Samsung携帯によるWeb使用がiPhoneを抜いた話

Samsung携帯によるWeb使用がiPhoneを抜いたという話が話題になっています。

情報元はStatCounterが出したレポート(StatCounter Internet Wars Report)です。

Top 10 Mobile Vendors from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

ただしこれだけだとよくわからないことがあります。というのはSamsungはハイエンドからローエンドのモデルを持っていて、それに対してiPhoneはハイエンドモデルだけです。果たしてSamsungはハイエンドでiPhoneとガチンコ勝負をして好成績を収めているのか、それともiPhoneが戦っていないローエンドでユーザを増やしているのか。その区別が重要です。

これについてはStatCounterも言及していて、米国や英国などではAppleの圧倒的な優位が続いています。

Top 10 Mobile Vendors in North America from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

それならば、Samsungはいったいどの地域で伸ばしたのでしょうか?

ヨーロッパ

ヨーロッパを見るとAppleの優位は続いていますが、Samsungはシェアを拡大しています。そしてどこからシェアを奪っているかというとRIMです。RIMだけがシェアを大きく落としていることがはっきりしています。

Top 10 Mobile Vendors in Europe from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

アジア

アジアを見ると、今度はNokiaが大幅にシェアを落としていることがわかります。その分をSamsungと”unknown” (おそらく中国などのメーカー)が補っている形です。

Top 10 Mobile Vendors in Asia from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

南米

南米を見ると、アジアと同様にNokiaが大幅にシェアを落としています。その分をSamsungが取っているという形になっています。

Top 10 Mobile Vendors in South America from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

アフリカ

アフリカもNokiaが大幅にシェアを落とし、その分をSamsungが補っていることがわかります。

Top 10 Mobile Vendors in Africa from June 2012 to June 2013 StatCounter Global Stats

まとめ

  1. SamsungはAppleとのガチンコ対決で勝利しているのではありません。先進国市場においてはAppleの方がまだまだ強くて、Samsungは追いつけていません。
  2. SamsungはAppleがほとんどプレゼンスを持たない途上国市場で、以前までのリーダーであったNokiaやRIMからシェアを奪って成長しています。
  3. 上記から、Samsungがシェア拡大をできたのは主として途上国で売られているローエンド機の貢献度が大きく、「古いNokiaよりは良いから買った」というのが主な購買動機だろうと想像されます。

注記

StatCounterのアクセスログ解析を提供する会社で、300万以上のウェブサイトにインストールされているそうです。そのデータを元に分析をしています。データはraw dataに近いものだといわれています。カウントされるのはページビューです。

同じようなサイトとしてNetMarketShareがあります。こっちも同じようなデータで分析を行っています。StatCounterとの大きな違いは a) ビジター数をカウントしていること、b) 国ごとに重み付けをしているということです。国ごとの重み付けの必要性は、NetMarketShareのデータ点が世界に均等に散らばっているわけではないことに由来します。例えばイギリスのウェブサイトからのデータが多ければ、当然イギリス人からのアクセスが多くなります。そのバイアスを無くそうとしています。

もう一つ大きな違いは、NetMarketShareが公開しているデータでは”Mobile”はタブレットとスマートフォンの和です。それに対してStatCounterはタブレットは”Desktop”に数えています。

どっちが正確な数字かは一言では言えませんが、結果はかなり違います。今回のStatCounterのデータに対応するNetMarketShareのデータが無いため、StatCounterのデータの信憑性については不明です。

スマートフォン市場が飽和する予感

『フィーチャーフォンユーザーの約6割がスマートフォンに必要性を感じていない』という調査結果がMMD研究所から出たそうです。

  • 約8割のフィーチャーフォンユーザーがスマートフォン購入を決めていない
  • フィーチャーフォンユーザーの約6割がスマートフォンに必要性を感じていない
  • フィーチャーフォンユーザーがよく利用する機能は「通話、メール機能」、インターネット利用は約2割
  • フィーチャーフォンユーザーの半数以上が3年前以上に購入した端末を使い続けている

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この人たちに何を提供すれば良いか

ではこの人たちは何を買ってくれるのかと前向きに、建設的に考えてみます。

  1. 月額料金が低い製品。
  2. 電池が長持ちする製品。
  3. 通話ができる製品。
  4. メールが使える製品。
  5. カメラが使える製品。

もちろん現時点ではこの条件を満たすのがフィーチャーフォンしかなくて、それでフィーチャーフォンを使い続ける訳なのだが、同じ条件を満たしたスマートフォンがあれば良いのではないかということも言えるので、そのあたりを考えるべきだと思います。

月額料金

月額料金を安くするためには、本体価格を抑えることとデータ通信料を少なくすることが重要でしょう。本体価格についてはスマートフォンの方がむしろフィーチャーフォンより安い(例えばGalaxy S2が$250に対して、フィーチャーフォンは4万円)といわれていますので、問題はデータ通信料に絞れます。

この人たちが必要としているデータ通信は「メール機能」ですので、「メール以外はバックグラウンドで通信しない。それもキャリアメールだけ。」というスマートフォンを作れば良いのではないかと思います。そしてこの料金はフィーチャーフォント同じでメール件数に応じるようにすれば分かりやすいと思います。

電池

電池を長持ちさせるには、CPUの性能を落とし、画面を小さくし、バックグラウンドでの動作をやめさせればかなり持つようのになるはずです。

WiFi

メール以外のデータ通信は通常は完全にオフにして、WiFiと接続しているときだけインターネットができるようにすれば十分です。アプリのダウンロードなどのスマートフォンとしての魅力は、これだけでかなり実現できます。

最後に

上記のようなスマートフォンが必要とされているのはキャリアだってわかっているはずです。なのにどうしてこういう機種が出ないのか?

最大のネックは「メール以外はバックグラウンドで通信しない。それもキャリアメールだけ。」、こういうカスタマイズができないのか、それとも分かりにくいのか。

そのあたりが気になります。

27種類のスクリーンサイズを提供するSamsung、4種類を提供するApple

NewImageSamsungが提供するAndroidデバイスは実に27種類のスクリーンサイズをカバーしています。これを紹介したDerek Kessler氏のTweetがTwitterで盛んにRTされました。

これに対してAppleのiOSは3.5, 4, 7.9, 9.7インチの4つのスクリーンサイズしかありません。

どっちの戦略が正しいのか、様々な議論があると思います。しかし忘れてはならないのは、Appleも昔は目もくらむほどの多数ので製品を販売していたことです。

Everymac.comには過去に販売されたMacの情報がすべてアーカイブされています。Steve Jobs氏が復帰する前の1996-7年頃には、デスクトップだけでも以下の製品ラインがありました。

  • Macintosh Performa 5260, 5270, 5280, 5400, 5410, 5420, 5430, 5440, 6410, 6400, 6420
  • Power Macintosh 4400, 5260, 5400, 5500, 6300, 6400, 6500, 7200, 7220, 7300, 7600, 8500, 8600, 9500, 9600

それをバサッと整理して、有名な4製品グリッドに絞ったのです。

近年のマーケティング戦略に関する本を読むと、顧客の趣向が多様化し、多品種少量製品が重要になってきているという主張が多いのではないかと思います。1990年代のApple社は、当時の競合他社と同じようにこの戦略を採っていました。Samsungの現在の戦略もこれを継承しているように思います。

NewImageSteve Jobs氏の戦略はこの真逆でした。思いっきり製品を絞り込んで、少数の製品にフォーカスしました。しかも興味深いことに、一般的なマーケティングでは真っ先に登場する「予算」という切り口は使わず、プロフェッショナルとして使用するのか、およびノート型かデスクトップ型かの2つの切り口しか使いませんでした。

Appleが成功し続けるためにはより大きな画面をもったiPhoneが必要だとか、低価格のiPhoneを作らないと新興国市場で勝てないという外野の意見はますます大きくなっています。しかしAppleの幹部の多くはSteve Jobs氏が4製品グリッドを導入した時期も経験しています。製品が多すぎてフォーカスを失い、死にかけたApple、そして製品ラインを4つに絞り込んで復活を遂げたAppleを知っています。

Appleは別に宗教のように少数の製品にフォーカスをしているのではありません。それほど遠くない昔には多品種少量生産をし、そして臨死体験をしたのです。Appleは実体験に基づいて、少量多品種の危険性を知っています。そう、たぶんSamsung自身よりも。

USの携帯電話顧客満足度調査の結果

J.D. Powerの”2013 U.S. Wireless Smartphone Satisfaction Study”が公開されて、簡単な総括がウェブで公開されました。

Appleが圧倒的な顧客満足度を獲得

結果を見ると、Appleがその他のメーカーを完全に圧倒しています。他のメーカーがすべて790点前後なのに、Appleだけが855点と、完全に孤高の存在。

スマートフォンはまだ市場が若く、買い換え需要よりもフィーチャーフォンからの乗り換え需要の方がまだ多い段階です。顧客満足度というのは当然ながら買い換えの時に効いてきますので、この圧倒的な顧客満足度が売り上げに反映されるのはこれからです。これだけの大差があるとどうなるのか、かなり気がかりです。

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安いiPhoneが出るかも知れないという話

AppleがiPhoneの廉価版を開発しているんじゃないかというウワサがあります。

投資アナリストを中心に広がっているウワサみたいなので、彼らの希望的観測にも見えますが、ちょっと気になるので自分なりに頭を整理してみます。

  1. 途上国では安いスマートフォンが売れているのは事実。特に中国がすごい。
  2. Huawei, Samsung, Nokiaなどがそこに商品を投入しているのは確か。
  3. 安いスマートフォンの市場はAndroidとSymbianが二分している。
  4. アナリストたちが安いというのは縛りなしで1-2万円の世界。
  5. Androidのバージョンは1万円(インド)だったらAndroid 2.3、2万円だったらAndroid 4.0とか。
  6. Samsungだったら2万円(インド)はGalaxy S Duosとか。Galaxy S2のようなスペック。
  7. Samsungだと1万円(インド)はGalaxy Y。画面は3インチ、RAMは190MB。Galaxy Sよりもかなり低スペック。むしろiPhone 3Gに近い。

ちなみにインドではiPhone 3Gは3万円、3GSは4万円とかの世界。iPhone 3GSはiOS 6が動くので、Android 4.0が動く2万円程度のAndorid機とその意味では同レベル。米国でもまだ好調に売れているiPhone 4は5万円弱、iPhone 4sは6万円程度です。

なので、もし単純にAppleが2万円程度の廉価のiPhoneを目指し、スペックをAndroidに合わせるのであればiPhone 4とかを安くすれば良い感じです。Appleとしては値段を既存製品より半分以下に落としていく感じです。

できるかできないかという点で言えば、iPhoneはもともと粗利が50%を越えているし、新製品の方が粗利が悪い傾向にあるのでできそうです。

でもそれでは面白くないし、Appleらしくもありません。

策略論・陰謀論が好きな人は本質を見失う

策略の観点から見たスマートフォンの市場

どうしてだかわからないが、世の中の人はものすごく策略や策略が好きです。大辞林を引用すると、策略とは

物事をうまく運び,相手を巧みに操るためのはかりごと。計略。 「 -を用いる」 「 -をめぐらす」 「 -にかける」

だそうです。

ここではスマートフォン事業における各プレイヤーの戦略と、それを解説するメディアについて考えます。

例えば本日「Tizen、Firefox OS……モバイルOSで新勢力が登場する背景にあるもの」という記事を佐野正弘氏が投稿しました。その中で新勢力が登場する背景として

  1. キャリアやメーカーが端末に独自のサービスを導入したいと思った場合でも、iOSのようにプラットフォーム側の制約を強く受けることなく、自由にできる。
  2. Androidは、当初こそオープンな姿勢が強かったものの、シェアを伸ばすに従って、開発の中心的な役割を果たしているグーグルの影響力が強くなっている。その結果、提供するアプリケーション、端末などさまざまな面において、独自性が出しにくくなってきている。
  3. つまり、プラットフォームを掌握する特定企業の影響力が大きくなることで、ビジネスの根幹にかかわる部分を握られてしまうことに対するキャリアやメーカーの懸念が、新OSの台頭に結び付いているといえそうだ。

佐野氏のような人の考え方は、スマートフォン市場を群雄割拠の戦国時代と見立てて、それぞれが領土争いをしている観点に立ったものです。そして他の企業に弱みを握られてしまわないように、製品の優劣とは別のところで策略を立てるのが企業のやり方だとするものです。

マーケットと製品から見たスマートフォン市場

本来、スマートフォン市場では製品の優劣で勝負がつくはずです。裏でメーカーが勢力争いをしたり、お互いの弱みを握ろうと策略するのは関係が無いはずです。TizenやFirefox OSなどの新勢力の登場についても、まずは製品の優劣の議論をし、それでどうしても説明がつかない場合に策略による解釈を試みるべきです。それなのに現実は、最初から策略の議論をしてしまっています。これは大きな間違いです。

私がここ何日か議論しているように、TizenとFirefox OSが登場するにはマーケティング上、そして技術上の必然性があります。それに沿って、私なりに「モバイルOSで新勢力が登場する背景にあるもの」をまとめます。

  1. 今後もスマートフォンが成長していくためには、ローエンドの市場を取り込む必要がある。これは新興国のみならず、先進国においても高額な固定データプランを払いたくない人(フィーチャーフォンを継続して使っている人)が多いからである。
  2. AppleはiPhone 4などの2年前の製品を継続して販売することでローエンド市場をカバーしている。またGoogleは事実上Android 4.0の製品ではローエンド市場をカバーできず、Android 2.3でローエンド市場をカバーしている(Android 4.0以上は1GBのRAMと1GHzのCPUを必要とするため、ローエンドに向かない)。
  3. つまり、各メーカーが自由に使え、低速CPUおよび少ないRAM (256MB~)で十分に動作するスマートフォン OSが必要になってきた。それを実現しようとしているのがFirefox OSでありTizenである。

今後のマーケット展望と既存の技術のミスマッチを考えれば、Tizen, Firefox OSの登場は十分に説明できます。策略を考慮する必要はありません。

見方が違うと展望が変わる

策略の視点に立つか製品・マーケットの視点に立つかで、いろいろなものの見方が変わってきます。

性能・品質にばらつきが出るのはオープンだからではない

佐野氏は

オープン性に伴う自由度が高いだけに、Androidで問題となっている端末のサイズ・性能や、アプリ品質のばらつきなどが生まれやすい。それがユーザーの使い勝手に悪影響を与えれば支持は得られないし、提供するハードウエアやプラットフォームの分散化を嫌うアプリのデベロッパーからの支持も獲得しにくくなる。

としています。勢力争いの観点でものを見ていますので、各キャリアやメーカーを取り込むためにはオープン性が有利だし、不可欠条件だと考えています。そしてオープンさは諸刃の刃で端末のサイズ・性能のばらつき、アプリ品質のばらつきを招いていると考えています。

しかし製品視点に立つと違います。製品の優劣においてはオープンかクローズドは無関係だからです。製品視点に立てば、性能のばらつきが起きたのはAndroidの必要スペックが一気に上がったためと推察できます。tsuchitani氏の記事を引用すると

2010年春に発売されたAndroid 1.6搭載のIS01がメモリ256メガバイトで動作していたのに、約半年後発表でAndroid 2.1.1搭載のIS03以降ではメモリ512メガバイト搭載が標準となり、その後しばらくこの容量で推移したものの、2012年初頭にはAndroid 4.x系へのアップデートを睨んでISW11SC(GALAXY S II)以降メモリの1ギガバイト搭載がはじまり、年末に最初のAndroid 4.1搭載機として発売されたHTL21(HTC J butterfly)からはフルHD液晶の搭載もあって遂にメモリ2GB搭載となりました。

そして、在来機種のOSバージョンアップの可否は、ほぼ例外なく搭載メモリ容量によって決定されてしまっています。

つまりAndroidの要求スペックが急速に高くなったため、2年前に購入した人と最近購入した人の製品スペックが全く異なります。またOSのバージョンアップをしたくても、1年前に購入した人ですらAndroid 4.x系にアップデートできず、Android 2.3の製品がまだ多く使用されています。

Androidのフラグメンテーションはオープンさに起因するのではなく、急激な要求スペック向上に起因すると考えた方が良さそうです。

クローズドでも性能・品質にばらつきが出る

例えばパソコンの世界では、未だにWindows XPの使用率が高いなどの性能・品質のばらつきが出ています。日本でのWindows XPの使用率を見ると、未だに全ネットユーザの15%を越えています。特に企業ではWindows XPを使い続ける傾向が強く、数十パーセントの利用率となっています。Androidに比べて圧倒的にクローズドなWindowsの世界でもこのようなフラグメンテーションが起こります。Windowsでフラグメンテーションが起こった理由は様々ですが、一般消費者の場合は価格やアップグレードの手間の問題、さらにWindows Vistaの要求スペックが高く、ネットブックでWindows XPを使わなければならなかった問題が挙げられます。企業サイドで言えば、既存のカスタムメイドソフトとの互換性の問題がしばしば話題になりました。

一方で2009年に発売されたiPhone 3GSは最新のiOS 6が搭載できます。iPhoneもAndroid同様に製品のスペックは劇的に向上していますが、それでも要求スペックは4年前の機種をカバーできるようにしています。iOSは85%のユーザがiOS6に移行していて、OSバージョンのフラグメンテーションがほとんど起こっていませんが、これはクローズドだからではなく、効率の良いOSをしっかり作ってきたおかげ、つまり製品が良いおかげと言えます。加えてOSのアップグレードを無償にしています。

こう考えるとiOSでフラグメンテーションが起こらないのは、クローズドであることが主な要因ではなさそうです。むしろ低スペックマシンにも対応できる、しっかりしたOSの土台を持っていること、アップグレードを非常に簡単にし、かつ無償にしていることがむしろ大きい要因と考えられます。

ダメうちでもう一つ例を挙げます。Mac OS Xです。Mac OS XはOSアップグレードの価格が安く、最近はDVDを購入することなく、オンラインですべてアップグレードできるため、アップグレード率が非常に高くなっています。しかしMac OS Xのアップグレード率の問題が一つだけあります。それはMac OS X 10.6 (Snow Leopard)を使用しているユーザがまだ30%ほどいることです。理由は簡単です。PowerPC用のソフトが動くのはSnow Leopardが最後だからです。Mac OS X 10.7からはPowerPCエミュレータのRosettaが外されています。つまり既存のソフトとの互換性が、フラグメンテーションの大きい要因となっているのです。

わずか1年前のスマートフォンでもAndorid 4.0にアップグレードできないなど、既存のデバイスとの互換性を完全に無視してしまったAndroidの世界でフラグメンテーションが起こり、様々なばらつきが出てしまうのはもう完全に必然です。オープンとクローズドとは全く別の話です。

上記を考えれば、「Firefox OSやTizenはオープンだから品質確保に苦労する」というのは誤りです。そうではなく、もしFirefox OSやTizenがしっかりとしたアーキテクチャーで作り込まれていて、低スペック機種から高スペック機種までをしっかりカバーできれば、品質確保では苦労しない」というのが正しい結論です。

Firefox OSのチームが最初はローエンドを狙うそうですが、これが大正解と言えるのはこのためです。

SunSpider Javascript Benchmarkでスマートフォンに必要な最低スペックについて考えてみる

数日前からFirefox OSのことについて調べていく中で、Androidというのが非常に効率が悪く、高いスペックのハードウェアがないと十分な性能が出なさそうだという話をしました。そして一方でローエンドをターゲットするFirefox OSが、わずか256MBや512MBのRAMでも十分な性能が出るかも知れないという話をしました。

Firefox OSのベンチマーク結果がまだインターネット上では見られないので、ここでは2009年発売のiPhone 3GS (CPU: 600MHz シングルコア、RAM: 256MB)を参考にしてみます。CPUとRAMを見る限り、iPhone 3GSはFirefox OSがターゲットする最低スペックのマシンとほぼ同等か若干それを下回る感じです。

iPhone 3GSのSunspiderベンチマーク結果(Arstechnicaより)。ちなみにiPhone 3GSは最新のiOS 6をサポートしており、古いOSと比べてもスピードは落ちないそうです。むしろ以下のベンチマークを見る限り、速くなっています。

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これとAnandtechで行われたベンチマークを一緒に見ます(iPhone 4sの数値が似ているので、比較ができると思います)。

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Arstechnicaのデータで見るとiPhone 3GSはOS5.1で約4,700msというスコアを出しています。一方Anandtechのデータを見ると、これよりも遅いAndroid機種が3つ掲載されています。

  • Google Nexus S (CPU: 1GHz シングルコア, RAM: 512MB)
  • HTC Sensation 4G (CPU: 1.2GHz デュアルコア, RAM: 768MB)
  • HTC Desire C (CPU: 600MHz シングルコア, RAM: 512MB)

またiPhone 3GSより速く、iPhone 4よりも遅いのが2機種あります。

  • LG Optimus 3D (CPU: 1GHz デュアルコア, RAM: 512MB)
  • T-Mobile G2x (CPU: 1GHz デュアルコア, RAM: 512MB)
  • HTC One V (CPU: 1GHz シングルコア, RAM: 512MB)

なおiPhone 4のスペックは CPU: 800MHz シングルコア, RAM: 512MBです。

圧倒的にハードウェアスペックで劣るiPhone 3GS (CPU: 600MHz シングルコア、RAM: 256MB)が非常に検討しているのがわかります。逆にAndroid機が高いハードウェアスペックを誇るにもかかわらず、遅いです。

Firefox OSが入り込むスキはここです。

Androidがあまりにも高いスペックが必要で、ローエンドマシンに向かないという話

昨日もFirefox OS関連のブログを書き、その中でAndroid 4.0があまりにも高いスペック(iOS 6を越える)を必要としていることについて紹介しました。その関連で、以下の記事を見つけましたので紹介します。

tsuchitani氏による「【メモリ256MB】この軽さが実現するとは…Firefox OSが示すスマートフォンOSの新機軸」

Androidは元々組み込み機器で広く用いられているARMやMIPS、そしてパソコンで用いられているx86、と異なった命令セットを備えた機種で同じアプリが動作するように、Dalvik VMという仮想マシンをOS本体に内蔵し、その上で様々なアプリを動作させる一方で、それぞれのハードウェアに搭載されているCPUの命令セットを直接実行して高速動作するアプリも許容するなど、込み入った構造になっていて、しかもOSの進化の過程で様々な新機能や、アプリが新しい機能を利用可能とするための新APIを追加するなど、元々複雑なOS構造をさらに複雑化させるような方向で機能強化が進められてきた結果、高機能化の代償として必要となるメモリ容量はOSのバージョンアップの度にどんどん増大してきました。

Android搭載スマートフォンの場合、搭載されるメインメモリ(RAM)はバージョン1.xで256メガバイト、バージョン2.xで512メガバイト、バージョン4.0.xで1ギガバイト、バージョン4.1/4.2で2ギガバイトといったところで、事実上バージョン4.x搭載端末のみとなっている現行製品では、1ギガバイトあるいは2ギガバイト搭載(※ごく一部に継続販売中の製品でバージョン2.3搭載でメモリ512メガバイト搭載の機種が残っています)となっています。
つまり、Android バージョン1.x搭載の現行製品がまず「ありえない」現状では、端末に搭載されるRAMはどんなに削ってもバージョン2.x搭載端末で512メガバイト、バージョン4.0.xへのバージョンアップを考慮すると、せめて1ギガバイトは欲しい、ということになります。

そんなわけで、メモリ容量削減は結構スマートフォンの端末価格低減に「効く」のですが、既に記してきたように、最新版のAndroidが今更512メガバイトやそこらのメモリで動作するようになるとも思えず、512メガバイトのRAMで済ませるには「Androidではない」、RAM容量を余計に消費しない他のOSが必要になります。

画面の解像度を下げても、プロセッサグレードを下げても、OSそのものの稼動に必要なメモリ容量はそれほど変わるわけではありませんから、わずか256メガバイトのメインメモリでHTML 5対応Webブラウザまで動いてしまうこのFirefox OSは、本当にコンパクトにできていることがわかります。

未だ世界中で膨大な数の端末が稼動し続けているフィーチャーフォンを完全駆逐するとしたら、それはこのOSを搭載する端末になるのかも知れません。

結論としては私が昨日書いたブログと同じです。

Androidは進化の方向を間違えたのか?

以上のように、私は発展途上国でAndroidが下火になり、一気にFirefox OSやTizenが盛り上がってくると予想しています。もし本当にそうなったとき、Androidはなぜ失敗したのかという問題が当然ながら気になります。ずいぶん気が早いのですが、Androidの問題点は現時点で既に見えてきていますので、これについて考えたいと思います。

Java VM (Dalvik VM)という選択の誤り

AndroidはJava VM、正確には亜流のDalvik VMの上で動作します。JavaのJITコンパイラの性能が向上し、スピード的にはCで書いたプログラムに匹敵するようになったという議論はありますが、多くの場合これはRAMの使用量を犠牲になり立っている話です。確かにJava VMのJITコンパイラは高速です。しかしそれを実現するために、Cで書いたプログラムよりも遙かに多くのRAMを消費してしまいます。

携帯電話のようにハードウェアリソースが非常に制限されている状況では、Java VMという選択はある程度スペックを犠牲にしてもよいというものです。AndroidがそもそもJava VMという選択を採ったのは、その前に携帯電話の開発言語としてJava MEが使われていたことの名残だとも言えます。またハードウェアメーカーではないGoogleとしては、様々なCPUでも動作する開発環境が必要だったのかも知れません。いずれにしてもJava VMという選択はスペックを犠牲にしても良いという判断の上に成り立っていたと想像されます。

それではどうしてスペックを犠牲にしても良いという判断をしたのか?それはiPhoneを想定していなかったからです。OracleとGoogleのJavaに関する法廷闘争の中で、Androidの初期プロトタイプが公開されました。このプロトタイプは2006年のもので、iPhoneではなく、当時はやっていたBlackBerry様のデザインです。このことからわかるのは、Androidは2006年まではグラフィックス処理などをあまり必要としないBlackberry様のデバイスを想定していて、そのためならば処理能力は犠牲にしても良い判断したのだろうと思われます。

iPhoneは最初からグラフィックスをふんだんに使い、マルチタッチのUIを想定して開発されました。そのためには高い計算処理能力が必要と最初から考え、最適化された開発環境(Objective-C)を用意しました。

その一方でAndroidはガラケー並みの処理能力しか必要としないUIを想定して開発されました。一方で数多くのメーカーに採用してもらう必要がありました。そこで高い処理能力よりも移植性の高さを優先し、Java VMを採用したと思われます。

このようにAndroidがJava VMを採用した判断は、現在のスマートフォンを全く想定していない頃のものであり、今では足かせになっている感じがあります。

iPhoneと戦うことの誤り

Androidは完全にiPhoneに追いつき追い越せとやってきています。何とかiPhoneと同等のUIを手に入れたい、何とかiPhoneと同等の動作の滑らかさを手に入れたい、何とかiPhoneと同じ数だけのアプリをそろえたい、と完全にiPhoneを追いかけています。

そのためにローエンドに向けた製品を用意していません。Androidが低スペックデバイスで動作するようにはしていません。ローエンド市場は古いバージョンのAndroidでカバーするという状況になっています。

戦略としてこれは正しかったのでしょうか?

ポイントは

  1. iPhoneに果たして勝てるのか?本当にトップのブランドになれるのか?トップブランドになるのと2番手ブランドになるのとでは大きな違いがあります。業界をリードするトップブランドだけが本当のブランド力を手にすることは珍しくありません。Androidでそこまで勝ち切れるか、まだまだかなり疑問があります。
  2. ローエンド市場をガラ空きにしてしまっているのは大丈夫か?Androidのマーケットシェアが高いのは、かなりの部分ローエンド市場のおかげです。しかしそれをいつまでも古いバージョンのAndroidでカバーするのは危険です。
  3. ガラ空きにしてしまっているローエンド市場でAndroidがFirefox OSやTizenに負け始めるようなことがあるとどうなるでしょうか?

ここ1−2年のシナリオとして、Androidにとって最悪のシナリオはこうです。トップブランドでiPhoneに勝ちきれず、その一方でローエンド市場でFirefox OSやTizenが成功を収めはじめるシナリオです。そうなるとAndroidは中途半端な立場になってしまいます。おそらくは引き続きiPhoneに勝とうとハイエンド市場での勝負を仕掛けると思いますが、そうなるとAndroidをこれまで支えてきたローエンド市場を完全に失ってしまう危険性があります。

Clayton Christensen氏のInnovator’s Dilemma風に考えれば、上記の状況が続いているうちにFirefox OSやTizenの機能が増えて、アプリも増えてきて、そしてローエンドだけでなくハイエンドを伺うだけの能力を身につけてくるでしょう。Androidがこの時点でトップブランドになっていなければ、行き場を失います。

Firefox OSは本当に途上国向けか?

Firefox OSが破壊的イノベーションの要素を持っていることを昨日、本ブログに書きました。その続きとしていくつかの点をもう少し考えたいと思います。

Firefox OSは先進国でも登場する

Firefox OSのレビューを眺めていると、ほとんどのものは発展途上国ではある程度成功するものの、先進国では無理だろうと結論しています。つまり価格が安く、スペックが低いスマートフォンが要求される国ではFirefox OSは売れる可能性があるものの、消費者が高機能なスマートフォンに慣れてしまった先進国では無理だろうという結論です。

本当にそうでしょうか。

Firefox OSのローンチ計画を見てみると、数多くのキャリアが名前を連ねています。しかし日本の状況と異なり、ここにあげられているキャリアの大部分は国際的に事業を展開しています。そして少なくとも一部には発展途上国での事業です。したがってこれらのキャリアを眺めているだけでは、先進国にFirefox OSを投入する予定なのか、それとも途上国に限定して投入する予定なのかがわかりません。しかし日本のKDDI、韓国のKTは自国に限っているようですので、少なくとも先進国用にFirefox OSの導入を計画しているキャリアがあることは間違いありません。

確かにMobile World Congressでも発表されたように、最初のうちはブラジル、コロンビア、ハンガリー、メキシコ、モンテネグロ、ポーランド、セルビア、スペイン、ベネズエラなど、比較的所得が少ない国からの販売開始になります。しかしそういう国に限定される訳ではなさそうです。

先進国の携帯電話事業ではハイエンドとローエンドの区別が普通と異なる

通常の市場であれば、ハイエンド機種というのは顧客が高い金額を支払って入手するもので有り、ローエンド機種というのは安い金額で入手できるものを指します。しかし携帯電話事業ではスマートフォン本体の代金はかなり多くの部分をキャリアが負担し、月々の通信料で補っていく形を採っています。そのため、日本ではハイエンドのiPhone 5ですら「実質0円」で手に入ります。ハイエンドが「0円」ということは、ローエンド市場がほぼ存在しないということです。「0円」より安く売ることは、不可能では無いものの、定常的にはやりにくいからです。

そもそもどうしてここまでキャリアが頑張って値引き合戦をするかというと、顧客が支払う固定データプランの料金が、のどが出るほど利益が出て、欲しいからです。これについてはAsymcoのHorace Dediuが詳しく述べています。彼の結論は「iPhoneはネットワークサービスを販売する、超優秀なセールスマン」です。iPhoneを販売していないDoCoMoからMNPで顧客が大量に流出している点を見ても、これは納得がいきます。

iPhoneを高給取りの「ネットワークサービスの一流セールスマン」として考えると、携帯事業のローエンド製品というのは、「ネットワークサービスの凡庸なセールスマン」ということになります。

さて凡庸なセールスマンに期待される仕事はなんでしょうか?私は以下のことではないかと思っています。

それは高い固定データプランを支払うプレミアムな上客ではなく、通信料だけを払っていて、顧客単価が安いフィーチャーフォンユーザを対象とすること。そしてこのようなユーザを引き留め、場合によっては他キャリアから奪うこと。

つまり先進国のスマートフォンにおいては、ハイエンド機種とローエンド機種の違いは本体の性能の優劣の問題ではありません。ハイエンド機種は高額な固定データプランを必要とするもの。そしてローエンド機種は低価格のデータプラン、もしくはデータプラン無しで使えるものを指すと言えます。

問題はAndroidのどの機種も高額な固定データプランを必要とし、ローエンドを攻めることができなかった点です。それに対してFirefox OSはデータ使用についてかなり気を使って設計されているようですし、カスタマイズの自由度がAndroidよりも上ですので、ローエンドに最適の製品が用意できる可能性があります。

Firefox OSのおかげで、キャリアはやっとスマートフォンをローエンド市場に投入できるようになります。

Firefox OSが先進国で成功するための要件

  1. Firefox OSがローエンドを攻めること。ここで言うローエンドとは、機種本体の機能のことではなく、高額な固定データプランを必要としないという意味です。
  2. ローエンドを攻めつつも、フィーチャーフォンユーザの限定されたニーズには応えられること。これは携帯メールが見られさえすれば、十分に満たされます。例えば3GもしくはLTEの時はメールしかできず、ブラウザやアプリからはネットに接続できないようにすれば可能に思えます。WiFiに接続したときには何でもネットに接続できるように自動切り替えすれば十分です。
  3. Android, iPhoneが対抗策を打たないこと。非固定データプランに適したOSがGoogleからもAppleからも出てこないという意味です。 4. 固定データプランの料金が著しく低下しないこと。固定データプランが千円レベルに安くなると、顧客からすればこれを節約する意義がなくなってきます。

果たしてKDDIがどのような機能をもったFirefox OS携帯を開発するか、非常に楽しみです。

AndroidやiPhoneの先行者利益は大きくない

ローエンド市場を攻めている限り、先行者利益は大きな問題になりません。確かにFirefox OSはAndroidやiPhoneに比べればアプリが少ないでしょうし、アプリを開発してくれないところも多数あるかも知れません。

しかしゲームアプリやマルチメディアアプリを除けば、大部分のアプリはウェブで代用できます。例えばFacebookのモバイルウェブサイトを使えば、iPhoneやAndroidのアプリとほぼ同等に使えます。CookPadなども同様です。そもそもローエンド市場の顧客はアプリにあまり興味を示さない可能性が高いのです。

最大の難関はなんだかんだ言ってキャリア

先進国の携帯電話事業では最終的にはキャリアが端末を販売します。キャリアが本体価格を値引きするからです。そのキャリアが本気で売ってくれるか否かで、製品の売れ行きは大きく影響されます。Firefox OSも結局はKDDIが本気で売るかどうかにかかっています。

例えば店員が「Firefox OSよりはAndroidの方がアプリが多くて安心ですよ」と言うのか、それとも「ウェブを使えばアプリはいらなくなりますよ。ですからFirefox OSで十分ですよ」と言うのか。ローエンド顧客はスマートフォンの技術や業界のことをあまり知らない人が多いので、店員の言葉は非常に重たいです。そして店員はキャリアに雇用されていたり、キャリアからコミッションをもらったりしていますので、彼らの態度はキャリアの戦略によって大方決まります。

いろいろな判断があるので、KDDIなどがこの点どう出てくるかは読めません。でもここは非常に重要です。KDDIに限って言えば、かなりやってくるような気がします。

Firefox OSって破壊的イノベーションになるかもと思う理由

イノベーション論の第一人者のClayton Christensen氏はイノベーションをひとくくりだ考えるのではなく、破壊的なイノベーション(disruptive innovation)と持続的なイノベーション(sustaining innovation)と分けて考えています。そして破壊的イノベーションは市場の構造をひっくり返す力を持ったもの、持続的イノベーションは市場の覇者がそのまま力を保ち続けるものと位置づけています。

さてMozilla Foundationが新たに開発したFirefox OSですが、これはかなり破壊的イノベーションの要件を満たしているような気がします。私自身はFirefox OSを触ったわけではないのですが、特にKDDI取締役執行役員専務の石川雄三氏のコメントを参考に考えてみたいと思います。

破壊的イノベーションはローエンドから入る

Wikipediaの記事にも書いてあるとおり、破壊的イノベーションはローエンド、つまり既存製品に比べて機能が不十分な状態で市場に入ってきます。

破壊的技術とは、従来の価値基準の下では従来製品よりも性能を低下させるが、新しい異なる価値基準のもとでいくつかの優れた特長を持つ新技術のことである。いくつかの優れた特長は低価格・シンプル・使い勝手のよさなどであることが多い。破壊的技術は優れた特長を有しながらも従来の価値基準では性能的に劣るので主流市場では地位を得られない。かわりに破壊的技術の優れた特長を高く評価する、小規模で新しい市場を創出することになる。

そしてローエンドで市場に参入するため、既存のメーカーにとっては魅力の少ない市場セグメントから入ります。そのため既存のメーカーが強力に対抗することをせず、そのままに放置してしまうのです。

さてFirefox OSの発表を受けて、Androidのリーダーとして知られるAndy Rubin氏の反応はどうだったでしょうか。

In general, I feel friendly toward them. … open is good.
There are places where Android can’t go,” he said, referring to memory and other hardware requirements. Firefox can help reach those. “For certain markets, it makes sense.

特に注目するべきなのは”There are places where Android can’t go”です。Androidの場合は高いハードウェアスペックが要求されるため、安価なハードウェアでは十分に動作できず、ローエンドの市場ではAndroidは使えないと彼自身が述べています。

つまりFirefox OSはローエンド市場にとって魅力のある製品であり、なおかつAndroidは(このままだったら)このローエンド市場に入り込む予定がなさそうです。

完璧に破壊的イノベーションの要件、a) ローエンド市場から入ること、b) 既存のプレイヤーが危機を感じていないこと、が満たされています。

Jobs to be doneの発想

上記のWikipediaの記事の引用の中に「新しい異なる価値基準のもとでいくつかの優れた特長を持つ新技術」という言葉があります。この新しい異なる価値基準とは何かが問題です。Clayton Christensenはこれを見つけ出すための考え方として“Jobs to be done”を主張しています。

“Jobs to be done”の発想では、製品の特徴を考えるのではなく、顧客が何をしたいのかを深く理解することが基本です。

例えばAndroidの場合、画面の大型化、CPUの高速化に向かって進化して行っています。またGoogle Nowなどはスマートフォンが知っている様々な個人情報を総合して、主体的に利用者に情報を提供します(例えば「3:00の予定に間に合うためには、そろそろ家を出ないと間に合いませんよ」)。問題はこれらの機能が”Jobs to be done”に合致しているかどうかです。顧客(特にローエンドの顧客)がこのような機能を必要としているのかどうかが問題です。

Firefox OSの場合、KDDIの石川氏によると以下の特徴があるようです。

  1. 今回発表された端末はシングルコア
  2. アーキテクチャーの観点では省電力性が高い
  3. バックグラウンド通信が少ないことから、現在のような半従量課金(上限を設定した定額料金)の“縛り”はなくなるかもしれない

一方で、未だにスマートフォンを購入せず、フィーチャーフォンのままで良いという人の意見は以下のようになっています。

料金の高さや、とっつきにくさでスマホを敬遠している人も多い。また携帯電話を長時間使う記者や営業マンには充電がすぐ切れてしまわないようフィーチャーフォンに戻す例も頻発する。

Firefox OSのコンセプトが、このような利用者のニーズに完璧にマッチしていることがわかります。そのままでもかなり”jobs to be done”に近いし、またFirefox OSはカスタマイズ性が高いので、「簡単携帯」などの開発を通してより一層”jobs to be done”に合致させることも可能です。

本当にFirefox OSは破壊的イノベーションになるのか

本当に破壊的イノベーションになるかならないかはかなりの部分、既存のマーケットリーダーの行動にかかっています。つまりAndroidが本気で対抗するかどうかです。そしてGoogleはAndroidの開発はするものの、実際の製造はしないので、対抗するかどうかはSamsungなどにかかっています。

そのSamsungはローエンド機にはTizen OSを使っていく予定です。Androidはハイエンドで使い続けるものの、ローエンドではTizenです。したがってSamsungはAndroidをFirefox OSの対抗とは考えていません。

そうなるとFirefox OSは(Tizenとともに)ローエンド市場を易々と奪っていく可能性があります。Googleが仮に危機を感じたとしても、メーカーではない以上、有効な対抗策が打てません。Googleが唯一できるのは、今のうちからローエンド機用のAndroidを別途開発することです。つまりローエンド用とハイエンド用のAndroidを別個に用意することです。でもただでさえフラグメンテーション問題が直面しているGoogleがこのような策に出るとは思えません。

そうこうしているうちにFirefox OSも進化して、いつの間にかハイエンドでも通用するようになるというのがChristensen氏が描く破壊的イノベーションのシナリオです。

iPhoneは?

上記ではiPhoneの話をしませんでした。なぜかというとiPhoneは最初からハイエンドをターゲットしており、仮にローエンド市場にFirefox OSが入ってきてもAndroidほどにはダメージを受けないからです。そしてiPhone自身も、Androidとは違って、実はずっと消費電力や通信量の問題に正面から取り組んでいたからです。iPhoneのハードウェアスペックがAndroidよりも常に低いのはこのためです。Androidほど高いスペックが必要ないので、その分を低消費電力に回しているのです。さらにAppleはハイエンド市場を独占するためのイノベーションを非常に得意としています。

またAppleはハードの販売をしていて、端末のすべてをコントロールができるので、幅広い対抗策が打てます。

したがってiPhoneはFirefox OSの参入によってダメージを受ける可能性がありますが、まず最初にやられるのはAndroidです。iPhoneが影響を受けるとすればしばらくあとになりますが、一方でAppleは様々に対抗することもできます。

追記

同じようなことをPeter Judge氏が2012年の9月に書いていたのが見つかりました。データが無いので確認できませんが、Firefox OSが低スペックのマシンでも快適に動作することが書いてあります。そしてやはり面白いことにiPhoneのことはほとんど触れず、対Androidの論点が多いです。