Samsungの強みと技術評論家の弱み

AsymcoのHorace Dediu氏が一端アップして、その後取り下げたブログポストにSamsungの強みについて書いてありましたので取り上げます(Horace Dediu氏もTwitterでGoogle Cacheにリンクしていましたので、別に見せたくないわけではなさそうです)。

インタビュー形式(聞き手はRafael Barbosa Barifouse氏)です。太字は私が付けています。

Rafael Barbosa Barifouse氏

Does it make sense to create a new mobile OS when it has had so much success with Android?

Horace Dediu氏

Samsung would argue that the success it’s had is not due to Android but to its products. Arguably they are right because if Android were the valuable component in a phone then buyers would buy the absolute cheapest device that runs Android regardless of brand. That is not the case. People still seek out a particular brand of phone because of the promise it offers. Consumers have been buying more Galaxies than no-name Android phones.

Rafael Barbosa Barifouse氏

Why is Samsung the most successful company between the Android devices makers?

Horace Dediu氏

In my opinion it’s due to three reasons:

  1. Distribution. Success in the phone business depends in having a relationship with a large number of operators. Samsung had these relationships prior to becoming a smartphone vendor [because it sold all other kinds of phones]. Few alternative Android vendors have the level of distribution Samsung has. For comparison Apple has less than half the distribution level of Samsung and most other vendors have less than Apple.
  2. Marketing and promotion. Samsung Electronics spent nearly $12 billion in 2012 on marketing expenses of which $4 billion (est.) was on advertising. Few Android vendors (or any other company) has the resources to match this level of marketing. For comparison, Apple’s 2012 advertising spending was one quarter of Samsung’s.
  3. Supply chain. Samsung can supply the market in large quantities. This is partly due to having their own semiconductor production facilities. Those facilities were in a large part built using Apple contract revenues over the years they supplied iPhone, iPad and iPod components. No Android competitors (except for LG perhaps) had either the capacity to produce components or the signal well in advance to enter the market in volume as Samsung did by being an iPhone supplier.

私はAsymcoを注意深く読んでいますので、その影響もあってか以前よりSamsungの強みについて同様に考えていました。

つまり、Samsungがスマートフォンで成功しているのはGoogleのAndroidのおかげではなく、Samsung自身の力によるものです。そしてSamsung自身の力というのは、単なる技術的優位性ではなく、以前からのキャリアとの関係、強力なマーケティングとプロモーション、そしてサプライチェーンの強さです。

技術評論家のほとんどは製品しか見ません。製品が技術的に優れているか、使いやすいか、デザインに優れているかだけを見ます。しかし製品が実際によく売れるかどうか、ヒットするかどうかを判断する上では、このような評論家の見方は極めて二次的です。ものが売れるかどうかの主因とはなりません。

理由は簡単です。大部分の消費者は製品そのものよりも、広告や小売店の営業担当の言葉、あるいは友人の言葉、そしてブランドを頼りに購入判断をするからです。

市場勢力の急激な変化は、末端の小売りの影響力が強いサイン

Neil Hughes氏はスマートフォン市場のシェア推移を見ています(Market shares collapse with ‘brutal speed’ in cyclical smartphone industry)。

その中でNeedham & CompanyのアナリストCharlie Wolf氏の言葉を出しています。

The most important reason for these changes, Wolf believes, is the fact that carriers have “exceptional influence” on the phones customers buy. He said this strategy has worked particularly well for Android, because Google offers carriers and their retail staff incentives to push the brand.

このような急激な変化が起こるのは、携帯電話の市場ではキャリアの影響力が極めて強いためだというのです。私もチャンネル営業を担当したことがありますので、同感です。

ブランド力は急には変わりません。また極めてインパクトのある広告で無い限り、マーケティングメッセージは通常は緩やかに浸透します。一方、市場勢力を急激に変えるポテンシャルを持つのは末端の小売りです。小売りは営業インセンティブの与え方次第で一気にひっくり返ってくれます。

ただし営業インセンティブをしっかり与えられるためには、末端の小売りとの既存のパートナーシップが不可欠です。急に登場して、大きなインセンティブを与えても小売りは動きません。ですからWolf氏のコメントは一つだけ間違っています。キャリアや小売りスタッフにインセンティブを与えたのはGoogleではありません。Googleにはインセンティブを与える力はないからです。代わりにインセンティブを強力に与えたのはSamsungなのです。

こういう営業の仕組みを全く理解できていないのが技術評論家の最大の弱みで有り、だからしばしば市場を読み間違えるのです。

NewImage

経済成長を鈍化させる政策が「成長戦略」に入っていることの不勉強

NewImage朝日新聞で安倍政権の成長戦略についての記事がありました。その中で規制改革会議で話題になっている柱について紹介されていました。

その中に「市販薬ネット販売の全面解禁」が入っていますが、これは入っていちゃいけません。

簡単に言うと、「薬がネットで買えるからといって、市場が拡大しますか?」、「薬がネットで買えるからといって、あなたはもっとたくさん薬を買うようになりますか?」ということです。

おそらくほとんどに人にとって薬は具体的なニーズ(病気だ)というのがあって初めて買うのであって、ネットで買えるからといってたくさん買うことはありません。ネットで薬が買えることで市場が拡大することはあまり考えらません。

むしろネットで買えるようになると、店舗型薬局の売り上げが低下し、店舗縮小につながり、働く人が減ります。つまり職を奪います。その分をネット薬局が雇うということは考えられません。

イノベーション論のエキスパートのClayton Christensen氏は最近「資本主義のジレンマ」を話題にしていて、薬のネット販売のようなイノベーションの問題点を指摘しています。

Christensen氏によると、イノベーションには3種類あります。

1. 人間の可能性を広げるイノベーション (Empowering innovations): これらは今まで複雑で高価だったものを大衆に広げるもの。このようなイノベーションは新規雇用を生み出しますし、新しい需要を掘り起こすので経済成長を促します。
2. 持続的イノベーション (Sustaining innovations): これらは既存の製品を新製品で入れ替えるものです。職はあまり増えませんし、経済成長にはプラスにもマイナスにもなりません。
3. 効率化イノベーション (Efficiency innovations): これらは製造、販売、物流のコストを下げるものです。これらのイノベーションは職を減らします。

「市販薬ネット販売の全面解禁」は誰がどう見ても3番目の効率化イノベーションです。経済を成長させません。

ちなみにChristensen氏が「資本主義のジレンマ」としてあげているのは、ビジネススクールなどでの教育が間違っていたために、世の中は効率化イノベーションにばかり投資するようになり、本当に必要なempowering innovationへの投資が減ったしまったことです。

それにしても成長戦略の柱はパッとしません。いろいろな有識者を集めて議論しているのでしょうが、この程度のアイデアしか出ないというのは病気です。探し方が悪いような気がします。

Christensen氏のEmpowering Innovationsの定義を見るともっとアイデアが出るはずです。Christensen氏は一貫してイノベーションを「技術」や「技術力」の問題とせず、市場の問題として位置づけています。適切な技術を市場に持ってくるためのビジネス上の問題を議論しています。今まで存在しなかったものがフッと湧いてくることを期待するのではなく、高価だったり使いにくかったりしたものが大衆向けに生まれ変わることをイノベーションとしています。

その視点が必要です。

USの携帯電話顧客満足度調査の結果

J.D. Powerの”2013 U.S. Wireless Smartphone Satisfaction Study”が公開されて、簡単な総括がウェブで公開されました。

Appleが圧倒的な顧客満足度を獲得

結果を見ると、Appleがその他のメーカーを完全に圧倒しています。他のメーカーがすべて790点前後なのに、Appleだけが855点と、完全に孤高の存在。

スマートフォンはまだ市場が若く、買い換え需要よりもフィーチャーフォンからの乗り換え需要の方がまだ多い段階です。顧客満足度というのは当然ながら買い換えの時に効いてきますので、この圧倒的な顧客満足度が売り上げに反映されるのはこれからです。これだけの大差があるとどうなるのか、かなり気がかりです。

NewImage

安いiPhoneが出るかも知れないという話

AppleがiPhoneの廉価版を開発しているんじゃないかというウワサがあります。

投資アナリストを中心に広がっているウワサみたいなので、彼らの希望的観測にも見えますが、ちょっと気になるので自分なりに頭を整理してみます。

  1. 途上国では安いスマートフォンが売れているのは事実。特に中国がすごい。
  2. Huawei, Samsung, Nokiaなどがそこに商品を投入しているのは確か。
  3. 安いスマートフォンの市場はAndroidとSymbianが二分している。
  4. アナリストたちが安いというのは縛りなしで1-2万円の世界。
  5. Androidのバージョンは1万円(インド)だったらAndroid 2.3、2万円だったらAndroid 4.0とか。
  6. Samsungだったら2万円(インド)はGalaxy S Duosとか。Galaxy S2のようなスペック。
  7. Samsungだと1万円(インド)はGalaxy Y。画面は3インチ、RAMは190MB。Galaxy Sよりもかなり低スペック。むしろiPhone 3Gに近い。

ちなみにインドではiPhone 3Gは3万円、3GSは4万円とかの世界。iPhone 3GSはiOS 6が動くので、Android 4.0が動く2万円程度のAndorid機とその意味では同レベル。米国でもまだ好調に売れているiPhone 4は5万円弱、iPhone 4sは6万円程度です。

なので、もし単純にAppleが2万円程度の廉価のiPhoneを目指し、スペックをAndroidに合わせるのであればiPhone 4とかを安くすれば良い感じです。Appleとしては値段を既存製品より半分以下に落としていく感じです。

できるかできないかという点で言えば、iPhoneはもともと粗利が50%を越えているし、新製品の方が粗利が悪い傾向にあるのでできそうです。

でもそれでは面白くないし、Appleらしくもありません。

Samsung Galaxy S4のローンチでもAndroidのことがほとんど触れられなかったことのまずさ

Samsung Galaxy S4のローンチイベントがあまりにも退屈だったので私はちゃんと見ませんでしたが、どうやらAndroidやGoogleのことについてはほとんど触れられなかったようです。

Android携帯メーカーのGoogleばなれについてはここ数ヵ月間でかなり顕著になっていますが、私が予想していたよりも速いペースで進んでいるのが驚きです。

AndroidのリーダーだったAndy Rubin氏が降ろされましたが、Googleはこの状況にかなり危機感を抱いている可能性があります。今年の前半に具体的な策がGoogleから発表されるかも知れません。例えばスマートフォン用のChrome OSの発表などが考えられます。Samsungしか利さないAndroidの開発終了も現実的なオプションとして検討されていることでしょう。

Androidのリーダー、Andy Rubin氏が降ろされた件

アップデート: 3/19日、Satoshi Nakajimaさんのブログに関連した書き込みがありました。単純に人事を根拠に議論しています。そしてどうしてChrome OSとAndroidの統合を急ぐかについては『「すべてをウェブ・アプリケーションとして提供する」というGoogleのビジョンには Chrome OS の方が相性が良い』と書くにとどめています。しかし結論は同じです。AndroidとChrome OSは統合される予定であり、それもChrome OSを優先した形になるということです。私も同意見です。人事を見ただけで十分にこの結論に至ります。

Androidの開発を指揮していたAndy Rubin氏が役割を降ろされ、別の部署に移されることが発表されました。

5月にAndy RubinがD11会議で話す予定だったそうなので、今回の話は比較的唐突だったようです。

いまのところどうしてこうなったのかは全く情報がありません。わかっていることはAndy Rubin氏の代わりにAndroidを指揮するのがSundar Pichai氏だということだけです。Sundar Pichai氏はChromeおよびChrome OS、Google Appsを担当しています。したがって今回の人事発表を素直に解釈すると、GoogleはAndroidとChrome OSの統合を急いでいると推察ができます。それもAndroidを優先させた統合ではなく、Chrome OSを優先させた統合となりそうです。

果たしそんなことは合理性があるのでしょうか。

Googleの最近の動きをまとめてみる

どうしてそんなことをするのか、どんな意味があるのかは全くの推察ですが、今月のGoogleの動きをいくつか列挙して、その傾向を見てみます。

  1. Andy Rubin氏の代わりにSundar Pichai氏がAndroidの指揮することになった。
  2. Chrome for Androidにdata compression proxyという機能が追加されました。まだ試用段階ですが、実現すれば、Androidのすべてのウェブトラフィックは一端Googleのサーバを経由することになります。
  3. Google RSS Readerの廃止
  4. Google、Play Storeから広告ブロックアプリを一斉削除

3と4から読み取れるのは、Googleの収益の9割をしめる広告収入へのこだわりです。広告収入に十分に貢献しないサービスは終了させ、広告収入を脅かすアプリは排除するという動きです。Googleが広告収入に完全に依存しているのは今に始まった話ではありませんが、広告ブロックアプリを一斉削除するなどの強硬姿勢を見せたのは初めてです。

さて、この強硬姿勢と上記の1, 2には関係はあるでしょうか?

Data compression proxyがあれば、Googleはユーザが閲覧するウェブサイトをすべて把握できる

2のdata compression proxyという仕組みはChromeのネットワーク接続をすべてGoogleサーバ経由にする仕組みです。ユーザにとってはスピードの向上というメリットをうたっていますが、それ以上にGoogleにメリットがあります。Googleのサーバを経由する情報を解析すれば、Googleは各Androidユーザがどのようなウェブサイトを見てるかを完全に把握することが可能で、その情報を元にターゲティングされた広告を流すことができるようになります。これは既にGMailでGoogleが行っていることではありますが、メールだけでなく、今度はウェブも対象に含めようという話です。したがって2の動きについても、Googleの広告強硬姿勢とマッチしています。

Chrome OSとdata compression proxyの組み合わせで、Googleはスマホの全活動を把握できる

1のAndy Rubin氏降ろしはどうでしょうか。このためにはChrome OSのGoogleにとってのポテンシャルを考える必要があります。

まずは以下の思考実験をしてみます。

もしGoogleがFirefox OSのようなChrome OSをスマートフォンで普及させ、すべてのネットトラフィックがdata compression proxyを通るようになったらどうなるでしょうか?

Firefox OSではネイティブアプリもHTML, Javascriptで書きますので、ウェブアクセスは原則としてブラウザ経由となります。そのブラウザがdata compression proxyにつながっていれば、ネイティブアプリのネットワーク接続もすべてdata compression proxyを通るようにできます。

スマートフォンではウェブよりもアプリの方が話題になっていますが、モバイルアプリ上に表示される広告はGoogleの弱点です。競合にたくさん入られてしまっています。しかしモバイルアプリを含めてすべての広告がGoogleのサーバを経由し、情報がすべてGoogleに筒抜けになれば対応が可能です。

つまりこのFirefox OS的なOS、Googleの場合はChrome OSの方がGoogleの広告モデルにとって有益です。

こう考えると、1のAndy Rubin氏外しも広告強硬姿勢と一貫します。

ということはAndroidからChrome OSへの切り替えが起こる

もしもGoogleの経営陣がAndroidからChrome OSへの切り替えを考えているのならば、タイミングは今です。急がないといけません。理由はFirefox OSです。すでに多くのキャリアがFirefox OSのサポートを表明していますので、Firefox OSが成功する可能性があります。先に成功されるのはまずいのです。同じアプローチを採るChrome OSとしてはローンチで大幅に遅れるのは致命傷です。

ちなみにAsymcoのHorace Dediuも最近Androidの開発が止まることを想定し始めています

北米における2013年2月のタブレットの使用統計

Chitikaより北米における2月のタブレットの使用統計が発表されました。

Chitika February 2013

特に今回は2012年12月、2013年1月のデータを並べて、ここ3ヶ月の傾向を見ています。

Chitika 2013 trends february

私が思うところでは、ポイントは以下の通り;

  1. Kindle Fire, Samsung Galaxy, Google NexusおよびBarnes & NobleのNookはいずれも年末商戦で大きく使用率が向上しました。しかし、どれをとっても2月には微増または微減となっています。Androidのタブレットはなぜ年末商戦でしか売れないのか?が気になります。
  2. Google NexusはKindle Fire, Samsung Galaxyから遠く離されたままで、その差を埋める様子は特にありません。評論家からあれだけ絶賛され、Googleが赤字で売っているとも言われている機種が、どうして販売が伸びないのかが不思議です。

仮説としては以下のことが考えられます;

  1. Androidのタブレットは贈呈用には人気ではあるが、自分のために買う人はあまりいない可能性。
  2. 何かを買うとき、通常は「必要かどうか」を考えて買います。しかしクリスマス商戦というのは、「必要かどうか」または「欲しい」ではなく、「何かをプレゼントしなければならない」という状況下における購買活動です。「必要かどうか」という基準ではAndroidは弱い可能性があります。
  3. Google Nexusのブランドは評論家に絶賛されることが多く、これはNexus 7のみならず、Nexus 4についても言えます。しかし実際の購買になると、Kindle FireやGalaxy Tabに負けています。Kindle Fireはamazon.comのトップページにずっと表示されていますし、すべてのページの右上にKindle Fireの広告があります。逆に言うと、それぐらいのことをやらないとAndroidタブレットは売れないとも言えます。
    Amazon top bar 2
  4. Samsung Galaxy Tabの強みはおそらくはマーケティングとチャンネル管理の強力さだと思われます。

長期的視点では以下のことが気になります;

  1. プレゼントとして買われたものが、どれぐらいの顧客満足度を維持できるのか?
  2. 顧客満足度が高ければ、自分用に買う人が増え、年間を通して売れるようになるはずです。果たしてそうなるのか?

策略論・陰謀論が好きな人は本質を見失う

策略の観点から見たスマートフォンの市場

どうしてだかわからないが、世の中の人はものすごく策略や策略が好きです。大辞林を引用すると、策略とは

物事をうまく運び,相手を巧みに操るためのはかりごと。計略。 「 -を用いる」 「 -をめぐらす」 「 -にかける」

だそうです。

ここではスマートフォン事業における各プレイヤーの戦略と、それを解説するメディアについて考えます。

例えば本日「Tizen、Firefox OS……モバイルOSで新勢力が登場する背景にあるもの」という記事を佐野正弘氏が投稿しました。その中で新勢力が登場する背景として

  1. キャリアやメーカーが端末に独自のサービスを導入したいと思った場合でも、iOSのようにプラットフォーム側の制約を強く受けることなく、自由にできる。
  2. Androidは、当初こそオープンな姿勢が強かったものの、シェアを伸ばすに従って、開発の中心的な役割を果たしているグーグルの影響力が強くなっている。その結果、提供するアプリケーション、端末などさまざまな面において、独自性が出しにくくなってきている。
  3. つまり、プラットフォームを掌握する特定企業の影響力が大きくなることで、ビジネスの根幹にかかわる部分を握られてしまうことに対するキャリアやメーカーの懸念が、新OSの台頭に結び付いているといえそうだ。

佐野氏のような人の考え方は、スマートフォン市場を群雄割拠の戦国時代と見立てて、それぞれが領土争いをしている観点に立ったものです。そして他の企業に弱みを握られてしまわないように、製品の優劣とは別のところで策略を立てるのが企業のやり方だとするものです。

マーケットと製品から見たスマートフォン市場

本来、スマートフォン市場では製品の優劣で勝負がつくはずです。裏でメーカーが勢力争いをしたり、お互いの弱みを握ろうと策略するのは関係が無いはずです。TizenやFirefox OSなどの新勢力の登場についても、まずは製品の優劣の議論をし、それでどうしても説明がつかない場合に策略による解釈を試みるべきです。それなのに現実は、最初から策略の議論をしてしまっています。これは大きな間違いです。

私がここ何日か議論しているように、TizenとFirefox OSが登場するにはマーケティング上、そして技術上の必然性があります。それに沿って、私なりに「モバイルOSで新勢力が登場する背景にあるもの」をまとめます。

  1. 今後もスマートフォンが成長していくためには、ローエンドの市場を取り込む必要がある。これは新興国のみならず、先進国においても高額な固定データプランを払いたくない人(フィーチャーフォンを継続して使っている人)が多いからである。
  2. AppleはiPhone 4などの2年前の製品を継続して販売することでローエンド市場をカバーしている。またGoogleは事実上Android 4.0の製品ではローエンド市場をカバーできず、Android 2.3でローエンド市場をカバーしている(Android 4.0以上は1GBのRAMと1GHzのCPUを必要とするため、ローエンドに向かない)。
  3. つまり、各メーカーが自由に使え、低速CPUおよび少ないRAM (256MB~)で十分に動作するスマートフォン OSが必要になってきた。それを実現しようとしているのがFirefox OSでありTizenである。

今後のマーケット展望と既存の技術のミスマッチを考えれば、Tizen, Firefox OSの登場は十分に説明できます。策略を考慮する必要はありません。

見方が違うと展望が変わる

策略の視点に立つか製品・マーケットの視点に立つかで、いろいろなものの見方が変わってきます。

性能・品質にばらつきが出るのはオープンだからではない

佐野氏は

オープン性に伴う自由度が高いだけに、Androidで問題となっている端末のサイズ・性能や、アプリ品質のばらつきなどが生まれやすい。それがユーザーの使い勝手に悪影響を与えれば支持は得られないし、提供するハードウエアやプラットフォームの分散化を嫌うアプリのデベロッパーからの支持も獲得しにくくなる。

としています。勢力争いの観点でものを見ていますので、各キャリアやメーカーを取り込むためにはオープン性が有利だし、不可欠条件だと考えています。そしてオープンさは諸刃の刃で端末のサイズ・性能のばらつき、アプリ品質のばらつきを招いていると考えています。

しかし製品視点に立つと違います。製品の優劣においてはオープンかクローズドは無関係だからです。製品視点に立てば、性能のばらつきが起きたのはAndroidの必要スペックが一気に上がったためと推察できます。tsuchitani氏の記事を引用すると

2010年春に発売されたAndroid 1.6搭載のIS01がメモリ256メガバイトで動作していたのに、約半年後発表でAndroid 2.1.1搭載のIS03以降ではメモリ512メガバイト搭載が標準となり、その後しばらくこの容量で推移したものの、2012年初頭にはAndroid 4.x系へのアップデートを睨んでISW11SC(GALAXY S II)以降メモリの1ギガバイト搭載がはじまり、年末に最初のAndroid 4.1搭載機として発売されたHTL21(HTC J butterfly)からはフルHD液晶の搭載もあって遂にメモリ2GB搭載となりました。

そして、在来機種のOSバージョンアップの可否は、ほぼ例外なく搭載メモリ容量によって決定されてしまっています。

つまりAndroidの要求スペックが急速に高くなったため、2年前に購入した人と最近購入した人の製品スペックが全く異なります。またOSのバージョンアップをしたくても、1年前に購入した人ですらAndroid 4.x系にアップデートできず、Android 2.3の製品がまだ多く使用されています。

Androidのフラグメンテーションはオープンさに起因するのではなく、急激な要求スペック向上に起因すると考えた方が良さそうです。

クローズドでも性能・品質にばらつきが出る

例えばパソコンの世界では、未だにWindows XPの使用率が高いなどの性能・品質のばらつきが出ています。日本でのWindows XPの使用率を見ると、未だに全ネットユーザの15%を越えています。特に企業ではWindows XPを使い続ける傾向が強く、数十パーセントの利用率となっています。Androidに比べて圧倒的にクローズドなWindowsの世界でもこのようなフラグメンテーションが起こります。Windowsでフラグメンテーションが起こった理由は様々ですが、一般消費者の場合は価格やアップグレードの手間の問題、さらにWindows Vistaの要求スペックが高く、ネットブックでWindows XPを使わなければならなかった問題が挙げられます。企業サイドで言えば、既存のカスタムメイドソフトとの互換性の問題がしばしば話題になりました。

一方で2009年に発売されたiPhone 3GSは最新のiOS 6が搭載できます。iPhoneもAndroid同様に製品のスペックは劇的に向上していますが、それでも要求スペックは4年前の機種をカバーできるようにしています。iOSは85%のユーザがiOS6に移行していて、OSバージョンのフラグメンテーションがほとんど起こっていませんが、これはクローズドだからではなく、効率の良いOSをしっかり作ってきたおかげ、つまり製品が良いおかげと言えます。加えてOSのアップグレードを無償にしています。

こう考えるとiOSでフラグメンテーションが起こらないのは、クローズドであることが主な要因ではなさそうです。むしろ低スペックマシンにも対応できる、しっかりしたOSの土台を持っていること、アップグレードを非常に簡単にし、かつ無償にしていることがむしろ大きい要因と考えられます。

ダメうちでもう一つ例を挙げます。Mac OS Xです。Mac OS XはOSアップグレードの価格が安く、最近はDVDを購入することなく、オンラインですべてアップグレードできるため、アップグレード率が非常に高くなっています。しかしMac OS Xのアップグレード率の問題が一つだけあります。それはMac OS X 10.6 (Snow Leopard)を使用しているユーザがまだ30%ほどいることです。理由は簡単です。PowerPC用のソフトが動くのはSnow Leopardが最後だからです。Mac OS X 10.7からはPowerPCエミュレータのRosettaが外されています。つまり既存のソフトとの互換性が、フラグメンテーションの大きい要因となっているのです。

わずか1年前のスマートフォンでもAndorid 4.0にアップグレードできないなど、既存のデバイスとの互換性を完全に無視してしまったAndroidの世界でフラグメンテーションが起こり、様々なばらつきが出てしまうのはもう完全に必然です。オープンとクローズドとは全く別の話です。

上記を考えれば、「Firefox OSやTizenはオープンだから品質確保に苦労する」というのは誤りです。そうではなく、もしFirefox OSやTizenがしっかりとしたアーキテクチャーで作り込まれていて、低スペック機種から高スペック機種までをしっかりカバーできれば、品質確保では苦労しない」というのが正しい結論です。

Firefox OSのチームが最初はローエンドを狙うそうですが、これが大正解と言えるのはこのためです。

SunSpider Javascript Benchmarkでスマートフォンに必要な最低スペックについて考えてみる

数日前からFirefox OSのことについて調べていく中で、Androidというのが非常に効率が悪く、高いスペックのハードウェアがないと十分な性能が出なさそうだという話をしました。そして一方でローエンドをターゲットするFirefox OSが、わずか256MBや512MBのRAMでも十分な性能が出るかも知れないという話をしました。

Firefox OSのベンチマーク結果がまだインターネット上では見られないので、ここでは2009年発売のiPhone 3GS (CPU: 600MHz シングルコア、RAM: 256MB)を参考にしてみます。CPUとRAMを見る限り、iPhone 3GSはFirefox OSがターゲットする最低スペックのマシンとほぼ同等か若干それを下回る感じです。

iPhone 3GSのSunspiderベンチマーク結果(Arstechnicaより)。ちなみにiPhone 3GSは最新のiOS 6をサポートしており、古いOSと比べてもスピードは落ちないそうです。むしろ以下のベンチマークを見る限り、速くなっています。

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これとAnandtechで行われたベンチマークを一緒に見ます(iPhone 4sの数値が似ているので、比較ができると思います)。

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Arstechnicaのデータで見るとiPhone 3GSはOS5.1で約4,700msというスコアを出しています。一方Anandtechのデータを見ると、これよりも遅いAndroid機種が3つ掲載されています。

  • Google Nexus S (CPU: 1GHz シングルコア, RAM: 512MB)
  • HTC Sensation 4G (CPU: 1.2GHz デュアルコア, RAM: 768MB)
  • HTC Desire C (CPU: 600MHz シングルコア, RAM: 512MB)

またiPhone 3GSより速く、iPhone 4よりも遅いのが2機種あります。

  • LG Optimus 3D (CPU: 1GHz デュアルコア, RAM: 512MB)
  • T-Mobile G2x (CPU: 1GHz デュアルコア, RAM: 512MB)
  • HTC One V (CPU: 1GHz シングルコア, RAM: 512MB)

なおiPhone 4のスペックは CPU: 800MHz シングルコア, RAM: 512MBです。

圧倒的にハードウェアスペックで劣るiPhone 3GS (CPU: 600MHz シングルコア、RAM: 256MB)が非常に検討しているのがわかります。逆にAndroid機が高いハードウェアスペックを誇るにもかかわらず、遅いです。

Firefox OSが入り込むスキはここです。

Androidがあまりにも高いスペックが必要で、ローエンドマシンに向かないという話

昨日もFirefox OS関連のブログを書き、その中でAndroid 4.0があまりにも高いスペック(iOS 6を越える)を必要としていることについて紹介しました。その関連で、以下の記事を見つけましたので紹介します。

tsuchitani氏による「【メモリ256MB】この軽さが実現するとは…Firefox OSが示すスマートフォンOSの新機軸」

Androidは元々組み込み機器で広く用いられているARMやMIPS、そしてパソコンで用いられているx86、と異なった命令セットを備えた機種で同じアプリが動作するように、Dalvik VMという仮想マシンをOS本体に内蔵し、その上で様々なアプリを動作させる一方で、それぞれのハードウェアに搭載されているCPUの命令セットを直接実行して高速動作するアプリも許容するなど、込み入った構造になっていて、しかもOSの進化の過程で様々な新機能や、アプリが新しい機能を利用可能とするための新APIを追加するなど、元々複雑なOS構造をさらに複雑化させるような方向で機能強化が進められてきた結果、高機能化の代償として必要となるメモリ容量はOSのバージョンアップの度にどんどん増大してきました。

Android搭載スマートフォンの場合、搭載されるメインメモリ(RAM)はバージョン1.xで256メガバイト、バージョン2.xで512メガバイト、バージョン4.0.xで1ギガバイト、バージョン4.1/4.2で2ギガバイトといったところで、事実上バージョン4.x搭載端末のみとなっている現行製品では、1ギガバイトあるいは2ギガバイト搭載(※ごく一部に継続販売中の製品でバージョン2.3搭載でメモリ512メガバイト搭載の機種が残っています)となっています。
つまり、Android バージョン1.x搭載の現行製品がまず「ありえない」現状では、端末に搭載されるRAMはどんなに削ってもバージョン2.x搭載端末で512メガバイト、バージョン4.0.xへのバージョンアップを考慮すると、せめて1ギガバイトは欲しい、ということになります。

そんなわけで、メモリ容量削減は結構スマートフォンの端末価格低減に「効く」のですが、既に記してきたように、最新版のAndroidが今更512メガバイトやそこらのメモリで動作するようになるとも思えず、512メガバイトのRAMで済ませるには「Androidではない」、RAM容量を余計に消費しない他のOSが必要になります。

画面の解像度を下げても、プロセッサグレードを下げても、OSそのものの稼動に必要なメモリ容量はそれほど変わるわけではありませんから、わずか256メガバイトのメインメモリでHTML 5対応Webブラウザまで動いてしまうこのFirefox OSは、本当にコンパクトにできていることがわかります。

未だ世界中で膨大な数の端末が稼動し続けているフィーチャーフォンを完全駆逐するとしたら、それはこのOSを搭載する端末になるのかも知れません。

結論としては私が昨日書いたブログと同じです。

Androidは進化の方向を間違えたのか?

以上のように、私は発展途上国でAndroidが下火になり、一気にFirefox OSやTizenが盛り上がってくると予想しています。もし本当にそうなったとき、Androidはなぜ失敗したのかという問題が当然ながら気になります。ずいぶん気が早いのですが、Androidの問題点は現時点で既に見えてきていますので、これについて考えたいと思います。

Java VM (Dalvik VM)という選択の誤り

AndroidはJava VM、正確には亜流のDalvik VMの上で動作します。JavaのJITコンパイラの性能が向上し、スピード的にはCで書いたプログラムに匹敵するようになったという議論はありますが、多くの場合これはRAMの使用量を犠牲になり立っている話です。確かにJava VMのJITコンパイラは高速です。しかしそれを実現するために、Cで書いたプログラムよりも遙かに多くのRAMを消費してしまいます。

携帯電話のようにハードウェアリソースが非常に制限されている状況では、Java VMという選択はある程度スペックを犠牲にしてもよいというものです。AndroidがそもそもJava VMという選択を採ったのは、その前に携帯電話の開発言語としてJava MEが使われていたことの名残だとも言えます。またハードウェアメーカーではないGoogleとしては、様々なCPUでも動作する開発環境が必要だったのかも知れません。いずれにしてもJava VMという選択はスペックを犠牲にしても良いという判断の上に成り立っていたと想像されます。

それではどうしてスペックを犠牲にしても良いという判断をしたのか?それはiPhoneを想定していなかったからです。OracleとGoogleのJavaに関する法廷闘争の中で、Androidの初期プロトタイプが公開されました。このプロトタイプは2006年のもので、iPhoneではなく、当時はやっていたBlackBerry様のデザインです。このことからわかるのは、Androidは2006年まではグラフィックス処理などをあまり必要としないBlackberry様のデバイスを想定していて、そのためならば処理能力は犠牲にしても良い判断したのだろうと思われます。

iPhoneは最初からグラフィックスをふんだんに使い、マルチタッチのUIを想定して開発されました。そのためには高い計算処理能力が必要と最初から考え、最適化された開発環境(Objective-C)を用意しました。

その一方でAndroidはガラケー並みの処理能力しか必要としないUIを想定して開発されました。一方で数多くのメーカーに採用してもらう必要がありました。そこで高い処理能力よりも移植性の高さを優先し、Java VMを採用したと思われます。

このようにAndroidがJava VMを採用した判断は、現在のスマートフォンを全く想定していない頃のものであり、今では足かせになっている感じがあります。

iPhoneと戦うことの誤り

Androidは完全にiPhoneに追いつき追い越せとやってきています。何とかiPhoneと同等のUIを手に入れたい、何とかiPhoneと同等の動作の滑らかさを手に入れたい、何とかiPhoneと同じ数だけのアプリをそろえたい、と完全にiPhoneを追いかけています。

そのためにローエンドに向けた製品を用意していません。Androidが低スペックデバイスで動作するようにはしていません。ローエンド市場は古いバージョンのAndroidでカバーするという状況になっています。

戦略としてこれは正しかったのでしょうか?

ポイントは

  1. iPhoneに果たして勝てるのか?本当にトップのブランドになれるのか?トップブランドになるのと2番手ブランドになるのとでは大きな違いがあります。業界をリードするトップブランドだけが本当のブランド力を手にすることは珍しくありません。Androidでそこまで勝ち切れるか、まだまだかなり疑問があります。
  2. ローエンド市場をガラ空きにしてしまっているのは大丈夫か?Androidのマーケットシェアが高いのは、かなりの部分ローエンド市場のおかげです。しかしそれをいつまでも古いバージョンのAndroidでカバーするのは危険です。
  3. ガラ空きにしてしまっているローエンド市場でAndroidがFirefox OSやTizenに負け始めるようなことがあるとどうなるでしょうか?

ここ1−2年のシナリオとして、Androidにとって最悪のシナリオはこうです。トップブランドでiPhoneに勝ちきれず、その一方でローエンド市場でFirefox OSやTizenが成功を収めはじめるシナリオです。そうなるとAndroidは中途半端な立場になってしまいます。おそらくは引き続きiPhoneに勝とうとハイエンド市場での勝負を仕掛けると思いますが、そうなるとAndroidをこれまで支えてきたローエンド市場を完全に失ってしまう危険性があります。

Clayton Christensen氏のInnovator’s Dilemma風に考えれば、上記の状況が続いているうちにFirefox OSやTizenの機能が増えて、アプリも増えてきて、そしてローエンドだけでなくハイエンドを伺うだけの能力を身につけてくるでしょう。Androidがこの時点でトップブランドになっていなければ、行き場を失います。