これから成功するタブレット

昨日のブログ“Androidタブレットの現状についての考察”でAndroidの7インチタブレットはマーケットシェアこそ高いと推測されているものの、実際にはあまり使われていないことを紹介しました。どうやら購入直後だけ使われて、数ヶ月でほこりをかぶるようです。

推測になりますが、タブレットの主要用途であるウェブを見ること、メールをすることにおいて、7インチタブレットは使い勝手が悪く、その結果として使われなくなるようです。

それではちゃんと売れて、そして使われるタブレットの条件はなんでしょうか。そのようなタブレットの代表がiPadですので、iPadのマーケティングコンセプトに立ち返りながら考えてみます。

新しいカテゴリーは両挟みのカテゴリーを超えなければならない

AppleがiPadをアナウンスしたとき、Steve JobsおよびApple経営陣が強調したのは、スマートフォンよりも、そしてラップトップよりも優れたものを作らなければならないということでしました。ウェブを見るのにラップトップよりも優れたデバイス。同様にメールや写真、ビデオを見るにも、そして音楽を聞くにも、ゲームをやるにしても、eBookを読みにしても、このすべてのタスクにおいてスマートフォンよりもそしてラップトップよりも優れたものを作らなければ、新しいカテゴリーは生み出せないというのがSteve Jobsの論点でした。そしてiPadはこの非常に高い基準を満たしているという主張でした(以下のビデオの7:00前後)。

普通に考えるとタブレットはスマートフォンとラップトップの中間に位置するカテゴリーです。少なくとも物理的サイズはそうです。したがってスマートフォンの特徴である持ち運びのしやすさと、ラップトップの特徴である画面の大きさや高い処理能力を併せ持つもの、しかしそれぞれを個別に取り出したときにはスマートフォンにもラップトップにも劣るものを作りがちです。持ち運びのしやすさはスマートフォンとタブレットの中間、そして画面の大きさも中間、処理能力も中間のものを作りがちです。物理的にそうせざるを得ないのです。しかしSteve Jobsが言うのは、これでは新しいカテゴリーとして成功しないということです。

Steve Jobsは、仮に物理的な処理能力が劣ったとしても、タブレットはラップトップよりもウェブを見るのが便利にならなければならないし、メールをやるのが便利にならなければならないと考えていました。そしてそれを実現しました。実際にiPadでウェブを見るとすごく快適です。ウェブページを表示する速さにしても一見するとラップトップに引けをとりません。Flashなど余計なものを外したおかげで、そして様々な最適化をすることで、非力なCPUでも高速にウェブページを表示できるようになっています。

またiPadの画面サイズはどうしてもラップトップにはかないません。しかしダブルタップするとウェブページの特定の部分を簡単にズームできるなどのソフトウェアの工夫をすることによって、画面サイズのハンディを乗り越える対策が随所にあります。

このようにiPadが成功したのは、中間的なカテゴリーだったからではありません。スマートフォンとラップトップの両市場の真ん中に大きな穴が開いていて、そこを埋めたからではありません。そんな穴はなかったんです。iPadが成功したのは、一般の人がラップトップを使う大部分の用途においてラップトップを超えたからです。

メディアタブレットの市場は存在しない

7インチタブレットはメディアタブレットであると考える人たちがいます。Amazonなどで販売しているビデオやeBookを読むのに適したものであれば、スマートフォンとラップトップを所有している人であってもメディアタブレットを購入するだろうという考え方です。

確かに一部のマニアはそうするでしょう。でも一般の人はメディア消費専用のタブレットは望んでいません。タブレットはウェブを見たり、メールをやるためのデバイスです。タブレットで映画を見る人はわずかしかいません。

繰り返しになりますが、スマートフォンとラップトップ市場の間に未開拓の新しいカテゴリーは存在しません。メディアタブレットは幻想です。

考えてみてください。スマートフォン + タブレット + ラップトップを持ち歩く人は、普通の人の視線から見れば変態です。

タブレットが成功するにはラップトップの代替になるしかない

タブレットがスマートフォンになることは物理的に不可能です。タブレットはポケットに入りませんから。耳に当てるのは馬鹿馬鹿しいから。

そして新大陸のような第三のカテゴリーは、水平線上の蜃気楼でしかありません。

したがってタブレットはラップトップの代替になるしかありません。ラップトップのパワーと大画面を持ちながら、同時に使いやすく、持ち運びしやすく、電池が持つものでなければなりません。ラップトップの機能の80%を持ちながら、ラップトップを超える便利さを持たなければなりません。それができなければ売れません。

こう考えると今後売れるタブレットの予想は簡単です。

成功するタブレットの条件

  1. ウェブを見ること、メールを読むことなどの主要タスクにおいて、ラップトップをほぼ完全に代替できること
  2. ラップトップユーザが無理なく、徐々にタブレットに移行できること
  3. 画面が小さいにもかかわらず、ズームが優秀だったり、スペースが無駄なく利用されているために、不便さがないこと
  4. CPUパワーがないにもかかわらず、写真やビデオ、ゲーム、音楽の管理などCPUパワーが必要な処理が可能であること
  5. 上記のいずれかにおいて、マーケットリーダーのiPadよりも明確に優れていること

マイクロソフトがWindows 8とSurfaceタブレットで狙っているのはこのリストの2番目です。ラップトップユーザは依然としてWindowsユーザが圧倒的に多くいます。ですからリストの2番目では、特に企業においてiPadを凌駕できる可能性が十分にあります。

Android? 提案できる新しい価値が何もないときは価格を下げるしかありません。Netbook戦略です。

iPad mini? 新しいカテゴリーではありません。あれはiPadです。13インチ MacBook Airと11インチ MacBook Airの関係です。

Steve Jobs in 2003

2003年、iPhoneを販売する前、iPadを販売する前、しかしおそらく頭の中にはiPadを描き始めていた頃、Steve Jobsはインタビューの中でタブレットのコンセプトをディスります(下のビデオの7:30以降)。

この中でiPadの製品コンセプトに関わる話がいくつか出てきます。メディアタブレットというコンセプト(ここではコンテンツを消費するためのタブレット。9:25ごろから)についても言及します。

教訓:中間的なカテゴリーは難しい

中間的なカテゴリーは製品を作るのは簡単です。両挟みのものを超えようと思わなければ。世の中はそういう製品であふれています。

マーケティング部門は、新しい製品アイデアが思いつかないと、すぐに中間的なカテゴリーを作り出します。

でも売るのは難しいのです。すごく難しいのです。両挟みのもので足りているから。

Androidタブレットの現状についての考察

かなり前からiPadのマーケットシェアに関するデータが気になっています。

iPadのマーケットシェアは68%?

2012年9月のAppleのプレゼンでiPadのタブレッド市場のマーケットシェアが68%だったというデータが紹介されていました。タブレット市場のマーケットシェアに関する情報は複数の調査会社が公開していて、おそらくそのどれかを使ったのだと思います。ただしタブレットの売り上げ台数を公開しているメーカーはAppleだけで、例えばSamsungはスマートフォンもタブレットも売り上げ台数は公開していないので、この市場調査委資料はかなり推測が含まれています。

スクリーンショット 2012 10 28 13 23 44

iPadの使用台数シェアは91%?

それに対して実際にインターネットにアクセスしたタブレットの数、つまり実際に使用されているタブレットのシェアを見ると全く様子が違います。91%がiPadであるというデータが出ています。これはおそらくはChitikaというネット広告会社が出しているデータを元にしているのだろうと思います。これも方法論的に難しいことがあるので、100%正しい数字ではなく、ある程度のバイアスがある数字だと考えることができます。

スクリーンショット 2012 10 28 13 23 47

いずれにしてもこの2つのデータの違いは相当に大きくて、いずれもそこそこ正しいと仮定するならば以下の結論しか合理的にあり得ません。

「Androidのタブレットを購入した人は、その後ほとんど使っていない」

以下、一部データを補足しながら、どうしてAndroidのタブレットは余り使われず、それに対してiPadは多く使われるのだろうかについて考察したいと思います。 Continue reading “Androidタブレットの現状についての考察”

分子生物学会の新しい抄録集システムの開発をしました

昨年の12月の分子生物学会に参加して、ITインフラをさんざんディスり、提案をしました。

  1. 学会にソーシャルをどうやったら持ち込めるか
  2. 学会の要旨集システムをゼロから考え直そう
  3. ソーシャルな要旨集システム:素案

そして今週あのときのブログ記事の思いを現実にするために半年間がんばった成果が日の目を見ました。

日本分子生物学会 第35回 年会 オンラインプログラムサイト(学会後しばらくしたら消えます)

まだβ版で、バグをとったり、修正したり、機能追加したりなどで仕事がたくさん残っているので詳しくは話しませんが、簡単に機能と技術について…

  1. 学会プログラムとしては世界で初めて、Facebook的な「いいね!」があります
  2. 学会プログラムとしては世界で初めて、著者名ごとにデータを整理しています
  3. PC版、スマホ版、ガラケー版の3つのサイトを完全に同調して作っています
  4. 学会プログラムとしては世界で初めて、コメントが書き込めます。著者自身も書き込めるので、例えば直前の変更とか、研究室ウェブページへのリンクはここにはれます
  5. まだ完全にスイッチオンしていませんが、ウェブサイトでありながら、オフラインでの閲覧を実現します
  6. 「夜ゼミ」という電子掲示板で、飲み会の参加募集ができます

結構、12月時点にブログで考えていたことが実現できました。

技術的には以下のことをやっています。

  1. 名寄せ支援システム:学会のデータは著者名ごとにIDなんて振っていないので、名寄せをしなければなりません。原則としてはマニュアルな作業ですが、それを支援するシステムを用意しています。
  2. モバイルおよびデスクトップを兼ねたJavascript framework, Kamishibai.js:スマートフォン向けのJavascript frameworkはいくつかありますが、オフラインでの閲覧をしっかりサポートしたものは皆無です。特に日本分子生物学会のように数千の演題があって、データが膨大なウェブサイトをサポートしたものはありません。1) 万以上のページがあっても平気、2) 部分的にオフラインでの閲覧が可能、3) Javascriptはあまり書かなくていい、4) メチャクチャ小さいのでレスポンスがいい、というJavascript frameworkです。ゼロから作りました。ページをスライドさせるイメージでKamishibai.jsと名付けています。

この2つの技術はいずれもバイオの買物.comを運営する上で重要でしたので、そこがうまく応用できました。

一番低く見積もっても世界一のことができました。

後は気を抜かず、完成させて、学会そのものがちゃんと成功するように注力します(あまりブログ書かないで)。

コンテンツの消費をビジネスにするAmazon、コンテンツ制作をビジネスにするApple

Amazonの新しいKindle Fire HDの発表を見て、AppleとAmazonが今後覇権を争うようなことを言っている評論家がインターネット上にたくさんいましたが、僕はあまりそう思いませんでした。

確かにAppleとAmazonはかぶるところが多いのですが、両者のイノベーションの方向が根本的に違うのです。

AppleはIT技術を通して、コンテンツを制作するツールをプロ及び大衆に提供する会社です。これは昔ではDTP、そして最近ではiLife, iBooks Authorなどで見ることができます。iPod発売前にiTuneが出た当初も宣伝コピーは”Rip, Mix, Burn”であり、単に音楽をPCで消費するのではなく、Mixという創作活動に大きなウェイトが置かれていました。

AmazonはタブレットPCをコンテンツ配信・閲覧ツールとして位置づけていて、その意味においては確かにコンテンツを握っていることが市場で非常に大きな力になります。

AppleはiPadをコンテンツ配信・閲覧ツールとして位置ていません。近い将来にはPCに代わるデバイスとして位置づけています。iPhotoやiMovieで音楽やビデオを編集することができますし、Garage Bandで音楽を作ることができます。スケッチをしたりするためのアプリケーションもサードパーティーからたくさん提供されていますし、Pagesをはじめとして文章を書くためのアプリも充実しています。

Amazonは世の中の見る価値のあるコンテンツは市場で発売されているものであり、それはAmazonを通して買ってもらいたいと思っています。

対してAppleは、創造力は誰にでもあり、誰でも高品質なコンテンツが作れるようにすることを一貫して会社の使命と考えています。

Appleもコンテンツを消費するためのツールはあり、そこはAmazonとかぶります。iTunes, iPodとApple TVです。iPadは違います。

個人的にはAppleのようにメディアの可能性をとことん追求して、新しいチャレンジをどんどんしてくれる会社がうれしいです。メディアの可能性はたくさん残っています。Amazonにように既存コンテンツの消費方法だけに注力するのは、世の中全体としては実にもったいない話です。

スマートフォン市場の異常さ

先日のApple vs Samsungの訴訟を受け、またそれに対するいろいろなリアクションを見ながら、スマートフォン市場の特殊性について考えてみました。

以下、メモ;

  1. iPhoneは一夜にして携帯電話市場をがらりと変えました。携帯のデザインを一変させたばかりではなく、携帯にできること、ウェブを見ること、メールを読むこと、アプリを買うことの状況を一変させました。ユーザインタフェースを一変させました。当時はAndroidですらキーボード中心のBlackberryのような製品を想定したOSでしたが、iPhone後は方向を180度変えてタッチインタフェースを真似ました。
  2. 他の会社が注力していなかったタッチインタフェースを早い段階から研究開発していたAppleが、数多くの特許を独占できたのは自然なことです。タッチインタフェースを発明したのはAppleではないのですが、それを実際に製品に応用していくところの特許は圧倒的にAppleが保有していて、独占状況に近いです。こうなったのはひとえに他社が注目していない頃にタッチインタフェースを突き詰めたからです。
  3. それまでの携帯電話はパソコンと比較して大きく見劣りしていました。性能はもちろんのこと、ソフトウェア面でも圧倒的に単純なものでした。iPhoneはその状況を一変させます。iPhoneのOSであるiOSは、土台がMacOS Xと同じです。そしてMacOS Xで初めて導入された数多くの先進的な技術が含まれています。例えばグラフィックスやアニメーションの描写などがそれです。iPhoneは初代Macintoshから数えて20年余の技術の上に立つ製品です。パソコンで蓄積された技術を携帯に持ち込んだ製品です。しかしパソコンの世界では一般消費者向けのオペレーティングシステム技術はたった2つの会社しか持っていませんでした。AppleとMicrosoftだけです。このことが何を意味するかというと、iPhoneにまともに対抗できる製品を作れるのは基本的にMicrosoftしかなかったということです。GoogleがAndroidを開発できたのはJavaをハイジャックしたりiPhoneを真似たからであり、自社技術を積み重ねてつくることはできなかったのです。かなり近道をしているので、特許を数多く侵害したのは自然なことです。
  4. NokiaはAndroidの携帯を開発しませんでした。そうではなくWindows Phoneに賭けました。なぜかというとAndroidでは差別化は不可能と考えたからです。これについてはCNETの記事で紹介されています。実際に現時点でのAndroidの状況を見ると、Androidスマートフォンで儲かっているのはSamsungだけで、他のメーカーは差別化に苦労し、高い価格で製品が売れずに儲かっていません。(もちろん一番儲かっているのはAppleですが)
  5. SamsungだけがなぜAndroid陣営の中で儲けることができているか?もちろん社内に高い技術力を持っているのは有利だとは思いますが、むしろ大きいのは、ハードもソフトもiPhoneに似せたからではないかと思われます(SamsungはAndroidを改変して、よりiPhoneに似せました)。つまりスマートフォン市場の中では、ほぼiPhoneに似ているか似ていないかだけが差別化につながっていると言えます。

以上をまとめると、a) 知的所有権ではマーケットリーダー1社が圧倒的な有利な状況があります、 b) スマートフォン市場での差別化ポイントは、現時点ではマーケットリーダーの製品に似ているか似ていないかの1点に絞られています。これがこの市場の特殊性です。

MicrosoftのWindows Phoneが売れていけば、a)の問題は解決されます。Microsoftはパソコン関連の知的所有権をたくさん保有していますし、その一部はiPhoneでも使われているでしょう。MicrosoftはAppleとクロスライセンス契約をしていると言われていますので、Windows PhoneはAppleに訴えられる可能性がぐっと少ないです。

b)の差別化についてははっきりわかりません。NokiaはMicrosoftと早い段階からパートナーになることによって、他社のWindows Phoneでは得られないような差別化ポイントを手に入れようとしています。パートナー契約の内容に依存しますが、確かにそうなるかも知れません。Windows PhoneはiPhoneとはかなり違うユーザインタフェースなので、現在の差別化ポイントの一極集中は解消していくでしょう。

そうなればスマートフォン市場も多少はまともなものになっていくかも知れません。

AppleがSamsungに勝訴したのを受けて思うこと

SamsungがiPhone, iPadのデザインを真似たとしてAppleがSamsungを訴えていたアメリカの裁判は、2012年8月24日に、Appleの勝訴でひとまず幕を閉じました。

その内容をカバーした記事はネットにあふれています。特に良いと思ったのはAllThingsDの特集でしたので、詳細を知りたい方は英語ですがご覧ください。

今回の裁判は一般人による陪審員裁判でしたので、特に興味深いのは判決の理由です。
陪審員の一人とのインタビューが紹介されていますので、ご覧ください。

陪審員の人が判決の中で一番重視した証拠を聞かれて、こう答えています;

The e-mails that went back and forth from Samsung execs about the Apple features that they should incorporate into their devices was pretty damning to me. And also, on the last day, [Apple] showed the pictures of the phones that Samsung made before the iPhone came out and ones that they made after the iPhone came out. Some of the Samsung executives they presented on video [testimony] from Korea — I thought they were dodging the questions. They didn’t answer one of them. They didn’t help their cause.

彼が言及しているのは以下の証拠と思われます。

  1. 「iPhoneとGalaxyを比較するとGalaxyのここがいけていない。よってiPhoneに似せるべし」というサムスンの内部資料。
  2. グーグルとのミーティングでグーグル側が「アップルとソックリすぎだからちょっと変えた方がいいんじゃないか?」と言ったというメール。

この判決に対する印象は様々ですが、私の印象は「相当に常識的な判断が下された」というものです。

この判決でAppleの力が強大になり、競合を閉め出し、結果としてイノベーションが停滞するのではないかという議論があります。特にネット関連の評論をしている記者やブロガーの多くがこの主張をしています。私は決してそうは思いませんが、彼らの言っていることは一理があることは否定はしません。

ただ陪審員が下した結論はもっと単純明快で

他の会社が何年もかけて苦労して開発した画期的な技術を、悪意を持って意図的に真似てはいけませんよ!

ということだと感じました。

良い判決だったと思います。

さて今後どうなるか。以下ではこっちの方を大胆に予想してみたいと思います。 Continue reading “AppleがSamsungに勝訴したのを受けて思うこと”

3代目のiPadを見て再度考える:アップルの宿命

最初のiPadが発表された直後に私は以下のブログ記事を書きました。

  1. iPadを見て思った、垂直統合によるイノベーションのすごさとアップルの宿命
  2. iPadのこわさは、他のどの会社も真似できないものを作ったこと

その中で僕が繰り返しているのは、イノベーションが盛んに行われている時代、そしてそのイノベーションが市場に受け入れられている時代は垂直統合が勝つということです。そして垂直統合メーカーがほとんど市場から消え去っている今、アップルに対抗できるメーカーはなかなか出てこないでしょうということでした。逆にイノベーションが停滞してしまうと水平分業が有利になってきます。

したがって今後もアップルがタブレット市場をほぼ独占できるかどうかは、タブレット市場のイノベーションのスピードにかかっていると言えます。アップルにとってみればイノベーションを持続することかが最大の課題です。これはアップル一社のイノベーションという意味ではなく、市場全体としてイノベーションに対する期待が持続するかという意味です。

さて3代目のiPadが発表されましたので、その特徴を見ながら、タブレット市場のイノベーションの余地について考えてみたいと思います。

Retina Display

Retina Displayというのは、人間の目の識別能力を超えたと言うことです。つまり今のRetina Displayよりも解像度の高いディスプレイを作ったところで、もう誰も気づかないのです。

したがってディスプレイの画素数、解像度についていうと、イノベーションはここで一つの終着点を迎えたのです。

今後のイノベーションは消費電力を押さえられるかとか、どれだけ薄くできるかとかに限られてきます。エンドユーザには見えないところでのイノベーションになります。

今後のイノベーションの余地は一つ減りました。

なおRetina Displayの画素数は2048 x 1536であり、普通に販売されているパソコン(iMac 27インチを除く)の最大画素数 1920 x 1080を大幅に超えています。これをスムーズに動かすための省電力GPUの開発も相当に大変だったと想像されますので、競合メーカーから同様の解像度のタブレットが発売されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。

消費電力

新しいiPadの電池容量はiPad2よりも70%も多いと言われています。それでやっと電池が持つ時間をiPad2と同じにできました。消費電力が激しいと言われているLTEなどをサポートするために、相当に無理をしているのでしょう。

ここにはまだイノベーションの余地が相当に残っていそうです。

処理能力

iMovieなどがアップデートされ、iPhotoも追加されました。PCで行う作業の中でもかなり重たい作業である画像・ビデオ編集がiPadでもできるようになりました。3Dゲームも十分な解像度とフレームレートが出せている様子です。

これ以上の処理能力はもういらないんじゃないかと思われるレベルです。

今後も処理能力は向上するでしょうが、そろそろオーバースペックになりそうな感じです。そういう意味では、処理能力についてはイノベーションの余地があまり残っていないと言えます。

OS

OSの基本的な部分については、既にマルチタスクが実現されています。またタッチによる操作も特別な進歩を見せていません。

イノベーションの余地がもうあまりなさそうな印象です。

ネットワークの速度

まだまだネットワークの速度も信頼性も不十分です。たださすがのアップルもここを垂直統合に取り込むことはそれほどはやらないでしょう。

Siri

一番イノベーションの余地がはっきりしているのはSiriによる音声認識です。Siriの聞き取り精度はまだまだで、しょっちゅう間違えられます。Siriでできる操作も天気とかスケジュール管理ぐらいで、まだまだSiriは実用的とは言えません。その一方でネットワークに大きな負担をかけますし、裏では多数のサーバが動いているなど、多大の処理能力が必要です。

要するに、Siriは性能的にはまだまだだし、それなのにコンピュータパワーをすごく必要としています。イノベーションの余地がすごく残っているのです。

ちなみにSiriが残しているイノベーションの余地は簡単に思いつくものだけでも以下のものがあります。

  1. 精度を上げる
  2. ネットワークにつなげなくても動くようにする(Siriの音声認識ぐらいはローカルでやる)
  3. iOSのほぼすべての操作を音声でできるようにする。

まとめ

iPadが発売されて2年が経ち、猛烈な勢いでイノベーションが起こりました。当初は処理能力が足りず、コンテンツ作成は無理だろうと言われていましたが、今ではコンテンツ制作だって十分可能です。それどころかディスプレイの画素数は、市場のPCのほとんどすべてを凌駕するまでになりました。

しかしアップルにとっては喜べることばかりではありません。イノベーションの余地がなくなり、新機能が市場でオーバースペックになっていくと、垂直統合モデルは利点が減り、欠点ばかりが露呈します。これはその昔にマックがたどった道でもあります。

Siriが戦略的に非常に重要なのは、イノベーションの余地を新たに生んでいるという点です。こういう挑戦をアップルが続け、それが市場に受け入れられている間は垂直統合が勝ち続けるでしょう。

たぶん全然違うけど -> 『誰も言いたがらない「Sony が Apple になれなかった本当の理由」』

アップデート
小飼弾さんのブログでは的確な議論をしています。そして「誰を主たる顧客にするかを決めること」が大切だと結んでいます。これにはかなり強く同意するとともに、Geoffrey Moore氏の”Crossing the Chasm”を思い出しました。

ブログが割とよく読まれているソフトウェアエンジニア、Satoshi Nakajima氏が『誰も言いたがらない「Sony が Apple になれなかった本当の理由」』のブログ記事の中で日本の家電メーカーの問題点を述べています。

僕は過去に「なぜ日本にリーダーがいないと言われるのか、ちゃんと論理的に議論しようよ」と題して、日本の問題点を議論するときにしばしば目にするめちゃくちゃな論理について紹介しましたが、Nakajima氏のは残念ながらそれのまさに好例のような記事です。

Nakajima氏はSonyの問題点として以下の点をあげています。

  1. 「何を自分で作り何をアウトソースするか」が最適化できない企業は世界で戦えない。
  2. ハードウェア技術者よりもソフトウェア技術者が重要なのであれば、不要なハードウェア技術者は解雇し、優秀なソフトウェア技術者を雇うのは当然である。
  3. 日本の家電メーカーは、未だに終身雇用制の呪縛に縛られているため、工場の閉鎖も簡単にはできないし、技術者の入れ替えもままならない。

要するに日本の雇用慣行(終身雇用および労働法的なもの)が「Sony が Apple になれなかった本当の理由」という論点です。

僕の以前の記事の着眼点で言うと、この論理展開には以下の問題があります。

  1. Steve Jobs(Apple)のような特異点と比較することがそもそもおかしい。
  2. 日本は今よりももっと明確な終身雇用のもと(少なくとも大企業においては)、1970-80年代の絶頂を迎えたのであり、単に終身雇用を問題視することはできない。やるならば30-40年前と今のグローバル環境の違いを明確にし、どうして昔は終身雇用が有効で、どうして今は弊害となるのかを説明しないといけない。

特にわかりやすいのは最初の論点。つまりAppleと比較するのがそもそもおかしいという点です。

米国でパーソナルコンピュータを売っている(いた)会社はAppleだけではありません。Hewlet Packard(旧Compaqを含む)が依然としていわゆるPCでは世界のトップシェアですし、Dellもあります。PCから撤退したIBMもあります。そして後数ヶ月で破産しそうになっていた1996年のAppleもあります。そういえばGatewayという会社もありました。

どっちも普通の米国の会社ですし、すぐにリストラしたり社員をクビにしたりします。いずれも終身雇用の呪縛などには縛られていません。しかし今でも米国企業として残っている会社の業績はAppleよりもSonyの方に近く、まぁ全然ぱっとしないわけです。

仮にSonyがリストラをじゃんじゃんやり米国流になったところで、Appleに近くなるという保証など全くなく、Hewlet Packardになるかもしれませんし、Dellになるかもしれません。もしかしたら破産寸前だった90年代のAppleになるかもしれません。

もし本気で「Sony が Apple になれなかった本当の理由」を考えたいのであれば、以下のことを考えないといけません。

  1. Appleになれた会社は一つだけです。Appleだけに固有のことに着目しなければなりません。
  2. 逆に言うと、AppleにもHewlet PackardにもDellにもIBMにもGatewayにも共通して見られることに着眼するのはかなりバカバカしい。

業界で異例の垂直統合などを含め、Appleに固有のことはかなりの数があるので、そういうことに着目した方が良いと思います。

Ruby 1.9.2 CSV でInternal Encodingを指定するとおかしくなる件

今日これで数時間潰してしまったのでメモ。

Ruby 1.9のCSVでShift-JISのファイルを読み込むときのバグです。

[ruby]
# encoding: UTF-8

require ‘csv’

CSV.foreach(‘test.csv’, row_sep: “n”, encoding: “SJIS:UTF-8”) do |row|
puts row.join(‘:’)
end

CSV.foreach(‘test.csv’, encoding: “SJIS:UTF-8”) do |row|
puts row.join(‘:’)
end
[/ruby]

ファイル”test.csv”は以下のもので、行末は”n”でエンコーディングはShiftJISで保存してあります。

[text]
今日は,2月末なのに,東京でも,大雪でした

[/text]
ruby 1.9.2-p290で実行すると

[text]
NaoAir:Desktop nao$ ruby test.rb
今日は:2月末なのに:東京でも:大雪でした
/Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:2027:in =~': invalid byte sequence in UTF-8 (ArgumentError)
from /Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:2027:in
init_separators’
from /Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:1570:in initialize'
from /Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:1335:in
new’
from /Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:1335:in open'
from /Users/nao/.rvm/rubies/ruby-1.9.2-p290/lib/ruby/1.9.1/csv.rb:1201:in
foreach’
from test.rb:19:in `’

[/text]

のようになります。最初の”row_sep”を指定したものはうまくいきますが、”row_sep”を指定していない方はエラーが出ます。

理由は”row_sep”で行末記号を指定してあげないと、CSVは自分で先読みをして行末記号を推定しようとしますが、この処理がエンコーディングによってはバグを起こすようです。

解決策は最初の例のように行末記号をしてあげる、そもそも自動推定をさせないこと。あるいはCSVにtranscodeさせるのをやめ、CSVから得られた個々の結果を個別に#encodeしてあげること(下例)。
[ruby]
CSV.foreach(‘test.csv’, encoding: “SJIS”) do |row|
puts row.map{|c| c.encode(‘UTF-8’)}.join(‘:’)
end
[/ruby]

あるいはRuby 1.9.3ではこのバグは修正されているようですので、1.9.3にアップグレードすれば問題なく処理されます。

RocheがIlluminaに買収を仕掛けてることについて思うこと

RocheがIlluminaに対して買収を仕掛けていて、敵対的買収も辞さない姿勢を見せています。これはWebを賑わせている話題ですので、すでにご存じの方も多いと思います。

Rocheの狙いが何なのか、Illuminaが買収に抵抗したとしてもRocheはどこまでやり通す気でいるのか、僕なりに思うことを紹介したいと思います。なおこの件については、僕は詳しくフォローしているわけでもないし、またインサイダー情報も一切ありません。一般的に知られていることを組み合わせて議論したいと思います。

なお、このBusinessWeekの記事がいろいろの人の意見があって面白いです。

当のRocheの社長はなんと言っているか

以下のビデオでRocheの社長であるSeverin Schwanが説明をしています

私なりに話の要点をまとめてると;

  1. Illuminaは主に米国を中心に展開しています。それに対してRocheであれば、より小さな国にも入り込める販売網を持っています。
  2. DNAシーケンスは、将来の診断において中心的な技術になると考えています。
  3. 以前のDNAシーケンスは非常に高価でしたが、これだけ技術が発展してくると、今がまさにルーチンの臨床診断への応用を考えるべきタイミングと言えます。
  4. ルーチンの臨床診断への応用は非常に困難です。研究の世界から、レギュレーションが多い臨床の世界に持ってくるのは多くのノウハウが必要です。Rocheはそれを持っています。
  5. 以上のことを考えると、RocheがIlluminaを買収すると言うことは双方にとってメリットのある話です。

どんな買収の時も、経営者は「シナジー」という言葉を口にします。多くの場合「シナジー」が本当に生まれることはまれで、 1 + 1 < 2 という結果になることがほとんどです。

しかし今回は非常に納得性の高い「シナジー」です。一つ一つのポイントが具体的で、的確です。本当に 1 + 1 > 2 となる予感があります。

$5.7 billionという金額はRocheにとってどんな金額か

RocheはGenentechを買収したときは $46.8 billionで買っています。Ventanaを買収したときは $3.4 billion

次世代シーケンサーで最大のシェアを持つIlluminaを$5.7 billionで買収できるのであれば、Rocheにとってはそんなに高い買い物ではありません。Rocheが2007年に454 Biosciencesを買収したときは $152 millionだったということなので、これに比べれば桁違いに大きな金額になりますが、次世代シーケンサーの発展と臨床への応用の可能性を考えれば、それは妥当な線ではないかと思います。

Illuminaの研究者が逃げたらどうするのか

買収があるときに良くある話です。454 Life Sciencesを創設したRothbergが後にIon Torrentを創設して、良く似た原理で454シーケンサーの発展形を作ったという話などがそうです。

でもそろそろ関係なくなってきました。$1,000ゲノムの実現が目の前に迫り、そしてゴールテープを切ってももうしばらく価格が下がる状態が容易に想像できます。現在の技術だけでも例えば$500とか$200ぐらいに落ち着いてくるでしょう。そうなるとゲノムをシーケンスすること自身は診断コストを決定する要因ではなくなります(化学者にとっては律速段階と言った方がわかりやすいかも)。

まだまだ技術の発展の可能性はありますが、臨床応用をすることに限って言えばコストは十分に下がってきています。$500からさらに一桁二桁価格が安くなったとしても、最終的な診断コストが大きく変わることはありません。そういう意味で、仮にIlluminaの買収によって頭脳流出があっても、Rocheにとってはあまり悩む話ではなさそうです。

イノベーションの次の段階

Clayton Christensen氏のコンセプトの中に “Law of conservation of attractive profits”というものがあります。バリューチェーンの中の要素(この場合はDNAシーケンサー)の技術が進化し、結果としてもう十分すぎるぐらいの性能が出るようになったとき、そこには”attractive profits”は蓄積されなくなります(つまりIlluminaの技術の価値が下がります)。その代わりその要素の前後、バリューチェーンの他の要素に”attractive profits”が蓄積されるようになります。そしてそこにイノベーションが生まれていきます。

ゲノムシーケンスの場合は、それはサンプルの調整であったり、データの解析であったりするはずです。また臨床応用にはレギュレーションという大きなハードルがありますので、これを突破できる会社(例えばRoche)に”attractive profits”が蓄積されていくという状態になります。

研究者はデータの解析に目が行ってしまうと思います。しかし実際にはレギュレーションをクリアしていくことの方が遙かに人間のリソースが必要で、ノウハウやコネクションが重要で、参入障壁も高くなっています。”attractive profits”はまさにここに蓄積されていくでしょう。

またレギュレーションのことを考えると、機器をレギュレーションにマッチするように作っていくことも大切です。仮にDNAシーケンスの研究用のハードウェアの価格下落が激しかったとしても、診断向けのものはしばらく後まで高い利益を確保できる可能性が残ります。

つまりDNAシーケンスの次のイノベーション・フロンティアは、今となってはレギュレーションをどうやってクリアしていくかになってきました。個人情報管理や診断で得られた様々な知見をどのように患者に伝えていくか、まだまだクリアされていない課題は山ほどあります。ボールはシーケンス技術の世界から、レギュレーションの世界に投げ込まれました。