2008年の振り返り

以前に勤めていた会社を退社し、バイオの買物.comの仕事を始めたのは2007年12月です。ですから、2008年はバイオの買物.comの1年目でした。それがどんな一年だったか、どういうことを学んだかを振り返りたいと思います。

ライフサイエンス業界でインターネット広告だけで食っていけるか

バイオの買物.comを始めるにあたって、目指したのは価格.comのライフサイエンス版でした。一方でライフサイエンスの製品比較サイトとしては米国のBioCompareというものがありますが、これは参考にはするけれども目標にはしませんでした。

この2つのサイトの何が違うかといいますと、一件似ているようで、ビジネスモデルが全く異なります。

価格.comの方は自社の責任において可能な限りすべての製品の情報を掲載しています。少なくとも当初は製品のメーカーあるいは製品を販売している小売りとは全く関係なく、自社で独自に製品情報および価格情報を掲載していました。そして画面にはいくつかバナーを用意して、そのバナーを掲載するのに広告費をもらっていました(価格.COM 賢者の買い物
)。広告費をもらっているか否かに関わらず、「絶対に最低価格を掲載してやる」という使命感で製品および販売店情報を記載していたそうです。収入を得ることよりも、顧客にとって有用な情報を提供することを優先しているのです。

それに対してBioCompare社は、広告費をもらったメーカーの製品しか掲載していません。それが最も顕著に問題になっているのはDNA精製キットのカテゴリーに、業界断然トップのQIAGENの製品がない点です。BioCompare社は顧客にとって有用な情報を提供することよりも、収入を得ることを優先しているのです。

さてバイオの買物.comでは価格.com的なビジネスモデルを採用していますので、掲載料としてスポンサーからいちいち収入を得ることはしません。収入源としてはバナーなどの広告収入になります。問題はこれだけでビジネスが成立するかどうかです。支出をなるべく少なくした従業員一人だけのビジネスであっても、年間1000万円近くの売り上げがないと成立しません。

一年間やってわかったことは、これがなんとか成立しそうだということです。バイオの買物.comを始める前からおおよその試算はしていました。日本のライフサイエンス業界は市場規模が2,000億円程度と見積もられていて、大雑把にその5%が広告宣伝費に回ると計算すると100億円になります。そのうち大半は印刷物と学会に回りますが、それでもインターネット広告に10億円程度は回ってきてもおかしくありません。

そう思ってバイオの買物.comを始めましたが、実際にやってみて、確かに市場ポテンシャルはそれぐらいはあると感じました。現状ではネット広告を掲載するべきウェブサイトそのものが不足していますので、10億円規模には全く届いていません。でも広告を集めるに値するウェブサイトが増えれば、間違いなく10億円、おそらくは50億円ぐらいまでにインターネット広告の市場は膨らむだろうと思います。

GoogleのAdSenseだけで食っていくのは無理

日本のライフサイエンス業界でもインターネット広告で食っていくことは可能だと確認しましたが、ただしGoogleのAdSenseのようなものだけでは苦しそうだということもわかりました。

バイオの買物.comを一年間やった上で推計すると、年間1,000万円の収入をGoogle AdSenseだけで得るためには毎日50,000のセッションが必要そうです。これだけのセッションを集められているライフサイエンス系のウェブサイトはおそらく日本にはないと思います。例えばメーカーの広告を募集していて、30万ページビュー(毎日1万ページビュー計算)が得られていると言っているライフサイエンスのウェブサイトはいくつありますが、ロボットの関係で実際には毎日500セッションしか集めていないことが大部分だと思います。そのことを考えると、絶望的な100倍の差があります。大手のメーカーでも毎日5,000セッション程度だと思いますので、これと比較しても10倍の差です。とても無理な数字です。

インターネット広告だけで食っていくことは可能ではあると思いますが、GoogleのAdSenseを利用するだけでなく、独自に広告のシステムを提供しなければいけなさそうです。バイオの買物.comでは夏頃から独自にPPC (Pay Per Click)の広告システムを作成していますが、これはこのためです。

広告媒体は広告代理店とITの役割も担うべき

ライフサイエンスのウェブサイト、特に日本語ウェブサイトのボリュームと品質は、メーカーごとにかなりのばらつきがあります。一方では印刷版のカタログなどは総じてがんばって日本語化しています。一見すると、一部のメーカーはインターネットを軽視しているのではないかと疑ってしまいます。

一年間活動してみて、そうではないことを僕は感じました。メーカーは決してインターネットを軽視しているのではなく、優れたウェブサイトを作り上げて運営していくためのリソースが不足しているようです。したがってインターネットマーケティングが日本のライフサイエンス業界で浸透していくためには、リソース不足による問題をカバーしてくれる存在が必要そうです。

一般の消費財を販売しているような企業であれば、広告代理店を活用して、インターネットマーケティング戦略の策定と運用をコンサルティングしてもらえます。自社の中にインターネットやITに詳しい人は不必要で、基本的には自社製品の特性を良く理解していれば十分です。しかしライフサイエンスは専門性が高く、この分野を理解できる広告代理店がそもそも存在しません。またあったとしても、メーカーの日本支社は規模が小さいことが多いので、その広告代理店を雇うことがありません。かといって、自社にノウハウがある訳ではないので、結果として何もできなくなってしまうのです。

バイオの買物.comでは、当初からウェブコンサルティングとITサービスの提供をパッケージの一部と考え、インターネット広告掲載までのトータルサポートを目指していました。メーカーのマーケティング部にウェブマーケティングやインターネット広告の面白さを伝え、さらにIT面でもお手伝いをしています。またあらかじめインターネット広告の実際の効果が確認していただくために、無償のデモを提供しています。その反応がかなり良かったです。

一方でメーカー横断的な抗体検索サービスを提供しているウェブサイトとしてはバイオ百科があります。あちらのサービスを利用するためには、各メーカーは自社の抗体データを指定のフォーマットに変換しなければいけません。その作業はメーカーにとってかなりの負担だったようです。バイオの買物.comではこのフォーマット変換を含めてすべて無償でやってあげているのですが、これがやはり好評です。広告を掲載するウェブサイトを用意するだけでなく、ITやウェブコンサルティングを含めたトータルサポートが重要だと感じました。

どれだけの収入が得られたか、得られそうか

上述しましたように、バイオの買物.comでは当初はGoogle AdSenseのような収入だけでどこまでいけるかを検討していましたので、2008年前半の売り上げは微々たるものでした。それこそ何回か外食をすればなくなってしまう程度でした。

2008年後半からは抗体検索を中心に、直接メーカーから広告収入を得ることに注力を行い、それを高いレベルで実施するために独自の広告システムを作るなどをしました。こっちの方はかなりニーズが高く、またクリックスルーが得やすいので、それなりの収入になりそうです。スポンサーあたり、通常は年間百万円程度になりますので決して安価なサービスではないのですが、これをやりたいというスポンサーが近いうちにそれなりの数になりそうです。

2008年はまだまだ積極的なPRというのは行っていません。新しい顧客を開拓することよりも、既存顧客に100%満足してもらうことが先決だと考えているからです。既存顧客を維持することができれば、2009年にある程度の収入が得られる目処がつきましたので、この既存顧客重視の方針は堅持しようと考えています。既存顧客に100%満足してもらえるだけのものができたと思えた時点で、初めて積極的なPRを展開する予定です。

なお、何かが間違って予想以上に収入が得られそうであれば、広告の料金を値下げしようと考えています。金持ちになるのが目標ではありませんし、より多くのメーカーにインターネットを活用したマーケティングを行っていただくことが、何よりも大切だとぼくは考えていますので。

プログラミングの勉強

バイオの買物.comを始めるにあたって、僕が非常に楽しみにしていたことがいくつかあります。ライフサイエンス業界全体と関われること、生まれたばかりの娘の世話ができることなどもありますが、最も大きな楽しみだったのはプログラミングに時間が割けるということでした。

僕が初めて見たパソコンはNECのPC-8001で、僕自身はFM-7などを買ってもらってBASICのプログラムを作成したり、当時発売されていたTHE BASIC MAGAZINEや I/O といった雑誌に掲載されていたBASICのソースコードを手入力していました。プログラミングって面白いなって思いながら、それ以後はあまりやる機会がなく、仕事で本格的に活かすのは2001年頃にバイオインフォマティックスに手を染めたときからです。この頃はPerlで遺伝子配列をBLASTからPrimer3やEMBOSSのパッケージに持っていったりしていました。でも仕事のメインになることはずっとなく、どちらかというと外部に頼むお金がないから自分でやってしまう状態が続いていました。

その一方で、プログラミングと生物学、そして自分が関わりつつあった会社経営やマネージメントの共通性を強く感じるようになっていました。このことについてはこのブログでも何回か取り上げています。僕が注目しているのは、どれもが多数の役者からなる複雑なシステムを取り扱っており、そのシステムをどのように構築し、運用すれば、そのシステムが永く繁栄し得るかを中心的なテーマとしていることです。

生物は極めて複雑なシステムを経験則だけで作り上げました。一方プログラミングは多数の優秀な研究者のおかげでソフトウェア危機を乗り越え、複雑なシステムを効率良く構築するための方法論がいくつか確立されています(構造化プログラミングやオブジェクト指向プログラミングなど)。とても残念なのは、マネージメントがまだ孫氏の兵法や孔子の論語の時代から進歩していないように見えることです。

前置きが長くなってしまいましたが、いずれにしてもプログラミングは僕が人生の中で絶対にもっと深く勉強しておきたいと思っていたものです。

バイオの買物.comのウェブサイトを作成するにあたって、一人でなるべく多くのことをこなしたいと思っていましたので、僕は最も先進的で話題になっているRuby On Rails フレームワークを採用しました。この判断は大正解でした。Ruby On Railsはまず驚異的に生産性を高めてくれました。バイオの買物.comはデータ入力のためのインタフェースがかなり複雑ですが、PHPでこれを構築していたのではとてもじゃないけどやっていられませんでした。それだけでなく、Rubyというそれ自身非常に優れたプログラミング言語が土台となっていますので、先進的なプログラミング技法の勉強になりました。

まだまだ道半ばですが、プログラミングを身につけ、生物学やマネージメントの理解に活かそうという目標に少しだけでも近づいている気がしますので、とても気持ちが良いです。

バイオの買物.comの誕生と今後

バイオの買物.comは2007年の10月ごろからプログラミングを開始し、2008年の2月に一応のβ版の公開を開始しました。この頃は製品比較表に力点を置いていましたので、最初のβ版は製品比較表だけでした。

製品比較表を改良させつつ、アクセスアップや収入アップにつながりそうないろいろなことを試しました。各メーカーの新製品ニュースやキャンペーン情報をRSSで流してみたり、それを別にまとめてみたり、アマゾンの本の広告を掲載したりです。

そしてその中でも抗体検索は、抗体という比較的規格化された製品が非常に多数存在すること、抗体メーカーは一般に中小企業が多く、知名度を高めるのに苦労していることなどの条件が重なり、製品比較サイトとの相性が良いです。そこで友人からの連絡にも勇気づけられ、2008年の後半からはこちらの方に注力をしました。

2009年は年初に各種サービスの整理をしようと思っています。いろいろ試したものでうまくいかなかったもの、ユーザからの反応が良くないものは、今後作り替えるか無くしていく方向で考えています。アマゾンの本については何の意味もなさそうなので、無くしていきます。そして各メーカーの情報についてはRSSを強化し、さらにこのRSSを自動解析しようと思っています。これを使って、僕自身が手でまとめている新製品ニュースやキャンペーンに代えようと考えています。

ビジネスプランは変わるものだというのは起業家やベンチャー投資家のブログにはよく書かれています。バイオの買物.comの当初のビジネスプランは抗体以外の製品の比較表を中心に考えていました。ビジネスプランにはこだわらずに、そのときの状況に合わせて臨機応変にやろうとは思っていましたが、やはりそういう結果になりました。

そうはいっても、基本的な姿勢はまだ貫いています。それは冒頭で紹介しました価格.comとBioCompareの違いの点です。ユーザの視点に立って、スポンサーになっていないメーカーの製品情報を掲載しようというのはまだやれています。

そして2008年は抗体検索にかなり力を入れましたが、2009年はなるべくその他の製品の製品比較表に力を入れていきたいと思っています。これこそがBioCompareでもうまく出来ていないことなので、とてもチャレンジのしがいがあります。

子育て

昨年まで働いていた会社を辞め、自宅でバイオの買物.comを始めた大きな理由のひとつは、2007年に生まれた長女の世話をするためです。

The Smithsという英国のバンドの曲に“Heaven Knows I’m Miserable Now”というのがあります。

その歌詞の中でMorriseyは歌います。

I was looking for a job, and then I found a job
And heaven knows I’m miserable now

In my life,
why do I give valuable time
to people who don’t care if I live or die?

仕事を探していて、仕事を見つけた
それで今は猛烈に惨めなんだ

僕が生きようが死のうが気にとめないようなやつに
どうして人生の貴重な時間をあげなきゃいけないんだ

仕事では上司とウマが合いませんでした。そんなやつのために自分の時間を無駄にして、さらに娘との時間が減ってしまうのは我慢できませんでした。

そして一年間、自宅で仕事をして、娘との時間を増やすという目標は達成できました。それだけでなく、妻は次女も妊娠してくれました。もちろんバイオの買物.comの成功も大切ですが、子育てのことだけを取り上げても、2008年は良い年でした。

まとめ

2008年はバイオの買物.comの1年目で、かなり試行錯誤の中でやってきました。その1年目でいくつかのスポンサーから非常にポジティブな意見をいただき、そして実際に収入の目処も多少ついてきたというのはとても幸運だったと思っています。

まだまだ試行錯誤は続きます。2009年がどのような一年になるのかは正直全くわかりませんが、貯金はまだありますので娘二人との時間が取れることだけは間違いなさそうです。それだけでも良い年になるはずですが、もっともっと良い年となるようにがんばりたいと思います。

ライフサイエンスの分野にはつくづくお世話になっています。2009年は今までできなかった恩返しの年にしたいですね。

人間が自分で進化をコントロールできたら

生物の進化と人間の愚かさについて、少し考えてみました。

生物の進化はDNAレベルでのランダムな変異・組換えが起こった後に、自然選択によって有用なものが残っていくという過程であると考えられています。45億年の歴史と、現在の非常に複雑で高度な生物という形で、このアプローチの有用性は十分に示されています。

リンクのWikipediaの記事にも強調されていますが、生物の進化には目的はなく、変異はランダムに起こると考えられています。

一見すると、これは非効率です。ランダムに頼るよりも明確に目的を持って進化した方が効率がいいように思われます。特に人間のような文明を築いて、医学が発達し、機械工学などの学問が確立していれば、自分で自分の体を作り替えてしまったほうがいいのではないかと。

しかしよくよく思い返してみると、人間が自分の手で進化させたものは必ずしも良い結果を生んでいません。例えば金融危機で問題となっている金融システム。これも長い年月をかけて人類が進化?させているもののです。あるいはビッグ3の経営だって、社員の創意工夫で組織が進化?していてもおかしくありません。いずれも霊長たる人間の中でも優秀なものが、思考力を働かせ、時間をかけながら発展させてきたものです。日本のいまの政治だって、人間が自ら作り上げて進化させてきたものです。

これらは人間が自ら目的意識を持って進化させたとしても、必ずしも良い方向には進まないことの良い例だと思います。

そういう謙虚さを持って、現代人は様々な課題にあたっていくべきだと思います。

トヨタの原点回帰:拡大路線が招いた危機

今日(12月26日)付けの朝日新聞に、創業家出身のトヨタ自動車の豊田章男次期社長の言葉を引用しながら、トヨタ自動車の拡大路線の失敗と今後の原点回帰について紹介した記事がありました。

この記事の内容は非常に示唆に富んでいます。なぜなら、トヨタ自動車のここ近年の拡大路線というのは、決して特別なものではなく、現実に多くの企業が採用している戦略だからです。ですから次期社長の豊田章男氏が掲げている原点回帰というのは、トヨタ自動車だけでなく、世の中が真剣に検討しなければならないことなのです。

私なりに記事をまとめて紹介します。

昔の堅実さというのが原点回帰の内容

「私たちがやらなければならないのは、目の前の一台一台を大切に積み重ねることだ。今一度原点に立ち返り、お客様の方を向いて商品を作る」(豊田章男次期社長)

「地道に原価を低減していくかつてのトヨタと異なり、ビッグ3と似通ってきた印象だ」(あるグループ会社首脳)

高い経営目標設定の愚

2年先の計画まで公表するのは初めてだった。章男氏のいう「一台一台の積み重ね」で確実な需要予測をたてるのを得意としたトヨタは、未来の目標を先に立て、それに向かって工場の新設や増強計画を考える会社になっていた。(06年9月20日の経営説明会で渡辺カツ昭社長が2年先の販売台数を980万台程度にすると発表したことを評して)

拡大主義がもたらす柔軟性の喪失

トヨタはそれまで米国市場で小型車やハイブリッドカーなど、ビッグ3が作らない車で稼いでいた。しかしそれだけではGMに勝てない。1台あたりの利益が大きく、ビッグ3が「ドル箱」としてシェア9割をを閉めてきた大型ピックアップトラックで勝負を挑むために建設したのがテキサス工場だった。同時に、やはり利益が大きい高級車「レクサス」の輸出も増やした。
…..
多品種を少量ずつつくることにより、販売台数が落ちても工場の操業度を落とさないのがトヨタの強みだった。… しかしトラックタイプの車とその他の車は同じラインで作れない。 …. テキサス工場は一気に生産停止に追い込まれた。止まった工場は、製品を生み出さない従業員に給料を払い続け、工場建設の負担費用も垂れ流し続ける。

合理的判断だけでは、拡大路線を修正することはできない

急激な拡大路線に反省すべき点はないのか−−。渡辺社長は22日の年末会見で質問に対して「成長路線の中で効率性を見て評価していく必要があったかも知れないが、お客様にたくさん買って頂いたこともあり、難しい判断だと思っている。」と厳しい表情で語った。

ここから何を学び取るか

まず高い経営目標設定についてですが、これを当たり前のように実施してしまっている会社は非常に多いです。これについては僕もブログで過去に紹介しています。しかもこのやりかたは日産のゴーン社長のコミットメント経営の根幹であり、多くの経営者はこれこそが正しい経営方法だと勘違いしてしまっています。

これだけ多くの会社が高い経営目標設定を行っている訳ですから、少なからずトヨタ自動車と同様の過ちを犯しているはずです。私が以前にいた会社もその会社の一つでした。

そして拡大路線による柔軟性の欠落について。企業の規模が拡大するのはとても良いことのように一般に考えられています。しかし拡大のためには多くのことが犠牲になるのだということを、すべての人は知っておくべきです。これは今回のトヨタ自動車の例だけでなく、例えば巨大化した恐竜がなぜ絶滅したのかという生物学的な例を考えても知ることができます。

最後に、合理的に考えても拡大路線の過ちは気づくことが出来なかったという点です。渡辺社長が無能な社長とはとても思えません。むしろ非常に優秀だったはずです。そのような人でも失敗したということを真剣に受け止める必要があります。同時に次期社長の豊田章男氏の発言で注目されるのは、それが全く知性的ではないということです。「原点回帰」という言葉は頭の悪い人でも言えますし、創業家出身であればそれを雄弁に解説する必要もありません。

人間の合理的な判断力というのは所詮その程度です。今後10年先に有効な経営戦略経営方針というのは、人間がいくら頭で考えても無理なのです。だからこそ昔の人は、何代も伝わり、歴史的に検証されてきた古人の思想を頼りにしてきたのです。今回の豊田章男次期社長が掲げるのは、トヨタを歴史的に支えてきた経営方法への回帰です。まさに古文書への回帰です。どうしてそれが良いのかというのも大切でしょうが、それ以上に重要なのは、これがいままでのトヨタを支えてきたということです。

それともう一つ面白いのは、トヨタがビッグ3化したことが問題視されている点です。ビッグ3が失敗したのは無能な経営者のせいだと考えている人は多いようです。しかしこのような考え方は、単なる傲慢だと私は思います。

トヨタの渡辺社長ですらビッグ3化したしまったのです。そしていまだに何が失敗だったのかを理解できないでいます。これはもはや経営者の能力だとか思考力の問題ではありません。人知の限界だと私は思います。

最後に私の持論にもっていきます。

生物学の進化というのには、思考はありません。経験のみです。生物は自分の体をどのように作り替えれば良いかを考えているのではなく、たまたま良かったものが自然選択の結果生き残っていくのです。

現代人は頭でっかちになってしまっていますので、会社組織をどのように運営していけばいいか、どのように作り替えていけばいいか、自分にはわかっていると思ってしまっています。しかし、所詮は進化中の生物と同じ程度にしかわかっていないのです。人間というのは、まだ会社や経済のような複雑系を理解するだけの学問ができていません。

ですから、頭脳に頼ってはいけないのです。進化論的に会社を経営しなければいけないのです。その一つは、合理的判断を度外視してでも原点回帰を行うこと。つまり合理的に演繹される経営方針よりも、経験的に成功した方針(原点)を重視すること。さらにもう一つは、一件無駄用に見えても、ジーンプール(多様性)を常に持ち続け、資源を分散し、環境の変化に素早く対応できる体勢を維持することです。トヨタ自動車の例でいえば、どの車が売れるなんていくら考えても事前にはわからないから、何が起こっても対応できる柔軟性を持ち続けることです。

それにしても自分たちの経営方針の過ちをすぐに理解し、即座に方針転換を打ち出したトヨタ自動車という会社は、つくづく強い組織だなと思いました。これについても、いろいろな人がミーティングを重ねて、合理的判断にたどり着こうとしていたのでは、このスピードは出せません。「原点」というのが社内の柱になっているのでしょう。「原点」というよりどころがあるから、ああだこうだを考えるのではなく、即座に判断できるのだろうと思います。創業家がまだ元気だというのも、なんだかんだでいいことですね。

参入障壁の無いビジネスの危険性

2006年で少し古いのですが、参入障壁の無いビジネスの危険性について紹介してる記事がありました。

ぼくは昔、バイオのための研究受託(DNAアレイ解析受託をはじめとした分子生物学実験の受託)を実際に担当していましたが、そのときの経験とこの記事で書いてある内容は共通するところが多いです。研究受託もまさしく、この参入障壁が少なく、ABIなどメーカーばかりが儲かるビジネスの典型ではないかと思います。

記事ではウェブ用のレンタルサーバビジネスの変遷について語っています。実際に運営している人のブログです。

レンタルサーバのビジネスと経済学

10年前のレンタルサーバは非常に高価でした。コンピュータ関連機器が安くなったこと、それとネットワークのコストが下がったことが原因です。この結果、参入障壁が完全になくなりました。$300とクレジットカード、そしてLinuxのマニュアルがあれば3ヶ月間の運転資金になりました。激しく価格を削りながら、数多くのレンタルサーバ会社があっという間に生まれました。

$68あれば、見栄えのするウェブサイトテンプレートも購入できました。おかげでプロフェッショナルなサービスを提供しているところとアマチュアなサービスを提供しているところが表面だけでは区別ができなくなりました。

この結果、面白いことがいくつか起こりました。

1)品質の良いレンタルサーバを探すのが難しくなりました

2)レンタルサーバが「自宅で簡単にできて儲かる副業」として紹介されるようになりました

3)レンタルサーバ用を運用するためのツールが儲かるようになりました

コントロールパネルや請求システムなどです。

バイオの研究受託の場合

バイオの研究受託の場合も、非常に参入障壁が少なくなっています。オリゴDNA合成ビジネスが悲惨な価格競争になってしまっているのもこれが原因です。

考えてみれば、研究室で簡単にできるような実験ですから、参入障壁が低いのは当然です。どこかのメーカーから機器を購入すれば大部分の作業は自動ですし、自動ではなくてもキットになっていますから、習熟度が高くない技術職でも作業ができます。また結構技術力のある人でも大学でひどく安く雇われていますから、この人たちを引っ張ってくれば作業員は簡単に手に入ります。

そういう事情もあって、DNAアレイ受託もあっという間に価格競争になりました。

日本のバイオベンチャーの多くは受託研究を短期的なビジネスの柱にしています。受託研究は非常に始めやすいビジネスなので、その気持ちはわかります。でも3匹の子豚で最後まで生き残ったのはレンガの家を建てた豚です。ワラの家を建てた豚は、すぐにオオカミに食べられてしまいました。

一方で面白いのはCROです。CROとはContract Research Organizationの略で、製薬会社の研究を受託するビジネスを指します。こっちの方は非常に成長している産業で、過酷な価格競争にさらされているという実態はありません。同じような実験の研究受託なのに、全く利益構造が異なる(ちゃんと儲かる)ビジネスになっています。

製薬企業の研究開発ではデータの信頼性とサービスの信頼性が非常に重視されます。成功する薬は日本国内だけで年間に数百億円を売り上げますし、その売り上げの大部分は利益です。しかも特許の有効性が切れると売り上げが大幅に落ち込みますので、なるべく早く発売開始して、一日でも長く、特許の有効期間内で売りたいのです。国内の売り上げだけで、一日一億円の価値があります。

ですから製薬企業の場合は、信頼性の高いデータを短期間で確実に出してくれるCROに価値があります。そしてそれだけのサービスを提供することは非常に難しいので、新規参入は非常に難しい訳です。

ほとんど教科書とも言えるポーターの本に書いてあるので、少しでもビジネスを勉強したことのある人ならわかってないといけないのですが。

経営者でもわかっていない人が多いのはガッカリなことです。

C言語のポインタ宣言の読み方

C言語のポインタ宣言の読み方をうまく教えてくれる記事があったので紹介します。ぼくはC言語は素人ですが、今まで見たものの中で一番わかりやすいです。

例えば


char *(*(**foo[][8])())[];

などがすっきり読めてしまいます。

以下、僕の理解を深めるためにも日本語でまとめます。

演算子の優先順位

配列を表す[]と関数を表す()は、ポインタを表す*よりも優先順位が高くなります。したがって、以下のルールが成立します。

まず変数名から始めます
foo is
型で終わります
foo is … init
真ん中を埋めるのはより難しいのですが、以下のルールでまとめることができます
「行けるだけ右に行って、仕方ないときは左に行く」

簡単な例


long **foo[7];
  1. まず変数名から出発して、型で終わらせます。
    foo is long
  2. 次にfooの右の[7]に移動
    foo is array of 7 … long
  3. 次にfooの左となりのポインタ演算子*
    foo is array of 7 pointer to … long
  4. 最後に一番左のポインタ演算子*
    foo is array of 7 pointer to pointer to long

これで終了。

ちょっとめちゃくちゃな例


char *(*(**foo [][8])())[];
  1. 最初は変数名から出発して、型まで
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo ischar
  2. 変数名の右の[]
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of … char
  3. さらに右に行って[8]
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 … char
  4. )にぶつかったので、変数名の左のポインタ演算子*を処理
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to … char
  5. さらにその左のポインタ演算子*
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to pointer to … char
  6. ()の中の処理が終わったので、右に移動。そこには関数を表す()があります
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to pointer to function returning … char
  7. ここで)にぶつかるので、左に戻ってポインタ演算子*を処理
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to pointer to function returning pointer to … char
  8. 左に行くと(にぶつかるので、この()は処理が終了。次に右に行って[]を処理
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to pointer to function returning pointer to array of … char
  9. これで右端まで行ったので、左に戻って一番左のポインタ演算子*を処理
    char *(*(**foo [][8])())[];
    foo is array of array of 8 pointer to pointer to function returning pointer to array of pointer to char

同じことを日本語でできると最高なのですが、今はいい表現が思いつきません。何かいいのが思いついたらまた紹介します。

Retweet script for Twitterrific

Simple AppleScript to make it easy to retweet from Twitterrific.

It uses GUI scripting to access the text input box in Twitterrific, so you need to activate this by enabling access from assistive devices in the Universal Access Preferences.

Enjoy


tell application "Twitterrific"
	set thisTweet to selection
	set thisText to post of thisTweet
	set thisUser to screen name of thisTweet
	
	activate
end tell
tell application "System Events"
	tell process "Twitterrific"
		tell group 1 of splitter group 1 of window 1
			set value of text field 1 to "Retweet: @" & thisUser & " " & thisText & " "
		end tell
	end tell
end tell

Display conversation from Twitter

2009-04-07: Updated query to search.twitter.com so that the result is more like what TwitterFon gives you when you drill down conversations.

I wrote a simple AppleScript to display the conversation history between two people in a tweet in Twitterrific.

I often want to focus on a conversation between two people in my timeline, without the distraction of all the other tweets. This AppleScript makes this as easy as selecting a tweet with an @reply, and running the AppleScript via the AppleScript menu.

All it does is, 1) get the user names of the sender and recipient of the tweet (only of @reply tweets), 2) query search.twitter.com for tweets sent from either of the user names.


tell application "Twitterrific"
	set thisTweet to selection
	set thisUser to screen name of thisTweet
	set thisPost to post of thisTweet
end tell

set thisOffset to offset of "@" in thisPost
if thisOffset is equal to 0 then
	display alert "No recipient in Tweet"
	return
else
	set thisOffset to thisOffset + 1
	set newUser to ""
	repeat until character thisOffset of thisPost is equal to " " or character thisOffset of thisPost is equal to ":"
		set thisCharacter to character thisOffset of thisPost
		set newUser to newUser & thisCharacter
		set thisOffset to thisOffset + 1
	end repeat
	
	open location "http://search.twitter.com/search?q=from%3A" & thisUser & "+to%3A" & newUser & "+OR+from%3A" & newUser & "+to%3A" & thisUser & "&lang=all"

end if

不況でベンチャーキャピタルが犠牲になるか?

プログラマー、ベンチャー投資家として有名なPaul Grahamブログ記事

今まではベンチャー企業の成功にはベンチャーキャピタルが必要でしたが、今回の不況でこの依存関係が解消されるかもしれないという話です。そして景気が回復しても、この関係は復活せず、ベンチャーキャピタルそのものが不必要になるかも知れないという結論です。

以下ポイントの翻訳です。

VC funding will probably dry up somewhat during the present recession, like it usually does in bad times. But this time the result may be different. This time the number of new startups may not decrease. And that could be dangerous for VCs.

今回の不況で、ベンチャーキャピタルによる投資はある程度枯渇するでしょう。不況のときにこうなるのは普通です。しかし今回は結果がいつもと異なるかもしれません。今回は新規ベンチャー企業の数は減らないかもしれません。そしてこれはベンチャーキャピタルにとっては危惧されることです。

When VC funding dried up after the Internet Bubble, startups dried up too. There were not a lot of new startups being founded in 2003. But startups aren’t tied to VC the way they were 10 years ago. It’s now possible for VCs and startups to diverge. And if they do, they may not reconverge once the economy gets better.

インターネットバブル後にベンチャーキャピタルによる投資が枯渇したときは、ベンチャー企業の数も減りました。2003年に設立されたベンチャー企業は多くありませんでした。しかしベンチャー企業とベンチャーキャピタルは、もはや10年前のときのような依存関係にありません。今ではベンチャー企業とベンチャーキャピタルの関係が解消される可能性があります。そしてもし解消されれば、景気が回復しても関係が復活しないかもしれません。

The reason startups no longer depend so much on VCs is one that everyone in the startup business knows by now: it has gotten much cheaper to start a startup. There are four main reasons: Moore’s law has made hardware cheap; open source has made software free; the web has made marketing and distribution free; and more powerful programming languages mean development teams can be smaller. These changes have pushed the cost of starting a startup down into the noise. In a lot of startups—probaby most startups funded by Y Combinator—the biggest expense is simply the founders’ living expenses. We’ve had startups that were profitable on revenues of $3000 a month.

ベンチャー企業がベンチャーキャピタルに依存しなくなった理由は、ベンチャー業界にいる人であれば既に知っています。つまり、ベンチャー企業を設立するのが非常に安くなったのです。これには4つの大きな理由があります。ムーアの法則によりハードウェアが安くなりました。オープンソースソフトによって、ソフトウェアが無料になりました。ウェブによってマーケティングおよび流通が無料になりました。より強力なプログラミング言語の登場で、プログラム開発チームのサイズが小さくてもよくなりました。これらの変化により、ベンチャー企業の設立に必要な資金はほとんど無視できるレベルになりました。多くのベンチャー企業(Y Combinator (Paul Grahamのベンチャー投資会社)によって設立された企業のほとんど)において、一番大きな出費は単に創設者の生活費です。毎月$3,000 (30万円)の売り上げで利益が出たベンチャー企業もあります。

I’ve detected this “investors aren’t worth the trouble” vibe from several YC founders I’ve talked to recently. At least one startup from the most recent (summer) cycle may not even raise angel money, let alone VC.
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If founders decide VCs aren’t worth the trouble, that could be bad for VCs. When the economy bounces back in a few years and they’re ready to write checks again, they may find that founders have moved on.

Y Combinatorが関わり、最近話をする機会があった創業者の中にも、この「投資家と関わるのは面倒な割には利益がない」という空気を感じています。最近の投資サイクル(夏)のベンチャー企業の一つは、ベンチャーキャピタルどころかエンジェル投資も必要としないかもしれません。
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ベンチャー企業の創業者がベンチャーキャピタルの関わるのが面倒だと感じるようになれば、ベンチャーキャピタルにとっては問題です。景気が数年後に回復して、ベンチャーキャピタルが再び投資できる環境になっても、創業者はもう彼らを必要としてないかもしれません。

Castle104合同会社の場合

バイオの買物.comを運営しているCastle104合同会社でも同じように考えています。非常に少ない資金で会社を運営しながら、様々なビジネスモデルをじっくりと試して、短期の収益を追求するよりも真に顧客が必要とするサービスを見つけ出そうというのが戦略です。

以下にCastle104合同会社の費用の内訳を簡単に紹介します。いかに少ない資金で運営できているかがわかると思います。

  • インターネットサーバ:毎月1万円。2 GigabyteのRAMと40 Gigabyteのディスクスペースが使え、なおかつカーネルアップグレード以外はほとんど何でもできます。
  • ソフトウェア:サーバのソフトはLinux, Apache, Ruby on Rails, Mongrelと完全にオープンソースで無料です。開発とかプロジェクト管理用に、毎月数千円のソフトウェア使用量は支払っています。
  • メールサーバなど、基本ITインフラ:こういうのは最近グーグルで全部できます。@castle104.comのアドレスのメールも、グーグルのGMailで動いています。無料です。
  • オフィス:自宅です。一時期外部の人に作業を委託したことがありますが、そのときもチャットでこまめに連絡をしていたので、オフィスの必要性は感じませんでした。(逆にチャットを通してその人の働きが悪いことがわかったので、打ち切りました)
  • マーケティング:グーグルのAdWordsが非常に効果的です。無名のウェブサイトでも、簡単にアクセス数を稼ぐことができています。費用は毎月数万円です。
  • プログラム開発:バイオの買物.comを動かしているプログラムはすべて一人で書いています。Ruby On Railsというオープンソースのフレームワークを使用しているため、非常に効率よく開発ができています。PHPとかで同じものを開発していたら、とてもじゃないですけど間に合いません。

その他、eMobileの通信費などをすべて合わせても毎月10万円以下です。また職場は自宅なので、実質的には経費はかかっていません。

バイオの業界はもともとそれほど大きなものではありませんし、インターネットマーケティングの活用もまだ十分に進んでいません。消費者である研究者と、広告主となるメーカーがお互いに満足できるビジネスモデルを探すには時間がかかります。このように経費が少ないからこそ、これが見つかるまでいろいろ試せるだろう考えています。

ベンチャーキャピタルの終焉という記事

ハイテクの情報をたくさん紹介しているTechCrunchでの記事。

“The End Of Venture Capital As We Know It?”
「現在の形のベンチャーキャピタルは終焉をむかえるか?」

議論しているポイントは以下の通り

  1. ベンチャーキャピタルのファンドに資金を提供しているパートナー(大学基金、年金基金、投資銀行、裕福な投資家)の資金が枯渇しているため、ベンチャーキャピタルが投資できる資金が減っている
  2. 今のIT系のベンチャーは、ベンチャーキャピタルからの資金がなくても成功できる。オープンソースソフトウェアクラウドコンピューティング、ウェブ上でコミュニケーションがとれるバーチャルチームなどのおかげで、ベンチャー企業の運営はものすごく安くなっている。

2番目のポイントは今回の経済危機とは関係なく、ここ数年のITベンチャー企業のトレンドです。僕のやっているCastle104合同会社もこの2番目のポイントに基づいて設立しています。このトレンドについては、プログラマー、ベンチャー投資家として有名なPaul Grahamが詳細に書いていますので、近いうちにこのブログで取り上げます。

Update
Paul Grahamの記事を紹介したブログを書きました。

次世代シークエンサーは結局ABIか

The Scientistという雑誌でTop Innovations of 2008が発表され、ABIのSOLiDシステムが一番になりました。

さて、僕は市場に最初に出た454 Life Sciences社の次世代シークエンサーをロシュ経由で国内で発売開始するときに多少関わっていました。そこでそのときの社内の雰囲気を紹介しながら、お金でベンチャーを買っただけではなかなかトップの会社には勝てないことを話したいと思います。またトップの会社が入れ替わるようなイノベーションについて研究していることで有名なClayton Christensen氏の理屈を簡単に紹介したいと思います。

ただし、僕は最近の次世代シークエンサーの動向はほとんどフォローしていませんので、現時点でどの技術が勝ちそうかは全く判断がつきません。予めご了承ください。ただ、どの技術が勝つかということと、どの会社が勝つかというのは全く別だということにも注意してください。

ロシュが454 Life Sciences社の次世代シークエンサーを導入し、一気にDNAシークエンシング市場に乗り込もうとしたのは2005年の中頃です。また2007年の3月には454 Life Sciences社を1億4,000万ドルで完全に買収しました。454 Life Sciences社の従業員167名も完全統合しました。この167名は大部分が研究開発に関わっていたと思われますが、当時のロシュのバイオサイエンス部門の研究開発部門は大きくなく、454 Life Sciences社の統合でR&Dの人員は最低でも2倍に、僕の推測では3倍になったと思います。

プレスリリースにも書かれていますが、454 Life Sciences社の技術は確かに革新的なものでした。2005年にはウォールストリート・ジャーナル紙の2005年度トップ技術革新賞(top Innovation Award for 2005)を受賞し、2006年には米国技術情報誌「R&D」選による、最重要技術製品賞を受賞しました。

一方でABIのSOLiDはまだ製品化されておらず(受注開始は2007年10月)、IlluminaのGenome Analyzerは出て来たばかりでした(Solexaが一般に販売を開始したのは2007年)。

そのような状況の中、2005年および2006年のころのロシュの雰囲気はイケイケどんどんでした。「ABIの社員はもうがっかりしていて、アメリカではロシュに転職したがっている」とか「ABIには次世代シークエンサーの戦略がなさそうだ」とかいう話がしょっちゅうされていました。そしてロシュこそがDNAシークエンス市場でトップシェアを奪うだろうということが、経営者レベルでは言われていました(現場では違います。現場は世間知らずではありませんでした)。

そもそもロシュが454 Life Science社の技術導入をした背景には、DNAシークエンス市場の大きさがあります。DNAシークエンス市場は単独分野としてはライフサイエンスで最大のものであり、世界で1000億円規模です。ライフサイエンスで一番大きな市場でナンバーワンにならなければならない。そういう意識がロシュの経営者にあったと私は感じていました。

ロシュのライフサイエンス製品の大部分はベーリンガーマンハイム時代から引き継がれたもので、研究者に非常に愛用されているものが多くあります。しかし個別分野で見れば世界で高々100億円規模のものがほとんどで、ロシュのような巨大企業からみればアリのように小さなものです。製薬部門が絶好調で資金が余っているロシュとしては、ここで大きく出たかったのでしょう。DNAシークエンサー市場の1000億円のうち、将来的に最低でも半分の500億ぐらいは年間に売り上げたい。そう思ったに違いありません。

ちなみに製薬企業であれば従業員一人当たり、5,000万円以上を売り上げるというのが一般的だと思います。したがって454 Life Sciences社の167名を抱えるだけで、80億円を売りたいという計算になります。実際にはR&D費は全売上の高々20%というのがライフサイエンス業界では一般的ですので、ロシュの期待としては400億円程度を売り上げたかったのではないでしょうか。つまり40%の市場シェア。非常におおざっぱな計算ですが。

しかしSOLiDがTop Innovations of 2008に選ばれることなどからわかりますように、ロシュと454 Life Sciencesのテクノロジーは徐々に影が薄くなってきています。最近では真っ正面からのマーケティングスローガンではなく、固有のスペックに絞った宣伝文句になってきました。僕自身、技術動向に詳しい訳ではないので断言はできませんが、ロシュの当初のもくろみのような大きなシェアは、結局は奪えないのではないかと予想されます。最後はやはりABIというところで落ち着きそうな気がします。

ではどうしてこうなったのか、この結果は最初から予想できたかを考えたいと思います。そのときにはClayton Christensen氏の理論が大いに役立ちます。Clayton Christensen氏はThe Innovator’s Dilemmaという本で有名になり、イノベーションがどのように市場を変えていくか、どういうときに市場がひっくり返るかについて深く考察しています。

非常に興味深いのは、イノベーションが市場シェアをひっくり返すかどうかは技術の革新性によるのではなく、マーケットリーダーが反応できるかどうかにかかっているとしている点です。またマーケットリーダーが反応するかどうかは経営陣の有能さにかかっているのではなく、市場の力学によるのだとしています。そして市場をひっくり返すようなイノベーションは通常、低価格帯から高価格帯にシフトしながら起こると説いています。

例えばパソコンなどが良い例です。パソコンが出現する前はIBMなどが大型コンピュータをビジネス用に販売していて、競争相手を全く寄せ付けないほどの強さを誇っていました。そしてパソコンが出現してもなかなかそれに投資しませんでした。なぜかというとそんな低価格なものを売って大型コンピュータの代替をさせるより、大型コンピュータの性能を次から次へと高めて、これをたくさん売った方がよっぽど儲かるからです。IBMがMicrosoftの巨大化を許したもの、IBMがパソコンのプロジェクトにほとんど投資せずに、当時まだ非常に小さかったMicrosoftにアウトソーシングをせざるを得なかったからです。

気づいたときにはパソコンやUNIXのワークステーションの性能がどんどん高まって、大型コンピュータを代替できるレベルに達していました。しかし時は既に遅く、パソコンの覇権はIBMではなく、CompaqやMicrosoftに移ってしまっていました。IBMはパソコンやサーバを販売しているその他大勢の会社の一つに成り下がり、そしてついにはパソコン部門を中国のLenovoに売ってしまったのです。

それに対して、イノベーションが市場をひっくり返せない例もChristensen氏は紹介しています。航空会社です。格安の航空会社は何十年も前からたくさん出現しています。一部はある程度の成功を収めていますが、いまだにトッププレイヤーとなったことはありません。

Christensen氏は、これは主要航空会社が迅速に反応するためだとしています。航空会社の利益は搭乗率をいかに高めるかに関わっているため、高級化・高性能化で利益を高めていくことができません。格安航空会社が出現して乗客を失えば、搭乗率はたちまち低下して利益が下がってしまいます。お金持ちの高級志向の顧客をいくら引きつけて、彼らに高い料金を払ってもらっても、搭乗率が低ければ儲からないのです。実際に、主要な航空会社は格安航空会社の出現に反応し、トッププレイヤーは価格競争に参戦し、そしてどちらかが破綻するまで骨肉の争いを続けています。

Christensen氏によれば、既存のトップシェアの企業がこのように反応すれば、どのように革新的なイノベーションであっても市場をひっくり返すにはいたらないとしています。実際、どんなに特許でイノベーションを守ろうとしても、体力のある既存企業が本気で開発をすれば必ずまねをされてしまいます。重要なのは技術の革新性ではなく、トッププレイヤーが本気になるかどうかです。

DNAシークエンシングの場合、ロシュはいきなりABIのメイン顧客、超ハイスループットの顧客を狙いました。ABIとしても、これは最も収益があがる、何よりもメンツに関わる顧客層です。ABIとしては絶対に無視できない、絶対に奪われたくない顧客です。大幅な赤字を出してでも、また大量の研究開発資金を投じてでも守ろうとする顧客です。だからABIは多少時間はかかりましたが、確実に反応しました。そしてABIが本気になってしまえば、454 Life Sciences社の技術がどんなに優れていようと結果は見えていたのです。

まとめるとこういうことです

新規参入で成功したいのであれば、既存の企業が反応しないような参入の仕方をしなさい。通常、これはローエンド市場から入ることを意味します。そしてこのローエンドは、既存のトッププレイヤーとしては捨ててもいいと思っているローエンド市場でなければなりません。既存の企業が高級化路線で逃げられるようにしておきなさい。そしてローエンド市場で十分に力を蓄え、初めてメインストリームの市場に参入するべきです。

思えば日本の自動車メーカーが米国で成功したのはこのシナリオです。小さくて、パワーがなくて、壊れやすい車しか作れなかった日本のメーカーは、ビッグ3には軽蔑されながらも、それでも少しずつ力を蓄えました。その間に、小さい車を買う顧客なら魅力を感じるような低燃費技術を開発しました。ビッグ3はダイレクトに日本メーカーと戦うよりは、高い金で大型車を買う顧客に集中した方が儲かると考え、低燃費技術に本気になりませんでした。世の中が変わって、低燃費が重要になってしまったころにはもうビッグ3は対抗できなくなっていたのです。

札束にものを言わせて、いきなりトッププレイヤーを引きずりおろそうとしても、そうは簡単にはいかないのです。背面から攻撃を仕掛けないと、力のあるプレイヤーにはなかなか勝てません。