先日のブログで「日本の試薬・機器はなぜ米国より2-3倍 高かったりするか?」について僕の意見を述べました。
その中で多くに人が疑問に思うのは、どうしてメーカーが値段を下げないのかという点ではないかと思います。何か規制だとか、既得権益とかがあって、通常の市場メカニズムが働いていないのではないかと思っている人が多いのではないでしょうか。ですからそういう立場にありそうな個人や団体を非難して、悪者探しをしてしまっているのではないでしょうか。
僕がそういう人に言いたいのは、学校等で習う「市場メカニズム」は基本的に幻想だということです。多くの人が「市場メカニズム」と考えるのは需要と供給の均衡だと思います。しかし少なくとも市場での価格設定に関わったことのある人間、あるいはマーケティングの基礎を学習した人間であれば、需要曲線や供給曲線があんなにきれいになることはなく、受給のバランスで価格が決定されている訳ではないことが分かると思います。
詳しい考察はまた別の機会にしますが、とりあえずいくつかの視点を紹介します。
- 供給曲線は一般に右肩上がりとされていますが、そんなことはありません。むしろ右肩下がりです。工業製品、特にバイオのように複雑なものになればなるほど、モノは多く作れば作るほど、安く作れるのです。
- さらに複数の製品群を抱えている企業では、売れていない製品は値段を下げません。むしろ売れる製品、市場が活発で競合がひしめき合っている製品、経営陣が注目している製品の値段が下がるのです。売れない製品で価格競争が起こるのではありません。逆に売れる製品で価格競争が起こるのです。ライフサイエンス市場ではどういう問題になるかというと、この市場は極端にロングテール(超少量多品種、しかも古い製品がいつまでも残る)なので、市場が活発じゃない部分の占める割合が大きいのです。
- ロングテール部分についてはブランドの力が大きくなります。例えば滅多に使わない試薬だけど、論文に紹介されているものがあって、追試をしてみたいとします。その場合は全く同じ試薬を同じメーカーから買いますよね。値段が安いからと言って他社の試薬を買いませんよね。ですからロングテール部分についてはブランドが固定化するのです。メーカーとしては値段を上げても下げても販売個数はあまり変わりません。
- さてこのロングテール部分、社内での値段決定のプロセスはどうなっているのでしょうか。市場分析をして、これだけの値段にすればこれだけ売れるはずだと推定しているのでしょうか。我が社の売上げを最大化する価格戦略はこれだ!と考えて、すべての製品の価格を決定しているのでしょうか。そんなことは全くありません。来年度の目標利益と製造コストから考えて、全体にこれだけの粗利を稼がなければいけないと判断して、全体として必要な価格上昇率を計算しているのです。そしてロングテールのすべての製品を個別に考えるのは面倒なので、いままでの価格にエイヤーとかけ算をしているだけなのです。
メーカーでの価格決定はざっとこんな感じです。
ちなみにこの価格決定の方法は決していい加減なものではなく、マーケティングのフレームワークとして有名なBCG分析に沿った考え方です。
「神の見えざる手」というのは市場原理に任せれば、自然と最適な方向に向かうという考え方ですが、以上のことを知れば、どうもそう簡単ではなさそうだというのが見えてくると思います。
僕は日本の研究用製品の価格の適正化には国が積極的に関わるべきだと考えています。規制やしがらみを取っ払ったところで何も変わらないと思っています。「神の見えざる手」は働かないのです。それは上述のことを見て来た経験から感じているのですが、機会があったらもう少し論理的に肉付けしていきたいと思います。