Steve Ballmer氏とMicrosoftについて

“the stupid manager theory”

Microsoft CEOのSteve Ballmer氏が近いうちにCEO職を退くと報道され、いろいろなことがあっちこっちのブログに書かれています。特にMicrosoftが1990年代から2000年代の頃の絶好調な時期とは対照的に、今ではタブレットPCやスマートフォンの流行に完全に取り残されてしまっているため、Steve Ballmer氏が失敗した原因は何だったのかという議論をしている人が目立ちます。

しかしClayton Christensen氏のInnovator’s Dilemmaの考え方をしっかり理解している人はそういう議論をしません。Christensen氏自身は、いわゆる正攻法で企業を経営していけば、いずれ必ずジレンマにぶつかり、そして衰退するのがイノベーションを興した企業の運命だと述べています。つまりどんなに優秀なCEOであったとしても、正攻法の経営をしている限りは衰退します。Steve Ballmer氏の能力は問題ではなく、正攻法そのものの問題だということです。

Christensen氏によれば、このジレンマを脱出する方法は一つで、つまり自分自身で自分を破壊していくことだとしています。「破壊」は運命なので、問題はそれを自分でやるか、他社にやられるかだけという考えです。もちろんこれは正攻法と呼べるものではありません。

Christensen氏の理論に基づいて現在のIT業界を分析しているHorace Dediu氏は、昨日“Steve Ballmer and The Innovator’s Curse”という記事を書きました。以下に引用します。

The most common, almost universally accepted reason for company failure is “the stupid manager theory”. It’s the corollary to “the smart manager theory” which is used to describe almost all company successes. The only problem with this theory is that it is usually the same managers who run the company while it’s successful as when it’s not. Therefore for the theory to be valid then the smart manager must have turned stupid at a specific moment in time, and as most companies in an industry fail in unison, then the stupidity bit must have been flipped in more than one individual at the same time in some massive conspiracy to fail simultaneously.

…..

It’s all nonsense of course.

「企業が失敗したのは、経営者が間違いを犯したからだ」という考え方では、現実を説明し得ないとしています。これはChristensen氏の考え方と同じです。

Steve Ballmer’s only failing was delivering sustaining growth (from $20 to over $70 billion in sales.) He did exactly what all managers are incentivized to do and avoided all the wasteful cannibalization for which they are punished.

Steve Ballmer氏の唯一の失敗は、売り上げを$20 billionから$70 billionに成長させたことだとしています。つまり企業の成長を最適化させる戦略を採用したことがSteve Ballmer氏の失敗であり、Microsoftが難局に直面している理由だとしています。

私も同意見です。

以下では私になり、Steve Ballmer氏のMicrosoft (Bill Gates時代もかぶりますが)がどのように成功し、失敗したかを考えてみたいと思います。

時代がCloudに移行したことが原因か?

時代の主役がパソコンからCloudに移り、それに乗り遅れたからMicrosoftが失敗したと述べている人々がいます。

この議論は全く根拠がありません。

Microsoftの強みはデスクトップのWindowsおよびその上で動作するMS Officeアプリです。Cloudがこれを脅かしたというのであれば、a) Cloudを中心としたOSがWindowsを脅かしている事実、b) Cloudを中心としたOfficeアプリがMS Officeを脅かしている事実、を例示する必要があります。

そのようなデータが無い限り、証拠はないことになります。

a)のCloudを中心としたOSについては、1990年代のthin clientなど歴史が古いです。また2007年頃から登場したLinux搭載Netbookは、「どうせブラウザしか使わないんだったらLinuxで十分でしょう?」という割り切りをした製品でした。そして最近で言えばGoogleのChrome OSがCloudを中心としたOSです。

Microsoftはthin clientの脅威を軽く跳ね返し、Netbookについては廉価版のWin XP, Win 7を提供することで懐柔し、LinuxベースのNetbookを埋没させました。そしてChrome OSについては、話題性こそあるものの、ウェブアクセスログ分析によると非常に利用率は低いままです。

「Cloudを中心としたOSがMicrosoftを脅かしている」という事実はないことになります。

b)のCloudを中心としたOffice アプリとしては、GoogleのGoogle Docsを考えることになります。
しかしMS Officeは2013年時点で80-96%の市場シェアを誇り、CloudベースのOffice 365も準備しています。Google Docsの利用が増えているのはMicrosoftにとっては注視すべき事態ではありますが、脅威というレベルではありません。まだまだ十分に時間はあり、また対策も的確に打っています。

「Cloudを中心としたOfficeアプリがMicrosoftを脅かしている」というのは相当な誇張であると言えます。

モバイルの重要性を認識していなかったのか?

MicrosoftはAppleやGoogleなどよりもずっと以前からモバイルコンピューティングの分野に関わっていました。Windows CEは1996年に発表され、その後にWindows Mobileに発展し、Windows Phoneに至っています。

Steve Ballmer氏およびMicrosoftはモバイルの重要性を認識していなかったのではなく、むしろをモバイルで先駆的な役割を担ってきました。とはいえ、先頭を切っていたのは常にMicrosoftではなく、PalmであったりBlackberryだったりしました。

タブレットについては、Microsoftが常に先頭を走っていました。2002年にタブレット用のWindows XPを提供し、以後もずっとタブレット用のWindowsおよびMS Officeを提供してきました。問題は唯一、タブレットPCが余り売れなかったことです。そしてiPadが2010年に発表され、爆発的に売れると、タブレットの主役はAppleに移ります。

このようにMicrosoftがモバイルの重要性を認識していなかったというのは誤りです。むしろMicrosoftこそが最もモバイルの重要性を認識しており、一貫して開発を続けてきたと言えます。

Nokia, Blackberryの失敗も考える

Microsoftと同じように窮地に立たされているのはNokiaとBlackberryです。時代の主役を担ってきた複数の企業が、ほぼ同じ時期に大きなピンチを迎えているのは偶然ではありません。

Microsoft, Nokia, Blackberryの経営者が同時の同じような過ちを犯したのでしょうか?それはさすがに考えられません。そうではなく、今まで主役がそろってこけるような大きな外的要因が存在したと考えるべきです。

NokiaやBlackberryはMicrosoft以上にモバイルのフォーカスした会社です。両社もそろってコケていることを考えると、外的要因は単純にモバイルへのシフトだけでもないようです。

NewImage思考実験

一つの思考実験をしてみます。

iPhoneが登場する前までは、AndroidはBlackberryのクローンを目指して開発されていました。

もしもiPhoneが発売されず、Googleがこのままの形でAndriodを発表し、Samsungなどがこのような端末を販売していたら何が起こったでしょうか?

果たしてAndroidがBlackberryやNokiaを駆逐し、強大な市場シェアを獲得できたでしょうか。ちなみにBlackberryだけでなく、PalmやWindows用にも良く似た端末が発売されていたことを思い出してください。

そもそもAndroidを採用したメーカーはいたでしょうか?機能的に差が無いのであれば、出たばかりのAndroidよりもWindows Mobileを採用した方が賢明です。

iPhoneをつくるか、iPhoneの真似をするか

AndroidがBlackberryやNokiaを一気に出し抜くことができたのは、いち早くiPhoneに似た(そっくりな)ものを作ったためです。それだけです。

Microsoft, Nokia, Blackberryを飲み込んだい大きな外的要因はiPhoneの登場であって、Cloudやモバイルへのシフトではなかったのです。

もしもSamsungやLG、HTCなどのメーカーがBlackberryタイプのスマートフォンを開発しようと思えば、第一候補はWindows Mobileでした。顧客がBlackberryタイプのスマートフォンを購入しようと思えば、BlackberryからNokia、Windows Mobileに至るまで、既に選択肢は豊富でした。Google Androidが入り込む隙はありませんでした。

それに対してiPhoneのそっくりさんを作ったのはGoogleだけでした。プライドも何もなかったGoogleは、AndroidをiPhoneそっくりに作り替えることに躊躇しませんでした。しかもEric Schmidt氏はAppleの取締役でしたので、iPhoneの発表前からインサイダー情報を入手していました。ですから迅速に開発することができました。

iPhoneの大成功のため、各メーカーは何とかiPhoneタイプの製品を開発したいと思っていました。それを可能にしてくれたのが唯一Androidでした。ですからメーカーは一気にAndroidに群がりました。iPhoneのそっくりさんを提供できないMicrosoftから一気に離れました。

一方で顧客はiPhoneのそっくりさんを欲しがっていました。Nokia, Blackberryはそれを提供することができませんでした。そして顧客はNokia, Blackberryから離れていきました。

MicrosoftがiPhoneを作れなかった(真似られなかった)理由

ここまで考えるとポイントがずいぶんとはっきり見えてきます。

Microsoftが失敗した理由はCloudへの対応が遅れたからであるとか、モバイルへのシフトに乗れなかったからではありません。

理由は以下の通りです;

  1. モバイルに注力しながらも、タッチUIを前面に出し、キーボードを排除したiPhoneのような端末を開発できなかったから。
  2. iPhoneが登場したとき、Googleほど迅速にiPhoneの真似ができなかったから。

考えなければならないのは、どうしてタッチUIを前面に出せなかったか、そしてiPhoneの真似ができなかったかです。

iPhoneの真似が迅速にできなかった理由は簡単です。Windows Mobileを開発してきたことがありますので、それをすぐに捨てるのは簡単ではありません。また以前のAppleとの特許の和解の時、AppleのUIをソックリ真似ないという条項が入っていた可能性があります。

実際Microsoftが最終的に作ったWindows Phoneは、iOSとは見かけが大きく変わったものになっています。Windows 95 vs. Mac OSと比較してもWindows Phone vs. iPhoneのUIの差は大きく、Microsoftが意図的にiPhoneとは異なるUIを開発したことがうかがえます。

問題は1の方です。長年にわたり、多額の投資をしながら、MicrosoftはどうしてiPhoneのように爆発的に売れる次世代タッチUIを開発できなかったのか。

タッチUI開発はどうして難しかったか?

MicrosoftがなぜiPhoneのように爆発的に売れるタッチUIを開発できなかったか?これは非常に難しい問題です。簡単に結論が出るような話ではありません。

細かい事例をいくつも列挙することは簡単です。

例えばAppleは垂直統合モデルを採用しているのに対してMicrosoftは水平分業になっています。だからAppleが有利だったと言えます。あるいはAppleにはプラットフォームへの依存度が低いMac OS Xがあり、x86との関係が強いWindowsよりもスマートフォン用に作りやすかったことなども挙げられます。会社の中心にビジョンを持った強いリーダーがいたかどうかを問題に挙げることも可能です。

しかし自分の議論をサポートする事例をいくら並べても意味がありません。なぜならば、反対方向の議論、つまりMicrosoftの方こそ有利だったという議論も同じようにできるからです。

事例をたくさん並べることは、結局は結果論にしかなりません。

イノベーションのスタイル

こういうとき、私はマクロレベルの議論をするようにしています。そしてマクロレベルの議論は主にそれぞれの会社のイノベーションの歴史とスタイルです。

GoogleやAmazonのイノベーションスタイルについては、このブログで以前に議論しています。

Googleは最初の検索エンジンは別として、それ以外では既存の製品・サービスを無償化することが圧倒的に多くなっています。GMail, Google Docs, Androidのいずれも、通常は有償なもの(あるいは無償だけど限定的なもの)を無償化しました。Googleは競合他社と同等の値段であっても売れるような機能的に優れた製品を開発したことはありません。

Amazonは物理的な店舗を電子化したのでイノベーションです。それによって今までは不可能だった物流などの効率化が可能になりました。Kindleなどにしても、紙のものを電子的に流通させるイノベーションです。Amazonは販売しているコンテンツそのもののイノベーションに投資したことはありません。あくまでも流通です。

GoogleにしてもAmazonにしても、イノベーションのスタイルは驚くほど一貫しています。

それに対して、Appleは常に製品のイノベーションに投資してきました。競合他社と同等の値段であったとしても、あるいは競合他社より圧倒的に効果であったとしても売れる製品を目指してきました。これもまた一貫しています。そしてタッチUIなど、製品そのものに関わるイノベーションがAppleから生まれるのは納得がいきます。

Microsoftはどうでしょうか。MicrosoftのイノベーションはCP/MをMS-DOSとしてIBMに売ったこと、Macintoshを参考にWindowsを作り上げたこと、Microsoft OfficeでLotus 1-2-3やWordPerfectに打ち勝ったこと、Internet ExplorerでNetscapeに打ち勝ったことなどです。Xboxでゲーム市場に食い込んだこともMicrosoftらしいやり方です。既存の製品を参考にプラスアルファを加え、忍耐強く戦うのがMicrosoftの姿勢です。このスタイルも非常に一貫しています。

このようにそれぞれの企業のイノベーションスタイルはかなり一貫していますし、おのおののスタイルの限界の中でのみイノベーションできています。MicrosoftがどうしてiPhoneに匹敵するタッチUIを開発できなかったかは、細かい理由はわからないものの、そのスタイルを考えると納得できることです。決してCEOのせいではありません。

Microsoftは今後どうする?

Microsoftが今後どうするかも、そのスタイルから予想することができます。Microsoftのスタイルとは、当初は遅れをとっても忍耐強く戦い続け、チャンスをつかむまで粘るものです。

Windows 1.0は1985年11月、Macintoshが発売されて2年弱で登場しました。当初は全く成功しませんでしたが、5年後の1990年にWindows 3.0が発売されると人気が出てきます。そして1995年のWindows 95の登場で大流行します。

Microsoft Officeを構成するWordおよびExcelはいずれも歴史が古く、1984年からWindowsが成功するまでの間は主にMac用の製品として知られていました。MS-DOS上でWordPerfectやLotus 1-2-3に勝つことはなく、Windowsが普及するのに伴ってやっとトップシェアを獲得するようになりました。

Internet Explorerも先行するNetscapeを追いかけ、追い越した製品です。本格的にNetscapeを脅かすようになったのはバージョン3以降と言われており、Netscapeのβ版が公開されてから3年後のことです。Internet Explorerがトップシェアを獲得するのはInternet Explorer 5.0の頃です。

したがって、Steve Ballmer氏の後任が変なことをしない限り、Microsoftは今までのスタイルを継承するでしょう。再び忍耐強くスマートフォンマーケットに食い込もうと努力し、タブレットマーケットでも努力を続けるでしょう。時間もまだまだあります。タブレットの売れ行きが好調とは言え、パソコンの出荷台数もまだまだ多く、そしてMicrosoftの利益はAppleには遠く及ばないものの、依然としてGoogleをしのいでいます。

MicrosoftはAppleと違い、新しい製品カテゴリーを築き上げる力はありません。Microsoftの底力は他社の成功した製品を改良し、凌駕することです。Microsoftは多大な研究開発投資にもかかわらず、タブレットPCで成功を収めることができませんでした。これは別にMicrosoftの研究開発力が落ちたからではなく、真似るべき製品がなかったからです。今は真似るべき製品があります。真似るべきはiPhoneでありiPadです。したがってMicrosoftの研究開発力が発揮しやすい状況にあります。

最終的にMicrosoftがスマートフォンとタブレットの市場で勝てるかどうかは未知数です。しかし過去の例から見ても、Microsoftは数年間は努力を続け、バージョンを数回重ねてやっと勝利をつかむことが多いです。今回が例外だと考える理由は特にないと思います。

i-modeとChristensen氏のlaw of conservation of attractive profits

i-modeの敗北についていろいろ調べている中で、池田信夫氏の「iモードの成功と失敗」が(結論は別として)興味深かったです。

何が興味深いかというと、私が以前にも言及したClayton Christensen氏の“law of conservation of attractive profits”との関連性が見えるのです。

池田信夫氏によるとi-mode創世記にはいろいろなことが起こりました。

WAPが携帯端末の限られた能力で普通のウェブサイトなみの機能を実現しようとしてデータを圧縮し、携帯端末用に最適化した言語WMLを開発したのに対し、iモードはドコモ独自のパケットで伝送し、中央のゲートウェイでTCP/IPに変換して、HTTPやHTMLなどのインターネット標準をそのまま使う方式だ。これはドコモの電話網でインターネットのエミュレーション(模擬動作)をやっているので伝送効率は低く、機能も限られている。

ところが、iモードはドコモだけで規格が決められるため、どんどんサービスを始めたのに対して、WAPの標準化が遅れたため、ドコモ以外の各社はそれぞれ独自の「WAPもどき」の方式でサービスを始めざるをえなかった。その結果、国際標準であるはずのWAPがかえってばらばらになり、標準化をほとんど考えない「NTT規格」だったiモードが事実上の国内標準となった。2001年に発表されたWAP2.0はiモード互換となり、実質的にドコモの規格が国際標準となった。

この明暗を分けた決定的な要因は、iモードをサポートする「勝手サイト」が大量に出現したことだ。WAPで読めるようにするには、WMLで書き、特殊なWAPサーバを使わなければならなかったのに対して、iモードのコンテンツはコンパクトHTML(簡略化したHTML)で書いて普通のウェブサイトに置くだけでよいため、だれでも自分のホームページから情報を発信でき、勝手サイトは爆発的に増えた。

Christensen氏の理論に従って上述の経緯を解釈すると以下のようになるのではないかと思います。

  1. WAP技術は携帯端末に最適化された新規格だったのに対して、iモードはインターネット標準をそのまま使うものでした。そして少なくともDoCoMoのキャリアネットワークでは、強いて携帯端末に最適化された新規格を採用しなくても、インターネット標準で十分でした。つまりWAP技術はそもそもがモバイルデータ通信をする上でのポイントを外していて、“attractive profits”が得られるポイントではありませんでした。iモードのインターネット標準で”good enough”だったのです。
  2. むしろモバイルデータ通信を普及させる上でのボトルネック(“not good enough”)はコンテンツを整備する環境でした。iPhoneのようにPCサイトをフルブラウザで見られるような時代ではなかったため、モバイル専用に書かれたウェブサイトが不可欠でした。WAPの場合はWMLという新しい書式でページを書く必要があり、なおかつウェブサーバも別個の設定が必要でした(WAPサーバが必要と池田氏は述べていますが、これは誤りでしょう)。WAPのコンテンツを作るのは簡単ではなかったようです。一方i-modeはコンテンツ作りを楽にしてくれたので、i-modeに“attractive profits”が集中したのだろうと考えられます。
  3. i-modeが全盛を極めている間は、携帯端末は“good enough”でした。i-mode自身が規格上「軽い」ウェブサイトしか受け付けなかったので、高性能な携帯端末は機能をもてあましました。その結果“attractive profits”は携帯端末メーカーに蓄積せず、キャリアの御用聞きに成り下がらざるを得ませんでした。
  4. 時代が変わってiPhoneが登場すると、ボトルネックはコンテンツ整備ではなくなります。なぜならパソコン用のウェブサイトがiPhoneのフルブラウザで十分に見られるようになったためです。“not good enough”はむしろスマートフォンの性能や電池の持ちに移ります。そして優れたスマートフォンを開発できる少数のメーカーに“attractive profits”が集中するようになります。なおキャリアの御用聞きに成り下がっていた国内のメーカーには、iPhoneやSamsungに対抗するだけの資金力も技術力も蓄積されていなかったと思われます。

こう考えるとi-modeの栄枯盛衰の原因はかなりわかりやすくて、「携帯端末専用の規格が必要な時代だったか否か」だけで決まっているように思えます。

WAP規格が生まれた頃は「携帯端末用の特殊な規格が必要」だと思われていたのに、実際にはi-modeの「インターネット標準」で十分でした。i-modeの強みはコンテンツの作りやすさで、それ故に最高の「携帯端末専用規格」となりました。そしてi-modeをコントロールしていたドコモに“attractive profits”が集中しました。

しかしハードウェアとソフトウェアの進歩により「携帯端末専用規格」が不要になりました。i-modeが不要になりました。それだけです。

もしi-modeが海外進出を果たしていたとしても、Nokiaの代わりになっただけでしょう。iPhoneやAndroidに駆逐されるのを防いではくれなかったでしょう。Nokiaの惨状を見れば、海外進出などを議論するのはほとんど意味が無いと思えます。

問題があるとすれば、それはi-modeが不要になる未来を描けなかった(未だに描けない)ドコモにあるのではないでしょうか。逆説的ではありますが、自らi-modeを潰し、i-modeが不要になる未来をたぐり寄せるぐらいのことをしなければ、ドコモはi-modeを救うことはできなかったでしょう。

スマートフォン市場が飽和するとどうなるか

昨日、「スマートフォン市場が飽和する予感」という書き込みをしました。

MMD研究所から出た調査結果で『フィーチャーフォンユーザーの63.0%がスマートフォンに必要性を感じていない』となっていたためです。

なお2013年5月時点のフィーチャーフォンユーザは56.7%と推定されています。したがって単純に63.0% x 56.7% = 35.7%と計算すると、携帯電話ユーザの35.7%がスマートフォンの必要性を感じていないということになります。

そうなると 100% – 35.7% = 64.3%ですので、70%あたりでスマートフォンユーザ比率が頭打ちになることが予想されます。

NewImage

もちろん単純にそうはならない理由はいくらでもあります。

  1. そもそもフィーチャーフォンが売られなくなる可能性。
  2. スマートフォンの電池の持ちが良くなり、障害とならなくなる可能性。
  3. データ通信をあまり使わない人のための、安いデータプランが登場してくる可能性。

ここでは最終的にスマートフォン比率がどうなるかの議論ではなく、市場が飽和していくことでどのような変化が起こるのか、マーケットシェアがどのように変化していくのかを考えてみたいと思います。

コモディティー化するか

市場が飽和するときに起こる変化として、よく言われるのがコモディティー化です。そしてこれが最終的に価格競争につながっていくという考えがあります。したがって市場が飽和していくと、安い方の製品が売れるようになるというものです。

しかし私が感じるのは、コモディティー化というのは市場の成熟度によって起こるものではなく、早期から既に起こっているということです。

例えば激しい価格競争に見舞われた液晶テレビについては、当初から各社間の差別化は少なく、どこのものを買っても差はありませんでした。これは市場の飽和度によって増減したのではなく、早期からそうでした。

加えて液晶パネルの製造は巨額の設備投資が必要で、一端工場を作ってしまうとなかなか生産量を減らすことができないため、決死の思いで販売数を伸ばそうとするという性質もあります。

一方で一眼レフカメラの世界は市場が飽和していっても、なかなか価格競争に見舞われません。オートフォーカスの時代も、デジタル一眼の時代でも、技術の発展により一定の低価格化は起こりますが、これは製造原価に見合ったものであり、赤字を垂れ流す状態にはなりません。

市場が飽和しても激しい価格競争に陥らない理由は、各社間の差別化がはっきりしていて、どこのものを買っても良いという状態になっていないからです。

例えばパーソナルコンピュータの世界では、1990年代前半まではNECが大きな差別化ができており、海外の安いパーソナルコンピュータが入ってきても日本市場では成功できませんでした。差別化というのは日本語処理能力の高さでした。日本のNEC以外のメーカーも、大きなシェアを取ることができませんでした。

状況が変わったのはDOS/VやWindowsなどの登場で、ハードウェアとソフトウェアの進歩により、海外の安いパーソナルコンピュータでも十分に日本語が扱えるようになりました。そうなるとNECの差別化ポイントは消え失せてしまい、一気に価格競争の波にのまれてしまいました。

こう考えるとスマートフォン市場が飽和したからといってすぐにコモディティー化が起こり、すぐに価格競争が起こるということはありません。あくまでも差別化の有無が重要です。

スマートフォンの場合、Android陣営ではGalaxyが大きな差別化を実現できており(Androidというどこでも使えるOSを使っているにもかかわらず)、またAppleのiOSは完全に独立した世界を気づき上げ、大きな差別化を実現しています。

その一方で、キャリアが製品価格を大きく補填して販売しているため、製品そのものの価格戦略が不可能になっています。

したがって現在のスマートフォンの市場は価格競争を仕掛けることが困難か不可能に近い状態です。

Late Majorityの消費性向

市場が飽和してくると購買者層が変化していきます。Early AdopterやEarly MajorityからLate Majority、Laggardsへのシフトです。飽和が見えてきた現時点ではLate Majorityの消費性向が重要になります。

問題は差別化がはっきりしているスマートフォン市場において、Late Majorityがどのような動きをするかです。特に価格競争が起きていない状況です。

顧客満足度が高く、使いやすいと定評のある製品にLate Majorityが流れるのは必然ではないでしょうか。Early Majorityなら冒険心のある顧客が多かったと思いますが、Late Majorityではそういう人はもういません。

iOS7デザインの評価でデザイナーが顧客から乖離している可能性について

iOS7でiOSのデザインが大幅に変更になり、多くのデザイナーから相当に批判的な意見が出ています。

例えば『iOS 7異説:「素人くさいアイコンをデザインしたのはだれ?」』という記事がZDNet Japanに掲載されるなど、デザイナーたちはかなり言いたい放題な印象です。

でも実際のユーザはiOS 7を絶賛しています。

数万人にインターネット上でアンケートを取ったところ、2対1でiOS7のアイコンに人気があったそうです。

なぜか?

もしかしたらデザイナーの考え方が、実際のユーザの心理から乖離してしまっているのか?

私のようにもともとデザインにあまり興味がなく、アップルを通して初めてデザインの重要性を感じた人間にとって、デザイナーがユーザの心理を理解できていないとしても驚きません。デザイナーの独りよがりとしか思えず、使う側としたら少しも便利じゃないものは世の中にたくさんある感覚はあります。アップルもまたデザイン優先で使い勝手が犠牲になった製品をいくつも作ってきました。

さて本当のところはどうなのか。気にしながらiOS7のトレンドを今後も見ていきたいなと思います。

技術革新がなくてもイノベーションが起こることについて

ソマリアの電子マネーの話がThe Globe and Mailのウェブサイトに紹介されていました。

“How mobile phones are making cash obsolete in Africa”

ソマリアで使われている仕組みは以下の通りです。

  1. 通信会社のTelesomに一定の金額を預けます。この金額の中から電子的な支払いが行われます。
  2. 利用者が製品を購入する際、a) 3桁の電話番号でサービスに接続、b) 4桁の暗証番号を入力、c) 店固有の番号(Zaad number)を入力、d) 支払金額を入力 という操作をします。道端の露店もZaad numberを店頭に表示しているそうです。
  3. すぐに利用者(製品を買う人)と店の人の携帯電話にテキストメッセージが送られ、支払金額が表示されます。これをもって取引終了。

音声通話(番号入力はトーン入力と思われる)とSMSなどのテキストメッセージサービスさえあればできる仕組みです。SMSなどのテキストメッセージは日本だとDoCoMoのショートメール(1997年)以来利用可能ですので、ソマリアの仕組みを実施するための技術基盤は10年以上前から整備されていたと言えます。

これを見て痛感させられるのは、NFCのような新しい技術がなくても電子マネーは十分に実現可能で、むしろローテクから入った方が素早く、末端まで普及する可能性が高いということです。

実はインターネットが普及し始めたころもやはり最初は普通の電話回線でした。1990年代後半のインターネットというのは、ADSLとか光ファイバーではなく、音声の電話線を使ってやるものでした。1998年に発売された初代のiMacを見ても電話回線用のモデムが標準装備(33.6 kbits/s)でしたし、iMacのコマーシャルで使われていたのはそのモデムでした。インターネットが特に米国で各家庭に普及するようになったのは、電話回線を通してでした(アメリカは近距離電話なら固定料金だった)。

そう考えると、新しいサービスを提供するのに新しいインフラに依存するよりも、既存のサービスで何とか動くようにするのが正しいのではないかと感じます。Suica、パスネットのようにサービスがある程度集中管理できるときはそうではなくても、各家庭、各店舗までインフラが必要になる場合は絶対にそうです。

NFCに依存した日本の電子マネーシステムでは各店舗がNFC読み取り機器を用意する必要があります。大きな店舗やフランチャイズでは電子マネーの導入は進んでいますが、そこから先はなかなか進みません。ですからNFCのようなものじゃなくて、もっとシンプルなものが必要なのだろうと思います。そうすればもっと普及するのに、もったいないなぁと思います。

次のAndroid Key Lime Pieがローエンドをターゲットするかもしれない話

4月3日の「Androidの方向転換予想:Andy Rubin氏の降格を受けて」と題したブログで、私はAndroidの今後の方向性が以下のポイントに集約されるだろうと予想しました。

  1. ネイティブアプリからHTML5にシフト
  2. Apple特許の利用を減らす
  3. ローエンドマシンでも動作するようにする

そしてこれはAndy Rubin氏の目指していたAndroid戦略(「Androidを最高のOSにする」)からの方向転換であり、「Googleの利用を可能な限り広める」というGoogle本来の戦略からの当然の帰結だとしました。

特に3については、Firefox OSをはじめとした各種の新しいOSに対抗するための予防的な意味があると述べました。

そして3番目の点について、まだまだ噂の段階ですが、ちょっと話が出てきたので紹介します。

VR-ZoneのPreetam Nath氏は以下のようにレポートしてます。

  1. Android 5.0 Key Lime Pieは10月に公開予定。
  2. Key Lime Pieは512MBのRAMでも動作する。Android 4.0以降は1G RAMを必要としていましたので、Key Lime PieはAndroid 2.3しか動作させることができなかったローエンドのデバイスでも動作することになります。(ちなみにiOSもMicrosoft Windows Phoneも512MB RAMで十分に動作します。

日立のV字回復に見る、アジア新興工業国に負けない日本の製造業の姿

2009年に国内の製造業で過去最大の赤字を計上した日立がV字回復しています。

ポイントはいろいろありますが、私が注目しているのは以下の点です。

  1. 社会インフラ関連に近いグループ会社は本体に近づけ、そうでない会社は遠ざける
  2. 携帯電話、液晶、ハードディスク、テレビ事業などを売却あるいはそこから撤退
  3. 「米GE、独シーメンスと互角に戦えるインフラ企業になる」

なぜそこに注目するか。簡単に紹介します(いつかもっと詳しく書きたいと思っていますが)。

  1. 日本の電機メーカーが苦しんでいるのは、アジア新興国が十分な品質の安い製品を製造できるようになったため。
  2. 日本のメーカーが得意なのは「過剰品質」とも言われるほどの高い技術力。ただしそれを必要としないぐらいに電子技術が発達した。
  3. メーカーが一番の強みとする技術は、その会社が成長した頃に使われていた技術。日本の電気メーカーはアナログ的なもの。今のアジア新興メーカーはデジタルなもの。したがって日本の電機メーカーは総じてアナログ的なものに強みがある。
  4. 一般消費者は「過剰品質」の使い道がない。しかしB to Bの場合、非常に品質の高い設備を用意することによって、具体的な競争力であるとか収益を上げていくことができる。「過剰品質」は消費者向けには無用だが、ビジネスやインフラ向けには価値がある。

私は日本の既存の電機メーカーがデジタルで新興アジアメーカーと戦うのは基本的に負け戦になると考えています。特に消費者向け製品では価格競争に巻き込まれるだけです。

日本の古い電機メーカーがやらなければならないのは、「過剰品質」が重視されるビジネス・医療・インフラなどの市場で、アナログ的な電子技術が依然とした活躍している分野の製品を提供し、そこにフォーカスすることです。

これが私の考えです。

こう考えると、家電のエコポイントというのは全くばかげた政策で、日本の電機メーカーに誤った経営判断をさせる政策に思えます。大切なことは、日本の古い家電メーカーにデジタル家電をあきらめさせることです。

Gmailの9年を振り返って、Google型のイノベーションの特徴を考える

Gmail Infographic GMailが9周年を迎えたということで、その軌跡を振り返ったポストがありました。

Gmail: 9 years and counting

以前に私はこのブログで「AppleとGoogle, Amazonのイノベーションのおさらい」と題した記事を書きました。その中で最初のGoogle検索を除けば、以後のGoogleのイノベーションは『「十分」なものを無償化するというイノベーション』ばかりであると述べています。

つまりアイデアは古いものを使い、新しさは無料だということ。ほとんどそれだけ。

ここでは本当にそうなのかどうかをInfographicを眺めて検証します。ざっと見たところ、GMailの進化は以下のポイントに要約されます;

  1. 「無料のものとしては…」という改善。
  2. カレンダー、チャット、ビデオチャットなど、他のサービスのバンドリング。
  3. 「Webベースとしては…」という改善。デスクトップアプリケーションでは当たり前の機能をWebで実現する改善です。

技術的には難しいものはもちろんありますし、ビジネスモデル的には新しい面があります。しかしアイデア的にはこれといったものがありません。

「有償なもの」「他の既存のサービス」「デスクトップアプリで実現されている機能」との単純な比較からインスピレーションが得られるものばかりです。

以前におさらいしたとおり、GMailもまた『「十分」なものを無償化するというイノベーション』でした。こういうイノベーションは世の中にとってはあまりありがたくないんですよね。Clayton Christensen氏の言葉で言うと、これらは効率化イノベーション (Efficiency innovations)。経済を縮小させるイノベーションです。

iPadに関する自分の予想を振り返る

iPad生誕3周年ということで、3年前に自分がどのような予想を立てたかを振り返ってみようと思います。

そもそもこのブログは自分の考え方がどれだけ確かなのか、自分はどれだけ世の中の流れを正確につかめているかをはっきりさせるために書き始めています。もし自分が世の中を正確に把握できているのであれば、それなりに高い確率で予言が的中するはずです。逆に予言が的中しないということは、世の中を理解できていないということです。そういう意味でもiPadの発売当初に自分が立てた予想を見返すのは重要です。

私が書いたのは以下のポストです;

  1. iPadを見て思った、垂直統合によるイノベーションのすごさとアップルの宿命
  2. iPadのこわさは、他のどの会社も真似できないものを作ったこと

その中で以下のような予想をしています。

普通に考えたら、iPadと対等な製品を開発するのに5年はかかるのではないでしょうか。そのときはもちろんiPadも進化しているはずです。

iPadのすごいのは、アイデアがすごいのではなく、アップル社以外に作れないのがすごいのです。

iPadがどれだけ売れるかはまだ分かりません。でもかなり売れる可能性もあります。売れるとしたら、その市場セグメントはしばらくアップルが何年間も独占します。iPhoneがスマートフォンを席巻しているよりもさらに激しく、そのセグメントを独占してしまうでしょう。そういう大きな構造変化を起こしてしまう危険性を、iPadは持っていると思います。

そしてその根拠としてアップル社の垂直統合のすごさをあげています。

アップル社の垂直統合というのは、CPUからハードの組み立てからOSからアプリケーションソフトからオンラインショップまでのすべてをアップル社が持っているということです。そしてiPadにおいてはこのすべてのアップル社製になっています。アプリケーションソフトは確かに3rdパーティーが作ったものが非常に多いのですが、その流通チャンネルをアップル社が完全に握っているという意味ではやはり垂直統合モデルの一部と考えても良いと思います。

3年前の言葉ですが、2013年の今の状況を正確に予測できたことがわかります。特に「iPadと対等な製品」というのを「iPadと同等の人気がある製品」と定義すれば、3年たった今も対等な製品は全く現れていないと言えます。

また多少なりともiPadの人気に食い込んでいるのがAmazon Kindle Fireですが、これが成功しているのはハードウェアとコンテンツ販売を統合しているからであって、これもまた垂直統合の一つです。つまり水平分業しているところはどこもiPad人気に食い込めず、唯一垂直統合を試みたところが一つ成功しているだけです。垂直統合に着眼したことの正しさの裏付けにも思えます。

それならこの先はどうなると予想されるのか

とりあえず3年前の予想が今のところ当たっていそうなので、私の着眼点が正しかった可能性が高いと言えます。ならば同じ着眼点でさらに先を予想してみることができます。

私は3年前に述べたことをもう少し引用します。

特に問題なのはワードプロセサーと表計算ソフト、プレゼンテーションソフトのいわゆるオフィス系ソフトです。いまのところWindowsの世界で使われているオフィス系ソフトはほとんどマイクロソフトオフィスだけです。Google Appsという選択肢はありますが、まだまだ一般化している状態ではありません。そしてフリーのOpen Officeなどもありますが、無料だという以外には魅力のない製品です。ですからiPadに十分に対抗できるような製品(iWorkが使えるという意味で)を作るには、やはりマイクロソフトオフィスを載せることが、少なくともここ数年のスパンで見たときには必要になります。

アップル社の垂直統合の中でも特に真似るのが難しいのは、OSとアプリケーションソフトの両方を作るノウハウだと述べました。3年前のブログではアプリケーションソフトとしてオフィスソフトウェアのことだけを述べましたが、これはiPhotoやiMovieなどのマルチメディア系のソフトについても当てはまります。

私の3年前の予想では、アプリケーションソフトを含めた垂直統合ができない限り、iPadに対抗できる製品は作れないとしています。そしてこれを実現できる可能性がある会社はMicrosoft社とGoogle社であるとしました。そこでMicrosoftとGoogleの現状を見てみます。

GoogleはAndroid OSをかなり改善してきました。もちろんiOSという明確なターゲットがあって、基本的にはそれを真似れば良いし、それを法律ギリギリのところでやってきましたので改善は難しいことではありませんでした。その一方でアプリケーションソフト、つまりAndroid用のGoogle Docs(Google Drive)というのはあまりパッとしません。未だにプレゼンテーションソフトが無いなど、今時のオフィス業務をカバーできる状況ではありません。

MicrosoftはWindows 8の販売が不調と報じられ、また新タブレットのSurfaceもあまり売れないと言われているなど、まだ戦う体勢が整っていません。Androidと異なり、Microsoftは単にiOSを真似るのではなく、新しいアプローチを試みました。そのためにタブレット用の新OSの開発だけで時間がかかり、ようやくスタートラインにたった状況です。

このように3年たった今でも、GoogleおよびMicrosoftは未だにアプリ−ケーションソフトを含めた垂直統合でiPadに対抗できる状況にありません。したがって3年前の予想の通り、まだまだiPadの独占は続くでしょう。

予想とずれた点

私は当初はiWorksなどのオフィスアプリケーションを中心に考えていましたが、実際のiPadの使用状況を考えるとその視点は狭かったようです。iPadで実際によく使われているのはオフィスアプリケーションばかりではアンク、むしろブラウザやメール、写真、Facebook、Twitterなどです。それでも結果として予想が当たったのはなぜでしょうか。

考えてみれば当たり前ですが、スマートフォンやタブレット、そしてPCを使っているとき、私たちが実際に接するのはOSそのものではなくアプリです。アプリの善し悪しがそのデバイスのエクスペリエンスの善し悪しを決めます。オフィスアプリケーションだけでなく、すべてのアプリがそうです。

OSの主な役割は、アプリ開発の土台を提供することです。MacWrite, MacPaint以来、25年間のアプリ開発の経験を持つアップルはその土台がどうあるべきかをよく知っています。自らがOSの開発と、その上で動作するアプリの開発の両方を行っているので、アプリ開発の優れた土台が作れます。そしてサードパーティーのアプリ開発を的確に支援できます。

新しいモバイルOSはいくつも誕生しています。PalmのWebOS、FirefoxのFirefox OS、SamsungらのTizen OSなどがそうです。しかしOSの役割を考えれば考えるほど、優れたOSが作るためには豊かなアプリ開発経験が不可欠に思えます。新しいOSを作っているところが一番欠けているのは、このアプリ開発経験かも知れません。

予想の修正

2010年時点で、私は「iPadと対等な製品を開発するのに5年はかかるのではないでしょうか」と述べました。これを修正します。2013年の現時点からさらに5年かかりそうだというのが新しい予想です。本当はもっともっと時間がかかりそうな気がしていますが、ITの世界で5年以上先を予想するのはさすがに難しいので、5年に留めます。

修正の理由は以下の通り;

  1. タブレット市場はアプリの優劣が重要。その点、GoogleもMicrosoftもまだまだ戦える状況にありません。
  2. 「メディアを消費するためのタブレット」という誤った方向にシフトしつつあるAndroidが、生産性アプリなどに再び目を向けるには時間がかかります。
  3. Androidのフラグメンテーション問題は複雑なアプリの開発に相当マイナスに働きそうです。
  4. Androidタブレットの価格破壊はイノベーションを阻害します。
  5. iPadの真の対抗馬はAndroidではなくWindows 8だと私は思っていますが、出足が思った以上に遅いです。
  6. Androidそのものの方向性が変化し、「iPadと対等な製品」の開発を支援できなくなるかも知れません。

iPadの初期のレビューから破壊的イノベーションを振り返る

2013年4月3日がiPadの発売日からちょうど3年間ということで、それを振り返る記事がネットにいくつか出ていました。

iPadの発売当初は、多くの技術評論家がこれを失敗作と呼び、そしてがっかりしていました。今となってはほとんどの人が忘れてしまっていますが。

こういうのを見て、「評論家は何もわかっていない」というのは簡単です。しかしそれではプログレスがありません。しかもClayton Christensen氏は破壊的イノベーションの条件の一つが専門家に見下されることだとも語っています。

Clayton Christensen氏が言うには、破壊的なイノベーションの特徴は以下の通りです。

  • いくつかの機能が不足していて、ハイエンドユーザのニーズを満たさない。
  • 価格が手ごろでローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 使いやすさが改善されていて、ローエンドユーザや新規ユーザを取り込める。
  • 徐々に能力を増やしていき、ハイエンドユーザにも使われるようになる。

これに着目しながら、上記の記事からiPad発売当初の評論家の意見を引用してみます。

Why is the iPad a disappointment? Because it doesn’t allow us to do anything we couldn’t do before. Sure, it is a neat form factor, but it comes with significant trade-offs, too.

Things the iPad can’t do:

  1. No Camera, that’s right, you can’t take pics and e-mail them.
  2. No Web Cam, that’s right, no iChat or Skype Video chatting.
  3. No Flash, that’s right, you can’t watch NBC, CBS, ABC, FOX or HULU.
  4. No External Ports, such as Volume, Mic, DVI, USB, Firewire, SD card or HDMI
  5. No Multitasking, which means only one App can be running at a time. Think iPhone = Failure.
  6. No Software installs except Apps. Again think iPhone = Failure.
  7. No SMS, MMS or Phone.
  8. Only supports iTunes movies, music and Books, meaning Money, Money, Money for Apple.
  9. WAY, WAY, WAY over priced.
  10. They will Accessorize you to death if you want to do anything at all with it and you can bet these Accessories will cost $29.99 for each of them.
  11. No Full GPS*
  12. No Native Widescreen*
  13. No 1080P Playback*
  14. No File Management*

It was a bigger iPod Touch. I question whether those features would be enough to get people to buy new machines.

Not having a way to write on a pure slate device the size of piece of paper also seems pretty unnatural to me. One of the iPad demos shows a legal-pad background for note-taking, but then you have to use the on-screen keyboard.

It’s not going to revolutionize anything, it’s not going to replace netbooks, but it will find large and devoted audiences, particularly after the price drops and some features get added.

Any tablet computer, including Apple’s eagerly anticipated iPad, will face serious problems in generating big sales. Tablets look cool, but the reality is they don’t do anything new.

Fewer capabilities (than a netbook) but a similar size? Not a good start.

The tablet market has only succeeded as a niche market over the years and it was hoped Apple would dream up some new paradigm to change all that. From what I’ve seen and heard, this won’t be it.

9 Worst Things About The Apple Tablet:

  1. No Flash
  2. Its screen
  3. Its price
  4. Closed App Store
  5. Its name
  6. No multitasking
  7. No camera
  8. No USB
  9. AT&T deal

Ultimately, the iPad is a large iPod touch: a great device to draw your inspiration from, but perhaps not the seismic shift in technology that we were expecting.

でもiPadは馬鹿売れした

評論家の多数のネガティブな評価にかかわらず、iPadは爆発的に売れました。そこから読み取れるのは、以下のことです。

  1. 機能の多い少ないは、実際に売れるかどうかとは無関係
  2. 新しい機能があるかどうかも無関係
  3. ネットブックより機能が少ないのは全然問題ない
  4. 画期的な技術の変革を伴う必要も無い

つまり、大部分の技術評論家が常々着目している点というのは、製品が売れるか売れないか、破壊的イノベーションが起こるか否かにほとんど影響のない、かなりどうでも良い点なのです。少なくともiPadが馬鹿売れした事実を理解するためには、そう結論せざるを得ないのです。

ではいったい何が重要なのか。もちろん評論家に聞いても答えはわかりません。

アップルはなんと言っていたか。評論家が当てにならない以上、アップル自身の言葉しか頼りになりません。2010年のiPad発表から、Steve Jobs氏の言葉を引用します。

In order to create a new category of devices, these devices are going to have to be far better at doing some key tasks. They’re going to have to better at doing some really important things. Better than the laptop, better than the smartphone. Browsing the web, Email, enjoying and sharing photos, watching videos, enjoying your music collection, playing games, reading eBooks. If there’s going to be a third category of device, it’s going to have to better at these kinds of tasks than a laptop or a smartphone. Otherwise, it has no reason for being.
Now some people have thought, “well that’s a Netbook”. The problem is, Netbooks aren’t better at anything. …. They’re just cheap laptops. And we don’t think that they are a third category of device.

私が見るところのポイントは“some key tasks”。つまり一般人にとって重要な機能を選び取り、それ以外の機能はとりあえず無視。その重要な機能は既存製品よりも優れたものにする。そしてそれ以外の機能とはサヨナラする。

  1. 一般人が使わないけれども、技術評論家が好むような機能があるかどうかは気にしない。
  2. 新しい機能はなくても、既存のタスクがより多くの人に簡単にできるようになればそれで十分。
  3. 一般人が使う数少ない機能は、徹底的に良くする。

こうしてみると、iPadというのはClayton Christensen氏の理論そのままの破壊的イノベーションに見えます。評論家が発売当初は揶揄していたということもまたChristensen氏の理論通り。