Managers Not MBAsからの引用

Henry Mintzbergというカナダ人の経営学の権威が書いた本

Managers Not MBAs: A Hard Look At The Soft Practice Of Managing And Management Development
(邦題 MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方

を読んでいます。

まだ途中までしか読んでいませんが、とても興味深い一文がありましたので紹介します。

Indeed, while 24 percent of the executives identified “compassion” as the most important characteristic of future leaders, only 4 percent of the MBA students did. The report’s author, Thomas Dyckman of Cornell, concluded that “Apparently experience teaches compassion. Maybe business schools should too”.
Dyckman, Thomas. “The 1996 Cornell Sponsored MBA-Executive Study: Corporate Leadership: A Survey on Values.” Ithaca, N.Y.: the Johnson Graduate School of Management at Corenell University, 1996

実際、経営者の24%は、将来リーダーとなるべき人間の最も大切な特徴は「思いやり、深い同情心」としているのに対して、MBAの学生ではそう考えているのはわずか4%でした。このレポートの著者のCornell大学のThomas Dyckmanは「経験は同情心を教えてくれるようです。ビジネススクールでもそうするべきかもしれません。」と結論しています。

自分の経験を振り返っても、とても納得してしまいます。

この本についてはブログでも以前に取り上げています。
「最もリーダーになってはならない人がリーダーになってしまう仕組み」

社員が失敗したときにどうするか?

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Bob Suttonのブログにあったいくつかの記事を見ながら、会社にとってとても重要な「社員が失敗したときにどうするか?」を思い返してみました。

新しい会社の入社面接などを受けているとき、その会社の本当の姿を知るのは非常に難しいことです。美辞麗句を見通すのは、何回か転職を経験していてもなかなかできません(ちなみに採用側が面接による人材採用に失敗する確率は50%と言われています。採用面接というのは双方にとって、その程度のものです)。皆さんに御勧めするのは、この「社員が失敗したときにどうするのですか?」を質問することです。そうすることによって、その会社が社員教育をしっかりできているか、業務システムをしっかり作り上げているか、イノベーションを大事にしているか、そして今後も成功し続けるかがある程度わかると思います。

  1. Gretchen’s Happiness Projectの”Eight tips for dealing with criticism.”について
  2. Failure Sucks But Instructs
  3. The Best Diagnostic Question and Amazon

失敗無くして成功にたどり着くことはあり得ません。
会社を運営する中で、しょっちゅう失敗するのは当たり前のことです。イノベーティブなことを実現しようと思えばなおさらです。

ですから会社のカルチャーやシステムの中には、

  1. 失敗を早めに察知する仕組み
  2. 自分の失敗を言い出しやすい仕組み。失敗を許す仕組み
  3. 失敗を共有する仕組み
  4. 失敗から反省する仕組み

が必要です。

日本の製造現場ではこの仕組みが浸透しています。例えばヒヤリ・ハットという言葉がありますが、製造現場では各個人が経験した事故一歩手前の失敗の情報を公開させ、蓄積、共有することで、重大な労働災害の発生を未然に防止する活動が行われています。

僕自身は製造現場で働いたことはないのですが、入社研修で工場に数週間配属されたときにこれをかいま見ました。(もっとも大学院を卒業したばかりの若輩者にはその価値は理解できませんでしたが)

残念ながら僕が後に転職した先の外資系企業(2つとも)ではこのようなヒヤリ・ハット活動はなく、それどころか反省会すら全くやりませんでした。重大が失敗が起こった後でもです。

例えばITプロジェクトの大失敗、受託研究の大失敗、学会展示の失敗など、いろいろな失敗があっても、僕が言い出してやったもの以外には反省会を見たことはありません。

反省会をしない代わりに何が行われるかというと、とても残念なことですが、それは個人への責任のなすりつけです。失敗した原因を個人の能力ややる気の問題と結論付け、そしてその個人が修正をすれば事態は解決するだろう考え、それで終わりにしてしまうやり方です。

とても残念な終わらせ方ですが、原因分析をしていない以上、これよりましなやり方はできなくなってしまうのでしょう。原因分析をしなければ、生産的な解決策は見つけ出しようがないのです。

会社だけでなく、人物についても同様です。失敗に対してどのように向かい合っているかが聞ければ、普通では見えてこないことがいろいろとわかっています。

特に新しい会社に入るときは、どうしたってしばらくは失敗続きです。その失敗を新しい会社はどのように受け止めてくれるかを知るのはとても大切なことだと思います。

展示会は無駄か?

BNETという当たり外れの分かれるブログを掲載しているサイトに、割とおもしろいブログがありました。

“How to Use Trade Shows to Sell”

主旨は

  1. 昨年の11月にアンケートを実施し、展示会が有効かどうかを質問したところ、NOは2/3、YESがわずか16%でした。
  2. 展示会で新規顧客を開拓しようというのは大きな誤りです。
  3. 展示会では既存顧客および購入間近な顧客との関係強化に使うべきです。
  4. マーケティングの人(製品PRをしまくるだけの人)を参加させるのではなく、社長やカスタマーサポート、重要顧客を担当している営業を参加させるべきです。

さて、このブログの言っていることが正しいかどうかはケースバイケースだと思いますし、バイオの学会展示で同じことが言えるかどうかは僕も判断しかねます。

でも、展示ブースに社長や事業部長を立たせたら面白いですね。客に見せて恥ずかしくないような社長であることが前提ですが。

JPGという読者投票型写真雑誌がつぶれたそうです

僕は全然フォローしていませんでしたがJPGという読者投票型写真雑誌が1月5日をもってつぶれるそうです。

これに対して、Robert ScobleというMicrosoft出身のIT評論家がブログを書いています。

そのブログの中には、バイオの買物.comを含め、インターネット広告で食っていこうというウェブサイトすべてにとって重要な教訓が記されています。

以下の状態ならまずいよって結論をしています。

  1. ユーザ層が新しいもの好きの人ばかり。
  2. 広告主に対して伝えられる、明確なユーザ層がいない。単に写真好きを集めたというのでは、十分じゃない。
  3. 製品を買おうと思っているユーザを集めていない。例えば良い写真雑誌のほとんどは、表紙に作品を飾らず、カメラ機材を表紙にしている。そうしていないのなら、道は険しい。
  4. 広告主がユーザとコミュニケーションする方法を提供していない。
  5. 棚スペースが得られていない。ユーザが目にしやすい場所にウェブサイトがプロモーションされてなくて、十分なユーザ数が集まらない。

バイオの買物.comならこのうちの半分ぐらいは何とかなりそうなところに来ています。残りの半分は2009年の課題です。

あきらめるな!死ななければ金持ちになれる

Paul Grahamという有名なハッカー/ベンチャー投資家が、支援している起業家を集めたパーティーで話した内容 “How Not to Die” を紹介します。

WikipediaのPaul Grahamの記事を見た初めて知ったのですが、和訳をしてくれている人もいました。全文はそちらで確認してください。

僕が感じたポイントは以下のものです。

  1. ただ死を免れることができれば金持ちになれる

  2. スタートアップが死ぬときには、公式の理由はいつも資金切れか、主要な創業者が抜けたためとされる。両方同時に起こる場合も多い。しかしその背後にある理由は、彼らがやる気をなくしたためだと私は考えている。

  3. しがみついてさえいれば金持ちになれるというのに、こうも多くのスタートアップがやる気をなくして失敗するのは、スタートアップをやるというのがすごく滅入るものになりうるということだ。これは確かにその通りだ。

  4. もうひとつ不安に思えるけどスタートアップにおいては正常なことに、自分のやっていることが機能していないように感じられるというのがある。そんな風に感じられる理由は、君たちのやることがたぶん機能しないからだ。スタートアップがものごとを最初から正しくやるということはほとんどない。それよりずっとありそうなのは、何かをローンチするが、誰も注意を払わないということだ。そうなったとしても、失敗したと思わないことだ。スタートアップではそれが普通のことなのだ。しかし何もせずにぶらぶらしていてはいけない。繰り返す ことだ。

  5. Y Combinatorの仕事をやってきて見つけた興味深いことは、創業者たちは何百万ドルも手に入るかもしれないという望みよりは、みっともなく見えることへの恐れにより強く動機づけられるということだ。だから何百万ドルというお金を手にしたければ、失敗が公然として恥ずかしいものになるような位置に自分を置くことだ。

  6. だから今言っておこう。これからひどいことが起こる。それはスタートアップの常なのだ。ローンチしてからIPOや買収が行われるまでに何らかの災難に見舞われないようなスタートアップは1000に1つというものだ。だからそれでやる気をなくしたりしないことだ。災難に見舞われたら、こう考えることだ。ああ、これがポールの言っていたやつか。どうしろと言ってたっけな? ああ、そうだ、 「あきらめるな」だ。

バイオの買物.comを作っているCastle104以外に、ライフサイエンスの分野でインターネットベンチャーを立ち上げている日本の会社が数社あります。でもまだ成功しているといえる企業は少ないというか、たぶん一般の研究者の目から見れば、まだ全然ないと感じているでしょう。

Paul Grahamの言葉は、僕を含め、同じようなことをやっているいくつかのベンチャー企業に対するエールに聞こえました。

みんな、なんとかがんばって、2009年を生き抜こう!!

追記
ベンチャー企業を立ち上げることがどれだけ精神的につらいかを、自分の経験に基づいて紹介しているこのブログもあります。この人はPaul Grahamと違って、ベンチャーで成功したのではなく、まだその途中です。でもPaul Grahamと同じようなことを話しています。

価格.comの記事

バイオの買物.comがビジネスモデルとして最も参考にしているのは価格.comですが、カカクコム経営企画部広報室長との取材を通して、詳細に紹介している記事がありました (無料登録が必要)。

例によって、僕が感じたポイントを紹介します。

収益モデルその1:小売りサイトへの集客 (Pay Per Click)

価格.comのウェブサイトから、小売業者のウェブサイトへのリンクをユーザがクリックしたときに料金が発生する仕組みです。そのユーザが実際に購入したかどうかは関係ありません。

ちなみに、このモデルにおける事業者の対象は家電製品などを販売する店舗が多く、事業者は商品登録せずにカカクコム側が登録した商品マスターに対して価格登録(入札)する形式になっているのが特徴である(商品マスター自体は、価格.com側が人海戦術で登録しているとのことであり驚きの事実である!)

平成21年3月期 第1四半期決算短信においては売上高は485百万円でした。

バイオの買物.comが現在、抗体検索サイトで運用しているのはまさにこのタイプの広告です。

収益モデルその2:コミッション (Pay Per Performance)

価格.comのウェブサイトから小売業者のウェブサイトにユーザが移動し、実際に製品を購入したときに料金が発生する仕組みです。ユーザが小売業者のウェブサイトに行くだけでなく、実際に購入したときにのみ料金が発生します。

平成21年3月期 第1四半期決算短信においては売上高は752百万円でした。

実際に売り上げの数字を見てもわかりますように、Pay Per Clickよりはこっちの方が広告主にとっては魅力的な広告スキームです。しかし日本のバイオの業界ではインターネット直販がまだほとんど行われていませんので、残念ながらまだこのシステムは使えません。

収益モデルその3:バナー広告などディスプレイ広告

価格.com創業時からの広告モデルです。

平成21年3月期 第1四半期決算短信においては売上高は552百万円でした。

こちらは仕組みは簡単なのですが、広告主にしてみれば効果が見えにくいという欠点があります。また実際に計測してみると、あまり効果がないように見えることも多々あります。売上高としては大きな数字になっていますが、価格.comが深く関係した価格.COM 賢者の買い物という本を読むと、実際にはこの広告システム単独ではそれほどうまくいかなかったようです。というのも、この広告を出していなくても、価格.comではどっちみち最安値の販売店をリストしてくれていたからです。

そこで価格.comがやったのは、広告を掲載してくれなかった小売店は、たとえ価格が最安値であっても、ときどき掲載をしなかったりすることだったそうです。逆に広告を掲載していれば、確実に掲載してあげるようにしていたとのことです。

こういうバナーが大きく効果を上げるためには、そもそものマーケティングプロジェクトが非常に魅力的である必要があります。価格.comでは「少数精鋭の営業要員で直接契約をとっている」とのことですが、そうやって絞った活動をしないとなかなかよい成果が出せないだろうと思います。

バイオの買物.comではまだこのタイプの広告は実施していませんが、検討中です。

収益モデルその4:マーケディングデータの提供

価格.comの集積される口コミ情報などをもとに、メーカーやシンクタンクに情報を提供するサービス。

平成21年3月期 第1四半期決算短信においては売上高は86百万円でした。

日本のバイオの業界ではシンクタンクなどによる情報はあるにはありますが、基本的には全く信用できません。その結果、メーカーはマーケティングのための情報が無くて困っています。そういう意味で、このようなマーケティングデータというのは日本のバイオ業界では重宝されるはずです。

バイオの買物.comでは、これを実施するための準備を行っています。

まとめ

商品マスター自体は、価格.com側が人海戦術で登録しているとのことであり驚きの事実である!

というのがありましたが、このような仕組みだとメーカーや小売業者がただ乗りできてしまい、うまく収益が上がらないのではないかと考えがちです。

価格.comの例は、実際にはそうではなく、むしろこっちの方が儲かることを示しています。もちろん最初に無償で情報を掲載していくという大きな初期投資が必要ですが、それがかえって参入障壁にもなり、永続的な利益の源泉になります。またその初期投資は金銭的なものではなく、人海戦術的なものなので、「がんばり」と「工夫」でなんとかできるところでもあります。

少なくともバイオの買物.comではそうと信じて、すべての製品を載せることにより、将来的にはBioCompareよりも良い製品比較サイトを作り上げたいと思っています。

進化論的視点によるリーダーシップ論

Bob Suttonのブログに紹介されていた論文、“Leadership, Followership, and Evolution: Some Lessons From the Past”を読みました。

この論文はAmerican Psychologistという雑誌に掲載されていて、進化論的な観点からリーダーのあるべき姿について論じています。非常に面白いのは、“Selfish Gene”の視点から、リーダーよりもむしろリーダーに従うフォロワー(部下)に着目している点です。良いリーダーになれるかどうかはフォロワーの心をつかめるかどうかにかかっていて、農耕が始まる数千年前までのリーダーというのはフォロワー(部下)第一に考えていたということです。そして人類は遺伝的にはこのタイプのリーダーを好むようにプログラミングされているというのです。

この考え方は僕自身のリーダーシップに対するポリシーと親和性が非常に高く、僕の考え方の枠組みとして今後活用していくだろうと思います。

以下に僕なりにポイントをまとめました。

リーダーよりもむしろフォロワー(部下)に注目することが大切

ゲーム理論と進化論的な考察から、リーダーの目的とフォロワーの目的は一致しないことが多いとこの論文では結論しています。なぜなら、フォロワーになるよりもリーダーになった方が取り分が多く、子孫を繁栄させられる可能性が高いからです。しかも必ずフォロワーの方が数は多くなります。

こう考えると、リーダー論を議論するときは、むしろフォロワーに着目するのが良いと思われます。つまり、フォロワーが従いたくなるようなリーダーとはどういうものか、という観点です。残念ながらリーダー論に関するほとんどの著作は、フォロワーに着目していません。

フォロワーにとって、リーダーのもとに団結した方が有利なのは、グループ全体に危機が訪れたときです。実際、危機においては人間はより団結しやすいことが実験的に証明されています。逆に危険が無い状況においては、不必要なリーダーシップはグループ全体の士気を下げ、生産性を低下させることが知られています。

人類は遺伝的には権限分散型の社会に適合しています

人類の遺伝子は、数万年以上の環境(遺伝的適合環境)に適合した状態になっています。数千年前から始まる農耕社会以降の環境には適合しておらず、それ以前の狩猟採集生活に適合しています。

この頃の社会は権限分散型の社会で、明確なリーダー的な役割は無かったと考えられています。Big Menと呼ばれる、狩りが得意な人もしくは戦闘が得意な人は意思決定に大きな影響を与えていましたが、その権限は得意分野に限られていました。会議の場では、参加者は全員意見を聞いてもらえ、完全に自由に意見を述べることができました。もしBig Menの誰かが権力を独占しようとすれば、他の人たちは団結してこの人に抵抗をしました。

この非常に民主的な状態は250万年続いたと考えられています。そしてこの状態が、現代人が求めるリーダー像に大きな影響を与えていると考えられます。例えば良きリーダーとは公平性、誠実性、有能さ、判断力、寛大さ、謙遜、思いやりなど、権力分散社会で評価される資質を持った人であり、尊大さや自分本位さは悪いリーダーを連想させます。

文化人類学的な調査から、多くの原始社会では絶対的な権力に対する反抗精神は強く、団結して権力を振りかざすリーダーに立ち向かうことが知られています。首長が悪行を行えば公然と非難され、他人を命令しようとすれば拒絶されました。場合のよってはクーデターが起こりました。暴君や独裁者が生まれるのは、搾取的なリーダーからフォロワーが自分を守れなくなるときだということが歴史的に示唆されています。

農耕社会になり、組織が巨大化し、権力の集中が起こりました。フォロワーは組織から逃れることが困難になり、その結果、権力の独占が起こりました。この状態は産業革命の初期まで続きました。

現代では職業選択の自由があり、より遺伝的適合環境に近い状態になっています。

リーダーに必要な資質

  1. 先頭に立つ外向性。また状況判断をするための知性。
  2. フォロワーの欲求を理解し、それを分け与えることができること。つまり目的を達成するだけのスキルと経験を有すると同時に、その成果をフォロワーに分け与える寛大さ。

現代の環境は、人類の遺伝的適合環境と合わない

調査によると、従業員の60-70%は直属の上司が最大のストレスだと感じているようです。またアメリカではマネージャーの50%が失敗に終わります。このことから、人類が遺伝的に考えているリーダー像と現代のリーダーの間にミスマッチがあると考えられます。

例えば狩猟採集社会では、目の前の仕事が要求する能力に応じて、その仕事のスキルが最も高い人(仕事によって異なります)に権限が与えられました。ある個人がすべての仕事の判断をすることはありませんでした。しかし現代の官僚もしくは形式的なリーダーという仕組みでは、リーダーにすべての権限が集中します。

また現代の会社組織では、リーダーはその上司に任命され、フォロワー(部下)に選ばれません。出世のためには同僚や部下を喜ばせることよりも、上司を喜ばせることの方が効果的です。これも狩猟採集社会と異なります。

僕のリーダーシップ論との関係および感想

僕は高校生の時に卓球部の部長として失敗した経験から「権限が無くても人がついてくるリーダーになりたい」と強く思うようになりました。以降、そのために勉強と経験を重ねてきたつもりです。

僕が前の会社の就職面接を受けたとき、ぼくがその会社で最も若い管理職になるせいか、リーダーシップ論の話になりました。そのときの面接官は同じ大学出身で昆虫好きな人(同じ会社の人なら、これで誰だかわかりますよね?)でした。僕は持論にしたがい、「部下の気持ちを理解し、それを踏まえてモチベーションを与えられる上司になりたい」というようなことを言ったと思います。それに対して昆虫好き君は「それは駄目だな。上司には人格は関係ない。」というようなことを言い、僕の意見を切り捨てました。それを受けて、帰り道で大いに悩んだことを覚えています。

昆虫好き君はその後、同じ会社のとある診断機器事業部の事業部長となり、1年ぐらいするとすぐにクビになってしまいました。人格を無視したリーダーシップ論は果たしてうまくいったのでしょうか。そうではなかったようなことはしばしば噂では聞いていました。

今回この論文と出会って、僕のリーダーシップに対する考え方やポリシーに大きな枠組みを与えてもらったと感じています。今後はこの論文に引用されている文献も調べ、自分の経験を整理し、新しい情報を当てはめながら、より深く勉強していきたいと思います。

また、僕は今まで高圧的なリーダーに何度となく強く反抗してきました。それはサラリーマンとしての世渡りという意味ではマイナスだったとは思いますが、この論文によれば自分の遺伝子に素直だったんだとも言える訳です。自分の今までの社会人人生を振り返る中でも、とても勇気をもらったように思います。

何かの縁で再度マネージャーをすることがあったら、僕はより大きな自信を持って、権力分散型のリーダーシップスタイルを貫くでしょう。

2008年の振り返り

以前に勤めていた会社を退社し、バイオの買物.comの仕事を始めたのは2007年12月です。ですから、2008年はバイオの買物.comの1年目でした。それがどんな一年だったか、どういうことを学んだかを振り返りたいと思います。

ライフサイエンス業界でインターネット広告だけで食っていけるか

バイオの買物.comを始めるにあたって、目指したのは価格.comのライフサイエンス版でした。一方でライフサイエンスの製品比較サイトとしては米国のBioCompareというものがありますが、これは参考にはするけれども目標にはしませんでした。

この2つのサイトの何が違うかといいますと、一件似ているようで、ビジネスモデルが全く異なります。

価格.comの方は自社の責任において可能な限りすべての製品の情報を掲載しています。少なくとも当初は製品のメーカーあるいは製品を販売している小売りとは全く関係なく、自社で独自に製品情報および価格情報を掲載していました。そして画面にはいくつかバナーを用意して、そのバナーを掲載するのに広告費をもらっていました(価格.COM 賢者の買い物
)。広告費をもらっているか否かに関わらず、「絶対に最低価格を掲載してやる」という使命感で製品および販売店情報を記載していたそうです。収入を得ることよりも、顧客にとって有用な情報を提供することを優先しているのです。

それに対してBioCompare社は、広告費をもらったメーカーの製品しか掲載していません。それが最も顕著に問題になっているのはDNA精製キットのカテゴリーに、業界断然トップのQIAGENの製品がない点です。BioCompare社は顧客にとって有用な情報を提供することよりも、収入を得ることを優先しているのです。

さてバイオの買物.comでは価格.com的なビジネスモデルを採用していますので、掲載料としてスポンサーからいちいち収入を得ることはしません。収入源としてはバナーなどの広告収入になります。問題はこれだけでビジネスが成立するかどうかです。支出をなるべく少なくした従業員一人だけのビジネスであっても、年間1000万円近くの売り上げがないと成立しません。

一年間やってわかったことは、これがなんとか成立しそうだということです。バイオの買物.comを始める前からおおよその試算はしていました。日本のライフサイエンス業界は市場規模が2,000億円程度と見積もられていて、大雑把にその5%が広告宣伝費に回ると計算すると100億円になります。そのうち大半は印刷物と学会に回りますが、それでもインターネット広告に10億円程度は回ってきてもおかしくありません。

そう思ってバイオの買物.comを始めましたが、実際にやってみて、確かに市場ポテンシャルはそれぐらいはあると感じました。現状ではネット広告を掲載するべきウェブサイトそのものが不足していますので、10億円規模には全く届いていません。でも広告を集めるに値するウェブサイトが増えれば、間違いなく10億円、おそらくは50億円ぐらいまでにインターネット広告の市場は膨らむだろうと思います。

GoogleのAdSenseだけで食っていくのは無理

日本のライフサイエンス業界でもインターネット広告で食っていくことは可能だと確認しましたが、ただしGoogleのAdSenseのようなものだけでは苦しそうだということもわかりました。

バイオの買物.comを一年間やった上で推計すると、年間1,000万円の収入をGoogle AdSenseだけで得るためには毎日50,000のセッションが必要そうです。これだけのセッションを集められているライフサイエンス系のウェブサイトはおそらく日本にはないと思います。例えばメーカーの広告を募集していて、30万ページビュー(毎日1万ページビュー計算)が得られていると言っているライフサイエンスのウェブサイトはいくつありますが、ロボットの関係で実際には毎日500セッションしか集めていないことが大部分だと思います。そのことを考えると、絶望的な100倍の差があります。大手のメーカーでも毎日5,000セッション程度だと思いますので、これと比較しても10倍の差です。とても無理な数字です。

インターネット広告だけで食っていくことは可能ではあると思いますが、GoogleのAdSenseを利用するだけでなく、独自に広告のシステムを提供しなければいけなさそうです。バイオの買物.comでは夏頃から独自にPPC (Pay Per Click)の広告システムを作成していますが、これはこのためです。

広告媒体は広告代理店とITの役割も担うべき

ライフサイエンスのウェブサイト、特に日本語ウェブサイトのボリュームと品質は、メーカーごとにかなりのばらつきがあります。一方では印刷版のカタログなどは総じてがんばって日本語化しています。一見すると、一部のメーカーはインターネットを軽視しているのではないかと疑ってしまいます。

一年間活動してみて、そうではないことを僕は感じました。メーカーは決してインターネットを軽視しているのではなく、優れたウェブサイトを作り上げて運営していくためのリソースが不足しているようです。したがってインターネットマーケティングが日本のライフサイエンス業界で浸透していくためには、リソース不足による問題をカバーしてくれる存在が必要そうです。

一般の消費財を販売しているような企業であれば、広告代理店を活用して、インターネットマーケティング戦略の策定と運用をコンサルティングしてもらえます。自社の中にインターネットやITに詳しい人は不必要で、基本的には自社製品の特性を良く理解していれば十分です。しかしライフサイエンスは専門性が高く、この分野を理解できる広告代理店がそもそも存在しません。またあったとしても、メーカーの日本支社は規模が小さいことが多いので、その広告代理店を雇うことがありません。かといって、自社にノウハウがある訳ではないので、結果として何もできなくなってしまうのです。

バイオの買物.comでは、当初からウェブコンサルティングとITサービスの提供をパッケージの一部と考え、インターネット広告掲載までのトータルサポートを目指していました。メーカーのマーケティング部にウェブマーケティングやインターネット広告の面白さを伝え、さらにIT面でもお手伝いをしています。またあらかじめインターネット広告の実際の効果が確認していただくために、無償のデモを提供しています。その反応がかなり良かったです。

一方でメーカー横断的な抗体検索サービスを提供しているウェブサイトとしてはバイオ百科があります。あちらのサービスを利用するためには、各メーカーは自社の抗体データを指定のフォーマットに変換しなければいけません。その作業はメーカーにとってかなりの負担だったようです。バイオの買物.comではこのフォーマット変換を含めてすべて無償でやってあげているのですが、これがやはり好評です。広告を掲載するウェブサイトを用意するだけでなく、ITやウェブコンサルティングを含めたトータルサポートが重要だと感じました。

どれだけの収入が得られたか、得られそうか

上述しましたように、バイオの買物.comでは当初はGoogle AdSenseのような収入だけでどこまでいけるかを検討していましたので、2008年前半の売り上げは微々たるものでした。それこそ何回か外食をすればなくなってしまう程度でした。

2008年後半からは抗体検索を中心に、直接メーカーから広告収入を得ることに注力を行い、それを高いレベルで実施するために独自の広告システムを作るなどをしました。こっちの方はかなりニーズが高く、またクリックスルーが得やすいので、それなりの収入になりそうです。スポンサーあたり、通常は年間百万円程度になりますので決して安価なサービスではないのですが、これをやりたいというスポンサーが近いうちにそれなりの数になりそうです。

2008年はまだまだ積極的なPRというのは行っていません。新しい顧客を開拓することよりも、既存顧客に100%満足してもらうことが先決だと考えているからです。既存顧客を維持することができれば、2009年にある程度の収入が得られる目処がつきましたので、この既存顧客重視の方針は堅持しようと考えています。既存顧客に100%満足してもらえるだけのものができたと思えた時点で、初めて積極的なPRを展開する予定です。

なお、何かが間違って予想以上に収入が得られそうであれば、広告の料金を値下げしようと考えています。金持ちになるのが目標ではありませんし、より多くのメーカーにインターネットを活用したマーケティングを行っていただくことが、何よりも大切だとぼくは考えていますので。

プログラミングの勉強

バイオの買物.comを始めるにあたって、僕が非常に楽しみにしていたことがいくつかあります。ライフサイエンス業界全体と関われること、生まれたばかりの娘の世話ができることなどもありますが、最も大きな楽しみだったのはプログラミングに時間が割けるということでした。

僕が初めて見たパソコンはNECのPC-8001で、僕自身はFM-7などを買ってもらってBASICのプログラムを作成したり、当時発売されていたTHE BASIC MAGAZINEや I/O といった雑誌に掲載されていたBASICのソースコードを手入力していました。プログラミングって面白いなって思いながら、それ以後はあまりやる機会がなく、仕事で本格的に活かすのは2001年頃にバイオインフォマティックスに手を染めたときからです。この頃はPerlで遺伝子配列をBLASTからPrimer3やEMBOSSのパッケージに持っていったりしていました。でも仕事のメインになることはずっとなく、どちらかというと外部に頼むお金がないから自分でやってしまう状態が続いていました。

その一方で、プログラミングと生物学、そして自分が関わりつつあった会社経営やマネージメントの共通性を強く感じるようになっていました。このことについてはこのブログでも何回か取り上げています。僕が注目しているのは、どれもが多数の役者からなる複雑なシステムを取り扱っており、そのシステムをどのように構築し、運用すれば、そのシステムが永く繁栄し得るかを中心的なテーマとしていることです。

生物は極めて複雑なシステムを経験則だけで作り上げました。一方プログラミングは多数の優秀な研究者のおかげでソフトウェア危機を乗り越え、複雑なシステムを効率良く構築するための方法論がいくつか確立されています(構造化プログラミングやオブジェクト指向プログラミングなど)。とても残念なのは、マネージメントがまだ孫氏の兵法や孔子の論語の時代から進歩していないように見えることです。

前置きが長くなってしまいましたが、いずれにしてもプログラミングは僕が人生の中で絶対にもっと深く勉強しておきたいと思っていたものです。

バイオの買物.comのウェブサイトを作成するにあたって、一人でなるべく多くのことをこなしたいと思っていましたので、僕は最も先進的で話題になっているRuby On Rails フレームワークを採用しました。この判断は大正解でした。Ruby On Railsはまず驚異的に生産性を高めてくれました。バイオの買物.comはデータ入力のためのインタフェースがかなり複雑ですが、PHPでこれを構築していたのではとてもじゃないけどやっていられませんでした。それだけでなく、Rubyというそれ自身非常に優れたプログラミング言語が土台となっていますので、先進的なプログラミング技法の勉強になりました。

まだまだ道半ばですが、プログラミングを身につけ、生物学やマネージメントの理解に活かそうという目標に少しだけでも近づいている気がしますので、とても気持ちが良いです。

バイオの買物.comの誕生と今後

バイオの買物.comは2007年の10月ごろからプログラミングを開始し、2008年の2月に一応のβ版の公開を開始しました。この頃は製品比較表に力点を置いていましたので、最初のβ版は製品比較表だけでした。

製品比較表を改良させつつ、アクセスアップや収入アップにつながりそうないろいろなことを試しました。各メーカーの新製品ニュースやキャンペーン情報をRSSで流してみたり、それを別にまとめてみたり、アマゾンの本の広告を掲載したりです。

そしてその中でも抗体検索は、抗体という比較的規格化された製品が非常に多数存在すること、抗体メーカーは一般に中小企業が多く、知名度を高めるのに苦労していることなどの条件が重なり、製品比較サイトとの相性が良いです。そこで友人からの連絡にも勇気づけられ、2008年の後半からはこちらの方に注力をしました。

2009年は年初に各種サービスの整理をしようと思っています。いろいろ試したものでうまくいかなかったもの、ユーザからの反応が良くないものは、今後作り替えるか無くしていく方向で考えています。アマゾンの本については何の意味もなさそうなので、無くしていきます。そして各メーカーの情報についてはRSSを強化し、さらにこのRSSを自動解析しようと思っています。これを使って、僕自身が手でまとめている新製品ニュースやキャンペーンに代えようと考えています。

ビジネスプランは変わるものだというのは起業家やベンチャー投資家のブログにはよく書かれています。バイオの買物.comの当初のビジネスプランは抗体以外の製品の比較表を中心に考えていました。ビジネスプランにはこだわらずに、そのときの状況に合わせて臨機応変にやろうとは思っていましたが、やはりそういう結果になりました。

そうはいっても、基本的な姿勢はまだ貫いています。それは冒頭で紹介しました価格.comとBioCompareの違いの点です。ユーザの視点に立って、スポンサーになっていないメーカーの製品情報を掲載しようというのはまだやれています。

そして2008年は抗体検索にかなり力を入れましたが、2009年はなるべくその他の製品の製品比較表に力を入れていきたいと思っています。これこそがBioCompareでもうまく出来ていないことなので、とてもチャレンジのしがいがあります。

子育て

昨年まで働いていた会社を辞め、自宅でバイオの買物.comを始めた大きな理由のひとつは、2007年に生まれた長女の世話をするためです。

The Smithsという英国のバンドの曲に“Heaven Knows I’m Miserable Now”というのがあります。

その歌詞の中でMorriseyは歌います。

I was looking for a job, and then I found a job
And heaven knows I’m miserable now

In my life,
why do I give valuable time
to people who don’t care if I live or die?

仕事を探していて、仕事を見つけた
それで今は猛烈に惨めなんだ

僕が生きようが死のうが気にとめないようなやつに
どうして人生の貴重な時間をあげなきゃいけないんだ

仕事では上司とウマが合いませんでした。そんなやつのために自分の時間を無駄にして、さらに娘との時間が減ってしまうのは我慢できませんでした。

そして一年間、自宅で仕事をして、娘との時間を増やすという目標は達成できました。それだけでなく、妻は次女も妊娠してくれました。もちろんバイオの買物.comの成功も大切ですが、子育てのことだけを取り上げても、2008年は良い年でした。

まとめ

2008年はバイオの買物.comの1年目で、かなり試行錯誤の中でやってきました。その1年目でいくつかのスポンサーから非常にポジティブな意見をいただき、そして実際に収入の目処も多少ついてきたというのはとても幸運だったと思っています。

まだまだ試行錯誤は続きます。2009年がどのような一年になるのかは正直全くわかりませんが、貯金はまだありますので娘二人との時間が取れることだけは間違いなさそうです。それだけでも良い年になるはずですが、もっともっと良い年となるようにがんばりたいと思います。

ライフサイエンスの分野にはつくづくお世話になっています。2009年は今までできなかった恩返しの年にしたいですね。

トヨタの原点回帰:拡大路線が招いた危機

今日(12月26日)付けの朝日新聞に、創業家出身のトヨタ自動車の豊田章男次期社長の言葉を引用しながら、トヨタ自動車の拡大路線の失敗と今後の原点回帰について紹介した記事がありました。

この記事の内容は非常に示唆に富んでいます。なぜなら、トヨタ自動車のここ近年の拡大路線というのは、決して特別なものではなく、現実に多くの企業が採用している戦略だからです。ですから次期社長の豊田章男氏が掲げている原点回帰というのは、トヨタ自動車だけでなく、世の中が真剣に検討しなければならないことなのです。

私なりに記事をまとめて紹介します。

昔の堅実さというのが原点回帰の内容

「私たちがやらなければならないのは、目の前の一台一台を大切に積み重ねることだ。今一度原点に立ち返り、お客様の方を向いて商品を作る」(豊田章男次期社長)

「地道に原価を低減していくかつてのトヨタと異なり、ビッグ3と似通ってきた印象だ」(あるグループ会社首脳)

高い経営目標設定の愚

2年先の計画まで公表するのは初めてだった。章男氏のいう「一台一台の積み重ね」で確実な需要予測をたてるのを得意としたトヨタは、未来の目標を先に立て、それに向かって工場の新設や増強計画を考える会社になっていた。(06年9月20日の経営説明会で渡辺カツ昭社長が2年先の販売台数を980万台程度にすると発表したことを評して)

拡大主義がもたらす柔軟性の喪失

トヨタはそれまで米国市場で小型車やハイブリッドカーなど、ビッグ3が作らない車で稼いでいた。しかしそれだけではGMに勝てない。1台あたりの利益が大きく、ビッグ3が「ドル箱」としてシェア9割をを閉めてきた大型ピックアップトラックで勝負を挑むために建設したのがテキサス工場だった。同時に、やはり利益が大きい高級車「レクサス」の輸出も増やした。
…..
多品種を少量ずつつくることにより、販売台数が落ちても工場の操業度を落とさないのがトヨタの強みだった。… しかしトラックタイプの車とその他の車は同じラインで作れない。 …. テキサス工場は一気に生産停止に追い込まれた。止まった工場は、製品を生み出さない従業員に給料を払い続け、工場建設の負担費用も垂れ流し続ける。

合理的判断だけでは、拡大路線を修正することはできない

急激な拡大路線に反省すべき点はないのか−−。渡辺社長は22日の年末会見で質問に対して「成長路線の中で効率性を見て評価していく必要があったかも知れないが、お客様にたくさん買って頂いたこともあり、難しい判断だと思っている。」と厳しい表情で語った。

ここから何を学び取るか

まず高い経営目標設定についてですが、これを当たり前のように実施してしまっている会社は非常に多いです。これについては僕もブログで過去に紹介しています。しかもこのやりかたは日産のゴーン社長のコミットメント経営の根幹であり、多くの経営者はこれこそが正しい経営方法だと勘違いしてしまっています。

これだけ多くの会社が高い経営目標設定を行っている訳ですから、少なからずトヨタ自動車と同様の過ちを犯しているはずです。私が以前にいた会社もその会社の一つでした。

そして拡大路線による柔軟性の欠落について。企業の規模が拡大するのはとても良いことのように一般に考えられています。しかし拡大のためには多くのことが犠牲になるのだということを、すべての人は知っておくべきです。これは今回のトヨタ自動車の例だけでなく、例えば巨大化した恐竜がなぜ絶滅したのかという生物学的な例を考えても知ることができます。

最後に、合理的に考えても拡大路線の過ちは気づくことが出来なかったという点です。渡辺社長が無能な社長とはとても思えません。むしろ非常に優秀だったはずです。そのような人でも失敗したということを真剣に受け止める必要があります。同時に次期社長の豊田章男氏の発言で注目されるのは、それが全く知性的ではないということです。「原点回帰」という言葉は頭の悪い人でも言えますし、創業家出身であればそれを雄弁に解説する必要もありません。

人間の合理的な判断力というのは所詮その程度です。今後10年先に有効な経営戦略経営方針というのは、人間がいくら頭で考えても無理なのです。だからこそ昔の人は、何代も伝わり、歴史的に検証されてきた古人の思想を頼りにしてきたのです。今回の豊田章男次期社長が掲げるのは、トヨタを歴史的に支えてきた経営方法への回帰です。まさに古文書への回帰です。どうしてそれが良いのかというのも大切でしょうが、それ以上に重要なのは、これがいままでのトヨタを支えてきたということです。

それともう一つ面白いのは、トヨタがビッグ3化したことが問題視されている点です。ビッグ3が失敗したのは無能な経営者のせいだと考えている人は多いようです。しかしこのような考え方は、単なる傲慢だと私は思います。

トヨタの渡辺社長ですらビッグ3化したしまったのです。そしていまだに何が失敗だったのかを理解できないでいます。これはもはや経営者の能力だとか思考力の問題ではありません。人知の限界だと私は思います。

最後に私の持論にもっていきます。

生物学の進化というのには、思考はありません。経験のみです。生物は自分の体をどのように作り替えれば良いかを考えているのではなく、たまたま良かったものが自然選択の結果生き残っていくのです。

現代人は頭でっかちになってしまっていますので、会社組織をどのように運営していけばいいか、どのように作り替えていけばいいか、自分にはわかっていると思ってしまっています。しかし、所詮は進化中の生物と同じ程度にしかわかっていないのです。人間というのは、まだ会社や経済のような複雑系を理解するだけの学問ができていません。

ですから、頭脳に頼ってはいけないのです。進化論的に会社を経営しなければいけないのです。その一つは、合理的判断を度外視してでも原点回帰を行うこと。つまり合理的に演繹される経営方針よりも、経験的に成功した方針(原点)を重視すること。さらにもう一つは、一件無駄用に見えても、ジーンプール(多様性)を常に持ち続け、資源を分散し、環境の変化に素早く対応できる体勢を維持することです。トヨタ自動車の例でいえば、どの車が売れるなんていくら考えても事前にはわからないから、何が起こっても対応できる柔軟性を持ち続けることです。

それにしても自分たちの経営方針の過ちをすぐに理解し、即座に方針転換を打ち出したトヨタ自動車という会社は、つくづく強い組織だなと思いました。これについても、いろいろな人がミーティングを重ねて、合理的判断にたどり着こうとしていたのでは、このスピードは出せません。「原点」というのが社内の柱になっているのでしょう。「原点」というよりどころがあるから、ああだこうだを考えるのではなく、即座に判断できるのだろうと思います。創業家がまだ元気だというのも、なんだかんだでいいことですね。

参入障壁の無いビジネスの危険性

2006年で少し古いのですが、参入障壁の無いビジネスの危険性について紹介してる記事がありました。

ぼくは昔、バイオのための研究受託(DNAアレイ解析受託をはじめとした分子生物学実験の受託)を実際に担当していましたが、そのときの経験とこの記事で書いてある内容は共通するところが多いです。研究受託もまさしく、この参入障壁が少なく、ABIなどメーカーばかりが儲かるビジネスの典型ではないかと思います。

記事ではウェブ用のレンタルサーバビジネスの変遷について語っています。実際に運営している人のブログです。

レンタルサーバのビジネスと経済学

10年前のレンタルサーバは非常に高価でした。コンピュータ関連機器が安くなったこと、それとネットワークのコストが下がったことが原因です。この結果、参入障壁が完全になくなりました。$300とクレジットカード、そしてLinuxのマニュアルがあれば3ヶ月間の運転資金になりました。激しく価格を削りながら、数多くのレンタルサーバ会社があっという間に生まれました。

$68あれば、見栄えのするウェブサイトテンプレートも購入できました。おかげでプロフェッショナルなサービスを提供しているところとアマチュアなサービスを提供しているところが表面だけでは区別ができなくなりました。

この結果、面白いことがいくつか起こりました。

1)品質の良いレンタルサーバを探すのが難しくなりました

2)レンタルサーバが「自宅で簡単にできて儲かる副業」として紹介されるようになりました

3)レンタルサーバ用を運用するためのツールが儲かるようになりました

コントロールパネルや請求システムなどです。

バイオの研究受託の場合

バイオの研究受託の場合も、非常に参入障壁が少なくなっています。オリゴDNA合成ビジネスが悲惨な価格競争になってしまっているのもこれが原因です。

考えてみれば、研究室で簡単にできるような実験ですから、参入障壁が低いのは当然です。どこかのメーカーから機器を購入すれば大部分の作業は自動ですし、自動ではなくてもキットになっていますから、習熟度が高くない技術職でも作業ができます。また結構技術力のある人でも大学でひどく安く雇われていますから、この人たちを引っ張ってくれば作業員は簡単に手に入ります。

そういう事情もあって、DNAアレイ受託もあっという間に価格競争になりました。

日本のバイオベンチャーの多くは受託研究を短期的なビジネスの柱にしています。受託研究は非常に始めやすいビジネスなので、その気持ちはわかります。でも3匹の子豚で最後まで生き残ったのはレンガの家を建てた豚です。ワラの家を建てた豚は、すぐにオオカミに食べられてしまいました。

一方で面白いのはCROです。CROとはContract Research Organizationの略で、製薬会社の研究を受託するビジネスを指します。こっちの方は非常に成長している産業で、過酷な価格競争にさらされているという実態はありません。同じような実験の研究受託なのに、全く利益構造が異なる(ちゃんと儲かる)ビジネスになっています。

製薬企業の研究開発ではデータの信頼性とサービスの信頼性が非常に重視されます。成功する薬は日本国内だけで年間に数百億円を売り上げますし、その売り上げの大部分は利益です。しかも特許の有効性が切れると売り上げが大幅に落ち込みますので、なるべく早く発売開始して、一日でも長く、特許の有効期間内で売りたいのです。国内の売り上げだけで、一日一億円の価値があります。

ですから製薬企業の場合は、信頼性の高いデータを短期間で確実に出してくれるCROに価値があります。そしてそれだけのサービスを提供することは非常に難しいので、新規参入は非常に難しい訳です。

ほとんど教科書とも言えるポーターの本に書いてあるので、少しでもビジネスを勉強したことのある人ならわかってないといけないのですが。

経営者でもわかっていない人が多いのはガッカリなことです。