Amazon Kindle FireがAndroidのイノベーションを阻害する理由

昨日、「AmazonのAndroidタブレット Kindle のビジネスモデルは甘いんじゃない?」という題で、「ハードで赤字を出してソフトで儲ける」という戦略はKindle Fireには適応できないという議論をしました。したがって短期的にKindle Fireの売り上げは伸び、いったんは成功したように見えたとして、長期的には成功しないと判断しました。

昨日、AsymcoのHorace Dediu氏がブログを更新し、別の角度からKindleがタブレット市場に破壊的イノベーションをもたらさない理由を紹介しました(“The case against the Kindle as a low end tablet disruption“)。要点は以下の通りです。

  1. 破壊的イノベーションが起こるためには製品が継続的に改良されていく必要があります。しかしKindle Fireは赤字で販売され、ソフトの利益でそれを埋め合わせています。したがってKindle Fireの改良に投資するインセンティブは低く、継続的な改良は望めません。
  2. Kindle Fireを赤字で売る戦略が成功する要件は、タブレット市場が成熟し、”good enough”の状態になっていることです。タブレット市場が製品ライフサイクルの後期にいることです。しかし少なくともAppleはその正反対に捉えていて、タブレットのイノベーションは始まったばかりだとしています。Appleがイノベーションを続けることができれば、Kindle Fireが破壊的イノベーションを起こすことはありません。

Horace Dediu氏の分析はClayton Christensen氏のイノベーション論に基づいていますが、非常に的確であると思います。Kindle Fireが破壊的イノベーションとしてiPadの脅威になるとは思えません。

僕はさらに一歩踏み込んで、Kindle FireがAndroidのイノベーションを大きく阻害する危険性が高いことを以下に論じます。その一方でAppleはiPadのイノベーションを阻害することは考えにくいので、iOSとAndroidの差がますます広がるだろうと考えています。 Continue reading “Amazon Kindle FireがAndroidのイノベーションを阻害する理由”

AmazonのAndroidタブレット Kindle のビジネスモデルは甘いんじゃない?

110929 kindle fire

アップデート
関連する新しい記事「Amazon Kindle FireがAndroidのイノベーションを阻害する理由」もご覧ください。

Amazon CEO Jeff Bezos 氏は、Android ベースのタブレット「Kindle」を驚異的な低価格で発売すると発表したそうです。

最も安い読書専用の端末の価格はわずか79ドル。その他のモデルも思い切った低価格に設定されている。Kindle Touch は99ドル、Kindle Touch 3G が149ドル。最上位モデルのKindle Fire でさえたったの199ドルだ。これは、Apple iPad 2 の最も安いモデルより、さらに290ドル安い。

しかしAmazonの狙いはハードを赤字で売ってソフト(電子書籍や映画などAmazon.com サイトからダウンロードするコンテンツ)で儲けることだという指摘があります。

古典的な手法です。

有名なのは安全剃刀(ホルダーを安く売って、替え刃で儲ける)、コピー機(コピー機を安く売って、トナーで儲ける)、プリンタ(プリンタを安く売って、インクで儲ける)、プレステ(ハードを安く売って、ソフトで儲ける)などです。

でもうまく行くとは限りません。残念ながらマーケティングの本で紹介されるのは成功例ばかりで失敗例が少なく、あまり有名な失敗例はありません。

でも例えばリアルタイムPCR装置等はその例と言えるでしょう。価格競争が激しい為に価格はどんどん下がって、ハード単体では利益がほとんどでないところまで値段が下がってきています。そこを試薬の利益でカバーしようとしましたが、賢い顧客はABIやロシュの試薬を買わずにキアゲンやタカラバイオの安くて高品質な試薬にどんどん切り替えました。

以下では、成功例と失敗例を分けるのは何か、この仕組みが成功するための条件は何かを考えます。そしてAmazon Kindle Fireが成功するかどうかを予想してみようと思います。 Continue reading “AmazonのAndroidタブレット Kindle のビジネスモデルは甘いんじゃない?”

高校生のインターネット利用の調査結果について

2011年8月22日にリクルートが高校生のWEB利用状況の実態調査結果を発表したそうです。

  1. 全調査データ

僕は常々、未来を予測するには若い人が育っている環境を見るのがベストだと考えています。ですからとても興味があります。

いろいろ思うことはあるのですが、特にスマートフォンの普及率が興味深いです。高校生のスマートフォン普及率は既に14.9%に達しているそうです。それに呼応するかのように、mixi (23.4%)よりもTwitter (34.0%)の方がすでに利用率が高くなっているとのことです。Facebook (12.7%)も決して少ない数字ではないです。これは驚きでした。

Mixiなどの日本のウェブ産業の多くが携帯電話ビジネスにシフトしていくという話を僕も2009年にブログで紹介しました。その戦略の根幹にあるのは携帯電話のハードウェア上の制限であると結論し、その戦略の危険性について語りました。それが早くも現実化していると感じます。

ITハードウェアの進歩の速度をうまく予見するムーアの法則が知られていますが、iPhoneに代表されるスマートフォンはいまのところこれを遥かにしのぐスピードで進歩しています。そのことを常に意識する必要があります。

スマートフォンの普及によって日本の携帯電話市場を海外メーカーがほぼ独占するようになる時代がくることは十分に予想でき、すでに進行しつつあります。少し遅れて携帯電話の上で利用されるウェブサービスについても、PC上のサービスでしのぎを削ってきた海外のサービスが、日本のサービスを一気に飲み込んでしまうでしょう。

話をバイオに転じると、シーケンサーの進歩もまたムーアの法則をしのぐ猛烈な勢いを見せています。これがライフサイエンス全体にどのような影響をもたらすか、興味が尽きません。

東芝のルンバもどき(スマーボ)はなんであんなに高いんだ?

アップデート
少しGoogleで調べたら、iRobotは特許を積極的につかって競合をかなり牽制しているようです。
東芝がこれだけセンサーを使ったりしているのは、恐らくは特許回避のためでしょう。
iRobot Settles Patent and Copyright Infringement Lawsuit to Protect Roomba Floor Vacuuming Robot

Ah robo東芝が2つのCPU、38個のセンサー、カメラなどを搭載したロボット掃除機(名前は「スマーボ」。要するに「ルンバ」もどき)を10月1日に発売するそうです。実売予想価格は9万円前後。月次販売目標は5,000台だそうです(正確な数字はわかりませんが、それに対してルンバはおそらく2010年で年間10万台を販売)。

この掃除機、何がすごいかというと価格がすごい。これでルンバの半分ぐらい売れるかもという販売予想の大胆さもすごい。

Amazonで”roomba”を検索してみるとわかりますが、ルンバは¥34,780のルンバ530から¥82,800のルンバ780まであります。新しい東芝のロボット掃除機スマーボは、後発でありながら最上位機種よりも高い9万円のモデルだけを用意します。

数年経った後の後発メーカーなのに、うんと高い。常識では考えられないマーケティング戦略です。常識的に考えれば売り上げ目標は大幅未達で終わるでしょう(だから半年ぐらい待てば、在庫処分の大安売りがあるかも)。

何でこうなってしまったのでしょうか。 Continue reading “東芝のルンバもどき(スマーボ)はなんであんなに高いんだ?”

GoogleがMotorola Mobilityを買収したことで思うこと

GoogleがMotorola Mobilityを買収する計画を発表し、いろいろな考えがウェブで交錯しているようです。

僕自身はまだ十分に考えをまとめている訳ではありません。しかしこの買収、あまりGoogle社内で熟慮されていないように感じられるのが非常に気になります。

気になることをとりあえずリストアップしておきます。

Motorolaを買収してもAndroidの知的所有権の問題が解決されない可能性がある

  1. Google CEOのLarry Pageは声明の中で、Androidを知的所有権関連の訴訟から守ることが大きな役割であるとしています。
  2. しかし本当にMotorolaを買収することよってAndroidに対する訴訟で有利になるのでしょうか?どうも不透明な気がします。僕が最も参考にしているFoss Patents Blogでも、訴訟で有利にならないという立場をとっています($2.5 billion Google-Motorola break-up fee reflects sellers’ concern and buyer’s desperation, First reaction to Google/Motorola announcement, Oracle v. Google update: summary judgment pressure and Motorola Java license fallacy)。

Googleは退路を断った

  1. GoogleがAndroidを捨て、検索と広告に再度集中する戦略はいままでは合理的な選択肢の一つでした。しかしMotorolaの買収により、Googleはもはや後戻りができなくなりました。多数の特許紛争を抱えるAndroidが大コケする可能性は決して少なくありませんが、そのAndroidと運命をともにする決断をGoogleの経営陣は下しました。これはGoogleの根幹である検索と広告のビジネスを危険にさらす覚悟があるということです。
  2. PCの世界ではMicrosoftとAppleだけがOSを作っています(Linuxは除く)。それでもGoogleはPCからの広告収入に全く困っていません。同様に考えると、GoogleはAndroidがなくてもモバイルから多くの広告収入が得られそうです。ここまでして退路を断ち、根幹のビジネスを危険のさらす必要が本当にあるのか、かなり疑問に感じます。
  3. GoogleはMotorolaを買収したことによって、Android Phoneの売り上げに直接責任を持つようになりました。いままではAndroid Phoneが売れようが、iPhoneが売れようが、あるいはWindows Phoneが売れようが、ブラウザがある限りGoogleの売り上げにはプラスでした。しかし今度はAndroid Phoneが売れない限り、Motorolaの売り上げは落ち込みます。つまり今までのGoogleの売り上げはAndroidの成功失敗とは直接連動していなくて、Androidが大コケをしたところでGoogleの売り上げには響きませんでした。しかしMotorolaを持っていることで、GoogleはAndroidの浮沈に直接影響を受けます。
  4. Motorolaにしても、今までは仮にAndroidが失敗してもWindows Phoneに乗り換えれば良かっただけです。Androidがコケても、大きな問題ではなかったのです。実際にWindows Phoneの検討を始める動きも見せていました。しかしGoogleに買収されたことによってMotorolaはこのようなリスク分散ができなくなりました。MotorolaもまたAndroidに集中することを余儀なくされ、退路を断たれた格好になりました。
  5. 結果としてAndroidの浮沈に直接影響を受けていなかったGoogleとMotorolaの両社が、今後はAndroidと運命をともにすることになります。

Samsung, HTCなどのAndroid離れが加速され、Windows Phoneへの移行を真剣に検討することはほぼ確実となった

  1. 今の特許紛争を考えれば、SamsungとHTCがAndroid以外にWindows Phoneを取り入れることはどっちみち必然ではありました。それでもまだまだAndroidを主力と位置づけるだろうと思われました。しかし今回の買収によって、Android離れが加速することは確実です。
  2. Motorolaの持っている特許によってAndroid陣営の立場が強くなり、AppleやMicrosoft, Oracleなどからの訴えに対抗できるようになるという議論はあります。ただこれで各パートナーメーカーが安心するかは甚だ疑問です。
  3. 結果としてAndroidの成長は今年までではないかと思います(少なくとも先進国では)。各メーカーはWindows Phoneに本腰を入れていくでしょう。

どうしてGoogleはパートナーメーカーが嫌がるの承知の上でMotorola買収に踏み切ったのか

  1. 知的所有権に関する訴訟の問題で、Googleがワラをも掴む思いだった可能性。Androidが販売差し止めにされてしまっては、パートナーメーカーもへったくれもありません。それぐらいの思いでGoogleがMotorolaの買収に踏み切った可能性があります。
  2. Appleのような垂直統合が必要だと考えた可能性。しかしAndroidのマーケットシェアだけ考えると、水平分業でもうまくやっていけそうに思えます。これだけ大きな賭けをしてまで買収に踏み切るほどの理由にはなりません。

Motorolaはどうなるか

  1. 今までのMotorolaの経営陣が優秀だったとは思いませんが、このような形で買収が行われると、Motorolaは数年間リーダー不在の状態になると予想されます。
  2. まずMotorolaでリーダーシップを持っていた人間が社外に逃げる可能性が高いこと。それと残ったリーダーもGoogleの様子をうかがいながら判断をしていくことになるので、明確な決断を下しにくいこと。Motorola社内でこの2つのことが起こるでしょう。これが事実上のリーダー不在な状況を作り出します。一寸先が読めないモバイルのビジネスではリーダー不在は致命的です。
  3. リーダー不在な状況を作り出さないために、Motorolaの現在の経営陣に代わるリーダーシップチームをGoogleは遅くとも半年までの間に整えなければなりません。新しいリーダーシップチームはMotorolaの新しい戦略を明確に描いていないといけません。Googleがこのようなチームを短期間で作れるかどうか如何で、Motorolaビジネスの浮沈がかかっています。危惧するのは、Googleはそれどころではないことです。訴訟への対応に追われ、Motorolaの戦略はおざなりになる可能性が非常に高いと感じています。
  4. 結果として、Motorolaのビジネスは来年から大きく売り上げを落とすでしょう。SamsungやHTCにどんどんシェアを持っていかれそうです。

僕が予想するシナリオ

今後どのような展開になるのか、勝手に予想してみます。

  1. Googleは当初発表した声明どおり、Motorolaを特別扱いすること無く、パートナーメーカーを大切にした立場を取るでしょう。一方でMotorolaはリーダー不在の状況に陥り、SamsungやHTCに対抗し得るヒット商品が出せず、一気に売り上げが落ちるでしょう。
  2. GoogleはMotorolaの知的所有権を引き継いだものの、Apple, Oracleとの訴訟では劣勢が続くでしょう。いくつかの国や地域でMotorolaの製品そのものが販売できない状況が生まれるでしょう。
  3. Googleはこの状況を受けてAndroidを捨てるものの、携帯電話用OSの開発をあきらめることができないでしょう。そこでChromeOS的なモバイルOSの開発をはじめるでしょう。ちょうどMozilla Foundationが発表したBack to Geckoのようなプロジェクトのなりそうです。ただその頃にはWindows Phoneも普及し始めているでしょうから、この新しいOSは全くメーカーに採用してもらえないでしょう。
  4. SamsungやHTCなど、Smartphoneの大手メーカーは単純にWindows Phoneに移行するでしょう。iPadに対抗するタブレットの開発も行うでしょうが規模は縮小され、本腰を入れるのは自社のOS(例えばSamsungのBada)を待つか、あるいはWindows 8を待つことになるでしょう。現時点でiPadに対抗するのは無理だという判断を下すと思います。
  5. Googleにとって最も危険なのは、ビジネスの根幹である検索と広告を脅かされることです。Androidビジネスが経営資源を検索&広告から奪っているとしたら、これは大問題です。ただGoogle + Motorolaという会社では、社員の大半がAndroidに関わる可能性だってあります。未だに有力な対抗馬は見えませんが、Googleが検索と広告でのリーダーシップを失う危険性は現実味を増してきていると感じています。

AndroidがEUで意匠権侵害で販売仮差し止めになって思うこと

GoogleのモバイルOS Androidが特許を侵害しているとして非常に多くの訴訟に巻き込まれ、またSamsungがGalaxy TabおよびGalaxy S IIで意匠権を侵害しているとして販売差し止めの訴えをAppleより起こされていることは、このブログで何回も取り上げています。

8月9日にはEUでSamsung Galaxy Tab 10.1がEUで販売仮差し止めになったということが報じられ、8月1日には同様の判断がオーストラリアでもくだされましたヨーロッパではMotorola Xoomも同じく意匠権で販売差し止めの訴えを起こされているようです。

一方でGoogleはこのような特許訴訟がイノベーションを阻害しているとブログで訴えています。ただGoogle自身が強力な特許に守られながら大きくなった会社であることや、特許以外の知的所有権に対するGoogleの姿勢にも甚だ疑問があることなどをあげて、Googleは単に自分に都合の良いことを言っているだけではないかという意見もあります。

携帯電話やソフトウェアに関する特許は確かに複雑なようで、各製品には多数の特許が含まれ、メーカーは互いに複雑なクロスライセンスをしているという現状はあるようです。そもそもソフトウェアには特許を与えるべきではないという議論もあるようです(私自身はその根拠が理解できませんが)。

さて私自身は製薬企業にいるときに、間接的に出はありますが、1990年代の半ばの遺伝子特許の問題を見てきました。この時代はシーケンス技術の発達のおかげでヒトゲノムプロジェクトなどが本格的に開始された時期です。それまでの時代と大きく変わったのは、A) 生命現象があって、それからその原因となっている遺伝子を特定するという研究のやり方に変わって、B) まずはシーケンスを闇雲にやり、遺伝子を片っ端から解読し、配列から有望そうだと推定されたものについて生命現象との関係を探っているというやり方が台頭してきたことです。いわゆる逆遺伝学(reverse genetics)と呼ばれる手法です。

しかしB)のreverse geneticsを行う際に、最後まで遺伝子と生命現象との関係を見つけるのは意外に困難です。1990年代半ばはRNAiもまだ知られていませんでしたので、ほ乳動物の細胞で遺伝子を欠損させるにはノックアウトマウスを作るしかなかった時代です。したがって現実的にせいぜいできることは、細胞に遺伝子を強制発現させることぐらいでした。遺伝子はいくらでも見つかるのに、その機能がわからないというものが山ほど出てきました。

それでも製薬企業にいる以上、見つかった遺伝子の特許が早く取りたいのです。でも特許は「有用性」が言えないといけません。そこで遺伝子配列からバイオインフォマティックスで導かれた推定機能だけで特許を申請してしまう企業も多く現れました。

果たしてそんないい加減な特許(つまり「有用性」がしっかり書かれていない特許)が成立してしまうのか。法律の世界は簡単に白黒がつくものばかりではないので、企業としては非常に不安でした。多分成立しないと思うけど、成立したら大変なことになってしまう。関係者はそんなことを案じていました。

なぜそんなに不安になるかというと、遺伝子配列そのもので特許を取られてしまうと、特許を所有している企業が非常に有利になると考えられていたからです。特許を申請するときは可能な限り多くの権利(クレーム)を書くことが当たり前のことですが、当時の遺伝子特許には i) その遺伝子配列から生産されたタンパク質はもちろんのこと、ii) そのタンパク質に結合する他のタンパク質を免疫沈降などで発見する実験、iii) そのタンパク質と結合する化合物(医薬品候補)をスクリーニングする実験さえもクリームされていました。したがって遺伝子配列の特許を持っていれば、他の製薬企業がそのタンパク質に作用する医薬品を発見したとしても(それがどんな方法で見つけたにせよ)、ほぼ特許侵害で訴えることができる訳です。

実際に遺伝子特許問題がどのように収束したかは、私もほどなくしてその分野から去ってしまいましたので詳しくは知りません。まだいろいろな問題が残っているという印象は受けています。

ただそういう問題を見てきた人間として感じるのは、ソフトウェア特許以外にも特許制度は非常に難しい問題を抱えているということです。もちろん独創的な発見やイノベーションを行った個人や企業は多いに奨励されるべきですし、特許のような強力な独占権を与えることも場合によって必要だとは思います。しかし科学技術の発展が速いだけに、また様々な利害関係が対立するだけに、法律が時代に追いつくのは難しいのです。そういう状況を考えれば、特許制度は決してベストが実現可能ではなく、「無いよりかなりマシ」ぐらいの存在であるような気もします。

遺伝子特許を議論していた印象からすると、Googleがやった行為が問題になるのはきわめて当たり前ですし、もしあれが許されるのであれば製薬企業やベンチャーが基礎研究をする価値はほとんど失われてしまうとさえ思えます。ベンチャーにとっての最大の資産が特許ということも珍しくないでしょうから、特許侵害まがいの行動が許されてしまったら、製薬産業のイノベーションの構造が覆されるでしょう。

私はそういう目でAndroidの訴訟を見ていますので、どうしてもAppleだとかMicrosoft, Oracleの側に立ちます。

Androidタブレットの終わりの始まり

Androidタブレットの中でも最も評論家の評判が良かったGalaxy Tab 10.1。Appleとの特許訴訟を背景にGalaxy Tab 10.1のオーストラリアでの販売が中断されました

同様の訴訟は9つの国で11の裁判所で起こされていて(東京の裁判所も含まれています)、一番注目される北カリフォルニアのものは10月中旬に結論が出る予定だそうです。Samsungが立場を逆転させる可能性はゼロではないのでしょうが、かなりSamsungは弱気そうだというのが専門家のFlorian Muellerの見解のようです。

何しろ市場規模が大きいので多くの人が注目していますが、ライフサイエンスの研究用製品の世界でもこのようなことは米国で割とあります。販売中止とか輸入禁止とか、一見すると極端な結末ですが、そういうことは十分にあり得ますし、今回はそのレベルにまでエスカレートしている印象です。

つまりAndroidタブレットの一番の人気モデルが、iPadにそっくりすぎるという理由で日本でも販売が中止になるかもしれません。それもかなり高い確率で。

そうなると表題の「Androidタブレットの終わりの始まり」です。

Androidが失速した後に何が起こるか

昨年末、2010/12/14に私はブログでAndroidが特許によって沈められるだろうとブログに書きました。そのことがいよいよ現実になろうとしています。

この件については“FOSS Patents”というブログを運営しているFlorian Muellerが一番の権威で、米国の一般紙でも彼のコメントが誰よりも多く引用されています。

FOSS Patentsが現時点で解説していることの要点は以下の通りです;

  1. Android関連の訴訟は49個にのぼり、異常に多くなっています
  2. Androidの開発に当たり、GoogleはOracleの特許を故意に侵害した可能性が高く、その結果として数千億円程度の賠償金を支払うことになる可能性が高いです
  3. AndroidがMicrosoftの特許を侵害しているとして、HTCはすでにMicrosoftに対して電話機一台あたり5 USDを支払っていると報じられています。MicrosoftはSamsungにも同様な使用料を求めています。結果として既にAndroidはフリーとは言えなくないどころか、高くつく可能性もあります
  4. Androidが特許を侵害しているとしてAppleはHTCを訴えています。その結果として、HTC製のAndroidスマートフォンが米国で売れなくなる可能性が高いです。同様の特許侵害はHTCに限らず、Androidスマートフォン一般に当てはまるため、他のメーカーも訴えられる可能性が高くなっています
  5. Lodsysがモバイルソフトを開発しているいくつかの会社を特許侵害で訴えています。Appleはこれらのソフト会社を守ると一応の見解を出していますが、Googleはまったく何の見解も発表していません。Lodsysの訴訟により、中小のソフト会社は大きな危機に立たされています

さて、これらの訴訟がどのように展開するかは正確には予想できません。しかしはっきりしているのは、Androidが知的所有権がらみで非常に大きな弱みがあること、そしてAndroidを採用したメーカーは最低でも特許所有者に相当のライセンス料を支払わなければならないことです(最悪の場合は売れなくなる)。しかも今後ますますリスクが増大することが予想されますので、メーカーとしては一体どれだけライセンス料を払えば良いのか、どれだけ損害賠償を支払わないといけないのかが分かりません。

携帯電話メーカーにとっては非常に厄介な状態です。

この状況の中で、2011/2012年のスマートフォン/タブレット市場がどうなるか、簡単に予想してみます。

  1. Androidの採用をやめるメーカーが続出するでしょう。Windows Phone 7に関してはMicrosoftが知的所有権の問題をカバーしてくれますので、大部分はこっちに流れるでしょう。
  2. Googleが知的所有権の面倒を全く見てくれないということで、アプリを開発しているソフト会社がAndroidから離れて行くでしょう。その代わり、iOSやWindows Phone 7に流れて行くでしょう。
  3. お金を損するばかりなので、Google社内でもAndroidの開発の勢いが低下するでしょう。ただし中断することまでは出来ないでしょう。
  4. 結果としてAndroidは徐々に失速し、代わりにWindows Phone 7が出てくるでしょう。この間Appleがより多くのキャリアと契約することによって、iPhoneがシェアをますます拡大させるでしょう。
  5. タブレットについてはAppleの独走が続くでしょう。Androidタブレットは現時点で売上げが伸びず、対応アプリも増えていません。特許侵害問題があるうちは各メーカーもなかなか積極的になれないでしょう。またMicrosoftはタブレット用OSとしてWindows 8を用意していますが、これが果たしてどのようなものか全く未知数です。しばらくはAppleの独走を止められそうにありません。
  6. 最終的にはPCの時と同じように、MicrosoftとAppleがスマートフォン/タブレット市場を2分するでしょう。ただしPCの時とは逆にAppleの優位は揺るがないでしょう。Microsoftのタブレット用OSが遅れれば遅れるほど、MicrosoftとAppleの差は開きます。Microsoftにとってのタイムリミットは、企業にiPadが多く採用される前にタブレット用OSを完成させることです。
  7. Appleの最大のリスクは独占企業になってしまうことです。独占企業になると行動が厳しく監視され、イノベーションが制限される可能性があります。Microsoftが早く立ち直ってくれないとこうなってしまう危険性があります。
  8. Googleのブランドは大きく傷つきます。特にハードウェアメーカーを巻き込んだプロジェクト、例えばGoogle TVやChrome OSなどはもはやどこもついて来なくなるでしょう。大切なのは、Googleがコアビジネスに集中できるかどうかです。Android問題でAppleと険悪になったことで、コアビジネスのサーチとインターネット広告に悪影響はでます。引き続き技術革新を続けないと、Bingなどに追いつかれる可能性だってあります。

イノベーション理論から見るIntelのビジネルモデルの問題

Microsoft Windows 8がARMをサポートするというニュースがありました。

Clayton Christensen氏のイノベーションに関する一連の理論に照らし合わせて、これが一体どういう意味を持つのかを、Horace Dediu氏が解説していました。

“Who killed the Intel microprocessor?”

以下その中の議論を元に、自分の意見をいろいろ述べたいと思います。

ARMとIntelの違いは何か

ARMはCPUのライセンスを提供し、NokiaとかAppleがBluetoothや音楽デコーディングの回路をCPUと同じ半導体上にデザインし、SOC (System on a chip)と言われるものを設計します。何を組み込むかは最終的な製品に合わせて、Appleなどが決定します。そしてSOCのデザインを元に、Samsungなどがこの半導体を製造します。

すなわちARMのライセンスは、最終製品に最適化された、統合された半導体のデザインと製造を可能にします。

それに対してIntelはデザインから製造までをすべて自社で行い、最終製品を販売します。どのような付加的な回路を組み込むかを選択することはできません。Bluetoothや音楽デコーディング用の回路を組み込むか否かはIntelが決め、変えることができません。

どうして今、Intelのビジネルモデルが失速しているのか

IntelのようにCPUに関わるすべてを自社で行うことは大きなメリットがあります。最高に高性能なCPUが作れるというのがそれです。製造工程を含め、CPUに関わるすべてのコンポーネントを最適化できます。例えばトランジスタ数が増やせるような製造工程の改善が行われれば、コア数を増やしたりキャッシュを増やしたりして性能の向上に役立てることができます。

しかしもはやCPUの性能だけが問題ではなくなっています。逆にCPUの性能はそこそこでも、デバイス全体の消費電力が低いことだとか、サイズが小さいことだとか、カスタムの回路を自由に組み合わせられるということの方が重要になってきています。

特にiPadやiPhoneに代表されるデバイスでは、サイズと電池の寿命が一番重要であり、まだまだ十分なレベルまで達していない、未解決の課題として残されています。このような状況では、それぞれのコンポーネントを互いに最適化させ、統合し、最後の一滴まで性能を搾りとることが優先されます。ARMのように、CPUを含めて統合が可能なビジネスモデルが好まれるのはこのためです。

垂直統合型のApple社が成功しているのは、自らIT市場にイノベーションをもたらしたから

Apple社の垂直統合モデルが成功するのか、Wintel連合の水平分業モデルが成功するのかという議論があります。多くの評論家は最終的には水平分業モデルが勝つという意見を持っているみたいですが、この人たちの理屈は決まってApple社の成功を説明できていません。Apple社の成功の理由を理解できずに、それでも水平分業が勝つと言い切っているのは、いつ聞いても不思議です。

Christensen氏の理論を理解するとApple社が成功理由は簡単です。

Apple社は既存の技術ではギリギリ作れるか作れないかという製品を世の中に提案し、それを消費者に新しい夢を見せ、消費者に渇望させ、垂直統合によるギリギリの最適化でそれを実現しています。常にレベルの高いものを消費者に提案することによって、垂直統合が栄えやすい土壌を作り上げています。

iPhoneは全く新しいコンセプトでした。同時にiPhoneはソフトウェアもさることながら、ハード面では電池消耗とCPU性能はギリギリのバランスでした。電池がギリギリ一日持つようにCPU性能は制限されていましたし、当初はマルチタスク等が出来なかったのは単純にこのためでしょう。

iPadは業界筋の大方の予想の半分の価格で市場に出ました。あれが10万円する製品だったらあれだけ話題にならなかったでしょう。大部分のネットブックを下回る4万円台で発売されたことは大きな意味がありました。iPadではARMデザインのA4 CPUにより性能の部分と電池の持ちはクリアできていましたが、価格がギリギリです。一年経って現れた競合ですら、価格では全く勝てていません。この価格を実現するために、不必要な部分を削る様々な最適化が行われたことでしょう。

遡ってApple IIのディスクドライブの話に戻ります。これもApple社の垂直統合が大成功した例です。このときSteve Wozniakが天才的なデザインでディスクコントローラを作り上げたおかげで、フロッピーディスクの容量を拡大しつつ、安いコストで製造することに成功しました。フロッピーディスクの容量がまだ90 kilobyteだった時代に、コントローラの改善で113 kilobyteに引き上げたのです。しかも半導体の数を数分の一に減らして、コストを下げています。

こう理解すると、Apple社の垂直統合が経ち行かなくなり、水平分業の方が勝つのはイノベーションが行われなくなったときだと言えます。コンポーネントによってもたらされる性能の向上に比べ、消費者の渇望を高めることが出来なくなったときです。こうなると垂直統合による最適化をしなくても、コンポーネントを普通に組み合わせるだけで顧客の用途を満たすだけの性能が実現できるようになります。水平分業でも十分な製品が作れるようになるのです。

Intelとしては、デバイスのイノベーションが盛んに続くだろうここ数年間は何をしても復活することは無さそうです。Intelのビジネスモデルがもたらす価値が市場に必要とされないからです。市場での影響力が低下するのは避けられそうにありません。

それで日本でGalaxy Tabは売れているのか、売れていないのか

Asahi.comに『7インチの大画面スマートフォン「GALAXY Tab」のネット機能をiPadと比べた』という記事があり、BCNランキングなども紹介されていました。

発売直後の売れ行きは上々。「BCNランキング」の2010年11月の携帯電話ランキングでは、月末の11月26日発売ながら24位にランクイン。スマートフォンに限ると、auの「IS03」、ソフトバンクモバイルの「iPhone 4」の32GBモデル、同16GBモデル、NTTドコモの「GALAXY S」、「Xperia」、auの「IS01」に次いで、7位だった。

 週次集計では、発売日を含む11月第4週(2010年11月22日-28日)は7位、翌週の11月最終週は8位と、2週連続でトップ10入り。特に11月第4週は、「iPad」のWi-Fi + 3Gモデルの販売台数を上回るほどだった。「LYNX 3D」などの新製品がランキング上位に並ぶ中、12月第1週(12月6日-12月12日)は11位にとどまったが、12月第2週(12月13日-12月19日)は26位にダウンした。

とは言うものの、何を言っているのかがよくわかりませんので読み解いてみました。
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ランキングの推移

以下、携帯電話ランキングのみを抽出(スマートフォンの中での順位ではなく、携帯電話全体の中での順位)。斜体は私の私見です。

  1. 発売月(2010年11月)に24位にランクイン。ただし11月26日発売なので、5日間分の売上げのみがカウントされています。
  2. 週ごとに見る発売された週(11/22-11/28)は7位、次週(11/29-12/5)は8位、12/6-12/12は11位、12/13-12/19は26位。
  3. 最初の発売された週はiPad WiFi +3Gの販売台数を上回りました。ただiPad全体と比べると、数分の一と推測されます。(下記参照)
  4. 新しいバージョンのiPadは2011年2-3月ごろに発売されるウワサがかなり具体性を帯びてきています。新iPadを予想した上での買い控えがあると思われます。(私自身は完全にこれです)
  5. 一方でGalaxy Tabについても12/22から「Happy Tabキャンペーン」が行われるらしく、1万円以上割り引くそうです。最も熱心なユーザにとりあえず売れたところで、ちょっと間をおいてから値引きをするというのはどうかと思いますが、これも買い控えはあるでしょう。

iPadはBCNランキングでは携帯電話ランキングではなくノートPCランキングに掲載されています。ノートPCランキングでアップル限定で絞り込むとiPadの機種ごとのランキングが分かりますが、iPad WiFiの方がiPad WiFi + 3Gよりもずいぶんと売れているみたいですので、「iPad WiFi +3Gの販売台数を上回る」と言ってもiPad全体の売上げの数分の一程度と推測されます。

どうやらスタートダッシュこそはiPad全体の売上げの数分の一でしたが、そこから急速に売上げは低下したようです。

DoCoMoのネットワークにつながるにもかかわらず、Galaxy TabはiPadと比べて大して売れていないみたいです。iPadを脅かす存在では全くなく、Steve Jobsが言っていた”Dead on arrival”は本当かもしれません。

まあこんなものではないかと思います。