています。

Hugo Barra氏の転職もやはりGoogleがAndroidに注力しなくなっていることを支持する状況証拠です。Hugo Barra氏はつい先日のGoogle I/O会議で新Nexus 7を発表した人物で、Androidのキーパーソンの一人です。こういう人物がGoogleを離れていくということは、Androidデバイスの開発の中心がGoogleから各メーカーに移りつつあることを示唆しています。

Googleとしてはもともとの戦略通りの展開だと思いますので、特に気にしていないと思います。気にしなければならないのは、Androidのスマートフォンやタブレットを開発しているメーカーです。Googleに頼らずに自分たちだけでAndroidを進化させるだけの開発力を身につけておかないと、全く歯が立たなくなってしまいます。

金融アナリストのヒステリー

Steve BallmerがMicrosoftのCEOを退任する方針になったことを受け、ウオール・ストリート・ジャーナルがヒステリー的な記事を並べていたので取り上げてみます。

  1. 「次期CEOの最大の任務:マイクロソフト企業文化を変える」
  2. 「マイクロソフトにはゲイツの伝統を破壊する人物が必要だ」

「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」

「次期CEOの最大の任務:マイクロソフト企業文化を変える」の記事を引用します。

マイクロソフトの元・現従業員や業界幹部は、バルマーCEOの後任者が誰になるにせよ、その人は企業文化の再構築という難題に直面すると語る。その企業文化というのは、少なくとも目先は安全だが確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化だ。 前CEOのビル・ゲイツ氏と先週退任を発表したバルマー氏の下で、マイクロソフトは「オフィス」や「ウィンドウズ」といった人気商品に磨きをかけ、収益の原動力にした。

ただしバルマー氏のシニアアドバイザーを務めるクレイグ・マンディ氏によると、同社で新しいアイデアが採用されなかったのは、その社内構造のために部署間の協力が簡単でなかったからだという。そこでバルマー氏は先月、同社の組織再編を行った。マンディ氏は、次期CEOが「より良い組織構造を持ったマイクロソフトを受け継ぎ、新しいアイデアが実現されるだろう」と話した。

まず「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」というのが、まさにウオール・ストリートにいる金融関係者が株式を公開している企業に何よりも求めていることであって、それを否定するのはかなり変だなと思います。

加えて、Microsoftの黄金時代から企業文化は変わっていないんじゃないのという疑問があります。つまりウオール・ストリート・ジャーナルが否定しているMicrosoftの企業文化というのは、実はMicrosoftの黄金時代を支えた企業文化と何ら変わらないのではないかということです。

したがって、この程度の議論で「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先され、イノベーションが阻害される文化」を否定するのはあまりにも乱暴であろうと思います。

(記事の中では利益を優先しない企業文化がアップル、グーグルやアマゾンの成長の原動力になったとしています。しかし、これもまためちゃくちゃな議論です。グーグルの成長を支えているのは1996年に開発された検索技術であり、以降のアイデアは収益を支えていません。またアマゾンを支えるイノベーションはコスト削減に集中しています。)

Microsoftがイノベーションできなくなったのは、トップになってしまったから

Microsoftからイノベーションが生まれなくなった時期は、MicrosoftがAppleのMacintoshを完全に隅に追いやり、ブラウザ戦争でNetscapeを葬り去り、シンクライアントを提唱するSunを撃破してサーバー市場でも強大な力を得るようになってからでした。敵をすべて葬り去ってからイノベーションが停滞します。

Windows XPが登場すると、MicrosoftはUnixと同様にマルチプロセスが可能で堅牢なOSを手に入れ、広く普及させます。おかげでMac OS Xが登場しても、またLinuxが洗練されていっても、ほとんど営業力だけで駆逐できました。2001年の登場から2006年のVista発売まで、Microsoftはずっとこのバージョンだけで圧倒的な市場シェアを謳歌しました。

ブラウザについても同じです。2001年のInternet Explorer 6の登場でNetscapeを葬り去ると、2006年のInternet Explorer 7までたった一つのバージョンで市場を圧倒しました。

トップになってからイノベーションが停滞するのは、傲慢になったからだとか、危機感がなくなったからだという人がいます。しかしMicrosoftが研究開発の手を緩めたというのはおそらく間違いです。研究開発投資は継続して投入されていたはずです。

問題は傲慢になったからではなく、トップという立場がMicrosoftのイノベーションスタイルにマッチしなくなったからです。

Microsoftがイノベーションできるのは、二番手の時

Microsoftのイノベーションスタイルは、既に成功している市場の一番手を追いかけ、それと同等の製品を安く提供するか、それをしのぐ製品を作るかのいずれかです。

「既に成功している市場の一番手」、つまり真似る対象がないと、Microsoftはイノベーションができないのです。

例えばウオール・ストリート・ジャーナルの記事では、以下の企業文化を問題にしています。

  1. 確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先される
  2. 社内構造のために部署間の協力が簡単でない

しかしこれらの文化が問題になるのは、方向性がはっきりしないとき、どのような製品を作れば儲かるかがはっきりしないときだけです。

例えばWindows XPの時は、「Unixと同じようにマルチタスクが可能で堅牢なシステムを土台に、Macintoshと同じ使いやすさを組み合わせれば爆発的に売れる」というのは明確でした。非常にはっきりしたゴールがありました。したがってWindows XPを開発するときには「確実に収益が上がる道があまりにもしばしば優先される」という企業文化はプラスに働きますし、目標が明確なので「社内構造のために部署間の協力が簡単でない」という問題も起こりにくくなります。

しかしいったんこの目標が達成されてしまうと、次に何をやるべきかが見えなくなります。そしてそのときにMicrosoftの企業文化が邪魔をし始めるのです。

なお一番手でもしっかりイノベーションをしてきたのはAppleですが、これもまた企業文化に起因しています。Appleは収益を優先しませんし、社内構造が製品グループごとに分かれていないことが特殊だといわれています。ただしこの構造はもちろん弱点もあり、たくさんの製品を同時に開発できない点や、マーケットシェアを最大化する戦略がとりにくい点などが挙げられます。

Microsoftはこのままの方が良い

今のMicrosoftに必要なのは企業風土を変えることではなく、企業風土を最大限に活かすことです。

例えば1995年にBill Gatesが書いた“The Internet Tidal Wave”のようなものです。一番手の戦略としてではなく、二番手の戦略としてどうやって先行企業に追いついて行くか。どうやって真似していくか。そして苦手なイノベーションのスタイルをやめて、どうやってMicrosoftが得意な「真似て、追い越す」に全力集中するか。

特に後半の“Next Steps”を読むと、Bill Gatesは具体的な競合製品を挙げて、どのようにそれを代替する製品を開発するべきかを述べています。どのように自社製品をインターネット中心に統合していくべきかを述べています。会社の各部署がどのような改良をしていけば良いのかのロードマップを示しています。どれも大きなビジョンに基づいて語っているのではなく、極めて具体的なチャンスや危機から導かれている判断です。

Microsoftが企業風土を変える必要はありません。企業風土を活かせば良いのです。そのためには苦手なスタイルのイノベーションをやめて、1995年の気持ちに戻れば良いのです。

タブレットとパソコンの棲み分け

近いうちにタブレットの売り上げ台数がPCを抜くという予想があり、ポストPC時代の到来も近いのではないかという憶測があります。

それに対して、先日の私の書き込みでは、タブレットとPCは棲み分けしているのではないかというデータを紹介しました。具体的にはタブレットは家庭での娯楽として使われることが多く、それに対してPCは職場で使われることが多いことを示すウェブ使用統計を紹介しました。

先日のデータは週末と平日を比べてデータですが、同様に職場にいる時間帯(昼間)と家にいる時間帯(早朝と夕方以降)を比較したデータがありましたので紹介します。

データはウェブ使用統計でChitikiaが出したものです。タブレットの使用率が高い北米のデータです。

“Hour-by-Hour Examination: Smartphone, Tablet, and Desktop Usage Rates”

タブレットの利用時間帯

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パソコンの利用時間帯

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考察

非常にはっきりしているのは、タブレットの利用が昼間に大幅に落ちることです。パソコンの場合は、昼間も利用が落ち込みません。

パソコンは職場で使われているものの、タブレットは仕事では使われていないことを如実に表しています。

このことから、少なくとも現時点のタブレットは家庭での娯楽として利用が主だというのがわかります。仕事用にタブレットを使うのはかなりの少数派です。職場でのパソコンを果たしてタブレットが代替しうるかはまだまだ未知数です。

本当にポストPC時代に突入したのかどうかはまだよくわからない

8月5日に、タブレットの出荷台数が落ち込んだという調査が発表されました。データは下記の通り(単位は100万台)。

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Appleが新製品をまだ発表していないという大きな理由はあるにせよ、まだまだ始まったばかりのタブレット市場でこのような販売台数減少が見られるのは驚きです。特に1Q13から2Q13にかけての落ち込みはAppleだけではなく、SamsungもAsusもそうなったというのは業界全体のトレンドを示唆しています。

まだまだポストPC時代に突入したと断じるのは時期尚早ではないか?もしかしたらタブレットはPCと入れ替わるほどには売れないのではないかと思わせます。

個人的には私はまだまだPC (というかMacBook AirとiMac)がメインの仕事道具ですし、デスクワークを中心としている人はほとんどがそうだと思います。私にとってタブレットは家に帰ってくつろいでいるときのためのデバイスです。

したがってタブレットは必需品ではなく、娯楽のデバイスです。タブレットとPCははっきりした使い分けがあります。市場の大きさを考えても、仕事のためにPCを使う市場と比べれば、娯楽のためにタブレットを使う市場はどう考えても小さそうです。

私だけでなく、多くの人がタブレットを娯楽中心で使っているというデータはStatCounterのウェブ利用統計から得られます。

Top 7 Operating Systems in the US from 28 July to 26 Aug 2013 StatCounter Global Stats

上に示しているのはPCとタブレットのウェブ利用統計です。以下のことがわかります。

  1. Windows 7, Windows XPは週末に利用が落ち込んできます。
  2. iOS (iPad)は週末に利用が増えています。
  3. Windows VistaおよびWindows 8は若干週末に利用が増えていますが、iOSほどは顕著ではありません。

週末に利用が増えるというのは家庭で娯楽に使われていることを示唆しています。

以上のように、現時点ではタブレットはPCと入れ替わるように成長しているのではなく、PCとは別の市場を形成しているように思えます。その市場は、家庭の中で娯楽としてインターネットやゲームなどを楽しむ市場だろうと思います。PCの市場の大きさははっきりわかりますが、タブレットが形成しているこの新しい市場の大きさはまだ不明です。ある程度飽和している可能性も否定できません。

Steve Ballmer氏とMicrosoftについて

“the stupid manager theory”

Microsoft CEOのSteve Ballmer氏が近いうちにCEO職を退くと報道され、いろいろなことがあっちこっちのブログに書かれています。特にMicrosoftが1990年代から2000年代の頃の絶好調な時期とは対照的に、今ではタブレットPCやスマートフォンの流行に完全に取り残されてしまっているため、Steve Ballmer氏が失敗した原因は何だったのかという議論をしている人が目立ちます。

しかしClayton Christensen氏のInnovator’s Dilemmaの考え方をしっかり理解している人はそういう議論をしません。Christensen氏自身は、いわゆる正攻法で企業を経営していけば、いずれ必ずジレンマにぶつかり、そして衰退するのがイノベーションを興した企業の運命だと述べています。つまりどんなに優秀なCEOであったとしても、正攻法の経営をしている限りは衰退します。Steve Ballmer氏の能力は問題ではなく、正攻法そのものの問題だということです。

Christensen氏によれば、このジレンマを脱出する方法は一つで、つまり自分自身で自分を破壊していくことだとしています。「破壊」は運命なので、問題はそれを自分でやるか、他社にやられるかだけという考えです。もちろんこれは正攻法と呼べるものではありません。

Christensen氏の理論に基づいて現在のIT業界を分析しているHorace Dediu氏は、昨日“Steve Ballmer and The Innovator’s Curse”という記事を書きました。以下に引用します。

The most common, almost universally accepted reason for company failure is “the stupid manager theory”. It’s the corollary to “the smart manager theory” which is used to describe almost all company successes. The only problem with this theory is that it is usually the same managers who run the company while it’s successful as when it’s not. Therefore for the theory to be valid then the smart manager must have turned stupid at a specific moment in time, and as most companies in an industry fail in unison, then the stupidity bit must have been flipped in more than one individual at the same time in some massive conspiracy to fail simultaneously.

…..

It’s all nonsense of course.

「企業が失敗したのは、経営者が間違いを犯したからだ」という考え方では、現実を説明し得ないとしています。これはChristensen氏の考え方と同じです。

Steve Ballmer’s only failing was delivering sustaining growth (from $20 to over $70 billion in sales.) He did exactly what all managers are incentivized to do and avoided all the wasteful cannibalization for which they are punished.

Steve Ballmer氏の唯一の失敗は、売り上げを$20 billionから$70 billionに成長させたことだとしています。つまり企業の成長を最適化させる戦略を採用したことがSteve Ballmer氏の失敗であり、Microsoftが難局に直面している理由だとしています。

私も同意見です。

以下では私になり、Steve Ballmer氏のMicrosoft (Bill Gates時代もかぶりますが)がどのように成功し、失敗したかを考えてみたいと思います。

時代がCloudに移行したことが原因か?

時代の主役がパソコンからCloudに移り、それに乗り遅れたからMicrosoftが失敗したと述べている人々がいます。

この議論は全く根拠がありません。

Microsoftの強みはデスクトップのWindowsおよびその上で動作するMS Officeアプリです。Cloudがこれを脅かしたというのであれば、a) Cloudを中心としたOSがWindowsを脅かしている事実、b) Cloudを中心としたOfficeアプリがMS Officeを脅かしている事実、を例示する必要があります。

そのようなデータが無い限り、証拠はないことになります。

a)のCloudを中心としたOSについては、1990年代のthin clientなど歴史が古いです。また2007年頃から登場したLinux搭載Netbookは、「どうせブラウザしか使わないんだったらLinuxで十分でしょう?」という割り切りをした製品でした。そして最近で言えばGoogleのChrome OSがCloudを中心としたOSです。

Microsoftはthin clientの脅威を軽く跳ね返し、Netbookについては廉価版のWin XP, Win 7を提供することで懐柔し、LinuxベースのNetbookを埋没させました。そしてChrome OSについては、話題性こそあるものの、ウェブアクセスログ分析によると非常に利用率は低いままです。

「Cloudを中心としたOSがMicrosoftを脅かしている」という事実はないことになります。

b)のCloudを中心としたOffice アプリとしては、GoogleのGoogle Docsを考えることになります。
しかしMS Officeは2013年時点で80-96%の市場シェアを誇り、CloudベースのOffice 365も準備しています。Google Docsの利用が増えているのはMicrosoftにとっては注視すべき事態ではありますが、脅威というレベルではありません。まだまだ十分に時間はあり、また対策も的確に打っています。

「Cloudを中心としたOfficeアプリがMicrosoftを脅かしている」というのは相当な誇張であると言えます。

モバイルの重要性を認識していなかったのか?

MicrosoftはAppleやGoogleなどよりもずっと以前からモバイルコンピューティングの分野に関わっていました。Windows CEは1996年に発表され、その後にWindows Mobileに発展し、Windows Phoneに至っています。

Steve Ballmer氏およびMicrosoftはモバイルの重要性を認識していなかったのではなく、むしろをモバイルで先駆的な役割を担ってきました。とはいえ、先頭を切っていたのは常にMicrosoftではなく、PalmであったりBlackberryだったりしました。

タブレットについては、Microsoftが常に先頭を走っていました。2002年にタブレット用のWindows XPを提供し、以後もずっとタブレット用のWindowsおよびMS Officeを提供してきました。問題は唯一、タブレットPCが余り売れなかったことです。そしてiPadが2010年に発表され、爆発的に売れると、タブレットの主役はAppleに移ります。

このようにMicrosoftがモバイルの重要性を認識していなかったというのは誤りです。むしろMicrosoftこそが最もモバイルの重要性を認識しており、一貫して開発を続けてきたと言えます。

Nokia, Blackberryの失敗も考える

Microsoftと同じように窮地に立たされているのはNokiaとBlackberryです。時代の主役を担ってきた複数の企業が、ほぼ同じ時期に大きなピンチを迎えているのは偶然ではありません。

Microsoft, Nokia, Blackberryの経営者が同時の同じような過ちを犯したのでしょうか?それはさすがに考えられません。そうではなく、今まで主役がそろってこけるような大きな外的要因が存在したと考えるべきです。

NokiaやBlackberryはMicrosoft以上にモバイルのフォーカスした会社です。両社もそろってコケていることを考えると、外的要因は単純にモバイルへのシフトだけでもないようです。

NewImage思考実験

一つの思考実験をしてみます。

iPhoneが登場する前までは、AndroidはBlackberryのクローンを目指して開発されていました。

もしもiPhoneが発売されず、Googleがこのままの形でAndriodを発表し、Samsungなどがこのような端末を販売していたら何が起こったでしょうか?

果たしてAndroidがBlackberryやNokiaを駆逐し、強大な市場シェアを獲得できたでしょうか。ちなみにBlackberryだけでなく、PalmやWindows用にも良く似た端末が発売されていたことを思い出してください。

そもそもAndroidを採用したメーカーはいたでしょうか?機能的に差が無いのであれば、出たばかりのAndroidよりもWindows Mobileを採用した方が賢明です。

iPhoneをつくるか、iPhoneの真似をするか

AndroidがBlackberryやNokiaを一気に出し抜くことができたのは、いち早くiPhoneに似た(そっくりな)ものを作ったためです。それだけです。

Microsoft, Nokia, Blackberryを飲み込んだい大きな外的要因はiPhoneの登場であって、Cloudやモバイルへのシフトではなかったのです。

もしもSamsungやLG、HTCなどのメーカーがBlackberryタイプのスマートフォンを開発しようと思えば、第一候補はWindows Mobileでした。顧客がBlackberryタイプのスマートフォンを購入しようと思えば、BlackberryからNokia、Windows Mobileに至るまで、既に選択肢は豊富でした。Google Androidが入り込む隙はありませんでした。

それに対してiPhoneのそっくりさんを作ったのはGoogleだけでした。プライドも何もなかったGoogleは、AndroidをiPhoneそっくりに作り替えることに躊躇しませんでした。しかもEric Schmidt氏はAppleの取締役でしたので、iPhoneの発表前からインサイダー情報を入手していました。ですから迅速に開発することができました。

iPhoneの大成功のため、各メーカーは何とかiPhoneタイプの製品を開発したいと思っていました。それを可能にしてくれたのが唯一Androidでした。ですからメーカーは一気にAndroidに群がりました。iPhoneのそっくりさんを提供できないMicrosoftから一気に離れました。

一方で顧客はiPhoneのそっくりさんを欲しがっていました。Nokia, Blackberryはそれを提供することができませんでした。そして顧客はNokia, Blackberryから離れていきました。

MicrosoftがiPhoneを作れなかった(真似られなかった)理由

ここまで考えるとポイントがずいぶんとはっきり見えてきます。

Microsoftが失敗した理由はCloudへの対応が遅れたからであるとか、モバイルへのシフトに乗れなかったからではありません。

理由は以下の通りです;

  1. モバイルに注力しながらも、タッチUIを前面に出し、キーボードを排除したiPhoneのような端末を開発できなかったから。
  2. iPhoneが登場したとき、Googleほど迅速にiPhoneの真似ができなかったから。

考えなければならないのは、どうしてタッチUIを前面に出せなかったか、そしてiPhoneの真似ができなかったかです。

iPhoneの真似が迅速にできなかった理由は簡単です。Windows Mobileを開発してきたことがありますので、それをすぐに捨てるのは簡単ではありません。また以前のAppleとの特許の和解の時、AppleのUIをソックリ真似ないという条項が入っていた可能性があります。

実際Microsoftが最終的に作ったWindows Phoneは、iOSとは見かけが大きく変わったものになっています。Windows 95 vs. Mac OSと比較してもWindows Phone vs. iPhoneのUIの差は大きく、Microsoftが意図的にiPhoneとは異なるUIを開発したことがうかがえます。

問題は1の方です。長年にわたり、多額の投資をしながら、MicrosoftはどうしてiPhoneのように爆発的に売れる次世代タッチUIを開発できなかったのか。

タッチUI開発はどうして難しかったか?

MicrosoftがなぜiPhoneのように爆発的に売れるタッチUIを開発できなかったか?これは非常に難しい問題です。簡単に結論が出るような話ではありません。

細かい事例をいくつも列挙することは簡単です。

例えばAppleは垂直統合モデルを採用しているのに対してMicrosoftは水平分業になっています。だからAppleが有利だったと言えます。あるいはAppleにはプラットフォームへの依存度が低いMac OS Xがあり、x86との関係が強いWindowsよりもスマートフォン用に作りやすかったことなども挙げられます。会社の中心にビジョンを持った強いリーダーがいたかどうかを問題に挙げることも可能です。

しかし自分の議論をサポートする事例をいくら並べても意味がありません。なぜならば、反対方向の議論、つまりMicrosoftの方こそ有利だったという議論も同じようにできるからです。

事例をたくさん並べることは、結局は結果論にしかなりません。

イノベーションのスタイル

こういうとき、私はマクロレベルの議論をするようにしています。そしてマクロレベルの議論は主にそれぞれの会社のイノベーションの歴史とスタイルです。

GoogleやAmazonのイノベーションスタイルについては、このブログで以前に議論しています。

Googleは最初の検索エンジンは別として、それ以外では既存の製品・サービスを無償化することが圧倒的に多くなっています。GMail, Google Docs, Androidのいずれも、通常は有償なもの(あるいは無償だけど限定的なもの)を無償化しました。Googleは競合他社と同等の値段であっても売れるような機能的に優れた製品を開発したことはありません。

Amazonは物理的な店舗を電子化したのでイノベーションです。それによって今までは不可能だった物流などの効率化が可能になりました。Kindleなどにしても、紙のものを電子的に流通させるイノベーションです。Amazonは販売しているコンテンツそのもののイノベーションに投資したことはありません。あくまでも流通です。

GoogleにしてもAmazonにしても、イノベーションのスタイルは驚くほど一貫しています。

それに対して、Appleは常に製品のイノベーションに投資してきました。競合他社と同等の値段であったとしても、あるいは競合他社より圧倒的に効果であったとしても売れる製品を目指してきました。これもまた一貫しています。そしてタッチUIなど、製品そのものに関わるイノベーションがAppleから生まれるのは納得がいきます。

Microsoftはどうでしょうか。MicrosoftのイノベーションはCP/MをMS-DOSとしてIBMに売ったこと、Macintoshを参考にWindowsを作り上げたこと、Microsoft OfficeでLotus 1-2-3やWordPerfectに打ち勝ったこと、Internet ExplorerでNetscapeに打ち勝ったことなどです。Xboxでゲーム市場に食い込んだこともMicrosoftらしいやり方です。既存の製品を参考にプラスアルファを加え、忍耐強く戦うのがMicrosoftの姿勢です。このスタイルも非常に一貫しています。

このようにそれぞれの企業のイノベーションスタイルはかなり一貫していますし、おのおののスタイルの限界の中でのみイノベーションできています。MicrosoftがどうしてiPhoneに匹敵するタッチUIを開発できなかったかは、細かい理由はわからないものの、そのスタイルを考えると納得できることです。決してCEOのせいではありません。

Microsoftは今後どうする?

Microsoftが今後どうするかも、そのスタイルから予想することができます。Microsoftのスタイルとは、当初は遅れをとっても忍耐強く戦い続け、チャンスをつかむまで粘るものです。

Windows 1.0は1985年11月、Macintoshが発売されて2年弱で登場しました。当初は全く成功しませんでしたが、5年後の1990年にWindows 3.0が発売されると人気が出てきます。そして1995年のWindows 95の登場で大流行します。

Microsoft Officeを構成するWordおよびExcelはいずれも歴史が古く、1984年からWindowsが成功するまでの間は主にMac用の製品として知られていました。MS-DOS上でWordPerfectやLotus 1-2-3に勝つことはなく、Windowsが普及するのに伴ってやっとトップシェアを獲得するようになりました。

Internet Explorerも先行するNetscapeを追いかけ、追い越した製品です。本格的にNetscapeを脅かすようになったのはバージョン3以降と言われており、Netscapeのβ版が公開されてから3年後のことです。Internet Explorerがトップシェアを獲得するのはInternet Explorer 5.0の頃です。

したがって、Steve Ballmer氏の後任が変なことをしない限り、Microsoftは今までのスタイルを継承するでしょう。再び忍耐強くスマートフォンマーケットに食い込もうと努力し、タブレットマーケットでも努力を続けるでしょう。時間もまだまだあります。タブレットの売れ行きが好調とは言え、パソコンの出荷台数もまだまだ多く、そしてMicrosoftの利益はAppleには遠く及ばないものの、依然としてGoogleをしのいでいます。

MicrosoftはAppleと違い、新しい製品カテゴリーを築き上げる力はありません。Microsoftの底力は他社の成功した製品を改良し、凌駕することです。Microsoftは多大な研究開発投資にもかかわらず、タブレットPCで成功を収めることができませんでした。これは別にMicrosoftの研究開発力が落ちたからではなく、真似るべき製品がなかったからです。今は真似るべき製品があります。真似るべきはiPhoneでありiPadです。したがってMicrosoftの研究開発力が発揮しやすい状況にあります。

最終的にMicrosoftがスマートフォンとタブレットの市場で勝てるかどうかは未知数です。しかし過去の例から見ても、Microsoftは数年間は努力を続け、バージョンを数回重ねてやっと勝利をつかむことが多いです。今回が例外だと考える理由は特にないと思います。

Richard Kooが経済危機を解説

バランスシート不況を論じているRichard Koo氏がインタビューに答えています。

英語ですが内容はかなりわかりやすく、特に欧州の金融危機がどうやって起こってきたかをドイツ人が熱狂したドットコムバブルにさかのぼって解説しているあたりが勉強になります。

日本のアベノミックスに関しては批判的です。異次元の金融緩和は「リンゴが売れないので、陳列棚にもっともっとたくさん並べた」のと同じだとしています。日本は強いトラウマにとらわれていて、お金を借りる気になれない状況にあると診断しています。したがって異次元金融緩和のようにお金の供給を増やすのではなく、お金を借りる側に直接響く方法でインセンティブを高める必要があるとしています。

アベノミックスが唯一成功する道はexhortation「熱心な奨励」を介してであると述べています。アベノミックスの「理論的な道」を介して成功することはあり得ないものの、「インフレになる」ことをひたすら繰り返し(ウソでも)国民が信用してくれるようになれば、もしかしたら成功するかも知れないとしています。

iモードがiPhoneに敗北した原因はiモード ブラウザか?

「iモードがiPhoneに敗北した理由は製品にこだわらなかったから」という書き込みを先ほどしました。その中で特にiモード ブラウザを取り上げて、ドコモが製品の改良を怠ったのが主因だとしました。そしてドコモが製品改良を優先していれば、もしかすると先にiPhoneに似た端末を開発できたかも知れないと述べました。

ただし、ドコモが製品の改良を全然してこなかったかというとそういうわけではありません。ワンセグやおサイフ携帯など、世界で初めての機能をいくつも取り入れていました。問題はこれらの機能が余り重要ではなかったことです。

ワンセグもおサイフ携帯もiPhoneには搭載されていません。それでもiPhoneは日本で非常に人気があります。

ここでは、iモードの主な敗因(iPhoneの勝因)がブラウザにあったことを示す情報と、iモードのブラウザの状況が惨憺たるものであったことを示す情報を紹介したいと思います。

iPhoneと特徴はパソコンと同等のネット閲覧ができることだった

Steve Jobs氏がiPhoneを発表したとき、iPhoneを“An iPod, a Phone, and an Internet Communicator”と紹介し、“Internet Communicator”というのはSafariブラウザのアイコンを使って紹介しています。それまでに携帯電話とiPodを融合した製品は存在していましたので、iPhoneの新しかった点はまさに“Internet Communicator”の部分、つまりSafariブラウザの部分であったことがわかります。

なおかつ初代のiPhone OSではサードパーティーのアプリはインストールできませんでした。アプリはHTML, CSS, Javascriptを使って開発し、Safariブラウザ上で動作させなさいというのがメッセージでした。ここでもSafariブラウザが中心です。

App Storeがまだできていなかった当初は、iPhoneはSafariをどうさせるためにこそ存在する端末とも言える存在でした。iPhoneで新しいのはSafari。そしてイノベーションはパソコンと同等のネット閲覧を携帯電話で実現したことでした。

スマートフォン購入の主な同期はパソコンと同等のネット閲覧ができること

まずは総務省が公開した平成24年版 情報通信白書です。この中の「スマートフォン・エコノミー」~スマートフォン等の普及がもたらすICT産業構造・利用者行動の変化~の中で以下のように書かれています。

ウェブ調査結果に示すとおり、スマートフォンがパソコンとほぼ同等のウェブ閲覧機能等を有していることが、スマートフォン購入の重要な動機となっていると考えられる。

この根拠となるデータは「スマートフォン・エコノミー」~スマートフォン等の普及がもたらすICT産業構造・利用者行動の変化~に紹介されています。
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まず、①当てはまるもの全てに係る回答については、「パソコンと同じ画面で閲覧ができるから」との回答が57.4%(1位)に達し、「画面が大きくて見やすいから」との回答(2位、46.4%)が続き、パソコンと同等環境でのメールの使用(4位、37.2%)も上位を占めている。次に②最も決め手になった項目を1つ選択する回答についても、パソコンと同じ画面での閲覧が1位(22%)となっている。この結果を踏まえれば、スマートフォンがパソコンとほぼ同等のウェブ閲覧機能等を有していることが、スマートフォン移行の重要な動機となっていると考えられ、上記の重視度に関する分析とも符合していることがわかる。

iモードのブラウザは完全に時代遅れでした

NTT Docomoのiモードブラウザのウェブページに行くと、iモードブラウザ1.0とiモードブラウザ2.0以降の技術情報が紹介されています。

iモードブラウザ1.0は「主に2009年3月までに発売となった、ブラウザキャッシュ100KBまでのサイズに対応した機種をiモードブラウザ1.0と規定します。」となっています。

つまりiモードブラウザはiモード誕生の1999年から2009年3月までに一回も大きなバージョンアップが無かったのです。IT業界で10年というのはあまりにも長い年月です。

2009年に誕生したiモードブラウザ2.0はiPhoneの躍進に対抗して、やっとDocomoがバージョンアップを行ったものです。しかしiPhoneが搭載し、パソコン用のウェブサイトも閲覧できるSafariと比べて圧倒的に性能は低いものでした。主な特徴はブラウザのキャッシュサイズが500KBになったこと、UTF-8に対応したこと、BMPやPNGフォーマットの画像に対応したこと、Cookieに対応したこと、Javascript, CSSに限定的に対応したことだけです。これらの機能はiPhoneならずとも、AUやSoftbankの携帯電話で既に実現されていたものばかりです。

結論

今から振り返って分析すれば、答えは簡単です。

ユーザは潜在的にパソコンと同等にネット閲覧ができる携帯電話を望んでいました。

これを理解し、数々の技術革新をしながら実現したのがAppleのiPhoneでした。

ドコモはブラウザの重要性を認識していませんでした。10年前と同じ技術を使っていても問題は無いと考えていました。ドコモはiモードのブラウザを更新せず、iモードブラウザの開発を滞らせてもお財布携帯やワンセグの方を優先しました。そして10年間、iモードブラウザを大きくバージョンアップしませんでした。

iモードがなぜ敗北したかを理解するために必要なこと

上述でiモードの敗因はiモード ブラウザの開発を怠ったことだと結論しました。

次の問題は、どうしてiモード ブラウザの開発を怠ったかです。

これには技術力の問題そして既存のビジネスモデルの問題があるだろうと推測しています。また別の機会に考えたいと思います。

iモードがiPhoneに敗北した理由は製品にこだわらなかったから

i-mode(ガラケー一般)がiPhoneとそれを真似て登場したAndroidに敗北した理由はいろいろ言われていて、どちらかというと旧態依然とした組織や業界構造、ぬるま湯体質に目が向けられています(例えば日経新聞の特集)。

しかし私にはそれが釈然としませんでした。なぜならばこういう組織構造や業界体質は1990年代の半ば、i-modeが誕生し、そして躍進した時代と同じだからです。大成功から敗北という大きな変化を、固定された変数で説明することはできません。日本の組織構造や業界体質を理由に、ビジネスのダイナミックな変化を説明することはできないのです。

i-modeは技術的に停滞していた

私はi-mode用のウェブサイトを開発している経験から、i-modeの技術がiPhoneのみならず、AUやSoftbankの携帯と比べても抑制されていると感じていました。「抑制されている」というのは、ハードウェアやソフトウェアの進歩がi-mode規格に活かされていないという意味です。そしてこの状況は1990年代半ばのMac OSの状況、あるいは2010年頃のInternet Explorer 6の状況と良く似ていると感じていました。

この技術的な停滞こそがi-modeの敗北の原因ではないかと感じていました。

IT業界の変革は、ムーアの法則と古い製品の間の活断層で生まれる

ITの世界のダイナミズムの源泉はムーアの法則です。ICが誕生して以来、コンピュータの処理能力は毎年劇的なスピードで進歩しています。そしてその進歩に合わせてハードウェアが進化し、ソフトウェアが進化し、インターネットが進化し、サービスが進化しています。ムーアの法則があるため、ITの業界では立ち止まることが許されません。仮にビジネスの中心がサービスに傾きかけていても、あるいは独占的な立場を築き上げていても、ハードやソフトの進化を止めてしまうと、後ろから来る大きな波に埋もれてしまいます。

i-modeの場合は明らかにソフトが停滞していました。それはi-modeブラウザが一番はっきりしていました。携帯電話にフルブラウザが搭載できるぐらいにハードが進歩しても、i-modeブラウザでは相変わらずCSSやJavascript、Cookieが使えませんでした。i-modeははっきりと立ち止まっていました。

ムーアの法則により新しいことが可能になっているのに、既存の製品が停滞したままだと、そこに大きなギャップが生まれます。IT業界の変革は、その間を埋めるように、活断層で地震となるように起こります。

どうしてi-modeは進歩が停滞したのか

i-modeがどうして停滞したかを考える上で、中心的な立場にいた夏野剛氏の存在が非常に気になりました。彼がビジネススクール出身で、技術よりもビジネスに感心があること、そしてITの将来を議論するにも極めてボヤボヤしていることが気になりました。そこを手がかりに調べていったところ、夏野氏がどうしてi-modeの技術的進歩を止めたのがが簡単にわかりました。

2008年にASCIIに掲載された「夏野剛氏が退社のワケを告白」を参考に議論します。

技術軽視

その後のNTTドコモの強さは周知の通り。他社が追いつきたくても太刀打ちできない「ドコモ一人勝ち」の状態が長くつづいた。iモードが強かった秘訣は、「技術」ではなく「ビジネス」に徹底的にこだわったという点にある。

「iモードはビジネス的な見地から考えてきた。社内でも、ずっとこれは技術ではないと言い続けていた。IT革命の本質は技術のコモディティ化。技術を使うことが目標になっていては最悪。何かをするために技術を持ってくるのが本筋でしょう」

「何かをするために技術を持ってくるのが本筋でしょう」というのはもっともな意見です。Appleも技術を前面に出さず、何ができるかや使い勝手、使ったときのエモーションを大切にします。

ただしAppleの場合は、裏側では相当に技術を発達させています。「IT革命の本質は技術のコモディティ化」などとは決して考えていません。例えばiPhone用のSafariブラウザはAndroid用のどのブラウザと比べてもスピードが速く、なめらかです。GoogleはiPhoneの動きのなめらかさを真似ようと相当に努力をしていますが、未だに追いつきません。加えて様々なHTMLやCSS規格をモバイルブラウザに搭載すること(バグ無しで)に関しても、Safariは常にAndroidをリードしてきました。

「高度な技術は持っているけれども表に出さない」のがAppleで、「コモディティ化した技術を発展させなかった」のがi-modeだったのではないでしょうか。

技術を発展させなかったツケ

「MNP導入以降、何がドコモの強みなのかをはっきりしないまま、料金競争に巻き込まれている。そんなドコモを見ていると、すごく心が痛み、もっといろいろなやり方があるのになあ、という悔しさがある。最近の状況は正直辛い」と

ムーアの法則のため、一時は技術的に優位に立っていても、立ち止まってしまうとすぐに追いつかれます。

なおかつ夏野氏の考える「ビジネス」、つまりコンテンツやサービスを提供するプロバイダはそもそもがi-modeだけをターゲットしているのではなく、AUやSoftbankを使っているユーザもターゲットしたいと考えています。プロバイダにとってはi-modeの差別化、ドコモの強みはどうでもよく、どちらかというと他のキャリアと区別の無い状態を望んでいるのです。

料金競争に巻き込まれたのはごく当たり前のことです。

もしi-modeがフルブラウザ志向であったならば

以降は私の推測になります。

夏野氏の方針によってi-modeの技術発展は停滞しました。しかし日本のモバイルインターネットの事実上の標準はi-modeでした。その標準が停滞したのです。

仮にSoftbankやAUが自身のブラウザに新しい機能をつけても、i-modeにその機能が無ければコンテンツプロバイダは活用しません。i-modeユーザが一番多いからです。

もし夏野氏がビジネス志向ではなく、Appleのような技術志向であったならば、i-modeをより発展させ、フルブラウザとして発展させたでしょう。CHTMLに留めることなく、パソコンと同じようなHTML, CSSが使えるように技術開発に努めたでしょう。フルブラウザは2004年に既に日本でも登場していましたし、それより以前から海外では使われ始めていましたので、i-modeがフルブラウザ化していくことは技術的には十分に可能でした。

もしi-modeのフルブラウザかを阻害している要因があったとするならば、それは夏野氏の言う「ビジネス」(つまりコンテンツやサービス)でした。

i-modeがフルブラウザ志向であったならば、ガラケーの進化の道は大きく変わったはずです。

フルブラウザはCPUパワーを消費しますし、大きな画面でこと使い勝手が良くなります。必然的に現在のスマートフォンのようなデザインを必要とします。そして矢印キーによるナビゲーションでは限界があるので、タッチも採用したことでしょう。

思い返してみると、初代のiPhoneをSteve Jobs氏が発表したとき、彼はiPhoneを“An iPod, a Phone, and an Internet Communicator”と紹介しました。iPhoneの開発目標は第一に“Internet Communicator”だったのです(当初はサードパーティアプリ開発は準備されていなかったので)。

もしi-modeがフルブラウザ志向であり、それにとことんこだわっていたならば、かなりiPhoneに近いものができたはずです。

最後に

IT業界で技術にこだわらないと敗北します。ビジネスに過度に傾き、技術革新を怠ると、ムーアの法則が定期的に生み出す大きな変化の波にのまれます。

i-modeの敗北はおそらくはこれだけで説明できます。開発当初こそは技術的に優位に立っていましたが、しばらくしたらAUやSoftbankに真似られます。そして最後には徹底した製品志向のApple iPhoneの波にのまれます。

それだけです。

i-modeがiPhoneに化ける可能性はありました。しかしそれを阻害したのは他でもなく、夏野氏自身のビジネス志向だったのではないでしょうか。

私はそう思います。

ツートップ戦略の評価

ドコモが5月以来の「ツートップ」戦略を継承し、3機種を重点販売する「スリートップ」を行うことがロイターより報じられました(「ドコモの冬商戦、ソニー・シャープ・富士通を重点販売へ=関係筋」)。

ドコモの「ツートップ」戦略というのは、長年のパートナーであった国産メーカーを半ば切り捨ててまで敢行したものでしたので、新しい「スリートップ」の議論をする前に、ツートップの評価をするべきだろうと思います。

それで私の知る限り、最も終始するべき指標はMNPの出入りのデータではないかと思いますので、それを簡単に紹介します。

2013年6月までのデータですがHighChartsFreQuentブログにMNPの推移がまとめられています。

3社比較 MNP 携帯電話番号持ち運び 制度利用数の推移をグラフ化

その後の7月のMNPのデータは、au: +70,100, Softbank: +40,600, DoCoMo: -112,400 となっています。したがって少なくとも7月時点までは明確な改善は確認できません。

DoCoMoは業績発表でも、「ツートップ」戦略はMNP流出の改善につながっていないとDoCoMo自身が述べています。

かなり過激な戦略だった「ツートップ」でも明確な改善が見られませんし、「スリートップ」が「ツートップ」より効力がある根拠もありません。

国内メーカーにしてみれば、「スリートップ」戦略と、DoCoMoがiPhoneを導入するのと、どっちが痛いのか気になります。