iPadの初期のレビューから破壊的イノベーションを振り返る

2013年4月3日がiPadの発売日からちょうど3年間ということで、それを振り返る記事がネットにいくつか出ていました。

iPadの発売当初は、多くの技術評論家がこれを失敗作と呼び、そしてがっかりしていました。今となってはほとんどの人が忘れてしまっていますが。

こういうのを見て、「評論家は何もわかっていない」というのは簡単です。しかしそれではプログレスがありません。しかもClayton Christensen氏は破壊的イノベーションの条件の一つが専門家に見下されることだとも語っています。

Clayton Christensen氏が言うには、破壊的なイノベーションの特徴は以下の通りです。

  • いくつかの機能が不足していて、ハイエンドユーザのニーズを満たさない。
  • 価格が手ごろでローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 使いやすさが改善されていて、ローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 徐々に能力を増やしていき、ハイエンドユーザにも使われるようになる。

これに着目しながら、上記の記事からiPad発売当初の評論家の意見を引用してみます。

Why is the iPad a disappointment? Because it doesn’t allow us to do anything we couldn’t do before. Sure, it is a neat form factor, but it comes with significant trade-offs, too.

Things the iPad can’t do:

  1. No Camera, that’s right, you can’t take pics and e-mail them.
  2. No Web Cam, that’s right, no iChat or Skype Video chatting.
  3. No Flash, that’s right, you can’t watch NBC, CBS, ABC, FOX or HULU.
  4. No External Ports, such as Volume, Mic, DVI, USB, Firewire, SD card or HDMI
  5. No Multitasking, which means only one App can be running at a time. Think iPhone = Failure.
  6. No Software installs except Apps. Again think iPhone = Failure.
  7. No SMS, MMS or Phone.
  8. Only supports iTunes movies, music and Books, meaning Money, Money, Money for Apple.
  9. WAY, WAY, WAY over priced.
  10. They will Accessorize you to death if you want to do anything at all with it and you can bet these Accessories will cost $29.99 for each of them.
  11. No Full GPS*
  12. No Native Widescreen*
  13. No 1080P Playback*
  14. No File Management*

It was a bigger iPod Touch. I question whether those features would be enough to get people to buy new machines.

Not having a way to write on a pure slate device the size of piece of paper also seems pretty unnatural to me. One of the iPad demos shows a legal-pad background for note-taking, but then you have to use the on-screen keyboard.

It’s not going to revolutionize anything, it’s not going to replace netbooks, but it will find large and devoted audiences, particularly after the price drops and some features get added.

Any tablet computer, including Apple’s eagerly anticipated iPad, will face serious problems in generating big sales. Tablets look cool, but the reality is they don’t do anything new.

Fewer capabilities (than a netbook) but a similar size? Not a good start.

The tablet market has only succeeded as a niche market over the years and it was hoped Apple would dream up some new paradigm to change all that. From what I’ve seen and heard, this won’t be it.

9 Worst Things About The Apple Tablet:

  1. No Flash
  2. Its screen
  3. Its price
  4. Closed App Store
  5. Its name
  6. No multitasking
  7. No camera
  8. No USB
  9. AT&T deal

Ultimately, the iPad is a large iPod touch: a great device to draw your inspiration from, but perhaps not the seismic shift in technology that we were expecting.

でもiPadは馬鹿売れした

評論家の多数のネガティブな評価にかかわらず、iPadは爆発的に売れました。そこから読み取れるのは、以下のことです。

  1. 機能の多い少ないは、実際に売れるかどうかとは無関係
  2. 新しい機能があるかどうかも無関係
  3. ネットブックより機能が少ないのは全然問題ない
  4. 画期的な技術の変革を伴う必要も無い

つまり、大部分の技術評論家が常々着目している点というのは、製品が売れるか売れないか、破壊的イノベーションが起こるか否かにほとんど影響のない、かなりどうでも良い点なのです。少なくともiPadが馬鹿売れした事実を理解するためには、そう結論せざるを得ないのです。

ではいったい何が重要なのか。もちろん評論家に聞いても答えはわかりません。

アップルはなんと言っていたか。評論家が当てにならない以上、アップル自身の言葉しか頼りになりません。2010年のiPad発表から、Steve Jobs氏の言葉を引用します。

In order to create a new category of devices, these devices are going to have to be far better at doing some key tasks. They’re going to have to better at doing some really important things. Better than the laptop, better than the smartphone. Browsing the web, Email, enjoying and sharing photos, watching videos, enjoying your music collection, playing games, reading eBooks. If there’s going to be a third category of device, it’s going to have to better at these kinds of tasks than a laptop or a smartphone. Otherwise, it has no reason for being.
Now some people have thought, “well that’s a Netbook”. The problem is, Netbooks aren’t better at anything. …. They’re just cheap laptops. And we don’t think that they are a third category of device.

私が見るところのポイントは“some key tasks”。つまり一般人にとって重要な機能を選び取り、それ以外の機能はとりあえず無視。その重要な機能は既存製品よりも優れたものにする。そしてそれ以外の機能とはサヨナラする。

  1. 一般人が使わないけれども、技術評論家が好むような機能があるかどうかは気にしない。
  2. 新しい機能はなくても、既存のタスクがより多くの人に簡単にできるようになればそれで十分。
  3. 一般人が使う数少ない機能は、徹底的に良くする。

こうしてみると、iPadというのはClayton Christensen氏の理論そのままの破壊的イノベーションに見えます。評論家が発売当初は揶揄していたということもまたChristensen氏の理論通り。

安いiPhoneが出るかも知れないという話

AppleがiPhoneの廉価版を開発しているんじゃないかというウワサがあります。

投資アナリストを中心に広がっているウワサみたいなので、彼らの希望的観測にも見えますが、ちょっと気になるので自分なりに頭を整理してみます。

  1. 途上国では安いスマートフォンが売れているのは事実。特に中国がすごい。
  2. Huawei, Samsung, Nokiaなどがそこに商品を投入しているのは確か。
  3. 安いスマートフォンの市場はAndroidとSymbianが二分している。
  4. アナリストたちが安いというのは縛りなしで1-2万円の世界。
  5. Androidのバージョンは1万円(インド)だったらAndroid 2.3、2万円だったらAndroid 4.0とか。
  6. Samsungだったら2万円(インド)はGalaxy S Duosとか。Galaxy S2のようなスペック。
  7. Samsungだと1万円(インド)はGalaxy Y。画面は3インチ、RAMは190MB。Galaxy Sよりもかなり低スペック。むしろiPhone 3Gに近い。

ちなみにインドではiPhone 3Gは3万円、3GSは4万円とかの世界。iPhone 3GSはiOS 6が動くので、Android 4.0が動く2万円程度のAndorid機とその意味では同レベル。米国でもまだ好調に売れているiPhone 4は5万円弱、iPhone 4sは6万円程度です。

なので、もし単純にAppleが2万円程度の廉価のiPhoneを目指し、スペックをAndroidに合わせるのであればiPhone 4とかを安くすれば良い感じです。Appleとしては値段を既存製品より半分以下に落としていく感じです。

できるかできないかという点で言えば、iPhoneはもともと粗利が50%を越えているし、新製品の方が粗利が悪い傾向にあるのでできそうです。

でもそれでは面白くないし、Appleらしくもありません。

北米における2013年2月のタブレットの使用統計

Chitikaより北米における2月のタブレットの使用統計が発表されました。

Chitika February 2013

特に今回は2012年12月、2013年1月のデータを並べて、ここ3ヶ月の傾向を見ています。

Chitika 2013 trends february

私が思うところでは、ポイントは以下の通り;

  1. Kindle Fire, Samsung Galaxy, Google NexusおよびBarnes & NobleのNookはいずれも年末商戦で大きく使用率が向上しました。しかし、どれをとっても2月には微増または微減となっています。Androidのタブレットはなぜ年末商戦でしか売れないのか?が気になります。
  2. Google NexusはKindle Fire, Samsung Galaxyから遠く離されたままで、その差を埋める様子は特にありません。評論家からあれだけ絶賛され、Googleが赤字で売っているとも言われている機種が、どうして販売が伸びないのかが不思議です。

仮説としては以下のことが考えられます;

  1. Androidのタブレットは贈呈用には人気ではあるが、自分のために買う人はあまりいない可能性。
  2. 何かを買うとき、通常は「必要かどうか」を考えて買います。しかしクリスマス商戦というのは、「必要かどうか」または「欲しい」ではなく、「何かをプレゼントしなければならない」という状況下における購買活動です。「必要かどうか」という基準ではAndroidは弱い可能性があります。
  3. Google Nexusのブランドは評論家に絶賛されることが多く、これはNexus 7のみならず、Nexus 4についても言えます。しかし実際の購買になると、Kindle FireやGalaxy Tabに負けています。Kindle Fireはamazon.comのトップページにずっと表示されていますし、すべてのページの右上にKindle Fireの広告があります。逆に言うと、それぐらいのことをやらないとAndroidタブレットは売れないとも言えます。
    Amazon top bar 2
  4. Samsung Galaxy Tabの強みはおそらくはマーケティングとチャンネル管理の強力さだと思われます。

長期的視点では以下のことが気になります;

  1. プレゼントとして買われたものが、どれぐらいの顧客満足度を維持できるのか?
  2. 顧客満足度が高ければ、自分用に買う人が増え、年間を通して売れるようになるはずです。果たしてそうなるのか?

アップルがTVを売るとしたらどんなものか & 今のテレビ産業のまずさ

昨日、両親のテレビを選ぶために5年ぶりに家電量販店のテレビ売り場を見に行きました。

がっかりしました。価格競争の末路とはこうなるのかと。

もちろんアジアの新興国が液晶テレビに参入し、技術も成熟すれば液晶パネルの価格が下落し、液晶テレビの価格が下がるのはわかっています。グローバルな価格競争に巻き込まれ、安い製品しか売れなくなるという理論は少なくとも半分はその通りなのです。

しかしパソコンの世界ではAppleのMacがここ数年間か絶好調で、他のメーカーがほとんど$1,000以下の製品が売れ筋であるのに対して、Macだけは$1,000以上の製品が主力で売れています。

そこでAppleだったらどんなテレビをデザインするかなとちょっと考えてみました。

製品群を絞る

NewImageSteve Jobs氏がAppleに復帰して、すぐに行ったのは製品の絞り込みです。Performa6260, 5200, 5300とかPower Macintosh9600, 8600とかのような意味不明の製品型番を廃止し、一般消費者向けのiMacとiBookそしてプロフェッショナル向けのPower MacとPower Bookに製品に絞り込みました。そして各製品カテゴリーには”Good”, “Better”, “Best”という数種類のコンフィギュレーションを用意するものの、これらの違いはほぼCPUのスピードやRAM容量の大小に限定しました。数多くの製品を、たった4つに絞ったのです。

このコンセプトを発表したときにSteve Jobsが語っていたのは、「こんなに製品が多いと、社長の自分だってどれを買って良いかわからない」ということ。つまり何を買えば良いかを分かりやすくするための絞り込みだったのです。もちろん会社の限られた資源を少数の製品に投入できるメリットもあります。

さてテレビの状況を見てみましょう。昨日見たのはシャープのAQUOSでしたので、それで紹介します。下記は今日時点のシャープのウェブサイトからとりました。

製品カテゴリーは大きく分けて「クアトロン」「フリースタイル」「LEDバックライト」。どのキーワードもなじみが無いものばかりで、何の意味だかわかりません。そして各カテゴリーを合わせて実に19の製品があります。各製品紹介の一文には「スタイリッシュ」「スマート」「プレミアム」「スリム」「スタンダード」「オールインワン」「ベーシック」「カンタン」とかいろいろ書いてありますが、何を言いたいのかよくわかりません。

スクリーンショット 2012 11 12 10 40 33

例えばAppleの場合、

  1. すべての製品が「スタイリッシュ」で「スマート」で「プレミアム」で「スリム」で「カンタン」で「シンプル」です。”Mac”というブランドはこれらの言葉をすべて内包しています。Appleの場合、各製品の違いを紹介するのに使う言葉ではありません。Appleと競合他社の違いを説明するのに使う言葉です。
  2. Appleは製品カテゴリーを分ける基準として可搬性(ラップトップ、デスクトップ)、そして必要なパワー(一般消費者、プロフェッショナル)だけを選択しました。それに対してシャープは使用している技術(クアトロン、LEDバックライト)でカテゴリーを分けました。シャープの選択には非常に大きな問題があります。テクノロジー分野は技術がすぐに変わってしまうので、技術ごとにカテゴリーを分けるとすぐに陳腐化してしまいます。あるときは「LEDバックライト」はハイスペック製品を指していたかも知れませんが、数年後にはロースペック製品を指すことになります。例えば今年いっぱい「クアトロン」の良さを紹介するために広告宣伝費を何億と使っても、数年後にはそれはすべて無駄になってしまいます。それに対してAppleの場合は”MacBook”とか”iPad”という製品ブランドをプロモーションの中心に持って行き、そのブランドを顧客に覚えてもらうようにしているので、何年経っても投入した広告費は生き続けます。
  3. Macintoshに限定すれば、2012年時点 Macbook Air, Macbook Pro, Mac mini, iMac, Mac Proの5製品しかありません。シャープのテレビラインアップの1/4です。ポストPCデバイスのiPadおよびiPad miniは同じ製品の別サイズとみても良いので、iPadを入れても6製品しかないと言えます。

さてAppleがテレビを売るとしたら、どんな製品ラインアップを用意するでしょうか?

私の予想はこうです。

  1. 製品はたったの1種類。
  2. その製品は「スタイリッシュ」で「スマート」で「プレミアム」で「スリム」で「カンタン」で「シンプル」な製品。さらにシャープが持っている一番高い技術である「クアトロン」はもちろん搭載しています。
  3. 画面サイズは52 or 55, 40, 32インチの常識的なサイズのみ。アメリカでも60インチ以上のものが特に売れているわけではなさそうなので、60インチオーバーはラインアップに加えないだろうと思います。
  4. もちろん「オールインワン」。つまり録画機能(HDを含めて)はテレビに組み込み済み。ただしBluRayは衰退していく技術だとAppleは判断していますので、BluRayは入らないでしょう。

デザインを良くする

例えば「スタイリッシュ」と書かれているシャープのXL9シリーズを見ると、PRポイントは「画面の大きさと映像が映える、アルミフレームデザインを採用」です。でもこれってパッとしないですよね。確かに他のテレビはプラスチックの安っぽいフレームを採用しているので、それと比べればましではありますが、ぐっとくるような魅力はありません。

スクリーンショット 2012 11 12 11 15 06

これに対して今のApple iMacのデザインのポイントを見てみましょう。

NewImage

iMacの場合はそもそもフレームを無くして、端から端までガラスを張っています。iMacは2006年までのプラスチックを使った筐体から2007年にアルミに切り替え、その時からフレームをほとんど目立たせないデザインを採用しています。2009年からはこれを進化させ、フレームのないデザインを採用しています。

実際に店舗に行くとわかりますし、Amazonのウェブサイトでもある程度わかりますが、今売られている液晶テレビは安いものから高いものまで、ほとんどすべてが同じような光沢のある黒い枠がついています。内部でどんなに高度が技術が使われていようとも、あるいは3Dに対応していようとも、それがデザインからではわからなくなっています。

これってすごくまずいです。ベンツとカローラのデザインが同じという状態です。

高級品を買う人ってすべてが技術が好きだというわけではなく、虚栄心で高級品を買っていることが良くあります。ベンツなどはその典型です。であればその虚栄心を満足するべく、一見して高級品だとわかるようにデザインを工夫しなければなりません。低価格品とは明確に区別されるような、高級ブランドのメッセージが伝わらなければなりません。ベンツの場合はそれはエンブレムでしょうし、BMWであればそれはフロントグリルになります。Appleであれば、細部までデザインにこだわっていること自身がブランドメッセージです。

もしアルミフレームというものが「高級感」を連想させるデザインになるのであればシャープのやり方でも良いのですが、かなり弱いと感じます。これだけでは誰も驚かないし、センスも感じませんし、シャープの技術力の高さやイノベーションを感じません。

Appleがテレビをデザインすれば、それは間違いなくiMacのデザインを踏襲するでしょう。iMacを薄くするために培った技術力を活かして極限までにテレビを薄くし、そしてそれが際立つようにフレームのないデザインを採用するでしょう。こうすれば誰が見ても「あっ、あのテレビは何かが違うぞ!」となるし、家にお客を招いた場合は必ず「このテレビ、すごい!」という話題になります。

最後に

Appleはパーソナルコンピュータを売っている会社だから、Appleがテレビを作るのであればインターネットに接続したりiPhoneと連動したりとか、そういうことを考える人はたくさんいます。しかし実際の量販店のテレビ売り場に行くと、それ以前の問題がたくさんあることに気づきます。

良い製品をそこそこの値段で売るための条件が整っていないのです。あの状況なら価格競争は必然的に起こるという状況しかないのです。

Steve JobsがAppleに戻った頃、Appleは勝ち目のない価格競争の巻き込まれていました。初代iMacは技術的にはたいしたものはありませんでしたが、価格競争から抜け出すための大きな手がかりとなりました。DELLなどによる熾烈な価格競争の中、マスコミに敗北者の烙印を押されたブランドであっても、いろいろ工夫すれば差別化路線がとれるし、ちゃんとした利益を確保できることをiMacは教えてくれました。

今テレビ業界に必要なのは技術的なことじゃなくて、何かこういうものだろうと思います。

追記

大事なことを忘れました。Appleだったら3Dテレビは出さないだろうなと思います。人気が出ない3D技術は思い切って早々と捨てるでしょう。理由はいろいろありますが、まず量販店の3Dテレビ置き場におかれてしまうのはかえって不利ではないかと思いました。それぐらいに3Dテレビの関心が低い可能性が十分にあります。むしろ普通のテレビのところに配置してもらって、普通の40インチを買おうかなと思っていた顧客を引きつけた方が良い気がしました。

Appleはハイスペック製品を買う人を追いかけることはあまりしません。あくまでも普通の顧客を中心に置きます。Appleは、普通の顧客とバーゲンハンターは違うと考えています。普通の顧客にマッチした最高の製品をつくれば、リーズナブルな価格で買ってくれるだろうと考えています。ですから3Dのようなギミック的なものは追求せず、普通の顧客に高い付加価値を提供する道を選ぶはずです。

それとソニーが「モノリシックデザイン」のテレビを出していて、デザイン的にかなり魅力的です。意識して実物を見ませんでしたので、どれだけ差別化につながるデザインかはわかりませんが、良い方向だという印象を受けます。しかし大きな問題があります。ソニーにはダメな製品が多すぎるのです。

ナイキの社長にSteve Jobsがアドバイスしたとき、「ナイキは世界で最高の製品をいくつも作っている。しかしクソみたいなものもたくさんある。クソみたいな製品を捨てて、良い製品に集中しろ」と語ったことは有名です。

もしソニーにアドバイスするとしたらSteve Jobsはきっと同じことを言ったでしょう。「モノリシックデザイン」はとても魅力的でよく売れているようです。しかしソニーはクソみたいな安い製品もたくさん売っています。Appleであれば「モノリシックデザイン」のような優れた製品を1つだけ売り、高級志向のユーザに対しても普通のユーザに対しても同じデザインの製品を提供するでしょう。

優れたデザインの製品を売っている会社ならApple以外にもたくさんあります。しかし優れたデザインの製品だけを売り、なおかつそれで普通のユーザまでカバーしている会社としてはAppleはかなりユニークです。そういうことに挑戦する会社がテレビ業界にも出てくれば、価格競争から抜け出す突破口が見えてくると思います。

これから成功するタブレット

昨日のブログ“Androidタブレットの現状についての考察”でAndroidの7インチタブレットはマーケットシェアこそ高いと推測されているものの、実際にはあまり使われていないことを紹介しました。どうやら購入直後だけ使われて、数ヶ月でほこりをかぶるようです。

推測になりますが、タブレットの主要用途であるウェブを見ること、メールをすることにおいて、7インチタブレットは使い勝手が悪く、その結果として使われなくなるようです。

それではちゃんと売れて、そして使われるタブレットの条件はなんでしょうか。そのようなタブレットの代表がiPadですので、iPadのマーケティングコンセプトに立ち返りながら考えてみます。

新しいカテゴリーは両挟みのカテゴリーを超えなければならない

AppleがiPadをアナウンスしたとき、Steve JobsおよびApple経営陣が強調したのは、スマートフォンよりも、そしてラップトップよりも優れたものを作らなければならないということでしました。ウェブを見るのにラップトップよりも優れたデバイス。同様にメールや写真、ビデオを見るにも、そして音楽を聞くにも、ゲームをやるにしても、eBookを読みにしても、このすべてのタスクにおいてスマートフォンよりもそしてラップトップよりも優れたものを作らなければ、新しいカテゴリーは生み出せないというのがSteve Jobsの論点でした。そしてiPadはこの非常に高い基準を満たしているという主張でした(以下のビデオの7:00前後)。

普通に考えるとタブレットはスマートフォンとラップトップの中間に位置するカテゴリーです。少なくとも物理的サイズはそうです。したがってスマートフォンの特徴である持ち運びのしやすさと、ラップトップの特徴である画面の大きさや高い処理能力を併せ持つもの、しかしそれぞれを個別に取り出したときにはスマートフォンにもラップトップにも劣るものを作りがちです。持ち運びのしやすさはスマートフォンとタブレットの中間、そして画面の大きさも中間、処理能力も中間のものを作りがちです。物理的にそうせざるを得ないのです。しかしSteve Jobsが言うのは、これでは新しいカテゴリーとして成功しないということです。

Steve Jobsは、仮に物理的な処理能力が劣ったとしても、タブレットはラップトップよりもウェブを見るのが便利にならなければならないし、メールをやるのが便利にならなければならないと考えていました。そしてそれを実現しました。実際にiPadでウェブを見るとすごく快適です。ウェブページを表示する速さにしても一見するとラップトップに引けをとりません。Flashなど余計なものを外したおかげで、そして様々な最適化をすることで、非力なCPUでも高速にウェブページを表示できるようになっています。

またiPadの画面サイズはどうしてもラップトップにはかないません。しかしダブルタップするとウェブページの特定の部分を簡単にズームできるなどのソフトウェアの工夫をすることによって、画面サイズのハンディを乗り越える対策が随所にあります。

このようにiPadが成功したのは、中間的なカテゴリーだったからではありません。スマートフォンとラップトップの両市場の真ん中に大きな穴が開いていて、そこを埋めたからではありません。そんな穴はなかったんです。iPadが成功したのは、一般の人がラップトップを使う大部分の用途においてラップトップを超えたからです。

メディアタブレットの市場は存在しない

7インチタブレットはメディアタブレットであると考える人たちがいます。Amazonなどで販売しているビデオやeBookを読むのに適したものであれば、スマートフォンとラップトップを所有している人であってもメディアタブレットを購入するだろうという考え方です。

確かに一部のマニアはそうするでしょう。でも一般の人はメディア消費専用のタブレットは望んでいません。タブレットはウェブを見たり、メールをやるためのデバイスです。タブレットで映画を見る人はわずかしかいません。

繰り返しになりますが、スマートフォンとラップトップ市場の間に未開拓の新しいカテゴリーは存在しません。メディアタブレットは幻想です。

考えてみてください。スマートフォン + タブレット + ラップトップを持ち歩く人は、普通の人の視線から見れば変態です。

タブレットが成功するにはラップトップの代替になるしかない

タブレットがスマートフォンになることは物理的に不可能です。タブレットはポケットに入りませんから。耳に当てるのは馬鹿馬鹿しいから。

そして新大陸のような第三のカテゴリーは、水平線上の蜃気楼でしかありません。

したがってタブレットはラップトップの代替になるしかありません。ラップトップのパワーと大画面を持ちながら、同時に使いやすく、持ち運びしやすく、電池が持つものでなければなりません。ラップトップの機能の80%を持ちながら、ラップトップを超える便利さを持たなければなりません。それができなければ売れません。

こう考えると今後売れるタブレットの予想は簡単です。

成功するタブレットの条件

  1. ウェブを見ること、メールを読むことなどの主要タスクにおいて、ラップトップをほぼ完全に代替できること
  2. ラップトップユーザが無理なく、徐々にタブレットに移行できること
  3. 画面が小さいにもかかわらず、ズームが優秀だったり、スペースが無駄なく利用されているために、不便さがないこと
  4. CPUパワーがないにもかかわらず、写真やビデオ、ゲーム、音楽の管理などCPUパワーが必要な処理が可能であること
  5. 上記のいずれかにおいて、マーケットリーダーのiPadよりも明確に優れていること

マイクロソフトがWindows 8とSurfaceタブレットで狙っているのはこのリストの2番目です。ラップトップユーザは依然としてWindowsユーザが圧倒的に多くいます。ですからリストの2番目では、特に企業においてiPadを凌駕できる可能性が十分にあります。

Android? 提案できる新しい価値が何もないときは価格を下げるしかありません。Netbook戦略です。

iPad mini? 新しいカテゴリーではありません。あれはiPadです。13インチ MacBook Airと11インチ MacBook Airの関係です。

Steve Jobs in 2003

2003年、iPhoneを販売する前、iPadを販売する前、しかしおそらく頭の中にはiPadを描き始めていた頃、Steve Jobsはインタビューの中でタブレットのコンセプトをディスります(下のビデオの7:30以降)。

この中でiPadの製品コンセプトに関わる話がいくつか出てきます。メディアタブレットというコンセプト(ここではコンテンツを消費するためのタブレット。9:25ごろから)についても言及します。

教訓:中間的なカテゴリーは難しい

中間的なカテゴリーは製品を作るのは簡単です。両挟みのものを超えようと思わなければ。世の中はそういう製品であふれています。

マーケティング部門は、新しい製品アイデアが思いつかないと、すぐに中間的なカテゴリーを作り出します。

でも売るのは難しいのです。すごく難しいのです。両挟みのもので足りているから。

コンテンツの消費をビジネスにするAmazon、コンテンツ制作をビジネスにするApple

Amazonの新しいKindle Fire HDの発表を見て、AppleとAmazonが今後覇権を争うようなことを言っている評論家がインターネット上にたくさんいましたが、僕はあまりそう思いませんでした。

確かにAppleとAmazonはかぶるところが多いのですが、両者のイノベーションの方向が根本的に違うのです。

AppleはIT技術を通して、コンテンツを制作するツールをプロ及び大衆に提供する会社です。これは昔ではDTP、そして最近ではiLife, iBooks Authorなどで見ることができます。iPod発売前にiTuneが出た当初も宣伝コピーは”Rip, Mix, Burn”であり、単に音楽をPCで消費するのではなく、Mixという創作活動に大きなウェイトが置かれていました。

AmazonはタブレットPCをコンテンツ配信・閲覧ツールとして位置づけていて、その意味においては確かにコンテンツを握っていることが市場で非常に大きな力になります。

AppleはiPadをコンテンツ配信・閲覧ツールとして位置ていません。近い将来にはPCに代わるデバイスとして位置づけています。iPhotoやiMovieで音楽やビデオを編集することができますし、Garage Bandで音楽を作ることができます。スケッチをしたりするためのアプリケーションもサードパーティーからたくさん提供されていますし、Pagesをはじめとして文章を書くためのアプリも充実しています。

Amazonは世の中の見る価値のあるコンテンツは市場で発売されているものであり、それはAmazonを通して買ってもらいたいと思っています。

対してAppleは、創造力は誰にでもあり、誰でも高品質なコンテンツが作れるようにすることを一貫して会社の使命と考えています。

Appleもコンテンツを消費するためのツールはあり、そこはAmazonとかぶります。iTunes, iPodとApple TVです。iPadは違います。

個人的にはAppleのようにメディアの可能性をとことん追求して、新しいチャレンジをどんどんしてくれる会社がうれしいです。メディアの可能性はたくさん残っています。Amazonにように既存コンテンツの消費方法だけに注力するのは、世の中全体としては実にもったいない話です。

スマートフォン市場の異常さ

先日のApple vs Samsungの訴訟を受け、またそれに対するいろいろなリアクションを見ながら、スマートフォン市場の特殊性について考えてみました。

以下、メモ;

  1. iPhoneは一夜にして携帯電話市場をがらりと変えました。携帯のデザインを一変させたばかりではなく、携帯にできること、ウェブを見ること、メールを読むこと、アプリを買うことの状況を一変させました。ユーザインタフェースを一変させました。当時はAndroidですらキーボード中心のBlackberryのような製品を想定したOSでしたが、iPhone後は方向を180度変えてタッチインタフェースを真似ました。
  2. 他の会社が注力していなかったタッチインタフェースを早い段階から研究開発していたAppleが、数多くの特許を独占できたのは自然なことです。タッチインタフェースを発明したのはAppleではないのですが、それを実際に製品に応用していくところの特許は圧倒的にAppleが保有していて、独占状況に近いです。こうなったのはひとえに他社が注目していない頃にタッチインタフェースを突き詰めたからです。
  3. それまでの携帯電話はパソコンと比較して大きく見劣りしていました。性能はもちろんのこと、ソフトウェア面でも圧倒的に単純なものでした。iPhoneはその状況を一変させます。iPhoneのOSであるiOSは、土台がMacOS Xと同じです。そしてMacOS Xで初めて導入された数多くの先進的な技術が含まれています。例えばグラフィックスやアニメーションの描写などがそれです。iPhoneは初代Macintoshから数えて20年余の技術の上に立つ製品です。パソコンで蓄積された技術を携帯に持ち込んだ製品です。しかしパソコンの世界では一般消費者向けのオペレーティングシステム技術はたった2つの会社しか持っていませんでした。AppleとMicrosoftだけです。このことが何を意味するかというと、iPhoneにまともに対抗できる製品を作れるのは基本的にMicrosoftしかなかったということです。GoogleがAndroidを開発できたのはJavaをハイジャックしたりiPhoneを真似たからであり、自社技術を積み重ねてつくることはできなかったのです。かなり近道をしているので、特許を数多く侵害したのは自然なことです。
  4. NokiaはAndroidの携帯を開発しませんでした。そうではなくWindows Phoneに賭けました。なぜかというとAndroidでは差別化は不可能と考えたからです。これについてはCNETの記事で紹介されています。実際に現時点でのAndroidの状況を見ると、Androidスマートフォンで儲かっているのはSamsungだけで、他のメーカーは差別化に苦労し、高い価格で製品が売れずに儲かっていません。(もちろん一番儲かっているのはAppleですが)
  5. SamsungだけがなぜAndroid陣営の中で儲けることができているか?もちろん社内に高い技術力を持っているのは有利だとは思いますが、むしろ大きいのは、ハードもソフトもiPhoneに似せたからではないかと思われます(SamsungはAndroidを改変して、よりiPhoneに似せました)。つまりスマートフォン市場の中では、ほぼiPhoneに似ているか似ていないかだけが差別化につながっていると言えます。

以上をまとめると、a) 知的所有権ではマーケットリーダー1社が圧倒的な有利な状況があります、 b) スマートフォン市場での差別化ポイントは、現時点ではマーケットリーダーの製品に似ているか似ていないかの1点に絞られています。これがこの市場の特殊性です。

MicrosoftのWindows Phoneが売れていけば、a)の問題は解決されます。Microsoftはパソコン関連の知的所有権をたくさん保有していますし、その一部はiPhoneでも使われているでしょう。MicrosoftはAppleとクロスライセンス契約をしていると言われていますので、Windows PhoneはAppleに訴えられる可能性がぐっと少ないです。

b)の差別化についてははっきりわかりません。NokiaはMicrosoftと早い段階からパートナーになることによって、他社のWindows Phoneでは得られないような差別化ポイントを手に入れようとしています。パートナー契約の内容に依存しますが、確かにそうなるかも知れません。Windows PhoneはiPhoneとはかなり違うユーザインタフェースなので、現在の差別化ポイントの一極集中は解消していくでしょう。

そうなればスマートフォン市場も多少はまともなものになっていくかも知れません。

AppleがSamsungに勝訴したのを受けて思うこと

SamsungがiPhone, iPadのデザインを真似たとしてAppleがSamsungを訴えていたアメリカの裁判は、2012年8月24日に、Appleの勝訴でひとまず幕を閉じました。

その内容をカバーした記事はネットにあふれています。特に良いと思ったのはAllThingsDの特集でしたので、詳細を知りたい方は英語ですがご覧ください。

今回の裁判は一般人による陪審員裁判でしたので、特に興味深いのは判決の理由です。
陪審員の一人とのインタビューが紹介されていますので、ご覧ください。

陪審員の人が判決の中で一番重視した証拠を聞かれて、こう答えています;

The e-mails that went back and forth from Samsung execs about the Apple features that they should incorporate into their devices was pretty damning to me. And also, on the last day, [Apple] showed the pictures of the phones that Samsung made before the iPhone came out and ones that they made after the iPhone came out. Some of the Samsung executives they presented on video [testimony] from Korea — I thought they were dodging the questions. They didn’t answer one of them. They didn’t help their cause.

彼が言及しているのは以下の証拠と思われます。

  1. 「iPhoneとGalaxyを比較するとGalaxyのここがいけていない。よってiPhoneに似せるべし」というサムスンの内部資料。
  2. グーグルとのミーティングでグーグル側が「アップルとソックリすぎだからちょっと変えた方がいいんじゃないか?」と言ったというメール。

この判決に対する印象は様々ですが、私の印象は「相当に常識的な判断が下された」というものです。

この判決でAppleの力が強大になり、競合を閉め出し、結果としてイノベーションが停滞するのではないかという議論があります。特にネット関連の評論をしている記者やブロガーの多くがこの主張をしています。私は決してそうは思いませんが、彼らの言っていることは一理があることは否定はしません。

ただ陪審員が下した結論はもっと単純明快で

他の会社が何年もかけて苦労して開発した画期的な技術を、悪意を持って意図的に真似てはいけませんよ!

ということだと感じました。

良い判決だったと思います。

さて今後どうなるか。以下ではこっちの方を大胆に予想してみたいと思います。 Continue reading “AppleがSamsungに勝訴したのを受けて思うこと”

3代目のiPadを見て再度考える:アップルの宿命

最初のiPadが発表された直後に私は以下のブログ記事を書きました。

  1. iPadを見て思った、垂直統合によるイノベーションのすごさとアップルの宿命
  2. iPadのこわさは、他のどの会社も真似できないものを作ったこと

その中で僕が繰り返しているのは、イノベーションが盛んに行われている時代、そしてそのイノベーションが市場に受け入れられている時代は垂直統合が勝つということです。そして垂直統合メーカーがほとんど市場から消え去っている今、アップルに対抗できるメーカーはなかなか出てこないでしょうということでした。逆にイノベーションが停滞してしまうと水平分業が有利になってきます。

したがって今後もアップルがタブレット市場をほぼ独占できるかどうかは、タブレット市場のイノベーションのスピードにかかっていると言えます。アップルにとってみればイノベーションを持続することかが最大の課題です。これはアップル一社のイノベーションという意味ではなく、市場全体としてイノベーションに対する期待が持続するかという意味です。

さて3代目のiPadが発表されましたので、その特徴を見ながら、タブレット市場のイノベーションの余地について考えてみたいと思います。

Retina Display

Retina Displayというのは、人間の目の識別能力を超えたと言うことです。つまり今のRetina Displayよりも解像度の高いディスプレイを作ったところで、もう誰も気づかないのです。

したがってディスプレイの画素数、解像度についていうと、イノベーションはここで一つの終着点を迎えたのです。

今後のイノベーションは消費電力を押さえられるかとか、どれだけ薄くできるかとかに限られてきます。エンドユーザには見えないところでのイノベーションになります。

今後のイノベーションの余地は一つ減りました。

なおRetina Displayの画素数は2048 x 1536であり、普通に販売されているパソコン(iMac 27インチを除く)の最大画素数 1920 x 1080を大幅に超えています。これをスムーズに動かすための省電力GPUの開発も相当に大変だったと想像されますので、競合メーカーから同様の解像度のタブレットが発売されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。

消費電力

新しいiPadの電池容量はiPad2よりも70%も多いと言われています。それでやっと電池が持つ時間をiPad2と同じにできました。消費電力が激しいと言われているLTEなどをサポートするために、相当に無理をしているのでしょう。

ここにはまだイノベーションの余地が相当に残っていそうです。

処理能力

iMovieなどがアップデートされ、iPhotoも追加されました。PCで行う作業の中でもかなり重たい作業である画像・ビデオ編集がiPadでもできるようになりました。3Dゲームも十分な解像度とフレームレートが出せている様子です。

これ以上の処理能力はもういらないんじゃないかと思われるレベルです。

今後も処理能力は向上するでしょうが、そろそろオーバースペックになりそうな感じです。そういう意味では、処理能力についてはイノベーションの余地があまり残っていないと言えます。

OS

OSの基本的な部分については、既にマルチタスクが実現されています。またタッチによる操作も特別な進歩を見せていません。

イノベーションの余地がもうあまりなさそうな印象です。

ネットワークの速度

まだまだネットワークの速度も信頼性も不十分です。たださすがのアップルもここを垂直統合に取り込むことはそれほどはやらないでしょう。

Siri

一番イノベーションの余地がはっきりしているのはSiriによる音声認識です。Siriの聞き取り精度はまだまだで、しょっちゅう間違えられます。Siriでできる操作も天気とかスケジュール管理ぐらいで、まだまだSiriは実用的とは言えません。その一方でネットワークに大きな負担をかけますし、裏では多数のサーバが動いているなど、多大の処理能力が必要です。

要するに、Siriは性能的にはまだまだだし、それなのにコンピュータパワーをすごく必要としています。イノベーションの余地がすごく残っているのです。

ちなみにSiriが残しているイノベーションの余地は簡単に思いつくものだけでも以下のものがあります。

  1. 精度を上げる
  2. ネットワークにつなげなくても動くようにする(Siriの音声認識ぐらいはローカルでやる)
  3. iOSのほぼすべての操作を音声でできるようにする。

まとめ

iPadが発売されて2年が経ち、猛烈な勢いでイノベーションが起こりました。当初は処理能力が足りず、コンテンツ作成は無理だろうと言われていましたが、今ではコンテンツ制作だって十分可能です。それどころかディスプレイの画素数は、市場のPCのほとんどすべてを凌駕するまでになりました。

しかしアップルにとっては喜べることばかりではありません。イノベーションの余地がなくなり、新機能が市場でオーバースペックになっていくと、垂直統合モデルは利点が減り、欠点ばかりが露呈します。これはその昔にマックがたどった道でもあります。

Siriが戦略的に非常に重要なのは、イノベーションの余地を新たに生んでいるという点です。こういう挑戦をアップルが続け、それが市場に受け入れられている間は垂直統合が勝ち続けるでしょう。

たぶん全然違うけど -> 『誰も言いたがらない「Sony が Apple になれなかった本当の理由」』

アップデート
小飼弾さんのブログでは的確な議論をしています。そして「誰を主たる顧客にするかを決めること」が大切だと結んでいます。これにはかなり強く同意するとともに、Geoffrey Moore氏の”Crossing the Chasm”を思い出しました。

ブログが割とよく読まれているソフトウェアエンジニア、Satoshi Nakajima氏が『誰も言いたがらない「Sony が Apple になれなかった本当の理由」』のブログ記事の中で日本の家電メーカーの問題点を述べています。

僕は過去に「なぜ日本にリーダーがいないと言われるのか、ちゃんと論理的に議論しようよ」と題して、日本の問題点を議論するときにしばしば目にするめちゃくちゃな論理について紹介しましたが、Nakajima氏のは残念ながらそれのまさに好例のような記事です。

Nakajima氏はSonyの問題点として以下の点をあげています。

  1. 「何を自分で作り何をアウトソースするか」が最適化できない企業は世界で戦えない。
  2. ハードウェア技術者よりもソフトウェア技術者が重要なのであれば、不要なハードウェア技術者は解雇し、優秀なソフトウェア技術者を雇うのは当然である。
  3. 日本の家電メーカーは、未だに終身雇用制の呪縛に縛られているため、工場の閉鎖も簡単にはできないし、技術者の入れ替えもままならない。

要するに日本の雇用慣行(終身雇用および労働法的なもの)が「Sony が Apple になれなかった本当の理由」という論点です。

僕の以前の記事の着眼点で言うと、この論理展開には以下の問題があります。

  1. Steve Jobs(Apple)のような特異点と比較することがそもそもおかしい。
  2. 日本は今よりももっと明確な終身雇用のもと(少なくとも大企業においては)、1970-80年代の絶頂を迎えたのであり、単に終身雇用を問題視することはできない。やるならば30-40年前と今のグローバル環境の違いを明確にし、どうして昔は終身雇用が有効で、どうして今は弊害となるのかを説明しないといけない。

特にわかりやすいのは最初の論点。つまりAppleと比較するのがそもそもおかしいという点です。

米国でパーソナルコンピュータを売っている(いた)会社はAppleだけではありません。Hewlet Packard(旧Compaqを含む)が依然としていわゆるPCでは世界のトップシェアですし、Dellもあります。PCから撤退したIBMもあります。そして後数ヶ月で破産しそうになっていた1996年のAppleもあります。そういえばGatewayという会社もありました。

どっちも普通の米国の会社ですし、すぐにリストラしたり社員をクビにしたりします。いずれも終身雇用の呪縛などには縛られていません。しかし今でも米国企業として残っている会社の業績はAppleよりもSonyの方に近く、まぁ全然ぱっとしないわけです。

仮にSonyがリストラをじゃんじゃんやり米国流になったところで、Appleに近くなるという保証など全くなく、Hewlet Packardになるかもしれませんし、Dellになるかもしれません。もしかしたら破産寸前だった90年代のAppleになるかもしれません。

もし本気で「Sony が Apple になれなかった本当の理由」を考えたいのであれば、以下のことを考えないといけません。

  1. Appleになれた会社は一つだけです。Appleだけに固有のことに着目しなければなりません。
  2. 逆に言うと、AppleにもHewlet PackardにもDellにもIBMにもGatewayにも共通して見られることに着眼するのはかなりバカバカしい。

業界で異例の垂直統合などを含め、Appleに固有のことはかなりの数があるので、そういうことに着目した方が良いと思います。