東京オリンピック2020ロゴ訴訟、全面敗訴になる可能性について

佐野研二郎氏がデザインした東京オリンピック2020の公式エンブレムが自分が作ったリエージュ劇場のエンブレムと極めて似ているとして、ベルギーのオリビエ・ドビ氏がエンブレムの使用の差し止め訴訟をベルギーの裁判所に起こしている。これはもうすでに報道されている

これに対して大会組織委員会はこのデザイナーを激しく非難する声明を発表した。恐らくはやましい点は一切ないことを世間に知らしめるためにあえて強い口調の声明を出したと思われるが、このままだととりあえずは裁判が行われるのではないかという感じになります。

さて、訴訟対策として本当にこれで良いのでしょうか?この点をちょっと考えてみたいと思う。なお私はこのような訴訟には特に詳しくありませんが、アップルとサムスンの特許訴訟はフォローしていたので、その時の状況を思い起こしながら考えたいと思う。

何を証明する訴訟なのか

以下に東京オリンピック2020の公式エンブレムとリエージュ劇場のエンブレムを並べてみた。一見して似ているものの、完全に一致しているわけではなく、異なる点も多い。とはいえ、リエージュ劇場のエンブレムを題材にこれを加工したものだということになれば、日本の著作権法でいう二次的著作物に該当するだろうと思われる。これはヨーロッパや米国ではderivative workと呼ばれるものである。

二次著作物は元の著作物を利用するので、元の著作物を使用する権利が当然ながら必要になる。今回は当然ながら元の著作物を使用する権利は譲り受けていないので、焦点は東京オリンピック2020のエンブレムが二次著作物に相当するのかどうか、つまり元の著作物を利用したのかどうかにかかっていると私は理解している。逆に佐野研二郎氏がリエージュ劇場のエンブレムとは全く独立にデザインをしたということであれば、全く問題はない。

つまり裁判の争点は、佐野研二郎氏がリエージュ劇場のエンブレムを利用したかにかかっていると思われる。当然ながら裁判の過程で、これに関する証拠集めが行われることになる。

そして証拠集め活動そのものが、佐野研二郎氏、審査員を務めたデザイナー、広告代理店、そして大会組織委員会に不利になる可能性を考えないといけない。

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アップル対サムスンの裁判では社内機密情報の公開までも要求された

アップル対サムスンの訴訟では、意図的な特許侵害があったのかどうかを確認する目的で、サムスン社の社内メールが弁護士によってくまなく調べられ、裁判に関係するものは法定資料として公開された。またアップル社の社内メールも一部公開された。メールだけでなく、機密性の高い社内会議資料なども公開された。このように証拠として重要な資料であれば、本来は隠しておきたい内容であっても公開させられてしまうのが裁判である。

今回のケースでは、佐野研二郎氏が果たしてPinterestなどのサイトから画像をダウンロードしていないかを確認したり、公式エンブレムを作り上げるまでの様々なバージョンを見たりしないと、リエージュ劇場エンブレムを利用しているかどうかが確認できない。したがって予想ではあるが、裁判所がMR-design社に資料の公開(メールを含む)を要求するだろう。

もしもその中に審査員の癒着とかを示す内容が含まれていたら…。それは最悪のシナリオだ。

敗訴するのか、和解するのか

勝訴にこだわればこだわるほどMR-design社は社内の証拠を出していかないといけないのかもしれない。そんなことよりもとっとと負けたり、あるいは和解した方が得かもしれない。裁判で勝つよりも、裁判の過程で機密情報がバレることの方がダメージが大きいかもしれない。今回の件はそんな可能性を感じさせる。

個人的にはどんどん争って、広告代理店との癒着関係が公開されていくことを期待はする。しかしエンブレムを取り下げ、和解してしまえばおそらくベルギー側からの訴訟は終わってしまい、すべてが闇に葬られてしまうかもしれない。それはそれで非常に残念である。

以上、著作権裁判、特にヨーロッパのそれの仕組みを一切知らずに想像で書いたが、今回の件は色々と裏がありそうなだけに裁判を戦い抜くのはかなりマイナスではないかと感じざるを得ない。大会組織委員会が勇ましくベルギー人デザイナーを非難したのは、本当にそれでよかったのかどうか。早期和解の可能性を遠ざけて、機密情報がバラされる最悪のシナリオに近づいてしまっていないか。私としてはそれが気になる。

Update

今回の私の議論について、より専門的な見地から解説しているのが大阪芸術大学の純丘曜彰 教授。こちらの書き込みでは、構想スケッチがあれば盗作の疑いを晴らせること、そして現状では裁判に不利であることなど具体的にを述べている。

以下引用

 商標がどうであれ、著作権は、ベルヌ条約によって無方式主義、つまりなんの登録も無しに、ただ創作しただけで、その時点に発生している。ただ、著作権に基づいて権利侵害を主張するには、類似性だけでなく、依拠性(パクったやつが自分の作品を知っていたということ)を立証しなければならない。その立証責任は、原告側にある。たとえネットで知りえた、としても、相手が知っていたという事実を証明するのは、なにぶんにも相手の側に経緯の資料がある以上、かなり困難だ。(へたに自分の構想スケッチを出すと、その画像から、知っていたということを証明してしまう(知っていたということにされてしまう)危険性があるので、記者会見で、それがあるにもかかわらず、それを出すのを弁護士に止められたのだろうか。)
 ただし、この依拠性は、間接事実からの推認でも十分とされている。すなわち、①知りえた可能性、②類似性以上の酷似性、③オリジナルの周知性、の3点が証明できれば、依拠した、ということになる。逆に、弁護側は、①絶対に知りえなかった、②それほど似ていない、③それほど有名じゃない、と抗弁することで、独立創作としての別個の著作権の存在を証明する。

サントリーのトートバッグの一件で、このデザイナーがpinterest、その他、ネットのかなり奥深いところから巧妙に素材を拾ってきていることが完全に明らかになってしまった。これまた、①知りえた可能性、というだけでなく、実際にネットで知った事実性がかなり高い、ということを自分で立証してしまったようなもの。おまけに、②酷似どころかまんまコピペの常習犯、となると、当該エンブレムに関してのみ、似ていない、関係が無い、などと主張する方がもはや難しい。

Update 2

本日、8月26日に朝日新聞に掲載された永井一正氏のインタービューだが、現時点では状況を変えるほどのインパクトはないと私は考える。その根拠については新たに書いたが、要は永井一正氏の言葉を信じる根拠が弱すぎるのである。

3 thoughts on “東京オリンピック2020ロゴ訴訟、全面敗訴になる可能性について”

  1. 前記事に続けてのコメントです。

    日本国内にも 正しいアドバイスをされる方がいらっしゃったのですね。
    組織委員会が謙虚に聞く耳をもち 記者会見の時点で和解をしていたら状況はまったく違っていたと思います。

    まず ベルギー側にはなんの落ち度もありません。 
    原告としての要求も エンブレムの使用中止と 協賛企業が使用した場合一回につき5万ユーロ(≒690万円)の支払い この2つであり損害賠償は含まれておりません。 

    リエージュ劇場の特性を考えると この2つの要求は権利であり認められて当然のものです。 裁判は損害賠償が関わると期間が長引きますが 含まれていないので おそらく書類のみで判決が出るように思います。 

    ベルギーでの裁判の当事者はベルギーとIOCであり IOCが敗訴した場合 IOCが損害賠償を求めてJOCを提訴することになります。続いて協賛企業などへ混乱が広がっていきます。 すでに協賛企業がCMからエンブレムを取り下げているのは 690万を払わないためと後々の損害賠償額を抑えるための予防線の始まりです。

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    1. ありがとうございます。

      お話をうかがって思うのは、和解といっても、リエージュ劇場の場合は完全な使用停止以外は和解するつもりがなさそうですね。大会組織委員会としては、あの時点ではさすがにそこまではするのは無理だと考え、デザイナーを強く非難する以外に選択肢が見えなかったのかもしれません。もちろんそれで解決するものでもありませんが。

      日に日に佐野氏の著作権侵害の疑いが膨らみ、協賛企業もエンブレムの使用を見送っている中、エンブレムを取り下げる可能性が高まっていると感じます。その場合は裁判は中止になってしまい、代理店などとの癒着関係が表面化しなくなってしまうのではないか。早期の取り下げを願っている反面、根源的な問題にメスが入らないで終わってしまったら残念だなと思っています。

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  2. 続けて失礼します。

    日本人と外国人の習慣と思考の相違から生じた誤解の積み重ねです。

    日本人は歩み寄っておたがいの妥協点を見つけ出そうとします。 
    一方 こちらでは自分の意思を貫くように育てられますので 話が平行線で折り合わない体験が日常茶飯事です。 平行線の主張を折り合わせるために弁護士を依頼し 和解できない時に裁判所へ提訴します。   
     日本人デザイナーも組織委員会も顧問弁護士がいなかったのではないかと想像しますが 墓穴を掘ったとしか言いようのない記者会見でしたので 和解の時期を失い非常に残念な結果となりました。
    協賛企業がCMのエンブレムを取り下げるのは690万円の罰金を払いたくないためと法治国家の企業ですから法律を守る必要があるためです。 おそらく 先週中に仮処分が行われたのだと思います。
     裁判が中止になることはありませんが 根源的な問題にメスが入るか入らないかはベルギーではなく IOCとJOCの間でどうような話し合いが行われるかで決まると思います。 私は IOCが損害賠償を求めてJOCを提訴すると思います。
    ベルギーでは劇場側とIOCの裁判であり 例えてみれば 上司が部下の監督不履行で責任を問われているようなものであり IOCは すべてJOCに一任していた と逃げ切ることでしょう。 
    善人が安心して暮らすことができる昔の日本に戻りたいですね。

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